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カクレ理系のやぶにらみ

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時間のある方はお読みください。軽い気持ちで読み始めると頭が痛くなります。

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 毎日暑い日が続いています。熱中症に罹って病院に運ばれる人も後を絶ちませんし、死亡事故も報告されています。
 熱中症による高齢者の死亡事故も多いので、家族の方は十分気をつけてあげていただきたいと思います。そうはいっても歳をとるほど頑固になる人もいるので、容易ではないと思いますが・・・

 高齢者というのは一般に我慢強く、また思いこんだら梃子でも動かないというところがあります。よく耳にするのが、トイレに行きたくなるので水分はなるべくとらないというものです。
 たしかに、暑い中で水分を取り過ぎると、弱っている胃腸に与えるダメージも大きくなってお腹を壊すということもあります。
 また、水分をとればそれだけ汗をかき、またトイレに行きたくなるというのも事実なのですが、見方を変えれば、新陳代謝が正常に行われているということであり、それだけ健康であるということになると思います。つまり、水分をとって汗をかいたり、トイレに行きたくなるというのは身体が健康な証拠であるにもかかわらず、水分の吸収を我慢するということはそれだけ身体(特に心臓)に負担をかけるのだということを高齢者には説明した方がよいと思います。

 身体が暑さを感じると発汗により体温を下げようとします。暑さが厳しくなれば、それだけ体温の上昇を防がなければならないのですから、より多く汗が出るように血管が拡張して、多くの血液を皮膚の近くに送り込むようになります。ですから、ここでいったん血圧が下がることになります。
 ところが湿度が高かったり、周囲の温度があいかわらず高いままだと、どれだけ汗をかいても追いつかないという状態に陥ることがあります。そうなると、身体は心臓や脳にかかる負担を軽減させようとして血管を収縮させるようになります。したがって血圧は上昇することになります。
 高齢者の場合、水分をとるのを嫌がる人が多いので、慢性的な脱水症状を起こしかねませんし、それによって心機能が低下すると危険なことになります。
 したがって、高齢者の場合次のような症状が現れたら気をつけた方がいいと思います。

・暑いにもかかわらず水分や塩分を欲しがらない。
・血圧を測ると普段よりも高くなっている。

 対策として、月並みですが、
・暑いときはエアコンや扇風機をつけて涼しくする。(部屋の風通しがよければそれでもよいと思います。)
・水分をとらせる。(水分を多く含む果物や野菜、氷菓子をとってもよいと思います。)

 なお、熱疲労(めまいや立ちくらみ、脱力、疲労、頭痛、吐き気など)の症状が現れたら危険な状態に踏み込んだということですから、病院に運ばなければいけないとのことです。


付記
 私が30代の頃、暑くなるとよく頭痛がしたものですが、今考えると熱疲労を起こしていたのかもしれません。そんなときは、まめに水分をとるようにしていましたし、腕に水をかけて体温を下げるようにしていたせいか、病院に担ぎ込まれるということはありませんでしたが、それでも夜になっても頭痛が治まらないということもありました。そんなときは、横になって後頭部をアイスノンで冷やすと痛みがスーッと消えたのでたいして気にもとめていなかったのですが、ずいぶん無鉄砲なことをしたものだと思います。
by t_am | 2012-07-29 22:47 | 科学もどき
 先日AppleCareを利用してiPhoneの本体を交換してもらいました。購入後2年経過ぎりぎりのタイミングだったので、まずは重畳と申せましょう。

 そもそも、iPhoneの本体交換に至った経緯をお話しすると、以下のと通りとなります。


(1)
 iPhoneのバッテリーの減り具合が目立ってきたので、7月某日、会社を休んで地元のApple指定のサービスプロバイダに電話のうえでiPhoneを持ち込んだ。

(2)
 サービスプロバイダでiPhoneをチェックしてもらったところ、バッテリーは正常であるとのこと。したがってAppleCareを利用してのバッテリーの無償交換はできないとの回答があった。
 ただし、本体をチェックしたところ、ホームボタンに不具合が見つかった(2度押しすると、起動中のアプリが一覧表示されるはずなのに、検索画面-ホームボタンを長押ししたときに表示される-が表示される)ので、本体交換の対象となると告げられた。この交換はAppleCareの対象なので無償で交換することになるとのことだった。

※AppleCareのサイトを見るとバッテリーを交換するときのAppleCareの利用は、「電源を維持する対象機器のバッテリーの能力が正式な製品仕様の50%以下しか発揮できなくなった場合に利用できます」と書かれてありました。


 結果として、本体を無償で新品に交換してもらったわけですが、どうも腑に落ちないことがあります。
 AppleCareとはiPhone本体の保証期間が1年間であるところを2年間に延長し、さらに購入後90日間に限定されている電話サポートサービスを2年間に延長するというものです。本体の保証についてバッテリーの交換も含まれると。購入したSoftBankショップで説明されたので、AppleCareの申し込みをしたわけです。そのときには、バッテリーの能力が50%以下になった場合は無償で交換する(50%以上であれば有償交換となる)という説明はありませんでした。むしろ、iPhoneを使っていれば必ずバッテリーの劣化は起きるのだから無償で交換してもらえるのはラッキーと思いこんで契約したわけです。
 契約にあたり、契約内容の説明が不十分であった責任はSoftBankにあるのかAppleにあるのかは定かではありませんが、ユーザーが十分な説明を受けないまま契約をするということはiPhoneに限ったことではないように思います(生命保険がいい例です)。また、ユーザーは当該商品についての知識がほとんどないのですから、仮に十分な説明をうけたとしても理解できないだろうとも思います。

