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カクレ理系のやぶにらみ

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時間のある方はお読みください。軽い気持ちで読み始めると頭が痛くなります。

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 この章には、これを書いた人たちが特権意識の持ち主であることを感じさせる文章が並んでいます。以前も述べた、国民と元首である天皇の間にいる人たちが、上から見下ろす視点で書かれたものが多いのです。こんなものを読むのはばからしいのですが、我慢して読んでいます。
 この草案で新たに追加または変更された文言について、順番に見ていきましょう。今回はその1回目です。

1,第十一条の一部をさりげなく変更
(日本国憲法) 
 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。

(草案)
 国民は、全ての基本的人権を享有する。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利である


 下線部が変更されているところです。一見すると、たいした違いはないようですが、日本国憲法では、「享有を妨げられない」とあるのを、草案では「享有する」とかなり弱い表現になっています。これは、享有するけど制限される場合もある、といいいたいからでしょう。
 2番目のポイントは、日本国憲法にある「現在及び将来の国民に与えられる」という文言が削られているところです。「将来の国民に与えられる」というのがポイントで、これを字義通りに解釈すると、基本的人権に関する憲法の規定は、これをなくしたり弱めたりするような改正をすることはできないという意味になります。
 一方、草案では「現在及び将来の国民に与えられる」という文言をとってしまっているので、その憲法に書かれているものが基本的人権であって、これを侵すことはできないという解釈が成り立ちます。すなわち憲法改正によって、基本的人権も変わってくるということになるのです。
 けっこう、大事な問題がさらりと変更されていることがおわかりいただけることと思います。


2.第十二条の一部を訂正
(日本国憲法)
 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

(草案)
 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力により、保持されなければならない。国民は、これを濫用してはならず、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない


 下線部が訂正されたところですが、ポイントは2つあります。

(1)国民に対し、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚せよと明記したこと(2)自由及び権利は、公益及び公の秩序に反する場合制限されると規定したこと


 まず、(1)の自由及び権利には責任及び義務が伴うという規定ですが、一般的な権利(というよりは取引)と基本的人権とを混同しているのではないかと思います。
 通常、ものを買うときは、自分が欲しいものを受け取る権利が発生しますが、それに見合う対価を支払う義務が生じます。売り手は、代金を受け取る権利が発生しますが、ものを引き渡す義務だけでなく、その品質に対する責任を負うことになります。
 行きすぎた権利意識といわれることがありますが、それは買い手が横暴に振る舞う場合(クレーマーもこの類です)や、公的なサービスの受け手が自分はお客さまであると勘違いするケース(学校や教師に対するモンスター・ペアレントがそうです)を指しているのではないかと思います。

 一方、基本的人権の代表例でである生存権(健康で文化的な最低限度の生活を営む権利、憲法二十五条)について考えてみると、生存権にどんな責任や義務が伴うというのでしょう? 学問の自由(憲法二十三条)や思想・良心の自由(憲法十九条)、参政権(憲法十五条)も同様です。
 どうやらこの変更は、なんとなくわかったような文言を並べることで、国民に対し、基本的人権を制限する場合があることを認めさせようとするものではないかと思います。
 このように、まるで見当違いのことを持ち出して、あたかもそうであるかのように説明するという手法は安倍総理が得意とするものであり、自民党が発行している改憲のPRマンガにも見られます。


http://jimin.ncss.nifty.com/pdf/pamphlet/kenoukaisei_manga_pamphlet.pdf


 ちなみに、日本国憲法が第三章で定めている国民の義務とは、子女に対し教育を受けさせる義務(こどもに労働させることの禁止)、勤労の義務、納税の義務の3つです。

 (2)について、日本国憲法では、誰もが自分の権利を無制限に主張した場合必ず衝突が起こるという考えから、権利の衝突を調整するために公共の福祉という概念を定めているものです。たとえば表現の自由とプライバシー権の侵害という問題がこれに該当しますが、実際には判例によって何が公共の福祉になるのかが示されるので、わかりにくいという欠点があります。
 一方、草案に書かれている公益及び公の秩序は公共の福祉とは異なる概念です。公益を別な言葉で表現すると「全体の利益」となります。昔の中学校の教育では、公共の福祉=みんなの利益なのだから我が儘をいうな、みたいなことが教えられていました。
 そのような記憶のある人にとって、草案に書かれていることに違和感を感じることはないようですが、全体の利益が個人の権利に優先するとはどういうことかについて、考えてみましょう。
 たとえば、東京オリンピックのための競技場を新たに建設するために、建設予定地にある住宅や学校、病院を移転させることが決まっても個人は反対することができず、大人しく従わなければならないということです。北京オリンピックのときに、競技場を建設するためにその予定地に住んでいる住民が強制的に移転させられているというニュースが入ってきて、いかにも中国らしいという反応がありましたが、どうやら日本も中国と同じようにしたいというのが自民党のセンセイ方のお考えのようです。
 オリンピックの競技場というのを、原子力発電所、放射性廃棄物保管施設と言い換えても同じことであす。民主的な手続きに則って決まったことなのだから文句をいうな。そんな時代がそこまで来ているように感じます。

