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カクレ理系のやぶにらみ

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時間のある方はお読みください。軽い気持ちで読み始めると頭が痛くなります。

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 iOs4はマルチタスク(複数のアプリを同時に起動させてバックグラウンドで動作させること)が可能になりました。そこで、今回は起動中のアプリの一覧を表示させる方法について整理してみることにします。
 操作そのものは簡単であり、これを覚えておくと、データのコピー&ペーストの作業効率が高まるうえに、使わないアプリを終了させることでバッテリーの節電も可能になります。

 操作は簡単で、ホームボタンをダブルクリックするだけです。こうすることで、画面の一番下の列に現在起動中のアプリが左側から起動時刻の新しい順に表示されます(起動時刻の古いものほど右側になります)。ただし、現在メインで使用中のアプリは表示されません。

(アプリを切り替えるとき)
 お目当てのアプリをタップすると、そのアプリが画面上に開かれます。(今まで使用していたアプリはバックグラウンドで動作することになります。)

(アプリを終了させるとき)
 どれでもいいので、アプリアイコンを長押ししていると、アイコンの左上角にマイナスマークが表示されるようになります。終了したいアプリのマイナスマークをタップすると、そのアプリを終了させることができます。起動中のアプリが少なくなればそれだけ電池が長持ちすることになります。


 ちなみに、ホームボタンの操作は次の通りとなっています。

(1回押し)
 現在起動中のアプリが最小化されてホーム画面が表示されます。なお、ホーム画面が表示されている状態で、ホームボタンを1回押しすると、検索画面が開きます。この検索機能は、入力したキーワードに基づいて、標準アプリの「メモ」「連絡先」「メール」で保管されているデータとWeb上について検索します。残念ながら、他のアプリで管理しているファイルについて検索することはできません。

(2回押し)
 現在起動中のアプリが画面の一番下に表示されます。このときホーム画面に登録されているアプリアイコンは非表示となります。
 アイコンの長押しと組み合わせると、バックグラウンドで動作中のアプリを終了させることができます。

 なお、この状態で左から右にスワイプすると、ミュージックアプリの操作パネルが表示されますが、左端のアイコンは画面の向きをロックするためのものです。これをタップすると、画面が縦方向でロックされ、自動的に回転することはなくなります。(液晶画面の上部にロック中であることを示すステータスアイコンが表示されます。) これを解除するには、もう一度同じ画面を呼び出し、同じ位置にあるアイコン(デザインが変わっています)をタップします。


(長押し)
 音声コントロール(iPhone4S以降ではShiri)が起動します。たとえば、「今何時?」と発声すると、「ただいまの時刻は○○時●●分です」と応答してくれます。ほかにも電話をかけたり、音楽の再生にも使えるようですが、あまり使い勝手はよくありません。


 ついでに電源ボタンについて書いておきます。

(1回押し)
 スリープモードに移行。それまで使用していたアプリはバックグラウンドで動作することになります。

(長押し)
 電源オフのためのスライドスイッチが表示されます。

(ホームボタンとの同時押し)
 現在表示中の画面がキャプチャされ、画像がカメラロールに記録されます。

(着信中の1回押し)
 着信音を止めます。

(着信中の2回押し)
 留守番電話につなぎます。

(音量ボタンの隠れた機能)
 カメラアプリの起動中は、音量ボタンを押すとシャッターを切ることができます。iPhoneを横に倒して写真を撮るときに便利です。
by T_am | 2011-04-28 06:17 | iPhoneを使いこなすために
 iOsにHDR撮影(ハイ・ダイナミック・レンジ撮影)機能が追加されてから、出張に出かけるときにデジカメを持たないようになりました。仕事で使うのに携帯電話のカメラでは役に立ちません(画素数があればいいというものではありません)が、iPhoneであればそこそこ使える写真が撮れるからです。
 そこで問題になるのが、iPhoneで撮った写真をパソコンに送るにはどうしたらいいか?ということです。今回はその方法をご紹介します。

(事前に必要なもの)
 Dropbox をパソコンとiPhoneにそれぞれインストールしておきます。

(作業の概要)
 iPhoneで撮った写真をDropboxにアップロードするだけです。iPhoneのDropboxアプリを使うと、一度に何枚もの写真を指定したフォルダにアップロードすることができます。

(作業の手順)
(1)iPhoneでドロップボックスを起動させて、画面下にある「アップロード」をタップします。すると、下図の画面になるので、右上の「+」ボタンをタップします。
c0136904_22492244.jpg




(2)写真が保管されているフォルダを選択する画面が開きます。通常は「カメラロール」に写真が保存されているので、それをタップします。
c0136904_2250381.jpg




(3)保存されている写真がサムネール表示されます。ここで画面の左下に注目してください。ここに表示されているボタンには、Dropboxに写真をアップロードしたときに保存されるフォルダの名前が表示されています。(デフォルトでは「Dropbox」が選択されています。)
 このフォルダは自由に変更することができます。フォルダを変更したり、新しくフォルダを作成する場合はこのボタンをタップします。
c0136904_22525685.jpg




(4)Dropboxの中にあるフォルダがリスト表示されます。新たにフォルダを作成する場合は、左下の「フォルダを作成」ボタンをタップします。(既存のフォルダにアップロードする場合は、そのフォルダをタップします。以下(7)へ)
c0136904_22534988.jpg




(5)フォルダの名称を入力して「完了」ボタンをタップします。(ここでは「ブログ」というフォルダを作成しています。)
c0136904_22563220.jpg




(6)新しく「ブログ」というフォルダが作成されました。これをタップします。
c0136904_2258533.jpg




(7)フォルダに移動するので、画面右下にある「選択」ボタンをタップします。
c0136904_22584221.jpg




(8)カメラロールに移動するので、アップロードしたい写真を順番にタップしていきます。
c0136904_22591330.jpg




(9)タップするとサムネールにチェックマークがつけられるので、選択が終わったら右上の「アップロード」ボタンをタップします。
c0136904_22594856.jpg