 私の場合、結果として、不具合を抱えている本体を新品に交換してもらうことができたわけであり、それというのもAppleCareの契約をしていたからだと考えることもできます。
 しかし、保証の対象となる不具合がどのようなものであるかという告知がAppleのサイトで公開されていれば、1年間の保証期間内(ほとんどの不具合はこの期間内に発生しているとAppleのサイトにもはっきり書かれています)に持ち込むことができたとも思うのです。
 私が経験した不具合というのは、ホームボタンの動作不良のほか「Simカードが挿入されていません」というエラーによって3G通信ができなくなるというものもありました。もっとも、こちらのエラーの方はiPhoneのケースを交換(Simカードの挿入スロットを外気に触れさせない)することで回避できたのですが、これも立派な不具合ではないかと思います。ただし、だからといって修理に持ち込んだとしても再現性に不確かなところがあり、「正常に動いてますね」といわれればそれで終わりという可能性もあるわけです。一番いいのは「Simなし」と表示された状態のまま修理に持ち込むことでしょうが、そんな悠長なことをしてられるユーザーはいないと思われます。

(Simカードなしという問題に関するAppleサポートコミュニティの書き込み)
https://discussionsjapan.apple.com/thread/10094284?start=0&tstart=0


 以上のことを整理すると、AppleCareの対象となる不具合としてどういう現象が発生しているのかという情報の公開が行われることが望ましいと思います。
 私の場合、たまたまホームボタンの不具合があったために本体を(つまりバッテリーも)交換してもらうことができましたが、そうでない人にとっては話が違うと激怒することになりかねないと思います。(たぶん、私が持ち込んだサービスプロバイダでは同じような経験をしているのではないでしょうか。だからこそ、頼んでもいない本体チェックをして不具合を見つけてくれて、本体交換をしてくれたのではないかとも思うのです。)
 また、サービスプロバイダにはバッテリーチェックの手段が用意されているのですから、ユーザーが自分でバッテリーチェックできるアプリが公開されてもいいのではないかと思います。

 AppleCareを契約しておくというのは、万一の場合でも安心できるというメリットがあるとは思いますが、Appleがきちんと情報公開してくれていれば、デフォルトの保障期間(1年間)で解決できるトラブルもあるわけです。むしろ、ユーザーに末永くApple製品を気持ちよく使ってもらうために、AppleCareの対象からバッテリー交換の制限条項を外した方がよいのではないでしょうか。そうすることで、(バッテリー交換という)短期的なコストは増加するかもしれませんが、長期的に見ればユーザーによるロイヤリティが増加するというメリットも大きいと思います。もっとも、経営者というのは、そういう数値化できないファクターは無視したがるということも百も承知で申し上げているわけですが・・・

 今回の経験で、きちんと情報を公開すれば回避できるトラブルもあるでしょうに、都合の悪い情報は隠しておきたいというのは洋の東西を問わないということがわかったような気がします。

付記
 本体交換をしてもらったiPhoneは、アプリとデータの復元に手間取ったものの、バッテリーの持続時間が飛躍的に長くなったことはいうまでもありません。

(あんしん保証パック)
 ソフトバンクでは、2012年4月からAppleCareプログラムは料金を一括支払いするのではなく、毎月366円ずつ支払う(総額8800円)形になりました。
 さらにソフトバンク独自の保障として、あんしん保証パック(i)というしくみも設けられました。これは毎月498円ずつ支払うことで、保証期間外の故障や水濡れなどの際に支払った修理代金の85%と消耗した電池を交換した場合の費用の85%を月々のiPhone利用料から割引するというものです。別ないい方をすれば、修理代金の分割前払い制度のようなもので、万一修理が発生しなければ掛け捨てということになります。ただし、電池は2年間の間に消耗することは間違いないので、電池交換費用を毎月積み立てするようなものだと思ってよいかもしれません。もっとも、AppleCareプログラムでは、無償電池交換のハードルが極めて高いので、それに比べれば実用的だといえるかもしれません。

 それでも、そこまでしてiPhoneを使い続けるというのは不思議なことです。
by t_am | 2012-07-29 20:50 | iPhoneを使いこなすために
 iPhoneの無料アプリ「Adobe Reader」がアップデートされ、電子書籍を持ち歩く者にとっては強力なツールとなりました。
 PDFファイルを閲覧するアプリは他にもあるのですが、私にとって一番の違いは、縦書き文書のテキスト検索ができることです。通常、テキスト検索といえば文書の中にある文字列を検索してくれるのですが、残念なことに横書き文書しか検索できないアプリが多いのです。ですから、縦書き文書のテキスト検索に対応しているアプリは、今のところAdobe Readerだけではないかと思います。
 もっとも、この機能は最初にリリースされたバージョンから搭載されていたのですが、アプリとしての使い勝手はあまりよくありませんでした。というのは、ファイル整理機能がなかったからです。どういうことかというと、ファイルを何でもかんでも1カ所に保管するということになっていたために、大量の文書を持ち歩くには不便だったのです。
 今回のアップグレードによって、フォルダの作成ができるようになり(フォルダを入れ子にすることもできます)、さらに、文書にテキストを追加することも可能になりました。
 本を読むときに、アンダーラインを引いたり、書き込みをする、あるいは付箋を貼るという方もいらっしゃると思いますが、今回のアップグレードでほぼ同じことができるようになりました。これらの書き込みはデジタルデータとして記録されるので、後で修正したり削除することも可能です。本に直に書き込みをすると、直したり消すことができなくなるわけですから、修正や削除ができるというのは電子書籍ならではのアドバンテージではないかと思います。
 なお、パソコンから、iPhoneのAdobe Readerへのファイルの転送は、iTunes の画面からAPPタブを開いて、下の方にスクロールしていくと、左側にAdobe Reader のアイコンが表示されるので、それをクリックしてから「追加」ボタンをクリックします。そのうえで、転送するPDFファイルを指定して「開く」ボタンをクリックすると、iPhoneに送られ、Adobe Reader で開くことができるようになります。


