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カクレ理系のやぶにらみ

tamm.exblog.jp

時間のある方はお読みください。軽い気持ちで読み始めると頭が痛くなります。

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 iOS5になってカメラの操作方法が若干変わりました。より直感的に操作できるようになったのはいいのですが、戸惑う場面もあるので備忘録として記録しておくことにします。

1)スリープ状態からのカメラの起動
 iPhoneがスリープ状態にある場合、今まではパスコードロックを解除しなければカメラを使うことができませんでした。その不便さを解消するため、iOS5ではスリープ状態のときにホームボタンを2度押しすると、ミュージックの操作とカメラの起動スイッチが表示されるようになりました。ここでカメラの起動スイッチをタップするとカメラが起動するので、すぐ写真を撮りたいというときに便利になりました。
 なお、2度押しに失敗してパスコードロック解除の画面が表示されても、もう一度ホームボタンを2度押しすれば画面が切り替わるようになっています。

(ミュージックアプリの操作制限)
 iPhoneで音楽を聴いている途中でスリープ状態になることがあり、そうなるといちいちパスコードを解除しなければ操作ができないという不便さがiOS5では解消されています。ただし、ここで操作できるのは、曲の一時停止と再生開始・曲の頭出し・ボリュームコントロールのみです。別のプレイリストに切り替えるには従来通りパスコードロックを解除しなければなりません。
 なお、ミュージックアプリが起動していない場合、前回最後に聴いていた曲が再生されることになります。

2)カメラの操作-おさらい-
 カメラが起動すると、画面上部左から順に「フラッシュのオン・オフ」「オプション」「メインカメラと画面側カメラの切替え」スイッチが表示されます。また、画面下部には「撮影した写真の表示(カメラ起動時の状態では非表示、写真を撮影すると有効になります)」「シャッター」「カメラ・ビデオの切替え」が表示されます。

「オプション」スイッチ(グリッドのオン・オフ)
 オプションスイッチをタップすると、グリッド表示のオン・オフ、HDRのオン・オフを選択できるようになります。
 グリッド表示をオンにすると、画面を9分割するグリッド(格子)が表示され、写真の構図を決める際に重宝します。建物などの建造物の縁を縦横の線に合わせると写真の傾きを防ぐことができます。また、人物の撮影をする場合、画面の中央で写すのではなく、左右どちらかの縦の線に人物を合わせた方が、余白が生まれることになり、写真の面白みが増します。さらに地平線や水平線がある場合、下の線に合わせると空の広がりが強調されるようになりますし、逆に上の線に合わせると海や大地のボリュームが強調された写真を撮ることができます。

「オプション」スイッチ(HDRのオン・オフ)
 HDRは、ハイ・ダイナミック・レンジといって、露出の異なる3枚の写真を自動的に撮影し、それぞれの写真からきれいに映っている部分を取りだして合成して1枚の写真に仕立てるというものです。
 これは暗いところと明るいところの明るさが大きく異なる場合に威力を発揮します。人間の眼と違ってカメラのレンズは不器用ですから、このような場合明るいところは白く飛んでしまい、暗いところは真っ黒になってしまいます。そこで、デジカメにはオートブラケット機能という露出を自動的に変化させて3枚の写真を撮影する機能が備わっています。それを画像処理ソフトで加工して、それぞれの写真から最適の露出の部分を取りだして合成するわけですが、iPhoneの場合はカメラだけで(つまり画像処理ソフトなしで)これができるようになっています。実際にHDR撮影をオンにして撮影してみると、暗いところはやや明るめになり、明るいところはやや暗めになるようです。
 HDRをオンにした場合の欠点は、それだけ電池の消耗が激しくなることです。このため、明暗がさほどでもない場合はHDRをオフにしておいた方がよいと思います。

付記
 HDRを使うときは写真を合成するので、撮影対象とカメラが静止していなければなりません。

「ズームとワイド」
 ズームさせたい場合は、画面をピンチ(2本指で画面を挟むようにして広げる、あるいは縮める)すると、ズーム・スライド・バーが画面下部に表示されます。この状態で、ズームボタンを指でスライドするか、もういちど画面をピンチ(2本指で画面を広げる)するとズームが使用できます。また、ワイドに戻す場合は逆の操作をすることになります。
 なお、ズーム機能はメインカメラのみ使用可能であり、画面側のカメラを使って自分を写すときはズームはできません。(ビデオ撮影も同様です。)