(10)選択した写真をアップロードしている画面です。iPhoneで撮影した写真のファイル名は撮影日時-年月日時分秒-となります。
c0136904_2302559.jpg




(11)アップロードが完了したものは、「最近」の下部に表示されます。なお、アップロードはバックグラウンドで行われるので、他のアプリを使うこともできますし、画面がロックされても気にする必要はありません。
c0136904_2312079.jpg





 アップロードが完了したら、パソコンの方でDropboxフォルダを開くと、iPhoneから送られて来た写真がちゃんと入っていることがわかります。

(注意)
 iPhoneからDropboxにアップデートするには、Wi-Fiに接続していた方が高速で送ることができます。Wi-Fiに接続できない場合、3G回線でも送ることができますが、ファイルの数が多いとそれだけ時間がかかります。その場合、バッテリーの減り具合に注意してください。

(付記)
 iPhoneの画面をキャプチャーしたいときは、電源ボタンとホームボタンの両方を同時押ししてください。カシャッという音がして、そのときの画面がカメラロールに記録されます。
by T_am | 2011-04-25 23:07 | iPhoneを使いこなすために
 4月21日、私たちの政府とはこんなものなのだということを示す報道がありました。

 それは、3月30日から4月2日と4月18日から19日の2回に分けて、福島第一原発から1kmから21km離れた150の地点で測定した1時間あたりの放射線量を文部科学省が公表したもので、公表が大幅に遅れた理由について「官邸の指示で出さなかった」と答えたというものです。
 これに対し枝野官房長官は記者会見で「「少なくとも私は(指示を)承知していない。私の決裁なく(文科省に)指示することはない」と述べたとのことです。なお、官房長官は「どこかで意思疎通の齟齬があったかもしれない」と認めていますから、測定値が官邸に報告されていなかったわけではないことがわかります。
 文部科学省は、福島第一原発から20km以上離れた地点のモニタリングデータを毎日4回ずつ公表しています。20km以内の地点は文部科学省ではなく東電や保安院が測定することになっているとのことでしたが、今回発表したデータの測定にも文部科学省が関わっていました(東京電力などと分担して行った模様です)。

 風評被害の発生について、「正しい事実が伝わっていないからだ」と指摘されていながら、「正しい事実を伝えようとしていなかった」ことが明らかになったわけですから、政府はまた信用を失ってしまいました。私たちは、中国やロシアの情報統制について、ひどい国だと思っていますが、似たようなことを日本の政府もやっていたわけです。これでは諸外国から「日本は放射性物質をまき散らすテロ国家だ」と思われるのもしかたありませんし、何かほかにも隠している事実があるのではないかと疑ってしまいます。

 情報は何のためにもたらされるのかというと、人間が判断したり処理をするためです。ところが何らかの理由で判断ができなかったり処理ができなくなったときに、情報はそこで留まったままとなります。ここで、「情報」という言葉を「顧客からの苦情」や「取引先からの要請」(あるいは「ガールフレンドからのメール」)などに置き換えてみれば、その対応が速やかに行われなければならないことは実感としておわかりいただけることと思います。
 それではなぜ情報が処理されないまま溜まることになるのかというと、処理すべき担当者や決裁すべき管理者の能力を超えてしまうからです。それには2つの場合があって、単に個人の能力(=適性)の問題である場合と一時的に情報が集中しすぎた場合が考えられます。なお、「個人の適性」の中には使命感の欠落や責任回避体質といったものも含まれると思ってください。
 単に個人の適性の問題であればもっと相応しい人に替えれば済むことですが、なかなか実行されることはないというのが実情です(これは政府だけではなくて民間企業でも同じです)。というのは、その上司も適性の欠けた人であることが多いからです。
 こういう状態がピラミッドのようになっているというのが、今の日本の政府(政治家も含む)のありようです。ただし、現場の実務担当者の中にはよくやっている人が多いことも事実です。
 それを思うと「人は無能レベルに達するまで昇進を続ける」というピーターの法則(有能な人は昇進することになるが、昇進を重ねていくうちにいつかその人の能力では手に余る地位に到達する、というもの)を思い出してしまいます。そうすると、定期異動という制度は無能な管理職を交代させるための知恵(地方自治体の首長やすべての議員に任期を設けているのも同様)だと考えることもできるような気がします。もっとも有能すぎる部下に対しては上司によるパワハラによって排除するということも非公式ながら行われているようです。また、大きな組織になると責任回避体質(事なかれ主義)が上下を問わず蔓延するというのも共通していますから、せっかくの知恵もうまく機能していないようにも思われます。