 公共の福祉と公益というのは、一見よく似た言葉ですが、その意味することはまるで異なるということは知っておく必要がああります。

 次に公の秩序という文言ですが、これは解釈によっては、デモを取り締まる口実になりかねません。デモを行う際は警察に事前に相談に行き、許可を得てから実施するわけですが、いったん許可を受けたデモであったとしても、公の秩序を乱すと判断された場合は警察が介入することになり、逮捕者が出ることも考えられます。また、デモが大規模なものである場合、治安出動のために国防軍が出動することもありうるというのが、自民党の草案です。

 問題は、何が公益にかなうことなのか、あるいは何が公の秩序に反することなのかが、かなり恣意的に判断されるのではないかということです。
 沖縄県東村高江で起きていること(本土ではほとんど報道されていませんが)を思うと、杞憂ではないように思います。
by t_am | 2016-07-27 20:50 | その他
 今回は改憲草案のポイントのひとつである「第二章 安全保障」を読むことにします。
 せっかくですから、全部を引用してみましょう。

(平和主義)
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての戦争を放棄し、武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない。
2 前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。

(国防軍)
第九条の二 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する。
2 国防軍は、前項の規定による任務を遂行する際は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
3 国防軍は、第一項に規定する任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。
4 前二項に定めるもののほか、国防軍の組織、統制及び機密の保持に関する事項は、法律で定める。
5 国防軍に属する軍人その他の公務員がその職務の実施に伴う罪又は国防軍の機密に関する罪を犯した場合の裁判を行うため、法律の定めるところにより、国防軍に審判所を置く。この場合においては、被告人が裁判所へ上訴する権利は、保障されなければならない。

(領土等の保全等)
第九条の三 国は、主権と独立を守るため、国民と協力して、領土、領海及び領空を保全し、その資源を確保しなければならない。


 注目すべきは、九条二項で自衛権(当然集団的自衛権も含まれます)を有すると宣言しているのに加え、九条の二第三項で国際的な制裁措置(「国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動」)に参加できると明記していることです。さらに、「公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動」として治安出動も可能にしている点も見逃せません。
 これらを整理すると、国防軍の任務は次のようになります。

(1)個別的自衛権の行使
(2)集団的自衛権の行使
(3)国際的な制裁措置への参加
(4)治安出動

 こうしてみると、現行憲法に比べると、かなり範囲が広がっていることがわかります。国防軍という名前をつけていますが、単に軍といった方がいいように思います。
 なお、治安出動に関しては、自衛隊法78条(命令による治安出動)と同81条(要請による治安出動)にその規定があり、一般の警察力では治安が維持できない場合に、自衛隊を出動させるというものです。もっともこれまで治安出動が行われたことは一度もないのですが、今後もそうだと断言できると保証するものは何もありません。自衛隊法がどのように改正されるのかを注意する必要があるでしょう。

 さて、第二章の中で最大の懸念材料は九条の三です。「国は、主権と独立を守るため、国民と協力して、領土、領海及び領空を保全し、その資源を確保しなければならない。」と書かれていますが、普通に読めばこれは徴兵制を念頭に置いている文言であると解釈できます。
 自民党が出している憲法改正草案Q&Aには「現在の政府解釈は、徴兵制を違憲とし、その論拠の一つとして憲法 18 条を挙げていますが、これは、徴兵制度が、現行憲法 18 条後段の「その意に反する苦役」に当たると考えているからです。」(14ページ)と書かれていますが、わたしたちは、これまでの政府解釈が簡単にひっくり返されたという実例を目の当たりにしたばかりなので、あまり信用できません。


http://constitution.jimin.jp/faq/


 また、安倍総理も、2015年7月30日の参議院特別委員会で「(徴兵制は)明確な憲法違反で、導入は全くありえない。」と答弁していますが、安倍総理のこの発言が未来の日本の総理大臣たちを拘束するものではありませんから、鵜呑みにしない方がよいと思います。徴兵制に手をつける前に、経済的徴兵という手段もあるわけですし。