(ピントと露出の指定)
 画面の一部分にピントを合わせたいというときは、その部分をタップします。そこに四角の枠が表示され、ピントと露出が合わせてくれます。

(撮影した写真の確認)
 スリープ状態からカメラを起動し、写真撮影をした場合、画面右下のスイッチをタップすると写真の確認ができます。このとき画面左上に「カメラロール」スイッチが表示されますが、この場合のカメラロールでは、カメラを起動してから撮影した写真の一覧のみが表示されます。(パスコードロックを解除してカメラを起動すると、写真の確認スイッチが最初からオンになっており、カメラロールでは過去に撮影したすべての写真を見ることができます。)どうやら写真の確認という点に目的を絞っているようであり、通常起動した場合のカメラロールでは写真の編集ができますが、スリープ状態でのカメラからでは写真を見るだけで編集することはできません。(推測ですが、iPhone本体はスリープ状態のままであって、カメラだけを無理矢理使えるようにしたという感じです。)
 ここのところが異なるので注意が必要です。
 仮に、過去に撮影した写真が見たいというとき、もしくは今撮影した写真の編集がしたいというときは、ホームボタンを1度押しするとパスコードロックの解除画面になるので、ここでパスコードロックを解除して写真アプリを起動するか、もう一度カメラアプリを起動することになります。


(おまけ-カメラロールで出来る写真の編集)
 カメラロールで写真を選択すると、画面右上に「編集」スイッチが表示されます。そうすると、画面下部に4つのスイッチが表示されます。以下、左から順にその機能を書いておきます。

「画像の90度回転」
 このスイッチをタップするたびに、画像が左向きに90度ずつ回転します。

「自動補正」
 主に明るさを補正するもののようです。何回か使ってみたのですが、目に見える変化はありませんでした。

「赤目修正」
 フラッシュを使って撮影した場合、人物の目が赤くなったときに使用します。

「トリミング」
 表示されるグリッドの外周をドラッグして不要な部分を除外します。当然写真のファイルサイズは小さくなりますから、撮影した写真をツイッターに投稿するときに便利です。
ただし、トリミングした写真を保存するともとの写真は失われてしまいます。オリジナルを保存しておきたいという場合は、iOS5に付属のカメラロールではなく、他に提供されている写真編集アプリ(Adobe Photoshop Express -無料で使えます-など)を使うことになります。
by t_am | 2011-12-29 00:49 | iPhoneを使いこなすために
 北朝鮮の金正日総主席の死亡が発表されてから、北朝鮮関連の記事が新聞や雑誌を賑わせています。その理由として、すぐ隣にある独裁国家で何をしでかすかわからない国、何が起きているのかよくわからない国というイメージがあるので、この国に関する情報が欲しいと思う人が多いからだといえます。
 ところが、北朝鮮は西側のメディアが現地取材できるような国ではありませんから、伝えられるのは北朝鮮当局による公式発表か伝聞記事もしくは推測によって書かれた記事ばかりとなっています。そのようなニュースをどれだけ読んでも、知りたいという思いが満足させられることはありません。きりがないので、この辺で一区切りつけるために、今わかっていることを整理してから、しばらくこの国のことは封印しておくことにします。

 金正日が死んだのが12月17日の午前八時半といわれており、北朝鮮による公式発表があったのが12月18日の正午です。死んでから発表まで約51時間経っており、このことは北朝鮮の置かれた状況を物語っているように思われます。すなわち、金正日の死を対外発表しても問題が起こらないように準備するために、これだけの時間を要したのだと考えた方がよいということです。
 これも完全に推測になりますが、おそらく朝鮮労働党のトップと軍のトップとの間で、当面の対応と今後の方針についての協議が行われていたのでしょう。金正恩を後継者に祭り上げることには誰もが異論を挟まないと思いますが、誰がどのように関わるかということになると今後の発言力にも結びつくだけに、その調整に時間がかかったのではないかと思っています。金正恩自身は年も若く経験も実績もないにもかかわらず、彼を後継者に据えなければ国が崩壊しかねないという事情がある以上、集団でサポートするという体制がとられたのだろうと思われます。当面はそれでよいとしても、時間が経つにつれ、そのグループの中での権力闘争が顕在化していくであろうという予測も成り立ちます。突出して強力な後見人が登場してしまうと、金正恩が傀儡化されてしまうことにもつながりますから、金正恩にすればそういう強力な後見人の誕生は阻止したいところでしょう。したがって、しばらくは権力闘争に明け暮れることになるのではないかとも思われます。