 今回の放射線量の測定結果の公表遅れという問題で思うのは、このような情報の公表がなぜ各省庁に任されたままになっているのか? ということです。
 原発事故の対策本部が設けられているのですから、関連するすべての情報はそこに集約され、対策本部が公表するという形に持っていった方が機能的だと思いませんか? にもかかわらずそのような形になっていないというのは、対策本部の役割が発電所内の事故処理に限定されてしまっているからでしょう。つまり、周辺に住んでいた避難住民へのケアも含めた事故全体の処理を統括する組織が存在していないのです。したがって、福島県や茨城県の一部の地域の野菜から放射性物質が検出されたときも、県全体の野菜の出荷停止措置をとることしかできないという平常時の仕組みで対応せざるを得ないのです。
 でも、考えてみればおかしなことです。放射性物質が検出されたのは一部の地域に限られているのですから、その地域の野菜だけを出荷停止にして、他の地域で栽培された野菜はきちんと放射線の検査をして安全を証明したうえで出荷するということを行えば風評被害は起こらないはずですし、出荷停止に対する補償金も少なくて済むはずです。。
 本来は、そのように緊急的かつ超法規的なことを行う組織が今回のような非常時には機能するようにしておかないと、さまざまところで不都合が起こってきます。ところが、今回政府が行って来た超法規的措置は、単純に20km圏30km圏という円を描いて避難区域(これは22日午前0時から警戒区域に変更されました)・屋内退避区域と一律に分けたことであり、さらには20km圏以遠に住む住民の放射線被曝量の上限値を引き上げるということでした(原発作業員の被曝量上限値は早々と2.5倍に引き上げられていて、これは確率的に致死率を高める行為です)。引き上げられた放射線被曝量の上限値というのは、既に報道されているように、積算で年間20ミリシーベルトを超えることが予想される地域は計画的避難区域に指定するというものです。これは従来の円で描いた避難区域の設定よりはよほど現実的であるといえます。それでも、日本人が自然に被曝している放射線量は年間1ミリシーベルトといわれていますから、その20倍までは政府として対策をとらないと言っているのに等しいのです。年間20ミリシーベルトという被曝量は、個人としてのガン発症確率は決して大きいわけではないのですが、それでも単純に計算すると他の県に住んでいる人の20倍の確率となるわけであり、妊婦やこどもの場合その危険性はさらに高くなります。個人がこのような事実をちゃんと理解した上で、それでもそこにとどまるというのであればしかたないかもしれませんが、福島県の人たちの実情はそこにとどまらざるを得ないというものであり、他の選択肢は事実上ないに等しいことを忘れてはなりません。
 年間20ミリシーベルト未満で計画的避難区域に指定されないところに住んでいる人に対しては、少なくとも今後20年間は毎年公費で健康診断を実施し、万一以上が発見された場合の医療費は無料とするなどの措置をとるべきでしょう。(原発が必要だと考える人は、原発の事故というのはそれほど重大な影響を及ぼすのだということを肝に銘じておく必要があります。)にもかかわらず、そのような動きが一切ないというのは、そんなことを発表すれば大混乱に陥るということを心配しているのでしょう。それくらいなら、黙っていた方がマシと考えるのは過去の薬害事件で何度も繰り返されてきたことです。(薬害エイズ事件のときの厚生労働大臣は今の菅総理でした。管直人はそのときの事件処理で実績を残した人ですが、今回の事故処理ではその功績を帳消しにしてしまいそうです。)
 
 総理官邸でこのような重大事故を統括するというのは、官邸が対応しきれていないという現実を見る限り、いいかげんやめたらどうかと思います。総理大臣を対策本部長とするのも無意味です。総理大臣は通常業務だけで健康を害するほど忙しいポジションなのですから、その上に災害時の対策本部長を兼務できるはずがありません。結局、対策本部長というのは名前だけで実際には誰かに丸投げすることになるのです。しかも丸投げされた人は権限もなければ責任もないのですから満足のいく仕事ができるとは思えません。
 それよりも、対策本部を臨時に設置し、各省庁から有能な人間引き抜いてきて権限と責任を与え、すべての情報を対策本部に集める方が今よりもずっと機能するはずです。その前提条件として、対策本部長には彼らが活動しやすい環境づくり(大臣を説得して各省庁が持っている予算を分捕ってくることも含まれます。そうでないと財政赤字が際限なく膨らんでしまします)ができるだけの能力を持った政治家を充てるということが必要です(そういうことができる政治家がいれば、の話しですが……)。総理大臣にはそれを支援する使命がありますし、内閣官房はそういう人選ができる準備を普段から行っている必要があります。


 以上のことから、今の日本政府の問題点は次の2つに集約できると思います。

1)国民をまもるという意識が欠落していること。
2)したがって、このような大事故でも既存の組織の枠組みで対処しようとしていること。

 すなわち、根本的な問題点は、1)にあるのです。
by T_am | 2011-04-22 02:35 | その他
 前回の続きです。
 東電が発表した「事故収束」のための工程表には周辺地域の住民という視点が欠落していることを申し上げました。しょせん企業とはそういうものだといえばそれまでですが、それならば政府が福島県民の生活再建という視点で工程表を作成すべきでしょう。当然、東電の工程表はその中に組み込まれることになります。
 ここで福島県民と書いたのは、福島県民と福島県産の農畜産物に対する無知による差別が既に始まっているからです。避難者が家に戻るということも大事ですが、そのような差別も解消し、元の生活に戻れるようにするというのが「事故収束」の目的でしょう。

付記
 日本を訪れる外国人観光客が激減していることや海外における日本食レストランの不振などが伝えられています。アメリカでは日本製自動車に対する放射線検査を実施すべきだという声もあるそうです。その背景には、日本が放射性物質をまき散らすテロ国家だと思われつつあるというところがあり、福島原発の事故はもはや日本全体の問題になりつつあります。
 私たちからすれば福島県の浜通りという一地域で起きた事故に過ぎないのに、海外からみれば日本全体になるのはなぜなのかについては、既に指摘されているように情報の公表の不手際が原因なのですが、それについては後で述べます。

 このように、福島原発の事故は東電という一企業の問題ではなく、福島県ひいては日本全体の問題となっているのですから、「事故収束」の工程表を東電だけが作成すればいいというものではありません。本来ならば、東電の工程表が発表された時点で、間髪入れず政府によるもっと大局的な視野に立った工程表が発表されていれば、また違った受け止め方がされていたと思います。
 済んだことはしかたないにしても、今からでもいいので政府は工程表を作成して世界に向けて発表すべきです。