 草案の第二章に書かれていることは、軍隊を持つ国であればごく普通の規定であるといわれるかもしれません。それはその通りかもしれませんが、わが国がアメリカの属国的立場にある以上、イラク戦争のときのような過ちを犯す可能性が極めて高いと思います。せめて、イラク戦争に荷担した是非について独自に検証しようというのであればいいのですが、政府にはそういう気持ちはないようです。つまり、責任を取りたくないからなのでしょう。
 責任をとろうとしない人たちに武力行使の決定権を与えるのは極めて危険です。国民がどれだけ死のうと指導者たちは責任を一切とらないのですから。
by t_am | 2016-07-19 23:23 | その他
 今回は、第一章のおさらいです。
 草案第一章の特徴は次の3点であるといってよいでしょう。


1.天皇を元首として規定していること
2.国民にも義務を課していること
3.総理大臣の衆議院解散権を明記していること

 日本国憲法前文の主語はすべて日本国民とそれを示す「われら」です。したがって、日本国憲法は日本国民が自らつくりあげた憲法であるということになります。
 一方、草案の前文に書かれている主語は、大別すると日本国と日本国民の2種類です。念のため、以下に引用しておきます。

(前文)
 日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴いただく国家であって、国民主権の下、立法、行政及び司法の三権分立に基づいて統治される。
 我が国は、先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、今や国際社会において重要な地位を占めており、平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、世界の平和と繁栄に貢献する。
 日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。
 我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる。
 日本国民は、良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため、ここに、この憲法を制定する。
 
 既に申し上げたように、3番目の段落は「日本国民」の意思というよりは、日本国民に対しこうしなければならないと定めているかのような印象が拭えません。また4番目の段落を読むと日本国民の存在理由が国を成長させることであるかのようにも受け取れます。その考え方の延長が5番目の段落であり、国歌を末永く継承するために憲法を制定すると書かれています。つまり、この草案は国歌を成長させ、末永く存続させるために憲法を定めると明記しているわけであり、国民はそのために存在しているのだということになるのです。

 このような記述をするのは、少なくとも日本国民と同じ位置に立っている人ではありません。むしろ上からの視点でこの草案をつくっているということに気づきます。その人たちは、元首である天皇と国民の間にいる人たちであり、天皇を神聖視し、自分が率先して天皇をあがめ奉ることで、自分自身の権威を高めていくことができるということを知り尽くしている人たちです。
 その人たちが次に何をするかというと、国民に義務を課し、その権利を制限することに着手するということです。既に、第一章では国旗と国歌を尊重する義務を国民に対して課すことにしています。
 かれらが国民に課す義務と、制限しようとする権利がどのようなものであるのかは、今後草案を読んでいく中で次第に明らかになっていくことでしょう。
by t_am | 2016-07-18 21:34 | その他
 今回は自民党の憲法改正草案(以下「草案」)のうち「第一章 天皇」について読んでみます。草案の第一章は現行憲法の上書きといったイメージですが、新たに追加された条項もあります。

(日本国憲法との違い)
1.天皇を元首であると規定していること(第一条)
2.国旗を日章旗とし、国歌を君が代と定めたうえで、国民にこれを尊重する義務を課していること(第三条)
3.元号は、皇位の継承があったときに定めるという規定を設けたこと(第四条)
4.天皇が行う国事行為については内閣の進言(日本国憲法では助言と承認)を必要とするとさだめたこと。(第六条4講)
5.衆議院の解散は総理大臣の進言によると明文化したこと(第六条4項)
6.天皇は国事行為の他、国や地方自治体その他の公共団体が主催する式典に出席すること、および公的な行為を行うと定めたこと(日本国憲法にはこの規定はなく、国事行為のみを行うという規定があります)

(天皇を元首として定めることについて)
 日本国憲法には、天皇は日本国民統合の象徴であるという規定はあるものの元首であると明確に規定しているわけではありません。そもそも元首とは国を代表する資格を持つわけで、外交儀礼上、現状でも天皇が元首である解釈することは可能です。さらに、日本国憲法憲法第七条に定める天皇の国事行為はまさに元首がなすべきことですから、案の第一条だけを読むと、天皇が元首であると明文化することは妥当であるかのように思われます。けれども第六条4項のように、天皇の権限が強化されそうな文言が入っているところが気になります。

