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カクレ理系のやぶにらみ

tamm.exblog.jp

時間のある方はお読みください。軽い気持ちで読み始めると頭が痛くなります。

信じるということ、疑うということ

 牛肉の産地を偽装していることが発覚した会社の従業員は社長の指示でやったといっており、社長は従業員が勝手にやったといっている場合、どちらのいっていることが正しいと考えたらいいでしょうか?
 この場合、どちらかがウソをいっていることは明らかですが、テレビのこちら側にいる私たちにはそれを確かめる術がありません。



 世の中にはこのように、
A.検証可能ではあるけれども私たちにはそれができない場合
B.自分で検証できる場合
C.誰にも検証できない場合   の3通りがあります。

 ここでいう「検証」とは、やり方が同じであれば誰がやっても同じ結果が出ることでなければなりません。したがって、宇宙人、霊魂、霊界、超能力というのはCに属することになります。

 このうちBについては問題はないでしょうが、AとCについては、それを信じていいかどうかという問題が残ります。
 しかし現実には、私たちはそれが正しいかどうかをその都度判断しています。冒頭の例でいえば、社長がウソをついている、というふうに。
 では、確かな証拠もないのに、私たちはなぜ、社長の方がウソをついていると判断ができるのでしょうか?
 
 確かな証拠がない場合、私たちは「こうであってほしい」と思う方に判断する、という傾向があります。
 男の間に根強い妄想として、見た目の可愛い娘は性格もいい、というのがあります。けれども、これが大間違いであることに、女性の読者は同意していただけることと思います。
 あと、アイドルはウンコをしない、というのもそうです。

 このように、人間には、信じたいと思うものを信じ、見たいと思うものを見る、という性質があります。逆をいえば、信じたくないものは信じようとしませんし、見たくないものは見ようとしないということがいえるのです。
 これは人間の持っている性質なので、否定しようがありません。
 それでも、このことは知っておいた方がいいと思います。

 もう一つ持っている人間の性質は、自分と直接関係のない立場の人について、いちいち疑うことをしない(ただし信じるわけでもない)、というのがあります。
 これがあるから、私たちは人混みの中を平気で歩いていられるのです。知らない人をすべて、自分に危害を及ぼすのではないかと疑っていたら、この社会では生きていけません。


 新聞やテレビで報道されるニュースは、先のAに該当するものです。それらの内容が真実であるかどうかを、私たちが自分でいちいち確かめることはできません。
 地球温暖化や年金財政の逼迫、医療費の増加、危機状態にある財政など、しょっちゅうニュースに取り上げられますが、ニュースでは結論を伝えるばかりで、その根拠となったデータの開示まではしてくれません。これは政府が発行する広報用のパンフレットも同様です。たぶんそんなものを載せても、面倒くさがって誰も読まないからでしょう。

 一般国民は結果だけ教えてくれればいい、と思っています。先に述べたように、それについて疑うということをしないのです。
 それはそれでいいのですが、説明者の数字の扱いようやロジックによっては、好きなように結論を誘導することができるということも覚えておいた方がいいと思います。
 プレゼンテーションという言葉の意味をコンサイス カタカナ語辞典で引くと、「提示・説明.発表.自分の考えを、他者に理解しやすいように、目に見える形で示すこと」とあります。私はこれに「売込み」「他者を説得するためにビジュアルを用いた手法」という意味を追加したらいいと思っているのですが、ビジネスにおいてはありとあらゆる機会・ところでプレゼンテーションが行われており、自然と誰もがプレゼンテーションの巧者となっていきます。

 これは悪意による例ではありませんが、この前書いた「借金時計」は、1秒ごとに国や地方の借金が増えていくので、このまま借金が無限に増え続けるのではないか、という錯覚を見るものに与えます。そうすると不安になるものですから、借金を減らすためには増税もやむを得ないのです、といわれると、何となくそうかな、と思ってしまいます。
 借金時計は、本来国や地方が抱えている借金の重さに関心を持ってもらうために設けられた(いわば啓蒙するための)プレゼンテーションです。
 しかし、イメージが強烈であるために、悪用されると世論操作の道具になりかねないという危うさもあります。

 他愛のない例でいえば、通信販売の宣伝文句もそうです。
 ダイエットしたい、美しくなりたいという消費者の心理を巧みに突いた宣伝文句が並べられています。(あの原稿を考える人はたいしたもんだといつも感心させられます。)

 講談社ブルーバックスのロングセラーのひとつに「統計でウソをつく法」(ダレル・ハフ著・高木秀玄訳)というのがあります。私がこの本を読んだのは35年前(発行されたのは1968年です)なのですが、今日でも店頭に並んでいるのを見ると根強い人気があることが分かります。統計や確率を分かりやすく解説した名著なので、騙されたくないと思っている方は、一度お読みになることをお勧めします。

 悪意を持った他人から自分を守る方法がないわけではありません。
 それは、人から言われたことを鵜呑みにするのではなく、できる範囲でいいので自分自身で真偽を検証してみるということです。これを何度も繰り返すうちに、自分の判断を信じようという気持ちが生まれてきます。
 最後に判断しなければならないのは自分自身なので、他人のいったことを盲目的に信じるよりも、また、自分の信じたいものを信じようとするよりも、自分を信じて判断を下す方がずっといいと思います。

 なお、自分が心酔する人の言葉を信じる、というのも抗いがたい磁力があります。
 その人が人間的に立派で尊敬できると思うからこそ、その人の言葉を信じるわけですが、私たちは地下鉄サリン事件や911のような自爆テロ事件を経験したわけでもあり、事の判断まで他者に委ねるというのはやはりやめておいた方がいいように思います。
by t_am | 2008-06-28 06:39 | 心の働き