 事故の発生以来、政府・東電の発表を見ていると「想定外の津波が起こったのだから、今回の事故は俺のせいじゃねーよ。」という気持ちが根底にあることがわかるので、実に不愉快になります。原子力安全・保安院という役所と原子力安全委員会という組織がまるで役に立っていないのは、この人たちに使命感というものが欠落しているからだといってよいでしょう。
 使命感がないから自分たちの役割について突き詰めて考えようとしないのです。(こういうタイプは官僚だけでなく民間企業にもたくさんいるということを忘れない方がいいと思います。言い忘れましたが、政治家にも多いと思います。)
 だから、震災後の買い溜め騒動の時に「冷静に行動してください」という念仏のようなことしか言えないのであって、国民から「実行力がない」とか「指導力がない」とか思われることになるのです。それも普段何も考えていないからであり、自業自得といえばそれまでなのですが、そういう人たちに大きな権限を与えてしまった国民がそのツケを支払うことになるのです。

 阪神淡路大震災以来、日本は何度も大きな地震に見舞われてきました。今回の東日本大震災では道路や橋の復旧(応急処置も含む)、また仮設住宅の着工など、過去の教訓が活かされていると評価すべき点もありますが、そうでない部分も多々見られます。通達という名前の文書をFAXで送ればそれで責任を果たしたと勘違いしている官庁もあり、過去の地震から何も学習していないのではないかと思うようなところもあります。

 震災に対しては概ね次の3つのステップで何をすべきか(つまり目的)が異なります。

1)被災者の救助と犠牲者の捜索
2)避難場所の環境確保と支援物資の供給
3)被災者の生活再建

 今回の震災で、全国各地から自衛隊、警察官、消防士、医療チームが派遣されています。また、ボランティアの人たちも増えて来ました。被災地で彼らの姿を見かけると頼もしく思いますし、声には出しませんが「あなたたちは日本の誇りだ」とも思います。それは、彼らが自分たちの作業の目的を明確に自覚しているからです。
 しかしながら、偉くなればなるほど、自分の仕事の目的が何かという自覚のない人が増えていくというのは不思議なことです。
 人間は、自分の仕事の目的は何かということをはっきり自覚し、是が非でもそれをやり遂げるのだという使命感を持っていれば、(たとえ新入社員であっても)自然と敬意を払われるものです。逆にそれらが欠落していると、どんなに偉い人であっても尊敬されることはありません。国民というのは、そういうところは敏感に見抜く目を持っているといえます。
 政治家や官僚の皆さんには、自分たちは一生懸命仕事をしているのになぜ敬意を払ってもらえないのだろう? と真剣に考えてみることをお勧めします。
by T_am | 2011-04-21 01:22 | その他
 東京電力が事故収束に向けた工程表を発表しました。工程表そのものはこちらで確認することができます。

http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20110418/dms1104181607018-n1.htm

 ここでいう「事故の収束」とは何を意味するのか考えてみると、東京電力と政府が何を第一義に考えているかがわかります。

 私が今まで考えていたのは、燃料棒の冷却に失敗してこれが溶け出す(炉心溶融)ことによって、落下した燃料が一定量を超えると再臨界という核分裂反応が起こる可能性があり、そうなるともはや制御不能に陥ってしまうために、これだけは絶対に避けなければならないということでした。
 そのためには燃料棒の冷却が緊急の課題であり、冷却水の循環システムが損傷している以上、外部から注水する以外に燃料を冷やす術はありません。ところが、圧力容器や循環システムの配管が損傷しているわけですから、外部から注水すればそれだけ放射性物質に汚染された水が外部に流れ出ることになります。その経路は、水蒸気とともに空気中に放出されるもの、および汚染水として海中に流れ込むものがあるのですが、再臨界という最悪の状況を回避するためには、放射性物質の外部への流出は避けられないと考えていたのです。現時点で注水をやめれば、燃料棒の熱は高くなり、炉心溶融によって再臨界のおそれが高くなるからです。

 それは周辺の地域と海中に放射性物質をまき散らすことになりますが、現在の原子力発電所というのはそういう構造になっているのだということです。水素爆発が起こり、原子炉建屋の上部が吹き飛んだのは、そういう設計になっていたからです。つまり、爆発の衝撃波を逃がすために原子炉建屋の上部が他の箇所よりも比較的弱くつくられているということです。仮に、もっと頑丈につくられていれば、爆発の衝撃波は内部に向かうことになりますから、格納容器が破壊されていたかもしれません。そうなると実質的にチェルノブイリの再現となります。

 原子炉の破壊を食い止めるために周辺に放射性物質をまき散らす構造になっているということは、原発の周辺に住む人たちにとっては許し難いと思います。そのことは公表されてきませんでしたし、今回の事故で初めて気がついたのですから。

 放射性物質の拡散をくい止めるには、原子炉建屋を覆うこと、および汚染水の漏出をくい止めることが必要であり、本来ならば燃料棒の冷却とは別の問題です。ところが、その作業を困難にしているのは、高濃度に汚染された水が原子炉建屋の外に漏れだしていることにあります。また、現状のまま原子炉建屋を覆うカバーを設置しても、水素爆発が起これば同じことになります。
 したがって、燃料棒を冷却してこれ以上炉心溶融を進行させないということが優先課題であると東電は考えて工程表を作成しており、政府もこれを了承したものと思われます。ですから、この工程表には原発施設内のことしか書かれていません。つまり、東電にとって「事故」とは福島第一原子力発電所の施設内で起こったものを指すのです。その外側で起きていることについては政府が責任を持つということにならざるを得ないのですが、それならば政府も避難している住民のための「工程表」を作成して公表すべきです。残念ながら今のところそういう動きは政府の中にはないようですし、民主党の政治家たちがそのことを「政治的に主導」しているという動きもないようです。