1.ファイル管理
 下図は、Adobe Readerを起動したところです。この「ドキュメント」というところに、ファイルやフォルダを保管します。また、フォルダをタップして開くと、「ドキュメント」がそのフォルダの名称に変わります。つまり、ここには現在開いているフォルダの名称が表示されるわけです。
 また、上部にある検索フィールドを使って、ファイル名やフォルダ名を検索する(文書の中身の検索は不可)ことができます。
 右上の「編集」というボタンをタップすると、画面が切り替わります。


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 下図の画面(編集モード)では、上部にアイコンが5つ表示されています。左から順番に、

①フォルダの作成
②コピーの作成
③場所の移動
④名前の変更
⑤削除         となります。


c0136904_14102628.jpg

 この状態では、操作対象が何も選択されていないので、使用できる機能は①フォルダの作成だけとなります。フォルダ名の左側にある○をタップしてチェックを入れると、②~⑤のアイコンが使えるようになります。



2.文書の閲覧
 下図は、文書を開いたところです。今回はサンプル文書として、学習院大学理学部の田崎晴明教授が書かれた「やっかいな放射線と向き合って暮らしていくための基礎知識」を使用させていただきました。この文書は、放射線について知っておいた方がよい知識と放射線から身を護る際に自分で判断するための材料を提供するという目的で書かれたものです。中学生以上であればわかるようになっていますので、一度ご覧いただくことをお勧めいたします。

(PDFファイルのダウンロード)
http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/radbookbasic/


c0136904_141217100.jpg

 なお、画面をタップするたびにアイコンの表示非表示が切り替わります。

 各アイコンに割り当てられた機能は次の通りです。

①文書を閉じてフォルダに戻る

②ページ送り方法の切替
・連続(下にスクロールするので縦書き文書向け)
・単一ページ(右にスクロールするので横書き文書向け)
・自動(オートスクロールのこと? よくわかりませんでした)

③注釈機能の呼び出し
 これをタップするとアイコンセットが切り替わります。

④文書の出力
・PDF文書をメールに添付して送信
・他のアプリとPDF文書を共有
・文書を印刷

⑤テキスト検索
 文書の中に透明テキストが埋め込まれている場合検索可能です。横書き縦書きどちらでも検索可能です。

⑥ページ・スライドバー
 スライダーを左右に動かして、すばやくページ移動を行います。スライダーを押さえると、そのページのサムネイルが表示されます。iPhoneだとサムネイルが小さすぎてよくわからないのが難点です。iPadで使うとちょうどいいようにつくられているのかもしれません。

⑦しおりの表示
 しおりが埋め込まれているPDF文書の場合、しおりの一覧を表示します。しおりをタップすると、そのページにジャンプすることができます。



2.注釈機能
 注釈機能は下図のように7種類が用意されています。その使い方は、いずれも、

・アイコンをタップして注釈機能を選択
・注釈を挿入する位置をタップして指定
・注釈の入力               という手順となります。

 ユーザーが入力した注釈はいつでも修正したり削除することが可能です。

c0136904_14132191.jpg


①メモ注釈
 Adobeでは「ノート注釈」と呼んでいるかもしれません。このツールを使って入力したコメントは、通常はメモの形をしたアイコンで表示され、そのアイコンをタップすると中身を見ることができます。

②ハイライト表示
 マーカーで色塗りをする感覚のツールです。ハイライト表示させたい箇所をドラッグして使うのですが、どういう設定になっているのか、現在のところ「カタカナの単語」と「数式」についてはきちんとハイライト表示をしてくれますが、それ以外の文字列をドラッグしても認識してくれません。これは次の取消線と下線を引くというツールでも同じ現象が見られます。早く改善してほしいものです。

c0136904_14141173.jpg


③文字列に取消線
 ドラッグした文字列に取消線を引くという機能です。

④文字列に下線
 ドラッグして選択した文字列に下線を引くという機能です。

⑤テキストの挿入
 メモ注釈とは違い、画面に直接コメントを書き込むためのツールです。コメントを祖入する箇所をタップして使います。初期設定では文字の色は青、フォントサイズも決まっていますが、これを変更したい場合は、いったんコメントを保存してから、再度コメントをタップします。
 そうすると、コメントの編集、フォントサイズ、文字の色を変更することができるようになります。なお、ここで変更されたフォントサイズと文字の色は、次回操作する際に引き継がれます。

⑥フリーハンドで描画
 画面に手描きするためのツールです。「キャンセル」か「保存」をタップするまで何度でも線を描き続けることができます。線の色と太さを変えるには、いったん保存してから描画した線をタップします。一緒に描画したすべての線が変更の対象になるので、線を部分的に変えたいという場合は、いったん保存してから改めて描画する必要があります。