 北朝鮮が国家として維持できている理由は、バランスを欠くほどに強力な軍隊の存在とグロテスクなまでの個人崇拝にあります。皮肉なことに、この2つを強化しようとすればするほど、北朝鮮という国が貧乏になっていくというジレンマがあるといえます。
 軍隊というのは基本的に消費する組織であって生産に寄与することはありません。ゆえに軍事費が膨らんでいくと経済成長の足かせとなりかねません。日米安保条約によって日本の国防をアメリカが肩代わりしてくれた(つまり軍事費が少なくて済んだ)おかげで、戦後日本は高度成長を遂げることができました。
 北朝鮮の財政支出に占める軍事費の割合がどれだけであるかは知りませんが、GDP対比で40%を超えているのではないかという気がします。これは戦時体制にある国の水準であり、別に戦争をしているわけでもない北朝鮮にとっては相当無理をしていることになります。それでも国民を抑えつけるためには軍事費を削るわけにはいかないのでしょう。「先軍主義」という時代錯誤なスローガンにこの辺の事情が現れているように思います。軍を強化すればそれだけ国が貧乏になり、国民の不満が高まります。それを抑えつけるためにさらに軍を強化しなければなりませんが、そうすることによって国がますます貧乏になっていきます。そうすると国民の不満がさらに高くなり、これを抑えつけるために軍が強化されるという悪循環に陥っているということがわかります。
 度を超した個人崇拝は、指導者は偉大であるがゆえに誤りを犯さないという根拠のない信仰を人々に強制します。北朝鮮が毎年水害に遭うというのは、斜面の木を伐採して段々畑にせよという金日成の思いつきに端を発しています。金正日の最大の幸運は金日成の息子に産まれたことです(だからといって彼が棚ぼた式に権力を手中に収めたわけではないでしょう)が、同時に金日成の誤りを指摘することができないという不運も背負うことになったのは皮肉なことだといえます。
 その結果、金正日は核兵器の開発以外にさしたる実績もあげることができず、外国からの援助がなければ国が立ちゆかなくなるという状況を招いてしまいました。三代目の金正恩にも同じ運命が待っていると思います。なぜならば、先代の失政を批判することは自分の血筋の正統性を否定することにつながるからです。
 テレビに映る金正恩の姿を見て気づくのは、この国の指導者が三代続いて肥満体型であるという事実です。近代国家における政治には国内に偏って存在する富を吸い上げて再分配するという役割が求められていますが、この国の政治はまったく逆の方向に作用しています。それらの特権階級の中心にいたのが金正日であり、今後は金正恩ということになるのでしょう。
 特権階級が自分たちのこれまでの行動を悔い改めるということは天地が避けてもありえないことですから、彼らがその中心である金王朝を支えることに変わりはないはずです。浮かばれないのはこの国の国民であるといえます。
by t_am | 2011-12-23 21:19 | その他
 12月15日夕方、野田総理は記者会見を開き、福島第一原発の原子炉が「冷温停止状」態になったということで原発事故の収束を宣言しました。
 そうはいっても、だいぶ減ったとはいえ放射性物質の放出は相変わらず続いており、汚染された水も溜まる一方で東電としてはもう一度海洋投棄したいと考えています。さらに避難者が自宅に戻れたわけでもないのですから、事故の収束というのはいくらなんでも気が早いのではないかと思って聴いていたら、案の定記者から「こういう状況で事故の収束を宣言することに違和感はありませんか?」という質問がありました。
 これに対し野田総理の回答は、「冷温停止の定義は菅政権が決めたことであり、自分はそれに基づいて判断した」というものでした。記者の質問は事故の収束という表現をしたことについてのものであるにもかかわらず、野田総理は冷温停止という用語にすり替え、さらに、管内閣に責任を押しつけたのです。
 国会中継を見ていれば、閣僚が問題をすり替えて答弁するということは日常茶飯事ですから別に驚くにはあたりませんが、こういう答弁をする閣僚の知能と心性には疑わしいものがあります。問題をすり替えてごまかしの答弁をすることによって、その人物に対する信用はそれだけ損なわれるということが、なぜこの人たちには理解できないか不思議でならないからです。考えられるのは、そんなことは百も承知であり、責任を問われるくらいなら、信用を失っても構わないと本気で思っているということです。まあ、まわりがそうであればそのうち神経が麻痺してきますから、自然とそうなっていくのかもしれません。
 
