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カクレ理系のやぶにらみ

tamm.exblog.jp

時間のある方はお読みください。軽い気持ちで読み始めると頭が痛くなります。

メディアの不思議な報道

 ニュースステーションをみていたら、定年退職した田母神元航空幕僚長が退職金6千万円の返納を拒否したということが取り上げられていました。また、参議院が田母神氏の参考人招致を行う予定であり、本人も積極的に応じる意向を示しているところも放映されていました。



 どうやらニューステーションの関係者は田母神氏がお嫌いのようです。その理由は、日本の戦争責任を否定していることに尽きると思います。そういうけしからん人物が更迭されたにもかかわらず定年退職となったことが不満であり、さらに6千万円という高額の退職金を受け取っていること、それを返納しようというそぶりも見せないこと。この人のなることなすことすべて気に入らないという様子です。
 そのうえで、このような人物がトップになれる自衛隊の組織に問題があるのではないか、という疑問も投げかけていました。
 それをいうならば、「このような人物がトップにいても特段の問題が起きなかった自衛隊組織の秀逸さ」を褒めるべきでしょう。戦前の日本では、「似たような人物が軍のトップにいたためについには国が滅びる羽目になった」ことを思えば、組織としてどちらが優秀かは自ずと明らかであると思います。

 田母神氏の論文の内容を読んだわけではないので、私にはそれが正しいとか間違っているという資格はありません。むしろ、ニュースステーションという番組が見せた危うさの方が気になります。
 今回、田母神氏を批判する人たちは、政府見解と異なる意見を自衛隊のトップである人間が公表するのは問題である、という論調で批判しています。だから更迭されて当然であり、懲戒免職ではなく定年退職となって退職金を受け取ったのは許せない、というものです。
 ここで気になるのは、政府見解と異なる意見を発表したから処罰されて当然である、というロジックが展開されていることです。では借問しますが、政府の見解と異なる意見を述べることに対して処罰を加えることが正当であるというのは言論を弾圧することになるとは思わないのですか?
 今回の処分(論文のことが明らかになった10月30日の時点で更迭され、11月3日に空将の60歳定年を遡って適用された)の性急さは、かつて「日本が侵略した国」に対する配慮によるものと思われます。つまり、この国では問題を起こした人物を処分するのに、本人に弁明の機会を与えることもなく諸外国を慮って超法規的に決定することがまかり通るのです。
 自衛隊のトップだから問題なのだという人もいるでしょうが、トップであれば弁明の機会を与える必要がないというのでしょうか?
 過去において、閣僚が「失言」の責任をとって辞任させられたという例はいくらでもあります。今回の措置もそれらの事例と同様、臭いものには蓋をするという感覚で行われたと思います。
 ここには、認識の多重性があると思います。政府の認識は、「まずいことをしてくれた」であり、「大事にならないうちに火を消した方がいい」というものです。一方、失言者を追求する人たちの中には、党利党略を考えて行動している人がいます。これは「敵の失点は自分の得点」という認識ですから政府のそれと精神的には双生児であるといってよいでしょう。第三のグループは、「間違った歴史認識なのだから罰せられて当然」と考える人たちです。
 思うことは三者三様ですが、同じような問題が起こるたびに、それぞれが同じような反応をするので、もはや条件反射となっているように思えてなりません。

 政治家が打算的な行動をとるというのはありがちなことですが、問題はそれをチェックする側にあります。本来であれば在野の人たちは、政治家のこのような打算的な行動を指弾する役割を負っているはずです。ところが、自分の考え方と違うという理由で、自らのチェック義務を放棄して失言者に対する処罰を政府に要求することは、民主主義を誤らせることにつながります。ですから、そのことをおかしいと思わないメディアは実に危ういといえるのです。アナタガ ヤルベキコトハ ソレジャナイデショ?
 田母神氏が受け取った退職金の額まで暴露して、それが高額であることを強調し、さらには返納しないのはけしからんという論調は、自分の意見に同調させるために一般市民に対しての、「情報操作」であるといえるでしょう。自分の意見を通すために、都合のいい事実だけを拾い集めてきてそれを組み合わせて公表するというのは、メディアの行為としては、極めて質の低いものであると思います。
 もしかすると、日本の民主主義のためにはメディアをチェックする機能が必要なのかもしれません。
by T_am | 2008-11-06 23:44 | あいまいな国のあいまいな人々