 以下は余談です。

 汚染水の流出をくい止め、同時に燃料の冷却を可能にする手法として、原子炉建屋とタービン建屋を覆う容れ物を建設し(ただし、まだ上部は開けておく)、その中で冷却水の循環施設を設けてはどうかと思います。冷却水循環移設の配管が壊れており、これを修復させるのは(その構造が複雑すぎて)容易ではありませんが、このやり方だと、壊れた循環システムを使うことが可能です(漏れた汚染水が新たに設けられた容れ物の外側に出て行くことはありません)。そうやっておいて、燃料棒が冷え、水素爆発のおそれがなくなった時点で上部を塞いでしまうのです。イメージ的には原子炉とそれに付随する施設を巨大な水槽で覆ってしまうというものです。この水槽の中の水を冷やすために、海水を使った熱交換機が必要となるのは従来通りです。規模が大きいだけに費用のかかると思いますが、早く事故を収束することができるのではないかと思います。また、作業員が施設内に入る必要もないので、被曝する危険性も小さくなるでしょう。
 放射性物質の拡散が止まれば、避難している人たちが帰ってくることできるようになるのですから、それがいつになるのか、早くすることはできないのか、という視点で今回の事故について考えることも必要だと思います。
 なによりも、福島県の人たちにとって「事故の収束」というのは、避難指示が解除されることと土壌などから検出される放射性物質の放射能が基準値以下になることなのです。
 
by T_am | 2011-04-19 07:11 | その他
 日本の農産物を輸入禁止としている国があって、それは「正しい情報が伝えられていない」からだそうです。日本の国民に対しても「正しい情報が伝えられていない」のですから、外国のこのような措置はやむを得ないと思います。

 今朝のNHKの番組で、「それでは一体どれだけ被曝すると健康に影響が出るのかというと、年間100ミリシーベルトなんです。」と出演者が述べていました。ワンセグの音声だけを聞いていたので、この発言者がどういう人なのかはわかりませんが、これも「正しくない情報」の一例です。
 この発言が許しがたいのは、100ミリシーベルトを超えなければ安全であるかの印象を与えるからです。
 既にこのブログで申し上げたように、放射線の被曝は個人にとっては確率の問題ですが、集団にとっては犠牲者の数の問題となります。100ミリシーベルト/年間の被曝量ではおよそ1,000人に対し5人が癌を発症します。それでは99ミリシーベルト/年間では癌の発症者がゼロになるかというとそうではありません。20ミリシーベルト/年間で1,000人のうち癌の発症者が1人となるので、単純計算すると80ミリシーベルト/年間では1,000人に対し4人が癌の発症者となります。
 したがって100ミリシーベルト/年間を超えなければ大丈夫と思わせるような発言は看過することができません。ついでに申し上げると、原発の作業員に対しては、年間100ミリシーベルトという基準が設けられています。その代わり、彼らは作業するたびに被曝した放射線量を計測され、その累積値が記録されています。そのうえで健康診断が実施されているので、不幸にして千分の五になってもただちに治療が行われる体制が整っているのです。
 でも、一般の住民はそうではありません。放射線量を計測・記録する術もなければ、自発的に申し込まなければ健康診断を受けることもできないのですから、これを同列に論じることはできません。100ミリシーベルト/年間という被曝量の基準値は、原発の作業員にとってリスクのあるものです(1,000のうち5人がまず間違いなく癌になる)から、それを補う体制が整えられているのです。そういうことを伝えないで「健康に影響の出るのは年間100ミリシーベルトなんです」としゃあしゃあと言い切る神経が私には理解できません。おそらく無知であるか、それともしょせんは人ごとと思っているかのどちらかなのでしょう。

 せっかくですから、今朝の新聞に載っていた記事からひとつ事例をご紹介します。それは福島第一原発から4月4日から10日の間に意図的に海に放出した汚染水に含まれる放射性物質の総量が約1,500億ベクレルだったという、東電から原子力安全・保安院に対する報告について、保安院の説明は「今回放出した分だけを考慮すると、近くの魚類や海藻を毎日食べ続けた場合の被曝量は年間0.6ミリシーベルトで、一般人の年間被曝量限度の1ミリシーベルトを下回る。」というものでした。
 ここで問題なのは、保安院による計算式が公表されていないということです。どのような計算式でこの結果(年間0.6ミリシーベルト)が導かれたのかがわからない限り、保安院の説明を鵜呑みにすることはできないからです。自分の発表した内容が正しいかどうかは第三者が検証することによって初めて証明されるというのは科学のイロハですが、日本の政治家と官僚には理解されていないようです。

 福島原発の事故発生以来、このような一方的な発表が何度も行われてきました。その結果、国民は政府(保安院を含む)・東京電力のいうことをを信用しなくなったのです。国民でさえ信用していないのですから、外国が日本の農産物に対して不安を抱くというのも当然であるといえます。

 また、マスコミは政府の発表を垂れ流しにするだけで、その発表内容が正しいかどうかを独自に検証するという努力を怠ってきました。これには、東京電力が出稿している広告がかなりの金額であることも影響していると思います。(東京電力はNHKのスポンサーではありませんが、代わりに政府がスポンサーであると理解してよいでしょう。)

 震災後の風評による被害を思いつく限りあげてみましょう。

1)買いだめによる品不足(ガソリン、食料品、飲料水など)が被災地でもないところで発生した
2)茨城・福島産の放射性物質に汚染されていない農産物に対する仕入れ拒否
3)福島原発の避難指示区域の人に対する放射線検出結果の証明書の提示要求(これがないという理由で避難所への入所や医療機関への立ち入りを拒否された事例が報告されています)
4)日本の農産物に対する輸入禁止措置
5)日本製自動車に対する輸入時点での放射線検査の実施
6)東北地方の宿泊施設のキャンセルおよび日本を訪れる外国人観光客の激減