 この日の記者会見で野田総理は、福島原発の事故が収束したという詭弁を弄しました。たとえば大火が起こったときに、火が消えたのであれば火事が収まったといってよいでしょう。しかし、たとえ小さくともまだ火が残っている状態であれば、火事が収束したといういい方はしません。政府がいう「冷温停止状態」というのは、「再臨界による原子炉の暴走の可能性は極めて低くなった」という程度の意味であると理解して差し支えないと思います。それでも原子炉を冷やし続けなければならないことに変わりはありません。火は消えたように見えるけれども、いつ再び炎が燃え上がるかわからないので消防士は現場を立ち去ることができない状態のときに「火事は収束した」というのは適切ではないといえます。しかも福島第一原発では放射性物質の放出がまだ続いているわけです。ですから、どう考えても原発事故が収まったという表現はおかしいのです。
 さらに、「冷温停止の定義は菅内閣が決めた」という発言に至っては、これが一国の総理大臣の発言かと思うと情けなくなります。総理大臣というのは日本の最高責任者ですから、何があっても逃げるわけにはいきません。にもかかわらず、決めたのは菅内閣だというこどもみたいな理屈をこねて自分には責任がないということを明言したのです。
 前内閣が決めたことでも、それが誤りであったとわかれば今の総理大臣が訂正するのが筋でしょう。それが国民に対する責任というものです。あるいは、野田総理が何も間違っていないと思うのであれば訂正する必要はありません。つまり、すでに決まったことがあったとしても、それをそのまま実施するかどうかの判断には現職総理の責任が伴うということです。
 したがって「菅内閣が決めた」(だから自分には責任がない)という発言をするのは卑怯であり、総理大臣は国民に対する責任を負っているという自覚が欠如しているといわれてもしかたないと思います。そういえば、野田総理を選んだのは民主党の国会議員たちですから、この人は、自分を選んだ民主党の議員にだけ配慮すればいいと思っているのかもしれません。
 けれども、自民党政権時代にそういうことを繰り返し行った内閣をさんざん攻撃してきたわけですから、そのような内閣がいずれすと国民から愛想を尽かされていずれ失脚する羽目になったというのはわかりそうなものだと思うのですが、きっと学習能力がないのでしょう。

 野田総理の会見の目的は、国民に対し原発事故の影響についてもはやそれほど心配する必要はなくなったのだということを伝えたかったのかもしれません。大きな事故や事件が起こると、状況を過小評価した発表をすることで世論をなだめようとするというのが日本政府の体質です。政府が心配しているのは国民の生命や安全を守ることではなく、経済や秩序を混乱させないことの方を優先しているということが今回の原発事故をめぐる政府の対応をみていてよくわかりました。だから信用されなくなったのです。
 総理会見の目的としてもうひとつ考えられるのは、ステップ2が前倒しで達成されたということを自分の政権の成果を強調したかったということです。いずれにせよ、欲に目がくらんだ人間は墓穴を掘るという典型的な見本になりつつあると思います。「原発事故が収束した」という発言は失言でした。国会が閉会中でよかったですね。
by T_am | 2011-12-17 08:12 | その他
 12月15日のasahi.comに「年間20ミリシーベルト『発がんリスク低い』 政府見解」というニュースが掲載されました。これは内閣府が設置した「低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ」による同日付けの第8回会合における発表を受けての報道です。その言わんとするところは、年間20ミリシーベルトを被曝した場合の影響は、喫煙などの他の発ガン要因と比較しても健康リスクは低いというというものであり、その前提として動物実験により、一度に被曝するよりは長期間にわたって累積で同じ線量を浴びた方が発ガンリスクはより小さいと認定されたということがあるというものです。
 さらにこの記事の中には、「喫煙は(年間)1千~2千ミリシーベルト、肥満は200~500ミリシーベルト、野菜不足や受動喫煙は100~200ミリシーベルトのリスクと同等」という記述もあり、それらに比べると年間20ミリシーベルトという被曝量は微々たるものであるかのように思わせる書き方がされています。

(年間20ミリシーベルト『発がんリスク低い』 政府見解)
http://www.cas.go.jp/jp/genpatsujiko/info/kaigiannai_111215.html

