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カクレ理系のやぶにらみ

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時間のある方はお読みください。軽い気持ちで読み始めると頭が痛くなります。

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 日本が「いい国」であるといってよい理由は、自分と異なる人間を認めようという気運が戦後育まれてきたところにあります。そのきっかけは、日本国憲法によって様々な自由が保障されたことであり、個人が自由を追求していくと、どうしても他人の自由と衝突せざるを得ない場合があり、その場合どのように折り合いをつけていくのかという課題をつきつけられたからだといってよいとおもいます。

 もともと、日本の社会は農耕社会が基盤にあるために、黙っていても「同調圧力」が作用するようになっています。というのも、農耕社会では、皆が一斉に田植えをしたり稲刈りをするということをしないと、社会が混乱するからです。他人と同調するのが嫌だという変わり者が現れた場合、程度の差はあれ、何らかの形の制裁が加えられるようになります。いわゆる「いじめ」がそれであり、「無視」と「嫌がらせ」が主な手段として用いられます。(制裁の最終形が「村八分」になります。)
 このような「同調圧力」が働くところでは、その圧力に屈することで平穏な生活を送れるようになります。それはたとえていえば、河の流れに逆らって歩くのか、それとも流れとともに進むのかという違いになります。流れに逆らうよりも、流れに身を任せて進む方がはるかに楽であることは容易に想像つくことと思います。
「空気を読む」という言葉がありますが、これも同調圧力に逆らわず生きていくという処世術をあらわしている言葉です。そのような立場に立てば、場の空気が読めない人間はある種の能力が欠落した落ちこぼれであるということになります。そのような人間は揶揄しても構わないというのが暗黙のルールですから、「KY」-本人にはわからないけれどもまわりの人間にはわかる-という言葉が生まれることになりました。このことは、私たちが農耕社会につきものの同調圧力に対する受容体を備えているということを意味します。

 戦後の高度経済成長を実現させるために、農村部から都市部への大規模な人口移動が行われました。時期を同じくして台頭してきた個人主義は、そうやってできた郊外の新興住宅地の住民の間で浸透していき、かつての農村社会とは異なり、隣人に対してどちらかといえば無関心な社会が形成されるようになりました。それは、言い換えれば、他人に干渉しない代わりに干渉されたくないという思いからきています。
 このような、他人に干渉されたくないから干渉しないという思いがある一方で、どこかで他人と関わりを持っていたいという思いも私たちの中にはあります。この一見矛盾する二つの思いを共存させるための解答が、自分と異なる者の存在を認めるということになるのです。

 そのものが持っている「よさ」というのは、それが失われたときに初めてわかるのかも知れません。
 長引く不況によって、日本人は全体的に貧しくなっていますから、必然的に自由奔放な活動というのはなりを潜めるようになりました。何をしたらいいのかわからないので、これはいいものだと断言できるものを見つけると、みんなが一斉に飛びつくということが行われるようになりつつあります。
 その例が、美談が大きく取り上げられるという風潮であり、あるいは「正義感の発露としての行動」(反原発デモなど)があげられます。ただ、注意しなければならないのは、正義感は憎悪という感情に転化しやすいということです。やっかいなのは、本人にはその自覚がないということであり、自分は正義を行っているのだという揺るぎない自信を持っていることです。
 ひとつだけ、その事例をあげておきましょう。大津市の中学校でいじめによる自殺が起こったときに、ツイッターでは正義感の持ち主が一斉に活動を開始しました。いじめに荷担したとされる生徒の実名だけでなく、その親の氏名や勤務先まで晒す(さらに、リツイートによって拡散させる)ということが行われたのです。しかも、その中にはまったく関係ない人が当事者であると誤って晒されたケースもありました。さすがに、その後は下火になりましたが、「晒し」に加わった人たちの動機は正義感であり、人が一人死んでいるんだから罰を与えて何が悪いという気持ちであったと思います。

 このような行動をする人たちには、自分と対立する者を許さないという共通項があります。興味深いことに、その共通項は、その人たちと意見が対立してる人たちにも見られるのです。つまり、「あいつらの言ってることはとうてい許されるものではない。俺は絶対に許さない!」という気持ちは双方に共通しているということなのです。
 それは、新大久保のデモにおける対立に見られることですし、反原発と原発推進という対立にも見られることです。肝心なのは、いったん感情レベルでの対立に陥ってしまうと誰の得にもならないということです。

