人気ブログランキング | 話題のタグを見る
ブログトップ

カクレ理系のやぶにらみ

tamm.exblog.jp

時間のある方はお読みください。軽い気持ちで読み始めると頭が痛くなります。

仕事について考える(13) マニュアルの効用と誤解

 辞書を開いて、マニュアルという言葉を引いてみると、「操作説明書」「取扱説明書」という訳が並べられています。ここでは、仕事に関連するマニュアルということで「作業手順書」とか「操作手順書」という訳語でご理解いただきたいと思います。
 マニュアルの目的は、次の2つがあるからです。

1.その作業(操作)を初めてやる人でも、それを見ながら作業(操作)をすれば、誰でも同じことができる。
2.ミスや事故を防ぐために、決められたやり方をきちんと守ってもらい、勝手なことをさせないようにする。


 1の目的は、できない人をできるようにするというものですが、「誰でも同じことができる」というのがポイントです。人によって結果がまちまち、というのでは困るのです。したがって、マニュアルの作り方にも工夫が必要となります。
 ところが、たいていのマニュアルは作りっぱなしであり、誰も見ようとはしません。というのは、そういうマニュアルの作り方をしているからです。
 まず第一に、できあがったマニュアルの検証がされていません。少なくとも、マニュアルを新人に渡して、これを見ながらやってみろ、といって作業をさせてみないと、そのマニュアルの出来不出来がわかりません。
 また、マニュアルを分厚いファイルにまとめて綴っているために、手軽に持ち出して読むということができないようになっているのが普通です。
このような職場では、はっきりいって、マニュアルを作るだけ無駄です。どうせ誰も読まないのですから。

 なぜ、こんなことが起こるのかというと、マニュアルを作る人も作れと指示する人も、きちんとした教育を受けていないことに由来します。教育担当者がまじめに勉強をしていない会社だとこのようなことが起こります。素人が素人にマニュアルをつくらせるのですから、まともなものができるはずがありません。

 作業には「教え方」というのがあります。順にあげると、

1.なぜその作業を行うのか理由と目的を説明する。
2.作業の手順を説明しながら、目の前で実際にやってみせる。
3.もう一度同じことを繰り返す。ただし、作業の急所ではコツを強調する。
4.手順を復唱しながら、実際に作業をやらせてみる。できないときは、手順を忘れてしまっているのであるから、覚えるまで教えることを繰り返す。
5.一通りできるようになったら、一人でやらせてみる。途中でわからないことがあったり、予期せぬことが起きた場合、誰に報告して指示を仰げばいいかを明確にしておく。
6.時々様子を見に来る。

 1は動機付けのために必要なステップです。これを不明瞭にしておくと、教わって人が後で自分勝手にアレンジしたり、手を抜いたりすることにつながります。
 3の作業のコツというのも忘れがちなポイントです。どの作業にも品質を一定以上に維持するための急所というのがあるはずなので、それをきちんと教えないといけません。
 5の、何かあったときに誰に訊いたらいいかをあらかじめ明確にしておく、というのは教わる側の不安を降り除くために必要な措置ですが、そこまでで気づかない上司や先輩は多いのです。
 このような教え方ができるようになるには、教える側が作業の内容を分解し、分析しているということが欠かせません。
 同じことは、マニュアルを作る側にもいえることです。ですから、マニュアルを作れと指示をする人は、マニュアルを作る人に対して、「作業の教え方」についての教育を施していなければなりません。

 マニュアルは、上記1から5までのことが書かれているものですから、作業をやるときに手元に置いて見ながら作業ができるようになっていなければなりません。分厚いマニュアルファイルの中に綴られていて、しかも自分が見たいマニュアルがどこにあるのか目次やインデックスも用意されていないというのでは、誰もマニュアルを見なくなります。
 マニュアルを作るのであれば、作業の数だけマニュアル・ファイルがあるべきであり、その保管場所がきちんと決められていなければなりません。そういうことを指導するのも、マニュアルを作れと指示する人の役割なのです。