 今回の原発事故に対する政府の対応とマスコミ報道がどのような影響を及ぼしたかというと、「政府やマスコミの言うことを鵜呑みにするのではなく、真実を知りたいと希求する人々」や「安全かどうか自分自身で判断したいと思う人々」を生み出しました。高価な線量計を買い求め自分たちが住む地域の放射線量を自主的に測定したり、わが子に弁当やお茶を持たせて学校に送り出す親などがそれにあたります。
 どうしてそういう行動に出るのかというと、政府やマスコミの言うことは信用できないという思いがあるからです。
 したがって、政府もマスコミも自分たちが信用されていないということを真摯に受け止めなければならないのですが、いっこうに改まる気配がありません。朝日新聞のこのニュースはその典型であるといえます。
 
 このワーキンググループの第7回会合(12月12日開催分)の模様がネット上に公開されていたので、それを見てみましたが、こういう場で発言する人は結論しか述べようとしません。なぜその結論に至ったのかという根拠や論理が示されることはないのです。
 第8回会合(12月15日付)で発表された「喫煙のリスクは年間1千~2千ミリシーベルトの被曝と同等」という根拠は何なのか、まともな学者であればきちんと示すはずですし、誠実なジャーナリストであれば自分が納得したものだけを伝えようとするはずです。ところが、この記事にはそれがなく、単にこういう発表があったと記述しているに過ぎません。こういう行為を世の中では「こどもの使い」と呼んで軽蔑しても構わないということになっています。
 わが家では朝日新聞をとっていませんが、きちんと購読料を払っているにもかかわらずこういう程度の低い記事を読まされる人は本当にお気の毒だと思います。

付記
 第8回会合の模様は本日現在まだネット上で公開されていません。また、過去の会合の模様(動画)は公開されていますが、議事録(テキスト)の公開はされていません。動画は政府インターネットテレビで閲覧することができます。
 なお、朝日新聞の記事は「こどもの使い」程度のレベルですが、読売新聞になると12月4日付の社説(放射線の影響 冷静に健康リスクを考えたい)で、喫煙や肥満、野菜不足との比較を取り上げています。その上で「万が一の放射能汚染を恐れて野菜は食べない選択をすれば、より大きな健康リスクを背負い込みかねないことを示している」と述べています。ただし、この社説が掲載された直前の12月1日付けの第6回会合で、同志社大学心理学部の中谷内一也教授は、こういうリスクの比較をするときに、説得しよう(丸め込もう)という意図が見え見えだとかえってうまくいかないということを指摘しています。にもかかわらず、都合のいいところだけを拾い集めるという読売新聞の社説は朝日新聞に比べるとはるかに悪質だといえます。

(読売新聞の社説)
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20111203-OYT1T00944.htm
by T_am | 2011-12-16 00:42 | その他
 日本では国の借金が1千兆円になった(あるいは1千兆円になるだったかもしれません)といわれています。アメリカも同様に財政赤字が減る兆しはありませんし、ユーロ圏でも同様です。そこで今回は、なぜ財政赤字が増え続けるのかについて考えてみました。

 結論を申し上げると、「誰もが経済成長を望んでいるから」ということになります。日本を例にとってみましょう。経済成長(GDPが増えること)が達成されればそのうちの一部が国民に還元されていくので国民生活は豊かになっていく、というのがその根底にあります。(中国の先富論も同じ理屈です。)
 高度経済成長時代やその後のバブル経済の時代であればその通りでしたが、現在は事情が異なります。リーマンショックが起こる前までは戦後最長好景気といわれていました。つまり、それだけ長期間にわたって経済成長が実現していたのですが、生活が豊かになったという実感はどこにもありませんでした。
 その理由は、国際会計基準への対応という理由で企業が利潤を内部留保にまわしたり、生産拠点を海外に移転する原資として活用していたからです。それがけしからんといってもしかたありません。企業とは自己の利益を最大化することを目的としている組織なのですから。

