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カクレ理系のやぶにらみ

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時間のある方はお読みください。軽い気持ちで読み始めると頭が痛くなります。

時代(意識)が変わるということ

 時代(人の意識)が変わるということについて、武田邦彦先生が、科学者らしい説得力のある手法を駆使した結論として次のように述べておられます。

 「時代が変わったから人の心が変わった」のではなく、「一人一人は変わらないが、お年寄りがいなくなり、新しい人が入ってくるので、見かけ上は“正しいこと”が変化する」ということが、「変化」の本質なのだ。(「うまくいかないあ・・・世代」より)

http://takedanet.com/2008/10/post_7835.html




 これは、「婚前交渉は是か非か」という設問に対する回答を年代別に集計し、同じ設問を10年後・20年後に行って、日本人の意識がどのように変化していったかを武田先生が分析された上での結論です。分析の結果は、20年前に30代だった人たちの回答状況は50代になっても変わっていないというものでした。つまり、一人一人の考えは何年経っても変わらないということがわかったのですが、20年経つ間に、お年寄りはいなくなり、代わって新しい世代が登場してくるので、かつての多数派は時間の経過とともに少数派となり、全体の回答状況は変化していきます。
 これが時代(意識)が変わるということの実相なのです。
 ただし、それだけではありません。新聞やテレビで、繰り返し「こうなんだ」という報道がなされると、私たちは「そいういうものなのか」と思ってしまいがちです。これも時代(意識)が変わるということの要因のとなります。

 そう遠くない昔の日本は男尊女卑の社会でした。女性には投票権がありませんでしたし、戦後それが認められるようになっても、就業規則で女性の定年を30歳に定めている会社もゴロゴロしていました。いつの頃かというと、男女雇用機会均等法が成立する(1985年)まで残っていましたから、23年前のことです。
 日本で女性解放運動として、第一回ウーマンリブ大会が開催されたのがされたのが1970年ですから、それから15年経ってから男女雇用機会均等法が成立したわけです。この間に、世代交代が行われ、男女は平等であるという考えに同意する人の割合が増えたということが大きいと思います。もちろん、先進国の一員として、世界的な風潮に無関心でいるわけにはいかないという事情もあったことでしょう。そのような様々な要因があって、男女は平等であるという意識を持つ人が増えてきたことは事実です。
 その後、バブル崩壊後の就職氷河期に女子大生に対して行われたセクハラ面接が問題となり、1996年には、アメリカ三菱自動車のセクハラ事件が巨額の訴訟となったことでセクハラという概念が一気に広まりました。現在は男女雇用機会均等法の改正(2007年)もあって、セクハラは御法度というのが当たり前となりました。
 アメリカでセクハラという造語が誕生したのは1970年代とのことです。ところが、1980年代の日本企業では年配男性が後輩に対して、「職場の女の子を触るときは分け隔てなく全員を触るべし」と、今日であれば痴漢行為をそそのかしていると受け取られかねないことを、まじめな顔で「部下の管理の要諦」として伝授していたのです(実践したことはないけど)。
 これらのことからわかるのは、時代(意識)が変わるには相当の年月がかかり、その中でマスコミが果たす役割は大きいということです。
 
 このことをふまえて、次回は「権利意識の芽生え」ということについて考えてみたいと思います。
by T_am | 2008-11-24 22:57 | 社会との関わり