 1)に関していえば、メーカーの毎日の出荷量と毎日の販売量を情報として提供していればもっと軽微なもので済んだ可能性があります。すなわち、震災後も出荷量は安定していたにもかかわらず販売量が突出したことによって品不足が起こったということがわかれば、消費者は安心するからです。
 2)については、はっきりいって卸・小売店の過剰反応です。食品業界では何か問題が起こると一斉に店頭から撤去されるということが繰り返し行われてきました。これは「これだけの問題が起きているのに、問題となっている食料品を店頭に並べているのはけしからん」と非難されるのが嫌なのだろうと推測されます。その点消費者にも責任があるといえます。しかし、最大のミスは放射性物質が検出された野菜について、汚染されていない産地があるにもかかわらず、県全体で出荷停止としたことです。そういう仕組みになっているというのは言い訳にすぎません。これは酷ないい方かもしれませんが、茨城県や福島県が風評被害に困っているというのであれば、収穫された農産物に対して独自に放射線量の測定を行い、基準値以下の野菜についてはその結果をつけて出荷を認めるという措置をとることもできたのではないかと思います。(全量検査をしろといっているのではありません。産地ごとの抜き取り検査で十分です。)そうすることによって、安全でない野菜は市場に流通させないが、安全な野菜はそれを県やJAが保証して流通させるときっぱりと表明した方が風評被害はかなり軽減できたと思うのです。
 3)については、日本の教育が間違っていたということの証左でもあります。放射線を出すのは放射性物質に限られるのであって、人体が放射線を発するのではありません(ゴジラならともかく)。そういうことは、ちょっと考えればわかりそうなものですが、日本の教育が考える力を養成するよりも答えを覚えることの方に力を入れてきた結果がこのことにあらわれているのです。文部科学省は、自分たちが定めてきた教育指導要領が間違っていたと素直に反省すべきでしょう。
 4)については、国内における2)のような動きが諸外国にも伝えられることによって起こります。したがってその原因は国内にあるといえるのであって、まず国内を安心させれば、自然と諸外国の日本を見る目も落ち着きを取り戻すはずです。
 5)は、その国の教育レベルの低さを物語るものです。これも3)と同様に、放射線が放射性物質から出ているという事実が理解されれば払拭される類の誤解に過ぎません。
 6)については、被災地以外の県で旅館やホテルなどの宿泊施設が被災者を受け入れていることを積極的に報道すること、および外国人が訪れる主要な観光地の放射線量測定値を海外にアピールするなどの努力が必要でしょう。単に「安全です」というよりも「安全であると誰もが納得できる事実」を伝える方がはるかに効果があるのはいうまでもありません。

 こうしてみると、福島原発の事故による風評被害の加害者は、政府・官僚・東電が主犯であり、マスコミはその共犯であるといえます。そして、自分で考えようとせずに他人がいうことを鵜呑みにして右往左往する私たちも荷担していると反省した方がよいと思います。


付記
 欧州委員会のエッティンガー委員(エネルギー担当)は、4月15日、日本間らEU領域内に入港するすべての船舶に対し、放射線量の検査を実施すべきだと発言した。EUにも教養のない政治家はいるということなのか、もしくは大衆受けを狙った発言なのだろう。後者だとすると実に質が悪い人物だと思う。
by T_am | 2011-04-16 22:20
 この夏の電力不足が懸念される中で、石原都知事が「日本の電力消費は奇形といえ、パチンコや自動販売機を考え直すべき。自動販売機は便利かもしれないが、自分の家で冷やせばよい。文明か文化か知らんが、政府はきちっと政令を出すべき。」と4月10日の記者会見で述べていました。さらに、「軒並み自販機が並んでいるバカな国は、世界中にない」とも述べています。
 これに対し、自販機メーカーの業界団体は「夏場午後は冷却機能を停止して消費電力を10分の1以下にするなど省エネに取り組んでいる」ととのことですが、相手は4選したばかりの石原都知事ですから、歯切れが悪いようです。

 石原都知事の発言はさらに、「担当大臣が報道陣をたくさん引き連れてニコニコやってる場合じゃない」とも述べており、これが蓮舫防災担当大臣を指していることは私でもわかります。二人の間ではスーパー堤防の建設を巡る意見の対立があり、ついこの間も、石原都知事の「花見自粛論(一杯呑んで歓談する状況じゃない)」に対し、蓮舫大臣が「権力で自由な行動や社会活動を制限するのは最低限にとどめるべきだ」と反論したこともあり、その意趣返しという側面もあるようです。
 一方あてつけがましく批判された蓮舫大臣は、「石原氏がどういう思いで言ったのかは分からないが、節電と経済効果への支障を最小限に抑える知恵は、同時進行で取り組むべきだ」と反論し、さらに「清涼飲料業界は主要19社で4・5兆円の売り上げがある。自販機での売り上げは1・9兆円で42%を占める。自販機をなくすのか。そこで働いている人もいる」とも述べています。
 これを聞いた石原都知事は「ばか言っちゃいけない。工場止めるより自動販売機止めたほうがよっぽど国民の役にたつ」と述べた上で、「そんな『てにをは』の分からない大臣だったら悲しい話だな。国民は」とも発言しており、だんだん低次元な争いになりつつあります。

 私が思うに、石原都知事の発言は「暴論」であり、蓮舫大臣の反論は「幼稚」の一言に尽きます。

 権力が濫用されるとどうなるかは既に様々な事例が報告されていますから、皆様よくご存知のことと思います。ゆえに民法でも「権利の濫用はしてはならない(第一条)」と規定しており、公共の福祉と権利の行使が対立した場合、権利が制限される場合があるのはやむを得ないと考えられています。

 この夏の電力不足が懸念される中で、最悪の場合大停電が起こるわけですから、これを回避する(=公共の福祉)ために節電(=権利の制限)が呼びかけられているわけです。節電を呼びかけているというのは「電気を使う権利を自主的に制限してほしい」というものです。これに対し、石原都知事の発言は特定の業界の権利を制限しようというものであり、その根拠は、石原都知事が何を言おうと知事個人の好き嫌いにほかなりません。
 ところが、「国民の大多数が同意すれば特定の業界の権利を制限しても構わないのではないか」と石原都知事の主張に賛成する人もいるようですので、それは間違いであるとはっきり申し上げておきます。
 政治が国民を不幸にする過程は、「大多数の国民の同意があれば少数の人々を排除しても構わない」という考え方が蔓延ることにあります。これによって、1%の人々が排除されれば、次は99%の中から新たな1%が選び出されて排除されることになります。
 ここで「大多数」と申し上げましたが、実際には「声の大きい者」や「執拗な者」の声が大多数であるかのように扱われることがあり、この辺のメカニズムは「いじめ」とまったく一緒です。国政の場に「いじめ」を持ち込んでいいわけがありません。