第六条4項 天皇の国事に関する全ての行為には、内閣の進言を必要とし、内閣がその責任を負う。ただし、衆議院の解散については、内閣総理大臣の進言による。

 草案の第六条4項では、進言の伴わない国事行為はできないと解釈できますが、進言という言葉は天皇が拒否することもできるという解釈も成り立つように思います。(実際に天皇が拒否することは可能であるかどうかは別の問題です。)そのうえで天皇が下した判断は「聖断」であって何人も批判してはならないと言い張ることも可能になると思います。それで誰が得をするのかというと、天皇に進言することができる地位にいる人であることはいうまでもありません。


(国旗と国歌の尊重義務)
 日本には既に国旗と国歌に関する法律があります。そのうえ国旗と国歌を憲法で定める必要があるのでしょうか? 憲法でもこれを規定する理由は、国民に国旗と国歌を尊重する義務を課すことだと考えられます。現状では公務員が国歌斉唱の際に起立しなかった場合、条例によって処罰されることがありますが、この草案の通りになると、一般の国民も処罰の対象になっても不思議ではなくなります。すなわち、思想信条の自由が制限されることにつながっていく可能性を秘めた規定であるといえます。

(元号規定について)
 草案の文言は、「元号は、法律の定めるところにより、皇位の継承があったときに制定する」です。実は元号法というべき法律が既に制定されていて、その条文は次の通りです。

1  元号は、政令で定める。
2 元号は、皇位の継承があつた場合に限り改める。

 既に元号法がある以上憲法に書き加える必要があるのかと思いますが、憲法に元号を書き込むことによって、「元号の廃止が簡単にはできないようになる」という面はあります。現行の法体制では元号をなくすには号法を廃止すればよいのですが、憲法に書き込むと、憲法改正をしなければ元号が廃止できなくなるからです。
 もしかすると、草案をつくった人たちには、日本の元号は645年の大化から始まり、以来千四百年弱続いてきた制度であって、日本の文化と深く結びついているものであるから、これを憲法に盛り込むことは当然であると考えているのかもしれません。その可能性は極めて高いと思いますが、そこには、憲法を金科玉条のように思っている一方で、日本国憲法を蔑ろにしているという矛盾が感じられます。そういうと、「いや、あれはGHQに押し付けられた憲法だから本当の意味での日本の憲法とはいえないのだ」と反論されるかもしれません。憲法改正を主張する皆さんが心からそう思っているのであれば、日本をアメリカの属国のように位置づけている日米地位協定の改定を主張してもよさそうなものですが、残念ながらそういう主張はなされていないようです。

(衆議院の解散権について)
 日本国憲法に定める衆議院の解散の規定は、第六十九条「内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、十日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない。」と天皇の国事行為を定めた第七条のうち第三号「衆議院を解散すること」の2つです。七条の規定は、天皇は内閣の決定を追認するというものですから、第七条三号の規定は、総理大臣に対し、任意に衆議院を解散できる権限を与えていると考えられているようです。
 にもかかわらず、草案では「衆議院の解散は、内閣総理大臣が決定する」(第五十四条)という規定を新たに設け、さらに第六条4項ただし書きとして「衆議院の解散については、内閣総理大臣の進言による。」という文言を追加しています。
 なぜこういう文言を追加するのかというと、現行の規定のままでは、総理大臣の解散権があまりにも曖昧であるからです。普通に考えれば、憲法の中で衆議院の解散について書かれているのは第六十九条の「衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したとき」だけですから、これ以外に衆議院を解散してもよいと考えるのは乱暴な気がします。衆議院議員も総選挙によってその地位を得た人たちなのですから、内閣総理大臣の気持ちひとつでその地位を奪ってよいものか甚だ疑問に思います。
 総理大臣は国会が指名した人であることを考えれば、総理大臣も衆議院議員も国民の信託を受けた人と解釈することができます。その衆議院と総理大臣(内閣)の間でが対立が生じ、容易に解決できそうもないとき(不信任決議が可決されたとき)の解決策として内閣が総辞職するか衆議院を解散するかどちらかを選ぶとしているわけです。
 要はそれ以外に衆議院を解散する必要がどこにあるのか、ということです。総選挙を1回やればその間政治的な空白が生じますし、選挙に世する費用は税金の負担も候補者の負担もそれぞれ大きなものになります。
 とはいうものの、小泉元総理が行った郵政解散のように、総理大臣が自らの政策の信を国民に問うという意味での解散まで否定できるかというと、そうではないようにも思われます。
 したがって現実的な考え方としては、総理による解散権は認めつつも、解散ができるのはこのようなときと法律で定めることで解散権を制限するというのが妥当だと思います。