⑦署名の挿入
 挿入箇所を決めたら、手書きでサインします。

⑧標準のアイコンセットに戻ります。


 以上Adobe Readerの機能を簡単にご紹介しましたが、無料でこれだけの機能を持ったアプリが使えるというのは大きいと思います。なお、PDFファイルのリーダーに必須の機能である「前回閉じたページで再開」という機能が備わっていることはいうまでもありません。
by t_am | 2012-07-29 14:14 | iPhoneを使いこなすために
 7月16日に代々木公園で行われた「さようなら原発10万人集会」で、坂本龍一さんが行った演説の中の「たかが電気のために、なんで命を危険にさらさなければいけないのか」という発言が波紋を呼んでいます。
 たとえば、7月21日付けの産経新聞のコラム(産経抄)では、坂本龍一さんを「おしゃれな文化人」と呼び、「『たかが電気』がどれだけ多くの命を救ってきたことか。」と書いたうえで、「原発への恐怖心を利用して騒ぎを大きく使用と画策する左翼団体や金持ち文化人、それに選挙目当ての政治屋どもに踊らされていることに参加者はそろそろ気付かれた方がいい。」と結んでいます。

 発言の内容の是非を論じるならともかく、発言者の属性を揶揄するかのような表現は真面目な議論を葬るものですから、私は、産経抄の文章は品性の賤しい文章であると思います。

 実際のところ、坂本龍一さんの演説を聴いたわけでもなく、したがってどういう文脈の中で「たかが電気」という表現となったのかわからないので、この発言について触れるのは適切ではないとわかっているのですが、自分の考えを整理するにはいい機会であるように思います。

 正直いうと、エアコンが使えなくなったり、PCやiPhoneが使えなくなるのは困るなあと思う気持ちがあります。もっともなければないで、やがてその不便さに慣れるのでしょうが、それだけに現代の文明社会が電気に依存していることは否定できません。
 ちょっと大げさな言い方になりますが、私たちの生活は、この社会のどこかで電気を絶やさないように働いている人たちのおかげであるといってよいと思います。その営みは、年末年始であっても、また深夜であっても途切れることはありません。そのような「誰か」が日本の至る処にいてくれるおかげで、日本の社会が麻痺せずに動いているのだと思っています。
 誤解のないように申し添えておきますが、私が言う「電気」は原発とイコールではありません。(さらにいえば、「誰か」が電力会社の社員だけを指すのでもありません。電気・ガス・水道・交通・通信などのインフラの維持に携わっているすべての人を念頭に置いています。)
 
 原発は電気を起こすための手段のひとつにすぎません。ところが、原発が、手段としてはあまりにも問題が多いために、別な手段にシフトしていきましょうというのが脱原発の意味するところでしょう。
 だから、原発の廃止と原発の再稼働は本来異なる問題のはずなのですが、大飯原発の再稼働を決めた政府の手法がひどすぎるために問題がこじれてしまっているように思います。再稼働を決めた政府の思いの底にあるのは、経済成長が最優先でそれ以外は二の次ということなのでしょう。このことは多くの人が感じているのではないでしょうか。
 経済成長を達成するためならば●●を切り捨ててよいのか(この●●には、弱者・文化・医療・被災者・教育・農業・中小企業・雇用・安全・モラルなど色々なことばを入れることができます)という思いが怒りに変わったときに、「人の命を軽んじるのもいい加減にしろ!」という感情が「たかが電気」という発言に結びつくことはもしかしたらあるかもしれないと思います。深読みのしすぎかもしれませんが。

付記
 私が、このように経済成長には期待できないということを申し上げるのは、今の日本では、経済成長を達成したとしてもその果実が社会の隅々に行き渡るわけではないからです。バブル崩壊後、経済成長率がプラスになればなるほど格差が拡大するという皮肉な現象が現れています。そのことは、国民の大部分の人は分け前にあずかることができないだけでなく、弱者ほど今持っているものを奪われることになるということを意味しています。
 そういう思いが私の中にあるものですから、政府の経済成長至上主義(財政再建はその一里塚であり、消費税の増税はそこに至るステップのひとつと位置づけられます)には疑問を持っています。
 
by t_am | 2012-07-21 23:28 | その他
 東大が秋入学の実施を真剣に考えているという発表があって半年になろうとしています。世界的にみて、秋入学を実施している大学のほうが多く、日本のような春入学をしているところは少ないということが原因です。大学が、世界的規模で優秀な学生や研究者を獲得しようとするならば、春入学に固執するのは不利になるというのは、私のような素人にも理解できます。つまり、海外の研究者が東大に留学したいと思ったときに、秋入学ならば年度替わりとなるけれども、春入学だと区切りが悪いということです。

 そこで思うのは、秋入学に移行するということは、海外の大学とようやく同じスタートラインに立つことができるという以外の何物でもないということです。ごく大雑把に考えれば、優秀な研究者を集めたければ、研究費をふんだんに与え、好きなことをやらせる環境を整えてやればいくらでも人は集まってくると思います。
 詳しいことはわかりませんが、現在の日本の大学の状況は金は出し渋るくせに口だけは出すというものでしょう。それでモチベーションを維持するというのは、どこか浮世離れしたところがないと難しいのではないでしょうか。本を書いて副収入を得るという方法もありますが、研究者はそうそう器用な人ばかりではないと思います。
 翻ってアメリカはどうかというと、企業がスポンサーになっているので金はふんだんに出しますが、その代わりスポンサーの利益に結びつかない研究にはびた一文も出さないということになっているようです。したがって研究費を取ってこれる教授はいいのですが、そうでない学者は悲惨な状況にあるとのことです。