 蓮舫大臣の反論が「幼稚」と申し上げたのは、石原都知事の発言の問題点を取り違えて、経済活動という視点で反論したからです。それならば経済活動に支障を来さなければ政治が制限しても構わないのか? と聞かれたら蓮舫大臣はどう答えるつもりなのでしょうか。
 その意味で、二人は似たもの同士ですから、その争いが低次元なものになるのは当然です。

 ところで、節電の呼びかけに対して節電グッズを積極的に売り込もうというメーカー・小売店も現れており、その商魂のたくましさがあれば日本経済の落ち込みは杞憂に終わるのではないかとも思います。「経済は一流、政治は二流」というのが日本に対する外国の評価だそうであり、それが間違っていないことを証明するような出来事であるといえます。
by T_am | 2011-04-16 00:04 | その他
 今週、石巻市と相馬市に行ってきました。それでわかったことですが、高架道路が防波堤の役割を果たしたということです。
 相馬市街地は海に近いところにありながら、今回の津波による被害はありませんでした。というのも、海岸と市街地との間に国道6号線バイパスが高架道路で通っているからです。相馬市を襲った津波も、この道路のおかげでそれ以上奥へ進むことはありませんでした。バイパスが開通した当初は車の流れが変わってしまい、市街地を通る車がめっきり減ってしまったと旧国道沿線の商業店舗からは怨嗟の声も上がっていたそうですが、この地震による津波を防いでくれたということで地元の人は喜んでいました。その代わり、バイパスの海側に住んでいた人たちは被害を免れることはできませんでした。
 これは仙台市周辺も同様です。
 仙台市とその周辺の市町村では海岸に平行して三陸自動車道と仙台東部道路が通っており、この道路を走ると、海側には津波によって流れた来た瓦礫が散乱している様子がみられるのに比べ、内陸側はまったく被害がない(ただし津波による被害。地震による被害はありました)という光景を見ることができます。
 私の知人も仙台東部道路の山側に家があったおかげで、津波による被害を免れたそうです。

 高架道路が津波の進行を食い止めたという事実は、復興にあたっての都市計画にヒントを与えてくれるのではないかと思います。すなわち、海岸からある程度の距離をおいて高架道路をつくり、その間は公園などの緩衝地帯とし、住宅などは高架道路の内側に建築するというものです。
 ただし、このプランは海岸線がなだらかに延びているところに有効なものであり、三陸海岸のように湾が入り組んでいるところでは、その分だけ津波も高くなるわけですから、違う方法を考えなければなりません。高台を切り開いて住宅地にするという案もあるようですが、その造成工事は費用がかかるうえに、かなりの時間がかかります。それならば、海沿いの平坦なところに手っ取り早くプレハブを建てて住処とするという人も現れているようです。それはそれで仕方のないことだと思いますが、いつになるかわかりませんが、将来津波が襲ってきたときのために、避難経路となる道路の幅員は余裕をもってつくっておく必要があると思います。これは地元の人に聞いた話しですが、津波に呑まれた人は車で避難しようとしていた人が多く、車を捨てて徒歩で逃げた人の方がかえって助かったということです。大勢の人が車で避難しようとすれば道路が渋滞するのは当然です。また、海岸と平行に走ったのでは意味がありませんから、内陸部の方向に避難する道路を整備しておくことが重要となります。
 さらに、今回津波がどこまで来たかを確認しておく作業は重要です。それに基づいてハザードマップを新たにつくり、役場や学校、公民館などの公共施設(これらはいざというときの避難所となる)の立地選定の材料とすべきでしょう。また、どこまで逃げれば安全であるかというシミュレーションも、このハザードマップが役に立ちます。

 これだけ広範囲に大規模な災害が起きたのですから、本格的な復興には時間がかかることはやむを得ません。そのときに、将来同じような津波が襲ってきたとしても被害を最小限に抑えるような復興プランをつくるのか、手っ取り早く復興できるというプランをつくるのかは、そこに住む人たちが決めることです。
 三陸地方の場合、過去に明治三陸津波(1896年)やチリ津波(1960年)が襲ってきたことを考えると、50~60年という間隔で津波による被害を受けていることがわかります。この間隔が長いと思うのかそれとも短いと思うのかは人によって異なるでしょうが、人の一生の間に一度は起こりうるということを考えると、もうこれで当分津波は来ないだろうとあまり楽観的に考えるのはどうかと思います。

 高架道路を兼ねた防潮堤や高台を切り崩す造成と津波によって発生した損害額を比較するとどちらが安くつくかということはすぐわかると思います。何よりも人の命はお金に換算することができないので、こういう比較をすることは不謹慎であると思うのですが、復興は人が戻ってこなければできません。そのためには、安心して住むことができるという都市計画をつくることができるかどうかにかかっていると思います。
by T_am | 2011-04-15 00:18 | その他
 少年漫画を読んでいると、たまに「生存確率10%」とか「戦って勝利する確率5%」という表現に出合うことがあります。これらは、それがいかに困難なことであるかを強調するための修辞法に過ぎません。確率はこのような場面で用いる道具ではないのですが、中には真に受ける人もいるようです。そのうち「この男が犯人である確率は40%」などという推理小説が登場するかもしれません。

