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カクレ理系のやぶにらみ

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時間のある方はお読みください。軽い気持ちで読み始めると頭が痛くなります。

<   2010年 11月 ( 8 )   > この月の画像一覧

 韓国領土の延坪島に対し北朝鮮が砲撃を加え民間人の死傷者が出た事件で、なぜ北朝鮮がこんなことをしたのかについて、様々な憶測が流れていますが、実際のところはわかりません。
 そんな中で28日に予定されている黄海でも米韓合同軍事演習の際に、北朝鮮が次の挑発行為を行うのではないか? それによって朝鮮半島の緊張がさらに高まるのではないか? という懸念も広まっているようです。
 
 今回述べることは全くの憶測であり、根拠も何もないので、そのつもりでお読みいただきたいのですが、どうも北朝鮮は韓国とアメリカに対し、チキンレースを仕掛けているように思えてなりません。
 チキンレースというのは、波止場で車が2台同時に岸壁に向かって全速力で突っ込んでいくというものです。お互いの度胸を競い合うのが目的ですから先にブレーキを踏んだアクセルを離した方が負けになります。とはいうものの、全速力で走っていくわけですから、ぎりぎりまで我慢して勝負に勝ったとしても、今度は止まりきれずに岸壁から海に転落するという危険性も残ります。
 朝鮮半島の動向をみていると、北朝鮮が韓国に対しチキンレースをしかけており、韓国は常に負け続けているように思えます。チキンレースの先にあるのは朝鮮戦争という事態ですが、韓国は北朝鮮相手に戦争になるのは避けたいと考えていることは傍で見ていてもよくわかります。
 北朝鮮もそのことは充分心得ているので、瀬戸際外交(危機を煽って相手から譲歩を引き出す)を過去に何度も行ってきました。瀬戸際外交の危うさは、前回と同じ程度の危機を煽っても受け手の側も慣れてくるので、期待したほどの効果をあげられない恐れがあることです。そのため、瀬戸際外交はよりエスカレートするという宿命を抱えており、実際に北朝鮮がアメリカや韓国の譲歩が足りないと判断すれば、従来よりもエスカレートした手段に訴え、相手を交渉のテーブルに着かせるというのが北朝鮮の戦略でした。
 現状では、六カ国協議は中断されたままですし、韓国の大統領が替わって北朝鮮に対する政策が変更されてからは南北間の対話も途絶えたままとなっていますから、北朝鮮が今までにない危機感を煽る可能性が高まっていると考えられます。

 両国間のチキンレースは、戦争突入の1歩手前までエスカレートしていくことでしょうが、そこまで行き着いてしまうと今度は次の打つ手がなくなるわけですから、このような外交方針を続けることは冷静に考えれば賢明であるとはいえません。
 北朝鮮で脱北者が相変わらず発生しているというのは、政府に対して不満を持っている人たちが国内に相当数いるということを教えてくれています。これまでの政治の失敗によって食料も満足に自給できない国に成り果てていながら、先軍政治を掲げているというのは国内の不満を抑えつける手段が他にないからであると想像されます。
 
 無能な政治家が国民の不満をそらすためにナショナリズムを刺激するというのは別に北朝鮮に限ったことではありません。最近では911のときのジョージ・ブッシュがそうでした。
 ナショナリズムを刺激するためには仮想敵国を国民の前に具体化することが必要です。一度そういう状態に陥ると、国民は自国と敵国とのゼロサムゲームに熱中するようになります。国民は、自国の得点と敵国の失点には喝采を叫びますが、反面自国政府の失策には容赦ない批判が浴びせられます。その批判を封じ込めるためにも強力な軍隊を維持することが必要になるのです。