 ところが、草案の第五十四条には「衆議院の解散は、内閣総理大臣が決定する」とあり、しかも「法律の定めるところにより」という文言もない以上、総理大臣に対し任意に解散権を行使することをはっきりと認めることになるといっても差し支えないと思います。


(公的な行為を行うという規定について)
 ここでいう公的な行為というのは地方公共団体が主催する公的な式典や国会の開会式で「おことば」を述べることなどが想定されているようです。(「日本国憲法改正草案Q&A」自由民主党 P8 より)

https://jimin.ncss.nifty.com/pdf/pamphlet/kenpou_qa.pdf 

 したがって、これらの公的行為を憲法によって合法化するのは一見もっともなようにも思われますが、ここにも「法律の定めるところにより」という文言がありません。この文言があれば、天皇が出席する式典や公的行為が何なのかが明白になるのですが、それがないということは、何が公的行為にあたるのかという判断、および天皇がどの式典に出席するかという判断は内閣に委ねられるということになります。たとえば、将来全国戦没者追悼式を靖国神社で行うと内閣が決めた場合(昭和39年の追悼式は靖国神社で行われた)、当然天皇も出席を求められるでしょう。政教分離の原則を持ち出して靖国神社での開催を批判しても、過去に実施したことがあるという前例を持ち出され、うやむやのうちに強行されるものと推測されます。なぜならば、国家元首である天皇が靖国神社に詣でるという事実こそが、この草案をつくり支持する人たちが願ってやまないことだからです。


 本稿で述べたことは穿ったものであると思われるかもしれません。しかし、現政権のこれまでやり方をみると、想定されるあらゆるケースを検討しておくことは決して無駄ではないように思えてなりません。
by t_am | 2016-07-18 12:20 | その他
 今回は、自民党の憲法改正草案の前文を検討する2回目の試みになります。


(前文)
 日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴いただく国家であって、国民主権の下、立法、行政及び司法の三権分立に基づいて統治される。
 我が国は、先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、今や国際社会において重要な地位を占めており、平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、世界の平和と繁栄に貢献する。
 日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。
 我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる。
 日本国民は、良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため、ここに、この憲法を制定する。



 この前文の特徴として独特の言葉遣いがあげられるといえます。以下並べてみましょう。

・「長い歴史と固有の文化」
・「誇りと気概を持って」
・「和を尊び」
・「互いに助け合って」
・「美しい国土と自然環境」
・「活力ある経済活動」
・「教育や科学技術を振興」
・「良き伝統」

 これらの言葉に共通するのは、なんとなくわかったような気になるものの、具体的に何を意味するのかということを突き詰めて考えようとするとよくわからなくなるというところです。しかも、ここに書かれていることは特段悪いことではないだけに、余計に質が悪いのです。というのは、どれも反対しづらいことが書かれているわけですが、実際には「誇りと気概を持って」と判断するのは「わたしではない誰か」になるのはいうまでもありません。同様に、「良き伝統」と判断するのも「わたしではない誰か」になるのです。
 さらにいえば、「互いに助け合う」ことができない場合だってあるはずですが、そのときはどうなるでしょうか? そもそもこういうことまで憲法で規定しなければならないのでしょうか?

 思うに、これらのことは、この草案をつくった人たちの心の中にある「良いもの」なのかもしれません。そのような「良いもの」で溢れた国にしたいという思いがあってこのような前文になったのかもしれません。問題なのは、それを実現させるためには個人に対し義務を課し、権利を制限することも厭わないという点です。

 自分の価値観を実現させるためには他人に対しその権利を制限し、義務を課してもよいのだという考え方に与することはわたしにはできません。個人の趣味嗜好としてファンタジーの世界を思い描くことは勝手ですが、それを現実の社会に摘要させようというのは正気の沙汰とは思えません。
 この間の参院選で、神奈川県でトップ当選した三原某の発言である「神武天皇の建国のときからの歴史というもの、そのすべてを受け入れた憲法をつくりたい」に対し、呆れたり批判する声が聞こえてきていますが、わたしには改憲草案の前文も同じレベルであると思われます。
 というのは、自分たちのファンタジーを現実の政治に持ち込もうとする姿勢と、そのことに何の疑いも抱いていないというところが同じだからです。

