ブログトップ

カクレ理系のやぶにらみ

tamm.exblog.jp

時間のある方はお読みください。軽い気持ちで読み始めると頭が痛くなります。

<   2013年 05月 ( 1 )   > この月の画像一覧

 日本国憲法を改正しようという意見は以前からあり、たとえば自民党では既に憲法改正草案を作成し、公表しています。

自民党憲法草案の条文解説
http://satlaws.web.fc2.com/


 しかしながら、憲法改正に関する議論はこれまで活発に行われてきたとはいえません。その理由は(たぶん)2つあって、憲法改正といえば9条の改正を連想してしまうこと、さらに、政治家諸氏はご自分の意見を述べることには熱心ですが、公の場で議論することには極めて消極的であるという性質も災いしていると思います。
 憲法改正の動きがいっこうに盛り上がらないことに業を煮やしたのか、自民党と日本維新の会では、憲法の改正にあたり、まず改正手続きを定めた96条のハードルを低くするという提案を行いました。すなわち、国会(両院)の3分の2以上の賛成によって憲法改正の発議を行い、国民投票によって過半数の承認を得なければならないという現行の規定を、国会の過半数の賛成によって発議できるようにしたいというものです。
 石原慎太郎という「暴走老人」が憲法改正を強く訴えたこともあって、96条の改正提案が注目を浴びることになり、さらには安倍総理によってこの夏の参院選挙の争点にしたいという意向表明がなされるにいたり、今回自民党は本気だということに誰もが気づいたわけです。

 憲法改正の発議要件を緩め、国会(両院)の過半数によって発議ができるようにするというのは、憲法改正の議論を通常の審議並みに取り扱ってもよいということを意味します。国会中継をご覧になった方はおわかりでしょうが、国会審議というのは、言質を取ろうとする野党議員の質問(なかには見当外れのものもあります)と、取られまいとする閣僚によるはぐらかし答弁に終始しているというのが、伝統のようです。したがって国会審議といっても形だけであり、まともな議論がほとんどなされないまま多数決によって法案が成立していくというのが日本の国会の実情です。法案のなかには重大な影響を及ぼすものもあり、野党が抵抗しても、最終的には議論は充分尽くしたという委員長(議長)判断による強行採決が行われるのですから、96条のハードルが低くなれば、おそらく同じことが行われるようになるものと思われます。
 実際に憲法が改正されるためには国民投票による承認が必要ですが、平成22年に施行された国民投票法によって、投票総数(賛成票と反対票の合計。無効票は含まない)の過半数の賛成によって憲法改正は成立することになっており、最低投票率制度は設けられていません。どんなに投票率が低くても国民投票が無効とされることはないので、仮に投票率が60%だとすると、有権者の30.1%以上の賛成があれば憲法改正は成立することになります。同様に、有権者の30.1%以上が反対した場合憲法改正案は廃案となるのですが、いずれにせよ、そのような少数の人たちの意思によって憲法改正の是非が決定されてよいのかという懸念もあります。

 おそらく、96条の改正を主張する政治家諸氏にはその辺の事情は織込んだうえで、まず96条の改正から取組んだ方が、最終目標である憲法改正の実現を容易にするという思惑があるのでしょう。憲法を改正したいというのであれば、正々堂々と議論をし、国民に自分たちの考えを理解してもらう努力を行なった結果、その賛否を問うというのが筋でしょうし、96条もそのことを要求しているわけです。そのような努力を放棄して、憲法改正のハードルを下げるというのは、政治家としてあまりにセコイといえます。なぜなら、これまでもそのような努力をしてきていないわけですから、憲法改正案が実際に国会審議の対象になったとして、まともな議論行われる担保はどこにもないのです。お茶を濁したような形式的な質疑応答の後の強行採決によって発議された憲法下成案がどのような意味を持っているのか、国民にきちんと伝わるとはとても思えません。むしろ肝心なところは曖昧なままにして国民投票にかけようということになるのだと思います。
 橋下市長は、「(前略)憲法絶対死守派の皆さん。国民投票の場で正々堂々と憲法改正の是非を論じようじゃありませんか。」(4月24日のツイート)と述べていますが、それならば96条の改正ではなく、日本維新の会が基本方針のなかで掲げている統治機構改革のための憲法改正(首相公選制・参議院廃止。条例の上書権)についての議論を呼びかければいいだけのことです。そうやって賛同者を増やして憲法改正に持ち込むという努力をなぜ厭うのかよくわかりません。
 
 これは推測では、96条が定める現行の手続きでは憲法改正が実現しないと誰もが思ってるのでしょうね。そうだとすると、それはこれまで国会での議論を軽視してきたツケがまわっているということなだろうと思います。

 憲法96条の改正に関して、先週興味深い意見が2つ発表されました。
 ひとつ目は朝日新聞夕刊(5月7日付)に掲載された池澤夏樹さんの「(終わりと始まり)憲法をどう論じようか」であり、もうひとつは、法学館憲法研究所顧問の浦部法穂さんによる「国民を信用していない?」という文章です。

(終わりと始まり)憲法をどう論じようか 池澤夏樹
http://www.asahi.com/culture/articles/TKY201305070337.html

国民を信用していない?
http://www.jicl.jp/urabe/backnumber/20130509.html


 どちらも、96条の改正には否定的ですが、憲法とは何なのかを理解する上では絶好のテキストであると思うので、ご紹介しておきます。


付記
 5月9日付JNNニュースで「アメリカの議会関係者らが安倍政権側に対し、96条改正に対する懸念を間接的に伝えていたことが明らかになりました。複数の日米関係筋によりますと、連休中に訪米した自民党議員などを通じて、『アメリカは憲法改正について9条よりも96条の改正を一番問題視している』と伝えてきた(以下略)」と報道されました。アメリカの意向を忖度することが何よりも優先するというのが日本の政界ですから、96条の改正について今後安倍政権がどのように扱うのかが見ものであるといえます。(アメリカの意向を忖度するのは保身のためです。安倍政権が96条の改正をあっさりと取り下げるようであれば、保身を優先させたということになり、しょせんはその程度の政治家なのだということになるわけです。)
by t_am | 2013-05-12 12:58 | その他