 世界中から優秀な人材が集まってくるアメリカの大学がこのような状況にあるということは、見方によっては、日本の大学にもチャンスはあるということになります。つまり、学者に研究費と自由を与えれば自然と人が集まってくるようになるというわけです。そこそこ人が集まるようになれば、それに惹かれてさらに多くの人が集まるようになります。さらに、研究の結果特許を取得することができれば、研究者と大学とで山分けするなどの方法をとればインセンティブにもなります。

 しかし、日本でも「費用対効果」という言葉が大好きな政治家と官僚が幅をきかせているので、このようなことを申し上げても結局は机上の空論であり、実現されることはないと思います。
 せめて秋入学を実施してハンデを減らすことくらいが大学当局にできる限界なのでしょう。
 情けないのは、それで大学の国際的な競争力のアップに寄与すると本気で思っている政治家がいることです。だから、大学に合わせて小中学校も秋入学に移行すべきだなどという発言も出てくるわけです。
 肝心な部分から目をそむけ、些末なことに大真面目で取り組むというのは日本人のお家芸なのかもしれません。
 歴史に詳しい方であればご存知のことと思いますが、日露戦争以後の日本陸軍はこの精神的な病から逃れることはできませんでした。近代戦は兵器の優劣とその運用の優劣によって決するということが日本海海戦で証明されたにもかかわらず、戦術と精神論に固執した挙げ句、大勢の兵士を死なせ、国を亡ぼすことになったのです。

 大学の秋入学がダメだと申し上げているのではありません。むしろ、それだけでは足りないと申し上げているのですが、そういうことを認めてしまうと、自分たちのこれまでの失政を認めることになるので、断固として認めないという人たちもいるはずです。
 したがって、今後、議論が秋入学の実施以外の課題に広がることはまずないだろうと思われるのです。情けないことですが。


付記
 学者の中には、たとえば茂木健一郎さんのように、純粋な動機から秋入学の実施を主張する人がいることも事実です。しかし、茂木さんの名声を利用しようと考える政治家も出てくるので、話はややこしくなるわけです。
by t_am | 2012-07-19 22:56 | その他
 辻村深月さんが直木賞を受賞しましたね。今回が三度目の正直になるのでしょうか。好きな作家だけにとても嬉しく思います。

 辻村深月さんの受賞作はまだ読んでないのでなんともいえませんが、この人の作風というか、意識の底には「人間を信じたい」という思いがあるような気がします。だから、同じ思いを持つ人は辻村さんの作品に惹き付けられていくのでしょう。いい方を変えれば、こういう時代だからこそファンが多いのだろうと思います。

 この「人間を信じたい」という思いは、大野更紗さんやこうの史代さんにも通じるような気がします。
 男という生き物は、自分の主張を押し通すために議論から逃れられない生き物です。大阪のあの人のように、たぶん死ぬまで議論してるのではないかと思う人も世の中にはいます。
 それはそれでいいのですが、議論というのは、ともすれば相手の主張の否定が目的となってしまいます。本当は、自分と相手の異なる主張の中で妥協点を見いだすという共同作業が議論なのですが、そうは思わずに勝ち負けでしか理解できない人が多いのも事実です。

 ここにあげた三人の女性の作品に共通するのは、いずれも否定ではなく肯定する文体で書かれているということです。機会がありましたら、ぜひ読んでみてください。お声がかかれば、可及的すみやかに三人の作品を持参することもやぶさかではありません。

 また時間をつくってゆっくりとお話できるといいですね。その日を愉しみにしています。
by t_am | 2012-07-18 22:15 | ジュンコさんへの手紙
 私がこのブログを書く理由は、自分の考えを整理するためが一つ。もう一つの理由は、世の中でこんなものだと思われている「ものの見方」について、こういう見方もあるのではないか、というときに黙っていられないからです。
 
 その点、橋下市長という方の言動は、考える材料を提供してくれる機会の多さは他の政治家の比ではありません。そこで今回も橋下市長について取り上げたいと思います。

 標題にも書いているように、ものごとには必ずプラスの側面とマイナスの側面があります。プラスの側面というとメリット、マイナスの側面というとデメリットという言葉を思い浮かべるかもしれません。たしかにそういう言葉を使うと、自分の主張になんとなく箔がつく利点はありますが、本稿で述べることはそんな大層なことではないので、単に長途短所、利点と欠点くらいに思っていただければよいと思います。

 7月14日の橋下市長のTweetに、こういうことが取り上げられていました。以下、引用します。(Tweetの本文中に挿入されている短縮URLにはリンクが設定されていないので、ご覧になる場合短縮URLをWebブラウザのアドレス欄にコピー&ペーストしてください。)

橋下徹@t_ishin 2012/07/14 13:16
現実の行政改革とはこういう改革の積み重ねです。これまでは外郭団体に随意契約で独占させていました。平松前市長は売店経営にも天下りの能力が必要だと RT @oneosaka: 大阪市営地下鉄の駅売店、ファミマとポプラに  :日本経済新聞 - http://t.co/AlZ9SwLe
http://twitter.com/t_ishin/status/223994298973171712


橋下徹@t_ishin 2012/07/14 13:20
いろんな人から批判を受けるけど、現実の行政について的確にコメントできる識者が少ないことが日本の悲劇。これまでの外郭団体独占状態と比べて、許可使用料すなわち交通局の収入が5倍になった。交通局の労働組合に選挙で応援を受けていた市長ではこういう改革は無理。
http://twitter.com/t_ishin/status/223995284022243329