 同調圧力が高いと言われている日本社会において、ファンタジーを政治に持ち込むということが現実のものになったらどうなるのか? その答えを、およそ80年前の日本人は経験しました。当時は国を挙げて無謀な戦争に取り組んでいた時代でしたから、その矛盾から国民の目をそらすためにも同調圧力が意図的に高められていました。このことは是非覚えておいたほうがいいと思います。国民の一挙手一投足に文句をつけるような世の中になりつつあるとき、それは決まって権力にとって不都合なことが進行しているということなのですから。

 自民党の改憲草案の前文を読むと、将来日本がそのような方向に進んでいく途を拓くものであるといわざるを得ません。もしかすると、この草案をつくった人たちの間にも、「自分たちが戴くファンタジーには矛盾があっていつか破綻するだろう」という予感がこのような言葉を選ばせたのかもしれません。
 もっともそのツケを払うのは彼らではなく、社会の動きに無関心でいた国民の方なのですが・・・


追記
 前文の中に、「平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、世界の平和と繁栄に貢献する」という文言がありますが、これはアメリカを中心とした国際秩序の維持を前提としたものです。平和主義といっても、アメリカと敵対する国がその対象とはならないことはイラク戦争を見れば明らかです。アメリカもイギリスもイラク戦争は過ちであったという反省がなされていますが、日本政府の見解は「大量破壊兵器があるという嫌疑をかけられて、そうではないと証明しなかったイラクの方が悪い」というものです。これは言いがかりをつけておいて、その相手が自分は無実であると証明できないならば武力に訴えても構わないといっているのに等しいわけです。このようにならず者の理屈を公然と口にする政権の積極的平和主義がどのようなものであるか、想像するのはそれほど難しいものではないと思います。
by t_am | 2016-07-13 23:36 | その他
 今回の参議院選挙の結果、改憲勢力が憲法改正の発議に必要な3分の2の議席数(162議席)を獲得したことから、自民党が発表している憲法改正草案について改めてどんなものであるかを確認してみようと思います。
 今回は第1回ですので、前文を検討することにします。

(前文)
 日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴いただく国家であって、国民主権の下、立法、行政及び司法の三権分立に基づいて統治される。
 我が国は、先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、今や国際社会において重要な地位を占めており、平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、世界の平和と繁栄に貢献する。
 日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。
 我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる。
 日本国民は、良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため、ここに、この憲法を制定する。


 全部で5つの段落から構成されている前文のうち、最初の2つの段落の主語は「日本国」と「わが国」です。また、残りの3つは「日本国民」と「我々」です。
 最初の2つの段落の主語は自然人ではないにもかかわらず、こうするという意思を示す文章になっているので、本当の主体はこの文章をつくった人であることがわかります。それは少なくとも「わたしでない誰か」であり、その誰かがわたしのあずかり知らぬところで決めたという「押しつけ感」が拭えないのが、この改憲草案の特徴です。
 3番目の段落の主語は「日本国民」ですが、よく読むと、日本国民の意思というよりも日本国民に対する義務が書かれている条文であることがわかります。また、4番目の段落に「我々は、自由と規律を重んじ」とあるのも義務を定めたものです。ちなみに、あえて規律と書いているのは、後で出てくるように、基本的人権よりも公益や公の秩序の方が優先すると考えているからでしょう。
 3番目の段落にある「基本的人権を尊重する」というのは、それが制限される場合があるためにこのような書き方をしているといえます。そうでないのであれば「保障する」という言葉を用いるのが普通ですし、現に、日本国憲法では「この憲法が国民に保障する基本的人権」(第十一条)という書き方をしています。したがってこの憲法草案では、基本的人権よりも優先するものがあると考えており、それを国民が守る義務として定める、という役割を憲法にもたせていると解釈できるのです。
 5番目の段落で「良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため、ここに、この憲法を制定する」と書かれていますが、憲法を制定する目的は国家を子孫に継承するためではありません(国の存続は憲法とは関係ないところで決まります)。権力の濫用を防ぐために、権力を制限するというのが立憲主義の考え方です(憲法に違反する法律は認められないというのはこのため)。にもかかわらず、自民党の改憲草案ではこのような書き方をしているのは、この憲法草案の根底にある考え方(国民の義務)を「末永く子孫に継承する」ことが目的であると考えられるのです。