 経済成長を実現するためには、生産を促し、同時に消費を刺激するというのが今日一般に行われている政策です。公共投資がそれにあたりますし、民主党が後生大事にしている子ども手当などもそれにあたります。
 問題は、それらの財源が手当てできなければ赤字国債を発行しなければならないにもかかわらず、効果がさっぱり上がっていないということです。過去に消費を刺激するためにお金を支給するという政策は何度か繰り返されてきました。地域振興券もそうでしたし、子ども手当もそれにあたります。しかし、それらの政策は悉く失敗に終わったといってよいと思います。すなわち、消費に対して補助金を支給しても経済を活性化することはできないからです。
 経済成長とは、拡大再生産とそれを支える消費によって初めて実現するものです。消費を刺激することで経済成長を促すのであれば、消費に対する補助金を毎年支給し続けてしかもそれが年々増え続けなければ経済成長をプラスのスパイラルに導くことはできません。つまり1回こっきりでは効果がないのであって、今年2兆円を投入したのであれば、次年度は2兆2千億円を投入し、その翌年はさらに2兆5千億円を投入するということを無限に続けていかなければなりません。過去に実施された政策はいずれも1回こっきりであり、効果が出そうになったところで打ち切りになっているというのが実情です。
 それでは、無理をしてでも子ども手当を継続させれば経済成長が実現するのかというと、経済成長は可能になるかもしれないが、国民生活はあいかわらず苦しいままにとどまるだろうと思われるのです。なぜかというと、すでに申し上げたように、企業があげた利益は内部留保や生産拠点の海外への移転(海外投資)に用いられてしまうので、それが労働者に還元される可能性は極めて低いといえるからです。

 こうしてみると、経済成長が実現してもその果実が国民に還元されるというのは単なる幻想に過ぎません。にもかかわらず、経済成長を達成するという理由で様々な公共投資や補助金が設定されているというのが今の日本の実情です。
 悪いことに、税収が伸びないものですから、財政再建と経済成長は両立可能であるという理屈のもとに増税が画策されているというのが日本の実情です。復興増税とか税と福祉の一体改革というもっともらしい理由をつけていますが、要するに、経済成長を促すには今まで以上の財源が必要であり、それを確保するために増税が必要であるというだけのことに過ぎません。

 問題は、経済成長が続いたとしても国民生活が豊かになるわけではないというところにあります。そのことはご自分の生活を振り返ってみれば自ずと明らかであるといえるのではありませんか?

 私たちが、豊かになりたいと思って経済成長を望む限り、私たちは今まで以上に貧乏になっていくというのが今の日本(だけでなく世界)の状況です。市場原理や競争原理を導入すれば問題は一気に解決するという政治家がいますが、それは嘘です。そもそも、国を挙げて経済的合理性を追求してきた結果が、正社員になれない人や正社員になっても結婚もできない給料しかもらえない人を増加させてきたのではないですか?

 このような流れを断ち斬るためには、経済成長なんかしなくてもいいというふうに自らの意識を変えることが出発点になるのではないか? そんなことをこの頃考えるようになりました。
by T_am | 2011-12-12 21:36 | その他
 野田総理という人は、過去の短命内閣の首班とはちょっと異なるようです。就任直後はしおらしい態度に終始していたのですが、その後、復興増税・TPP参加交渉・消費税の増税・普天間飛行場の辺野古への移設に向けた環境影響評価書の提出など、なかなかどうしてエネルギッシュに行動しています。これらは本来ならば国民の信を問うてから取り組むというレベルの問題だと思いますが、そういう手続きは全部すっ飛ばして押し進めるあたり、なかなか豪腕であるともいえます。
 このような強引ともいえる政治手法がなぜ菅内閣のときのように内閣不信任決議案の提出にまで発展しないのかというと、いずれもかなりの国民が「やむを得ない」と感じている問題だからです。(昨日発表された世論調査の結果を見ればそのことがよくわかります。)


財源がなく借金がかさむ一方なんだから復興増税や消費税の増税もしかたないじゃないか、日本は輸出でもっている国なんだからTPPに参加する以外にないんじゃないか、在日米軍が出て行けば自分たちで軍事費を負担しなければならないが、それくらいならば米軍に守ってもらう方がいいに決まっている、だから普天間飛行場は辺野古に移設するしかないんじゃないか。口には出さなくともこういうふうに考えている国民が多いということです。その意識は野党議員にも共通していると思います。
 野田総理がすごいと思うのは、そういう主流派の意識(嫌だけど他に方法がないという意識)をちゃんと酌み取って行動しているということろです。だから、野田総理に対して文句をいう人はいても、総理を引きずり下ろそうというところまでは発展しないのだと思います。野田総理が高度成長時代の日本の総理大臣だったならば、案外名総理といわれていたかもしれません。