 北朝鮮による挑発行為はこれからもエスカレートする一方であると考えないわけにいきません。
 北朝鮮の国営放送では、28日に予定されている米韓合同軍事演習が北朝鮮に対する敵対行為であり、北朝鮮はそれに断固として鉄槌を下すのだという勇ましい報道がされています。そうすると、28日の米韓軍事演習が無事に終わるとはとても考えられないのであり、再び何か事件が起こるだろうと予想されます。もしかすると北朝鮮では水面下で中国と密かに協議を進めているかもしれません。その目的はただ一つ、今度の米韓軍事演習で北朝鮮はここまでやるが中国は敵対しないでもらいたい、という要請に同意を取り付けることです。
 その同意の取付けに成功すれば、それなりの事件が起こるものと思われます。逆に中国の同意を取付けることができなかったときはどうなるかというと、はるかに軽微な事件が起こるものと思われます。北朝鮮にすれば、国民に不満を持たせるわけにもいかないのですが、そうかといって中国の支持を失うわけにもいかないからです。

 日本はどうしたらいいかというと、直接の当事者ではないのですが、情報収集に全力をあげるという指示しかできないのであれば、それは政治家としての無能不適格を意味します。そもそも情報収集というのは普段から行っておくべきことなのであって、そうやって集めた情報に基づいて、こういう局面になったら日本としてどのような行動をとることがベストか、ということを研究しておくということをやっておかなければなりません。
 その点、日本は平和ぼけしているせいか、著しく怠惰であると申せましょう。そういう鈍感さも北朝鮮による瀬戸際外交をエスカレートさせてきた一因となっていることを理解して方がよいと思います。
 政治にも外交にも、これが唯一の正解というものは存在しませんが、消去法の結果これが現時点では最良の策であるというものは必ずあります。
 日米間が連携して北朝鮮に対し経済制裁を実施しても中国が支援すれば、その効果は半減してしまいます。ゆえに、今求められることは、中国による北朝鮮への肩入れをやめさせることであると考えた方がいいでしょう。
 中国に面と向かって、北朝鮮に対する支援を自粛してもらいたいと伝えることは、手続き上不可欠でしょうが、それしかできないというのではこどもの使いと一緒です。
 何が中国にとって効果的であるかという視点からは、中国は自らの威信に傷がつくことを嫌うと考えられるので、「なんだかんだいっても中国は北朝鮮に対してそれほど影響力を持たないのではないか」という雰囲気を中国周辺国の間でつくりあげることが有効であると思います。中国も周辺国との間に摩擦がないわけではないので、それらの国から軽視されるようなことはさけなければなりません。それに、そうなれば国内の不満分子が騒ぎ出すことになります。

 だとすれば、それを利用しないというという手はありません。

 計算しながら外交戦略を練るという点では日本は北朝鮮を見倣うべきなのかもしれません。
by T_am | 2010-11-27 07:54 | その他
 新潟市の生涯学習センター「クロスパル新潟」の1階に、「café温」という喫茶室があります。4人掛けのテーブル席が3つ、あとはカウンターというこじんまりとした店ですが、正面のテラスに面していて大きな窓ガラスのある、明るい落ち着いた雰囲気の店です。 ここのコーヒーは、その場でひいた豆を使っているのが特徴で、お店の人が1杯ずつ真剣に煎れてくれるのでとてもおいしく感じました。また、ピッチャーにレモンスライスが入っているのでしょう。最初に出してくれる水にレモンの風味が加えられているのにも、お店の人たちの心遣いが偲ばれます。
 それでいてコーヒーの値段が300円と安いのは、この店が大勢の人たちの「思い」で運営されているからです。
 障碍を持った人たちの支援施設「焙煎コーヒー 温」という作業所があって、「café温」ではそのコーヒー豆を使っています。お店の運営も障碍者とそのボランティアによって行われており、それだけに、単なる業務として喫茶室を運営しているわけではなく、その人たちの「思い」が込められているのです。
 売買というのは金銭を媒介としたモノのやりとりのことを指すわけですが、この店に来てコーヒーを飲むと、自分が支払った対価以上のものが1杯のコーヒーに込められていることに気づきます。
 金銭で計ることのできないこれらの「善意」や「敬意」が社会の至る処で示されるようになればそれだけ私たちの社会は住みやすいものになるのだろうな、ということを考えながらおいしくコーヒーを飲んできました。
 お近くに来られた際には寄ってみることをお勧めします。


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café温
新潟市中央区礎町通3ノ町2086番地 クロスパル新潟1階
営業時間 火曜日から日曜日の11時から16時まで