橋下徹@t_ishin 2012/07/14 13:22
平松前市長は駅売店にも天下りの能力が必要と言っていましたから。元へ。僕は外郭団体自体を全否定しているわけではない。外郭団体がコメントを出していた。現況では民間には太刀打ちできないと。これからしっかりと経営努力をして、ぬるま湯経営から脱し、次の機会に民間と張り合えばいい。
https://twitter.com/t_ishin/status/223995951046606848

橋下徹@t_ishin 2012/07/14 13:41
bit.ly/NxltXk こういうのも行政改革です。もちろん、実際に制度を構築して物事を進めるのは行政官僚。ただ、最初にこの方針で行こうと号令をかけるのは政治・市長の役割。行政官僚だけでは現状維持の声を突破することは困難。政治と行政が両輪とならなければならない。
https://twitter.com/t_ishin/status/224000519499296768


朝日新聞・橋下番‏@asahi_hb 2012/07/13 23:36
大阪市営地下鉄の売店の経営主体が一新されます。本日結果が公表された公募で、コンビニの「ファミリーマート」と「ポプラ」が、8月以降に参入することが決定。それぞれ29店、22店を地下鉄各駅に順次展開します。独占していた外郭団体「大阪メトロサービス」は公募に敗れ、売店業務から撤退
https://twitter.com/asahi_hb/status/223788079981395968


 これを読むと、大阪市営地下鉄の駅構内の売店は、これまで外郭団体である株式会社大阪メトロサービスが運営を引き受けていたところ、売店の運営業者を一般競争入札により募集した結果、ファミリーマートとポプラが最高値を提示したので、大阪メトロサービスに替わってこの2社が今後売店の運営を行うことになったというものです。
 売店を出店させる場合、タダで場所を使わせるのではなく使用料を対価として受け取るというのが普通です。日経新聞によれば、これまでの使用料は年間約7千万円に対し、ファミリーマートとポプラが提示した金額は合計で約3億5千万円とのことですから、橋下市長がTweetで述べているように、5倍の収入をあげることができるようになったわけです。収入を一気に5倍にするというのは民間企業でもそうできることではありませんから、これだけをみればすごいことだと思います。地下鉄の駅構内売店事業への民間企業の参入を促すという行政改革のプラスの側面です。

 次に、マイナスの側面に目を向けると、こういう規模の大きな競争入札に参加できる企業は限られており、しかも落札できるだけの条件を提示できる企業となると資本力と経営力がものをいうので、中小零細企業は閉め出されることになるということです。
 しかし、競争原理とはそういうものであり、市場に選択されるのがよい企業であって、そうでないのはどこかに問題を抱えているということになるのですから、どの企業も切磋琢磨して市場に選択されるように努力しなければならないというのが、競争原理が教える教訓です。
 喩えていえば、大人と子どもが100mを一緒に走れば大人が勝つに決まっています。したがって競争原理が教える教訓からいえるのは次の3点です。

1.大人と同じような体力を身につける(早く大人になる)こと
2.大人が算入してこない分野を見つけ出してその分野に集中・特化すること
3.大人と互角に勝負できる分野(障害物競走のような)に絞ること

 ただし、これらは一般論であり、小売業の場合まして駅の売店のように顧客のニーズが決まっているような商売には適用することができません。

 今回は、大阪市営地下鉄の駅の売店という限られた市場の開放ですから、社会に与える影響はごく僅かしかありません。したがって無視することもできるのですが、金という判断基準でものごとを決めるというやり方を原則化し、多方面に適用するということには違和感も覚えます。まあ、ほどほどにしておくのがいいと思うのですが、橋下市長と大阪市の特別顧問の皆様はそのようには考えないようです。

 橋下市長が言っているように、大阪メトロサービスという外郭団体が(特権的な地位に胡座をかいて)ぬるま湯経営を続けて来たのかどうかについて、検証することは私にはできません。それでも、たかだか五十数店舗の小型売店を展開してきた大阪メトロサービス(事業はこれだけではありませんが)という中小企業の経営力が大手であるファミリーマートやポプラに及ぶはずがないということはわかります。(だから、「現況では民間に太刀打ちできない」というコメントにつながるわけです。)
 大手と同じ条件を出すことができないからといって、ぬるま湯経営を続けてきたと決めつけるのはどうでしょうか。「これからしっかりと経営努力をして、ぬるま湯経営から脱し、次の機会に民間と張り合えばいい。」と橋下市長は書いていますが、売店から撤退してしまえば次の機会にチャレンジするというのはもう不可能です。何のノウハウもない素人が大手コンビニ企業に対抗できるだけの店をいきなりつくることができるかどうかは、ちょっと考えればわかりそうなものでしょう。