 福島原発の事故によって放射性物質がまき散らされている問題で、今までは原発から同心円状に避難区域を定めていたのを改めて、新たに被曝線量の積算値(年間)が20ミリシーベルトに達する可能性がある場合、避難区域に含めるという考え方が示されました。これは、わずかな放射線量であっても、継続して被曝していると健康被害をもたらす可能性が高まっていくことに由来しています。政府の「ただちに健康に影響が出るものではない」という説明を事実上撤回するものと評価してよいと思います。

 年間の被曝量が100ミリシーベルトを超えると、1,000人に5人が癌になるといわれています。原子力発電所に勤務する人の基準値が100ミリシーベルト/年間であるのは、これが根拠となっているわけですが、彼らは1回の作業あたりどれだけ被曝したかが厳密に測定され、そのうえで健康診断が行われている(このことは、万一異常があってもすみやかに発見することができ、治療することができるということを意味しています)のですから、この数値を一般人の基準に用いることはできません。原発の周辺に住む人のすべてに被曝量の測定をリアルタイムで実施することはできませんし、健康診断を実施するというのも困難だからです。そこで、国際放射線防護委員会(ICRP)による勧告の下限値である年間20ミリシーベルトが採用されたのだと考えられます。

 1,000人に5人が癌になるということを確率で表せば0.5%となります(年間20ミリシーベルトを被曝する場合、癌になる確率はおよそ0.1%になります。)この数字が何を意味しているかというと、「あなたが1,000人の中に含まれている場合、癌になる確率は0.5%(もしくは0.1%)である」ということです。0.5%というとずいぶん低い数値ですから、あまり気にする必要はないのではないかと思うかもしれません。それはたしかにそのとおりなのですが、この数字には次の2つの性格があることはあまり知られていないように思います。

第一に、あなたがそのリスクを十分承知していて、自分の意思で1,000人の中に加わっているということ。
第二に、癌になるかどうかはあくまでもあなた個人の問題であって、集団の場合事情は替わってくること。

 福島原発の周辺に住む人たちは、第一の前提条件を満たしているとはいえません。リスクについて何も知らされないまま、何となくそこにいるのですから。
 二番目については、少し説明が必要でしょう。癌になる確率が0.1~0.5%というのは、個人の場合についていえることであって、組織や集団の責任者にとってこの数字はまったく違う意味を持ちます。すなわち「1,000人の児童が通う小学校であれば、そのうちの5人(あるいは1人)はまず間違いなく癌になる」ということを意味しているのです。ご自分がこの小学校の校長であったらどうしますか? あるいは、「1,000人の従業員が働く工場があって、このまま工場を稼働させていると、そのうちの5人(あるいは1人)はまず間違いなく癌になる」とわかったとき、あなたがこの工場の経営者であったなら、どうしますか?

 原子力安全委員会が、今回、避難区域に含めるかどうかの基準を年間20ミリシーベルトの被曝量を超えることが予測される場合としたのは、一歩前進と理解してよいと思います。個人として考えれば確率の低いリスクであっても、集団となれば確実に発生することがわかっているリスクなのですから、事前に手を打っておくことは当然です。
 ただし、放射線の被曝量を累積するといっても、空間放射線だけを測定していてもダメなので、その地域の土壌や水(食べ物を通じて体内に入ってくる)の測定も欠かせません。
また、空中に漂う放射性物質が体内に入ってくること(体内被曝)も計算に入れなければなりません。
 せっかく20ミリシーベルト/年間という基準が設けられるにもかかわらず、運用方法が間違っている(空間放射線量だけで決める)と何にもならないのですから注意が必要です。
by T_am | 2011-04-14 07:00 | その他
 歳をとってくると、それなりに人からものを尋ねられたり、あるいは相談されるということが増え、そういうことを何度か繰り返すうちに、自分が知りたいことしか訊こうとしない人がいることに気づきました。
 これはまあ、質問される方にとっては非常に楽であるといえる(訊かれたことだけを答えればいいから)のですが、そういう人と話をしていてもあまり面白くないと感じている自分に気づきます。

 質問されたり相談される醍醐味というのは、対話によって相手が気づいていないことを明らかにしてあげられることであり、それによって自分も得るところがあるからです。ところが、中には、自分が知りたいことがあってそれだけ教えてもらえればそれでいい、という人がいて、考えてみるとこれは受験勉強の延長なのですね。
 受験勉強にとって解答は一つあれば十分です。ふたつ目三つ目の解答を覚える暇があれば、新しい問題の解答を覚えた方がいいというのが受験勉強でしょう。こういう人は秀才タイプに多いようです。こういう人の仕事ぶりをみていると、順調に行っているうちはいいのですが、いざトラブルが発生すると何が問題なのかポイントのずれた理解をしていることが多いようです。その結果、どうでもいいことにとらわれていて、いっこうに問題を解決することができないということになるのです。
 この人たちに共通するのは、人がいった言葉にとらわれるあまりその人の気持ちを酌み取ることが苦手だということです。これではコミュニケーションになりません。こういう人が大きな権限を持つと相手を怒らせることをしてしまうという、どこかの国の官僚や政治家みたいなことを繰り返すのです。

 話しをしていて一番面白いのは、「なぜですか?」と訊いてくる人です。なぜかを訊かれれば、解答に至る考え方や背景を説明しなければなりません。その際に、相手の顔色を見ながら、どのように話したら理解してもらえるかを考えなければならないので、これは結構頭を使う作業なのです。
 したがって、「なぜですか?」と思わず訊いてしまう人というのは、自分が期待していた以上のことを知る機会を得やすいといえます。こうしてみると、「なぜですか?」という素朴な質問は、自分が知らない世界への扉を開く呪文であるといってよいかもしれません。

付記
 「なぜですか?」と訊くと怒り出す人がたまにいます。その場合、「この人は、自分がこのことについて知らないということを知られたくなくて怒っているんだ」と思ってよいと思います。
by T_am | 2011-04-12 21:05 | その他