(クロスパル新潟ホームページ)
http://www.city.niigata.jp/info/crosspal/
by T_am | 2010-11-21 15:47 | その他
 11月18日の予算委員会で仙石官房長官による「自衛隊は暴力組織なのだから政治的に中立でなければならない。」という発言があり、質問者の抗議により「実力組織」と訂正し陳謝しました。
 マスコミはこれを仙石官房長官による「失言」とみなし、野党もこの発言を問題としています。

 この発言が飛び出した背景には、自衛隊の式典には政府(この場合は民主党政権)を批判している人物を呼ばないように、という通達が出されたことがあります。これに対して自民党は同日の参院予算委員会でこのことを取り上げ、質問を行いました。(以下読売新聞からの引用)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20101118-OYT1T00489.htm


 自民党の世耕弘成氏は、防衛省が政治的な発言をする部外者を関連行事に呼ばないよう求める次官通達を出したことを取り上げ、「民間人の自由な発言を制限する行為だ」として、防衛相を追及した。防衛相は「通達は部外の団体の言論を統制するものではなく、自衛隊の政治的中立性の確保の重要性について、理解と配慮を求めたものであり、撤回する考えは全くない」と答えた。
 これに関連し、官房長官は自衛隊を「暴力装置でもある」と述べた。長官は、自民党の抗議を受けて「実力組織と言い換える。自衛隊の皆さんには謝罪する」と発言を撤回し、謝罪した。

 
 この記事は、仙石官房長官の発言を正確に伝えていないという問題があるのですが、北川防衛大臣の答弁に続いて、「自衛隊は暴力装置なのだから、政治的に中立でなければならない」と発言したことがわかります。
 ここで問題とされている「暴力装置」という言葉ですが、既に多くの方がネットで指摘されているように、政治学の用語に過ぎません。
 広い意味で「暴力」とは、個人の意思を無視して他人の生命・財産・自由・良心などを侵そうとする力のことをいいます。暴力は人間の欲望や本能に基づくものですから、人間の社会では暴力が発生する可能性を完全に排除することはできません。
 内乱などによって治安が乱れ、国内の至る所で無数の暴力が発生するという状態を人類は何度も経験していますが、その場合、より大きな力が弱い力を制すということが繰り返し行われていき、最終的にもっとも強い力を持った者が新しい国を打ち立てるということが行われきました。
 このことは見方を変えれば、国家が暴力を独占していると理解することができます。その目的は国としての秩序と安全を維持することであり、軍隊や警察はそのための装置として存在すると考えられます。「暴力装置」というのはこのような意味合いを持った言葉です。
 このような独占的な「力」は、その行使のしかたを誤れば国民に多大な被害を与えるのは歴史を見れば明らかですから、その暴走を許してはならないとして文民統制という考え方が登場してきました。

 ですから、そのような強大な力を持った組織は政治的に中立でなければならないという、このたびの仙石官房長官の発言は、一般論として論理的には間違っているわけではないと思います(ただし、違和感は残りますが・・・)。
 仙石長官の失敗は、唐突に「暴力装置」という耳慣れない政治学用語を用い、しかも自衛隊という個別の組織に結びつけたことです。普通の神経の持ち主であれば、政府高官として自国の軍隊のことを暴力組織と呼ぶということはありえません。そんなことをすれば、兵士たちの反感を買うことになるからです。
 こういう発言が起こるというのは、たぶん世界中で日本だけであろうと思います。その理由は、敗戦後65年間この国の防衛をどうするかという議論がまともに行われたことがないというというところに由来します。その根本となるところの議論がない以上、自衛隊に関する議論は何をやってもうわべだけのものに終わってしまいます。
 今回の官房長官の発言は、その不用意さを自民党に突かれ、新聞の紙面を賑わすことになったわけですが、どうやら官房長官による失言ということで議論が停滞し、そこから先へは進まない気配が濃厚となってきました。日本の防衛について国民の間で合意を形成するせっかくの機会なのに、惜しいことをしたと思います。昨年からの普天間基地の移設問題といい、この間の中国漁船の衝突事件といい、考え直す材料は揃っていると思うのですが・・・
by T_am | 2010-11-21 14:51 | その他
 柳田法務大臣の国会軽視発言や仙石官房長官の失言を巡って国会が紛糾(というよりは停滞)しています。マスコミも面白がって取り上げるものだから、野党も俄然張り切っています。おかげで、毎日のように柳田法務大臣の国会軽視発言ビデオを見せられています。