 美談に飛びつくということについて、少し書いておきます。

 テレビドラマで人気が出るのは、笑いがあってホロリとさせられ、最後はハッピーエンドに終わるという作品です。松竹新喜劇がそうですし、最近では「あまちゃん」がそうでした。
 「あまちゃん」は私も好きでよく観てたのでわかるのですが、「あまちゃん」に対して批判的なことを言う人がいると、「そんなことないよ」とつい反論したくなります。これは宮崎駿監督の「風立ちぬ」についてもあてはまることで、人間は自分がいいと思っているものを貶されるとつい感情的になるのですね。
 これは感情なので、その発生を止めることはできませんが、意識してその振幅を抑制することはできます。一人や二人の感情であればたいした影響はありませんが、それが大勢のものになるとその影響は無視できなくなります。

 せっかく自分と異なる者も許容しようという気運が育ってきているところだけに、あたかもそれに逆行するかのような動きが見えているのは残念でなりません。
by t_am | 2013-10-25 18:51 | その他
 下の写真をご覧ください。買ってから1年後の私のiPhone5のlightning ケーブル(メンドクサイので以下「ライトニングケーブル」と書きます)の姿です。

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 ライトニング・プラグの根元がZ字型に折れ曲がっており、さらにはケーブルを覆っている皮膜が裂けているのがおわかりいただけると思います(名前の通り、稲妻を連想させる状態になっています)。また、反対側のUSBプラグ側でも、ここまで深刻ではありませんが、ケーブルの被膜に節のようなものができています。この節がどんどん大きくなっていくと、最後には皮膜が裂けてしまうわけです。
 この状態でも、充電したりPCとの同期に支障はなかったのですが、皮膜が裂けて中身が剥き出しになった状態で使い続けるというのも気味が悪かったので、先日Appleのサービス・プロバイダに持ち込んでめでたく交換してもらうことができました。保証期間内だったのです。
 珍しい経験だったので友達に聞いてみたところ、同じ経験をしている人が何人もいることがわかりました。対応はまちまちで、販売店に持ち込んで交換してもらった人もいれば、泣き寝入りをして新しいケーブルを買った人もいます。そういえば、サービス・プロバイダの窓口の人に、「こういうケースは他にも起きているんですか?」と訊いたところ、曖昧な返事しか返って来なかったので、頻繁というほどではないかもしれませんが、無視できない頻度で発生しているのかもしれません。

 iPhone5になってから、本体内部のスペースを有効に活用するためでしょう、それまでのDockコネクタをやめ、よりコンパクトなライトニング・コネクタに変更されました。従来のDockケーブル(2年間使いました)のときにはこんな問題は発生しなかったのに、1年しか使っていないライトニングケーブルで発生し、しかも私だけではないということは、どうやらケーブルの仕様そのものに問題があるのではないかと疑わしく思います。
 アップル・ストアがない地方に住んでいると、修理をしたもらいたいときはサービス・プロバイダに持ち込むか、郵送で送って対応してもらう以外に方法はありません。サービス・プロバイダの営業時間は平日の昼間だけなので、仕事や学校を休まないと行くことができません。そうかといって、郵送で送る場合は、戻ってくるまでの間何日も使えなくなってしまいますし、データ保護のためすべてのデータをバックアップしておく必要があります。
 前のiPhone4のときはホーム・ボタンの接触不良で本体を交換してもらいましたし、iPhone5になってからはライトニングケーブルの交換が発生しました。どちらもユーザーである私の使い方に問題があったわけではありません。よほど運が悪いのかもしれませんが、そういう人は私だけはないように思います。
 実際に、「ライトニングケーブル」「断線」というキーワードでググってみたところ、結構断線している事例が掲載されていました。中にはアップルのサポートに電話したところ交換品を送ってもらうことになったと書いている人もいましたから、泣き寝入りせずにまずは電話してみる方がいいかもしれません。
 マスコミは、製品を持ち上がることはしますが、こういう問題を報道することはまずありません。そういう姿勢はメーカーに対する太鼓持ちといっていいと思います。というのも、メーカーにとって不利な報道をするメディアに対しては広告の掲載を止めるという対抗手段をとることがあるからで、そういう繰り返しの結果、メディアがメーカーの顔色を伺うような体質になっていったといえると思います。しかしながら、そのような関係はメーカーにとっても過ちを訂正する機会を失うことになるわけですから、長い目で見ればマイナスの方が多くなるのではないでしょうか。これは人間にもいえることですが。

追記
 サポートに電話すると、必ずiPhoneのIMEI番号を訊かれます。これは「設定」→「一般」→「情報」で確認することができるので、あらかじめ控えておくとよいでしょう。

 
by t_am | 2013-10-19 07:17 | iPhoneを使いこなすために