 実をいうと、野田総理が自分の信念を貫き通そうとする強い意志を持った人なのか、空気を読みながら行動している人なのかよくわからないところがあります。鳩山元総理のような夢想家と比較するとはるかに現実を見すえたリーダーであると思うのですが、所詮既定の路線を継承しようとする人に過ぎないのではないかと思えてならないのです。

 今回問責決議が取りざたされている一川保夫防衛大臣について、この人はもともと農水省の出身ですから農水大臣に任命していればそつなく仕事をこなしただろうと思います。ところが、野田総理はこの人を畑違いの防衛大臣に任命してしまいました。その理由は、この人が小沢一郎の側近だからです。本人の適性や能力よりも派閥力学を優先させた人事だったといえるのですが、一川大臣は、防衛大臣としての認証式の前に、記者団に対し、「安全保障に関しては素人だが、これが本当のシビリアンコントロールだ。」という脳天気な発言をしています。今回の、米兵による少女暴行事件について「正確な中身を詳細には知らない」という発言はその延長であるといえるでしょう。この発言に対する沖縄県民の反発は「政府の人間はころころ変わるけれども、自分たちの痛みを理解しようとしていない」という思いが根底にあるのだろうと思われます。それだけに、こういう発言は口が裂けてもしてはいけない類のものであるはずなのですが、野田総理が一川防衛大臣を擁護しようとする姿勢を崩していないことからも、野田総理自身も極めて鈍感であるといわざるを得ません。

 野田総理に国民の思いをきちんと受け止めようとする気持ちがあれば、米軍基地の問題について真っ先に手をつけなければならないのは日米地位協定の改定であることに気づくはずです。これは玄葉一郎外務大臣についてもいえることであって、地位協定の運用の見直しという小手先の解決法を得々として説明するあたり、この人の政治家としての器の小ささが知れるというものです。そして、それを承認する野田総理の資質も見えたように思われます。

 政治家が対峙しなければならないのは国民であり、既得権益にしがみつく輩ではありません。それでも、ときには自分の政策に対して反対する勢力に対して情理を尽くして説得を試みるということも必要であると思います。ただし、その議論の過程が国民に対して公開されることが必要です。
 国民の判断力(というか直感力)は案外捨てたものではないと思っています。したがって理は自分にあると思うのであれば、議論を公開すればいいのです。そうやって、理は政府の側にあると国民が判断すれば、政府の決定を支持してくれるはずです。にもかかわらず、密室ですべてを決めるようなことをして来たからこそ政治に対する不信が芽生えるのです。

 野田総理の大勢を味方につけるという政治手法は、それによって不利益を被るという人たちにきちんと説明をし、その不利益を最小化するための努力を惜しまないというものではないといってもいいと思います。それでも、判断基準が次の選挙に勝つためには何をしたらいいか、という政治屋たちよりは人格的にはマシだと思うのですが、国民生活を豊かにしてくれる総理ではないと断定しなければならないところに、今の日本の不幸があると思います。
by T_am | 2011-12-06 23:47 | その他
 映画「千と千尋の神隠し」の冒頭で、主人公千尋の両親が豚に変えられるシーンがあります。(古い話ですいません。)「青戸で金を払えばいいんだ」といいながら無人の屋台の食べ物を勝手に食べていると豚になってしまった、というシーンです。無断で人のものに手を出したことに対する罰だということになっていますが、そこには悪意が感じられます。だとすると、考えすぎかもしれませんが、「金を払えば何でもできる」とか「金が人生の決定的なファクターである」と考える人間はいつか人として扱ってもらえなくなる、すなわち悪意をもって遇される、というメッセージなのかなとも思います。映画では、自分たちの娘に助けてもらったわけですが、逆に言えば、肉親以外に誰も救ってくれる人がいなかったということでもあります。こう考えるとちょっと怖いでしょ?

 このことは、別ないい方をすると、他人を記号として扱う人間は、立場が変わって自分が記号として扱われても文句がいえないということになります。
 同様に、憂さ晴らしのために他人を貶めても構わないと思っている人間は、自分が同じ目に遭ってもしかたないといえます。そして、そのうちに誰からも相手にされなくなるのだろうと思います。なぜなら、自分だったらそういう人間と友だちになりたいと思うかを考えてみれば答えは自ずと明らかだからです。
by T_am | 2011-12-01 00:34 | その他