 鉄道会社の外郭団体といえば、Kioskがその最たるものでしょう。もともとは鉄道弘済会といい、鉄道事故で一家の働き手を喪った家族(主に妻)の働き口を確保する目的で駅構内に売店を設置したのが始まりだそうです。今では事業規模がはるかに大きくなっていますし、時代も変わっていますから、当初の目的はかなり薄まっているものと思われます。
 大阪メトロサービスの事業は、ホームページをみる限り、鉄道弘済会とは異なり、福祉事業というよりは鉄道の運営の一部(それも周辺的な部分)を集めてつくられた会社のようです。やっていることは地味ですが、地下鉄の運行には欠かせない仕事を請け負っていることがわかります。
 大阪メトロサービスは大阪市交通局から仕事を回してもらうことで存続している会社です。だからといって現場で手を抜けば重大事故に結びつくこともあるわけですので、ぬるま湯的な体質があるのだとすれば、行政が優越的な地位を利用して押し付けてきた天下り職員たちがもたらしたものだと考えられます。(これは文楽協会にもいえることです。)
 天下りの在任期間は限られている(そうでないと後がつかえてしまU)のですから、業績を発展させるべく熱意を持って仕事に取り組んでも時間切れとなってしまいかねません。運が悪ければ、苦労したのは自分で手柄となるのは自分の後任者という可能性もあります。もちろん失敗するリスクもつきまとうわけです。それよりは、「自分の在任中可もなく不可もなく過ごせればそれでいい」と考える人が後を絶たないのも頷けます。
 したがって、市長が外郭団体のぬるま湯的体質を問題視するのであれば、天下りを中止すればいいのであって、外郭団体との取引の一部を取り上げるというのは本末転倒であると思います。少なくとも、売店の権利を一般競争入札の対象とする理由にはならないでしょう。
 もっとも、今回の競争入札によって、大阪市交通局に入る許可使用料が5倍になるという事実は曲げられません。それは評価しなければならないと思いますが、おそらくこれまで大阪市から天下りを押し付けられてきたあげくに、売店の権利を取り上げられたうえに、ぬるま湯経営と批判される大阪メトロサービスに対して同情を禁じ得ません。
 おそらく大阪市からの天下りは今後も続くことのでしょうから、子会社の辛さはどこの世界も同じだといえます。


 うまくいったものは親会社のトップの功績。問題が起これば子会社の責任。
by t_am | 2012-07-15 10:19 | その他
 標題の件で、色々な人から反論を受けている橋下市長ですが、きちんと評価すべき点もあります。それは、今後の基本方針として文楽協会に「市OBのあっせんは行わない」と決めたことです。
 これまでは、文楽協会に対し、補助金を支給するかわりに職員OBの天下りを「あっせん」していたわけですが、今後はやめるということであり、橋下市長の大英断といってもよいと思います。

 そもそも、補助金という税金を原資とするお金を支給するにあたり、自分たちの天下りに利用するということ自体が政治の私物化であり、これは普段橋下市長が舌鋒鋭く攻撃して止まない不逞教師や公務員組合に比べてもはるかに悪質で有害な行為であるといえます。

 組織というのは、上の方から腐っていくのが普通であり、上の人たちがやっていることをみて、下の者たちが「自分たちもこれくらいやってもいいだろう」と見倣うのが通例です。したがって、トップが綱紀を粛正しようと思うならば、上の者を処罰して、下の者たちを震え上がらせるというのがはるかに効果的です。その方が橋下市長の大好きな効率の良さを発揮すると思うのですが、これまで橋下市長がそのような手法をとられてきたのかどうか、マスコミは伝えてくれていないのが残念なところです。
 賢明な橋下市長のことですから、下っ端の悪事だけを取り上げて、自分が改革者であることをアピールする材料にしているということなどないと思うだけに残念でなりません。

 これまで文楽協会に天下りした職員OB諸氏がどのような人たちであったか知りませんし、彼らに対し他意はないのですが、一般論として申し上げると、このような人事は当たり外れがあることは避けられません。運良く当たりの人材が来てくれれば万々歳ですが、スカの人間が派遣されてくると、受け入れる方にとっては悲劇です。そして、当たりよりはスカのほ方がはるかに多いというのも誰もが認める事実でもあります。

 今後はそのようなこともなくなると思われるので、文楽協会も本来の業務に邁進できることと思います。また、そういう人たちを押し付けられた文楽協会がやるべきことをやっていないと責められるのはちょっと可哀相な気もします。
 だから、誰が悪いのか、敢えて犯人捜しをするならば、そのような天下りをしてきた行政が一番悪いということになるのだと思います。
 橋下市長もそのことをよくわかっているのでしょうね。途中から文楽協会を責めるのではなく、文楽そのものを責めるようになったのをみれば、そのことがよくわかるような気がします。


追記
 今回の基本方針は橋下市長の大英断といってよいのですから、大阪市がまとめた「文楽の課題に関する取りまとめ」の中でさりげなく記述するのではなく、もっと大々的にアピールすればいいのにと思うのですが、意外と奥ゆかしいのですね。

 こういうところにも人柄が現れるといういい見本であると思います。


(文楽の課題に関する取りまとめ)
http://www.city.osaka.lg.jp/yutoritomidori/page/0000174250.html
by t_am | 2012-07-13 23:16 | その他
 橋下市長が決めた文楽や大フィルへの補助金カットに関して、当然のように反対意見が出されています。私は文楽のことはほとんど知らなかったのですが、双方の主張をみていて、わかったことが一つあります。

 文楽もオーケストラも、1回の公演に携わる人数が多いこと。しかも技芸員や楽団員を分割して同時に複数の会場で公演を行うということができないこと。したがって、ビジネス用語でいう「生産性」が低い芸能なので、採算性が低いこと。(不躾ないい方をして申し訳ありません。)

 したがって、市場原理に委ねると存続がおぼつかなくなるために、行政による補助金を支給することで、後世に残していくことにしたわけです。ところが、橋下市長の考えは、文楽に関して「文楽の公演に観客が集まらない」にもかかわらず「文楽界には構造的な欠陥があるのに、分析さえ行わず、行政はこれまで漫然と補助金という形で税の投入を繰り返して」きたというものです。つまり、観客が集まらない状態を放置しているような文楽には補助金を給付する必要はないという論理です。

(文楽協会への補助金について)橋下市長のコメント。大阪市のサイトから
http://www.city.osaka.lg.jp/yutoritomidori/page/0000174237.html