 なお、せっかく作ったマニュアルでも、それが完全であるという保証はどこにもありません。検証して修正すべき箇所があれば、直ちに直すべきです。修正することを考慮して、ページ単位でマニュアルを差し替えることができるようにしておくということも考えられます。なぜなら、改定が1回ですむとは限らないのですから。

 ついこの間、香川県立中央病院で受精卵を取り違えるという事件が起きていたことが報道されました。このケースでは、受精卵を取り扱う際の取り決めがなかったことも報じられています。
 マニュアルの目的の2にあるように、作業ミスを防ぐためにマニュアルを設ける場合もあります。航空機の整備など、単純なミスでも重大な事故を招きかねない種類の作業を対象にして、このようなマニュアルは設けられます。
 ところが、平成11年9月30日に東海村JCOで起こった臨界事故は、正規のマニュアルを無視することが常態化した中で起こりました。マニュアルが用意されていても、それを守ろうという意識がなければ、マニュアルは無視されることになります。
 ただし、そのことを担当者のせいにしても問題は解決されません。
「なにをやってるんだ! ちゃんとやらなきゃダメじゃないか!」と担当者を叱責すれば、それで事故は防げると考える管理者がいれば、その人は無知であり無能です。人間は本来ミスを犯す生き物であるという認識からスタートしなければ、事故はいつまでも防ぐことはできません。
 そのための手段のひとつに「教育」があります。人間は窮屈なことを嫌うので、何も歯止めがなければ、人は安易な方向に流されていきます。そのため、「なぜこの作業が必要なのか?」「過去にどのような事故やトラブルが起こったのか?」「それは何が原因だったのか?」ということを従業員に教育することが必要であり、それはトップの責任です。トップがそのことに無関心でいれば、管理者は無責任になっていきます。
 その結果、現場の担当者に対する意識付けが放棄されて、マニュアルがどんなに立派でも、誰も守らない、誰も見もしないということになっていきます。
 したがって、マニュアルさえ整えればそれでよいというわけではなく、現場の担当者がマニュアルを遵守するという風土を作っていくことがトップと管理者の責任となります。

 「余計なことはしないで、黙って俺の言う通りやってればいいんだ!」と部下に向かって怒鳴りつける管理者がたまにいますが、このような管理スタイルは部下の人格を否定し、やる気を失わせるので管理者として最低です。短期的には実績を上げることができるかもしれませんが、長期的に見ると、この人が破壊するものの損失の方がはるかに大きくなります。

 マニュアルに対するもう一種類の誤解は、それが人間の創造性と自由を損なうというものです。
 しかし、「自由」と「好き勝手にやっていい」というのは異なります。
 マニュアルが設けられるのは、誰がやっても同じ結果にならなければならない作業に対してであり、そのような作業では好き勝手にやってもらっては困るのです。別な言い方をすれば、マニュアルを設けることができるのはロボットに置き換えることができる作業に限られるということになります。判断業務はマニュアル化(ロボット化)することはできません。
 判断に至るアルゴリズムは人間の脳の中にあるのだから、それをマニュアル化することは可能ではないのか? こう思われるかもしれません。
 実際には、マニュアルはあらかじめ解答(結果)がわかっている作業とは相性がいいのですが、解答が未知であるものをマニュアル化することはできません。これらの分野とは相性が悪いのです。
 したがって、判断業務において個人の創造性が損なわれることはありません。また、マニュアル化されている作業でも、それを改善することが禁止されているわけでもありません。
 このように、マニュアルの用途は限定的であり、誤解されている部分も多くあります。しかも、導入にあたって、従業員の教育などやらなければならないこともあり、結構面倒なツールです。
 それだけに、これが充分活用されているという企業は相当レベルの高い企業です。ご自分の職場にマニュアルがない場合でも、個人の意欲と努力によって部分的にマニュアルを導入することは可能です。作業の種類によってはマニュアルがあった方がいい場合があり、その際はここでご説明したことを参考にしていただければ幸いです。 
by T_am | 2009-02-27 06:58 | 社会との関わり

by T_am