 このように見てくると、この憲法草案をつくったのは日本国民ではなく、日本国民よりも一段高いところにいる存在であり、そのことを隠そうともしない人たちであることがわかります。日本国憲法の場合、憲法を制定する作業に携わった人たちにこのような「上から目線」の姿勢があったとは日本国憲法の文言からは感じとることができません。そこに書かれている内容は、あの時代にあって「もう戦争はこりごりだ」と思っている人たちに広く受け入れられるものでしたし、現代の日本人にも通じるものがあると思います。(もちろん例外もあるわけですが。)
 
 憲法をこのようなものに改めるというのであれば、それはもはや改憲という生易しいものではありません。今ある憲法を廃棄し、新たな憲法を制定するということに等しいので、日本という国を全く別の国にする企てであると考えるべきでしょう。
by t_am | 2016-07-13 22:18 | その他
 昨日の参院選の結果、議席を伸ばした政党と逆に減らした政党を比較してみたい。

(議席を伸ばした政党)
自民党       +5議席
公明党       +5議席
おおさか維新の会  +5議席
共産党       +3議席

(議席を減らした政党)
新党改革      △1議席
社民党       △1議席
民進党       △12議席
生活の党      △2議席

 こうしてみると、国民の一部分を代表している政党は議席を伸ばし、そうでない政党は議席を減らしているといえる。もっと正確にいうと、国民の代表たりえない政党が議席を減らし、その分を他の政党が拾ったと解釈できるのである。

 自民党がどういう人たちを代表しているかといえば、まず第一に政官産が一体になった利権の配分メカニズムに属する人たちがいる。次に、安倍政権になってから反左翼といわれる人たちを代表するようになっているのが目立つ。
 おおさか維新の会は、既得権益を否定し改革を推し進めるという政党であるから、その政策はわかりやすい。(それでいて政党トップが自民党と親和性が強いというのは理解に苦しむ。これまで既得権を築いてきたのは自民党である。ゆえに大阪では自民党とは対立関係にあるにもかかわらず、国政では自民党に近い姿勢を示している。)
 公明党は創価学会、共産党は共産党員だけでなく、リベラル層も取り込んできているように見える。

 本来労働者の方が圧倒的多数を占めるのだから、社民党や民進党が議席を獲得してもよさそうなものであるが、結果は逆である。そのことが意味するのは、この2党が労働者から浮いているということだろう。このことは、以前橋本治さんが指摘していたように、自分たちの都合で政党を分裂させたり合流させたりといったことを繰り返すうちに、国民から浮いてしまったということなのだと思う。民主党が政権をとるときには、霞ヶ関には埋蔵金が埋まっているのでそれを活用すれば増税する必要はないのだと豪語しておきながら、菅政権になってからの参院選で突然消費税を10% にしなければならないといいだしたことがある。その結果惨敗したのであるから、自分たちが基盤とする層のための政策を執るということを放棄した政党の末路はこうなるという見本のようなものだ。

 今回の選挙の結果は、改憲勢力が3分の2を占めたということがクローズアップされているが、実際のところは民進党の惨敗である。民進党執行部は、この辺で発想を変えて自分たちが誰を代表する政党なのかを再確認しないと、今後ますます議席を減らすことになるだろう。
by t_am | 2016-07-11 20:17 | その他
 たとえば、縦(列)方向に入力されているデータを横(行)方向に並べ替えたいという場合があります。この場合、縦方向のデータを選択してコピーしてから、右クリックで「形式を選択して貼り付け」を選び、「値」にチェックをいれてから「行列を入れ替える」をチェックして「OK」をクリックする方法があります。

c0136904_21383444.jpg


 ただ、この方法だと数値の貼付になってしまうので、元のデータが更新された場合同じ作業をしなければコピー先に変更が反映されることはありません。これだとちょっと不便ですよね。
 そこで、今回はOFFSET関数と作業用セルを使って、データが入っているセルの参照式を横方向に一気にコピーするという方法をご紹介します。なお、この方法の応用技として、横方向に1個動くと縦方向に2個動いたセルを参照するというトリッキーな複写ができるので、覚えておいて損はないかもしれません。


 下の図をご覧ください。

c0136904_2138454.jpg



 セルB4から縦方向に文字が入力されています。これを横方向に並べ替えたいのですが、数式を使ってこれをやってのけようというのが今回の目的です。

 そのために、まずOFFSET関数についておさらいしておきましょう。OFFSET関数の引数は次の通りです。

 OFFSET(基準となるセル,行数,列数,高さ,幅)