(文楽の課題に関する取りまとめ)大阪市のサイトから
http://www.city.osaka.lg.jp/yutoritomidori/page/0000174250.html


これらに対して犬丸治さんがTwitterで精力的に反論を繰り広げておられます。そこで紹介されていた、下記の文章が文楽を理解するうえで参考になると思います。

(大阪市長・橋下徹の文楽批判は文化の否定そのもの)
http://poorplays.seesaa.net/article/279773400.html


(日本の無形文化遺産-古典芸能の伝承と将来-)
http://www.tobunken.go.jp/~geino/pdf/sympo/07Session1-2Ijima.pdf

 
 そもそも補助金を給付して文楽を保護するようになったのは、市場原理に委ねるわけにはいかないという認識があったわけですが、橋下市長はそれをご破算にして、もう一度市場原理に委ねようという考えでいます。この対立は、「世の中には市場原理に委ねてはいけないものがある」という考えと、「市場原理に委ねればすべてよくなる」という考えかたの対立に集約できると思います。また、この対立は、いい方を変えれば、「後世に残さなければならない」という考えと、「市場に選択されないものは滅びてもしかたない」という考えかたの対立であるともいえます。
 双方の主張を単純化すればこういうことなのですが、例によって橋下市長は「特権意識に甘んじている」とか「文楽の闇」だとか扇情的な言葉遣いをしています。もっとも、そのおかげで反対する人たちから理性的で精緻な反論が出てきているのであり、おかげで私のような門外漢にもどちらの言い分がまっとうか判断がつくというものです。

 誰かを悪者に仕立て上げて、一気に「改革」を進めるという橋下市長の手法は極めて効果的であり、危険でもあります。というのも、その目的が、市場原理に委ねる分野を広げていくというものだからです。

 全国ニュースにはなっていませんが、大阪市では条例を改正して今年の4月から、保育所の基準緩和を実施しています。具体的には、こども一人あたりの保育室の面積を引き下げ(それだけ多くの児童を収容することができる)、さらに1歳児の保育士配置基準をこども5人につき1人から6人につき1人とするというものです。
 ただし、この措置は昨年厚生労働省が、「保育所待機児童問題の解消策として、12年4月から2年間、用地確保が難しい東京都など都市部(12年度は35市区)に限り、認可保育所の面積基準を独自に設定できるように」したことを受けたものです。

(待機児童対策:保育所、面積基準緩和へ 来春から2年間、都市部35市区で)オランウータン王国のサイトから
http://www.f-welfare.net/fukushi/news/2011/07/34554/

 これまでよりも、少ない保育士の人数でより多くの児童を預かるようにすれば、それだけ効率はよくなるわけですから、市場原理のセオリーに則った施策であるといえるでしょう。
 ただし、この条例改正には反対意見もあって、「大阪弁護士会の藪野恒明会長は『子どもの生存権や成長発達権を保障できない危険がある』として、従来の基準に基づく予算確保を求める声明を出した。」(5月10日朝日新聞サイトより)とのことです。

(保育所の新基準、弁護士反対声明 大阪市条例に懸念)朝日新聞のサイト
http://www.asahi.com/edu/news/OSK201205100055.html


 どうやら、この国ではいろいろなところで市場原理を導入しようという動きが進行しているようです。文楽協会への補助金カットはその中の一つであるといえます。これらの個々の問題を軽視すべきではありませんが、それ以外の問題には関心がないという態度もまた市場原理主義者たちを勢いづかせることになるといえます。

 ポリティカル・ハザード(政治災害)という言葉は、私が思いつきで書いたものですが、教育・文化・保育などのように市場原理に委ねてはいけない分野に市場原理が導入されるとどういうことになるかは、どなたにもおわかりいただけると思います。それらは社会全体から見るとごく一部であって、決して目立つものではありませんが、私たちがそのような動きに無関心でいると、知らないうちにどんどん事態は進んでいくことになるのだと思います。



追記
 文楽をめぐる一連の主張は、市場原理の側に立つ橋下市長に対して、文楽の価値を理解している人たちによる反論という状況でしたが、日経BPのサイトに小田嶋隆さんが文楽について何も知らないという立場でコラムを書いています。このコラムは特にすぐれた文章として記憶にとどめておいた方がいいと思うので、興味のある方はご覧になってください。既に多くの方が取り上げています。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20120712/234415/
by t_am | 2012-07-12 23:37 | その他
 橋下市長が野田総理を高く評価しているというコメントがマスコミに掲載されました。その趣旨は、「当初言っていたことを着実に進め、確実に『決める政治』をしている」ということだそうです。
 この前までは大飯原発再稼働における政府の手続きがなってないと批判していた人が、今度は真逆のことを言い出したわけです。「改革者」として自分もかくありたいと思っての発言なのか、それとも真意は別なところにあるのかは知る術もありませんが、呆然としてしまいました。橋下市長の強弁の才に、野田総理の手続き無視・コンセンサス無視の実行力が備わったら無敵の政治家ができあがると思います。
 そういえば、三百代言という言葉がありましたが、もはやそういう段階ではなくなるのかもしれませんね。


(ミニ国語辞典)
呆然(ぼうぜん)
開いた口がふさがらないこと。または、放心状態。

三百代言(さんびゃくだいげん)
いいかげんな弁護士のこと。代言人は弁護士の昔の呼び名。三百文の値打ちしかない弁護士。この場合の三百というのは語呂合わせにすぎず、価値が低いという意味しかありません。転じて詭弁を弄する人。
by t_am | 2012-07-12 00:14 | その他