 ここで、「高さ」と「幅」は省略可能であり、今回は使わないのでないものと思ってもらって構いません。そうするとOFFSET関数の構文は次の通りとなります。

 OFFSET(基準となるセル,行数,列数)

 これが何を意味するかというと、「基準となるセルから縦方向に動かす数(行数)と横方向に動かす数(列数)を指定すると、その分移動した先のセルを参照する」ということになります。
 具体例をあげてみましょう。

 =OFFSET(A1,1,1) という数式は、セルA1から縦方向に1つ横方向にも1つ動いたところ、つまりセルB2を参照します。

 同様に、=OFFSET(A1,1,0)という数式はセルA1から縦方向に1つだけ動いたところであるセルA2を参照します(横方向の移動は0です)。

 そこで図に戻ると、セルB4には「あ」という文字が入力されていて、セルB5には「い」という文字が入力されています。セルB5というのは、基準となるセルであるB4から縦方向に1つ下に移動したセルでもあります。同様に、セルB6は基準となるセルB4から縦方向に2つ下に動いたセルということになります。

 そこで、まず作業用セルを用意しましょう。
 まず、セルE9に1という数値を入力します。次にその右隣であるセルF9に「=E9+1」という数式を入力し、この数式を右方向にコピー&ペーストします。(数式の答えが14となるところまでコピペしてください。)

 次に、セルD10に「=B4」という数式を入力します。すると「あ」という文字が表示されます。今度はセルE10に「=OFFSET($B$4,E9,0)」という数式を入力します。その結果は「い」という文字が表示されることを確認してください。

 ここでちょっと説明しておくと、OFFSET関数の引数は数値なので、答えが数値になる関数や数式を引数に入れることもできるのです。つまり、セルE9には2という数値が入っているので、「=OFFSET($B$4,E9,0)」という数式は「=OFFSET($B$4,2,0)」と同じなのです。
 今回のように、縦方向にデータが入っている場合、基準となるセルからの距離が1つずつ増えていくわけなので、OFFSET関数の引数も1つずつ増えていくことになります。その場合、引数を数値で入力するよりも作業用セルを使う方が作業効率は圧倒的に改善されます。
 作業用セルにあらかじめ連続する数値をいれておき、OFFSET関数の引数としてこの作業用セル参照するように数式を設定して、右方向にコピペすれば、OFFSET関数の引数が自動的に変化してくれるようになるのです。

 もう一つ注意していただきたいのは、基準となるセルであるB4を絶対参照で指定しておくということです。こうしておけば、OFFSET関数をコピペしても基準となるセルは固定されたままです。
 試しに、元のデータを変更すると、横方向に並び替えたところにもその変更が反映されるはずです。


 なお、応用編として、作業用セルの値を2つずつ増やすようにすると、縦方向に1つおきに参照するようになります。よかったら試してみてください。

追記
 今回は縦方向だけの移動でしたが、縦横の移動をがあるという場合、作業用セルを2段にして1段目を行数、2段目を列数に充てて、それぞれ参照する数式をOFFSET関数に組み込んでください。
by t_am | 2016-07-09 21:40 | Excel のあの手この手
 GPIFの昨年度の損失が5兆数千億円になったというニュースが流れ、損失が出たことをもって安倍政権を批判するTwitterを見かけます。
 しかし、資金運用にはリスクが伴うので、黒字になることもあれば赤字になることもあるとわたしは思っています。現に、安倍総理は「安倍政権になって3年間で38兆円の運用益をあげている。運用は長期的な視点で行い、短期的な評価はすべきでない。」と反論しています。

http://www.sankei.com/politics/news/160701/plt1607010068-n2.html

 問題はそれよりも、株式の運用比率を引き上げて(現在は50%)リスキーな運用を行っていることでしょう。というのも、GPIFの運用比率が変更されたのは2014年10月だからです。2015年度が5兆数千億円の赤字なのですから、運用比率を変更して大量の資金を投入したにもかかわらず、逆に損失がでてしまったということになります。いい方を変えれば、運用益が上がっていることに気をよくして、どーんと資金を追加投入したら逆に大損したということになります。したがって、「安倍政権になってからの3年間で38兆円の運用収益を出している」という反論が的外れなものであることがわかります。
by t_am | 2016-07-03 13:17 | その他