 国会には法律をつくる(実態は政府提案の法案を審議して成立させる)ことのほかに、政府に対するチェックという使命があるのですから、閣僚の問題発言(あるいは問題行動)に目を光らせるのというのはしかたないにしても、いいかげん切り上げてもっと大事な問題について議論するということをしてもらいたいものです。

 国会という組織は、どちらかというとアメリカの取締役会に近い性格を持っていると思います。アメリカでは、取締役会は株主の代表として会社を監督・経営しますが、日常の業務は取締役会が任命した役員(日本でいうところの執行役員)が執行します。取締役会が第1に考えることは株主の利益です。役員が役員であり続けるためには取締役会の意向を無視することはできません。このことは株主にとっては非常によくできたシステムであるといえますが、その反面目先に利益追求に走りやすいという欠点もあります。

 ここで、株主=国民、取締役会=国会、役員=閣僚と置き換えるとわかりやすく、つまり、国会は国民の代表として国民の利益という視点で政府のやることをチェックし、法律をつくるのが本来の姿であるということです。
 仮に、日本の取締役会がアメリカ型であったとして、その取締役会が今の国会のようなことを連日繰り返していたら、株主たちは取締役たちを罷免することでしょう。株主の利益追求という本来の使命を忘れて役員の攻撃に執心しているのですから。

 このように考えてみると、問責されるべきはむしろ国会議員の方だということになります。国会議員が国民の利益の実現という本来の使命を放棄しているにもかかわらず、彼らがいっこうに責められないのは「選挙区への利益誘導」ということに熱心であり、有権者たちもそれを認めているからです。金権政治家と非難を浴びた田中角栄が刑事被告人になってもなお国会議員でいられたのも、小沢一郎がいろいろと批判を受けながらも国会議員でいられるのもすべて選挙区の有権者が支持しているからです。
 そうすると日本という国は、株式会社新潟県や株式会社岩手県という会社の複合体のようなものであると考えることができるかもしれません。各株式会社の株主(有権者)たちが投票によって選んだ取締役が国会議員となり、自分の出身株式会社にいかに利益を誘導するかが腕の見せ所であるということがわかります。(他県に比べてかなり早い時期に新潟県に上越新幹線が通り、関越自動車道が開通したのは田中角栄のおかげです。また金丸信は山梨県にリニアの実験線を誘致しました。今後その実験線に沿ってリニアが建設されていくのですから、金丸信の残した「功績」は実に大きいといえます。)

 国会議員に期待される役割が地元選挙区への利益誘導であり、議員がそれを履行している限り、有権者は国会議員の行動に対して少しくらいのことは容認するようになります。だから問題を起こして議員辞職した政治家が次の選挙で「禊ぎをすませて」再び議員に返り咲くということも起こるのでしょう。
 しかしながら、公共事業が減った今日ではかつてのように露骨な利益誘導というのは行えないようになってきているというのも事実です。それと前後してわかってきたことは、地元選挙区への利益誘導というのはしょせんはゼロサムゲームだということです。どこか恩恵にあずかるところがあれば、割を食うところが必ず出てきます。それを防ぐには全体のパイを大きくする以外にありません。経済の自然成長の範囲内でパイが拡大する分には問題ないのでしょうが、バブル崩壊後の日本は無理をしすぎたように思われます。その結果が赤字国債の累積という現象になって現れて来ているわけです。すなわち、利益誘導を実現するために全体のパイを無理矢理拡大するというやり方はもはや限界だということです。

 昨年の衆議院選挙で民主党が大勝したのは、有権者の考え方が少しずつ変わってきたせいではないかとも思っています。これまでの地元の利益を実現してくれる政治家よりは日本全体の利益を実現してくれそうな政治家に投票した方が、結果として自分たちの利益に結びつく。このように考えたからではないでしょうか。衆議院選挙選挙の直前、麻生内閣が行った大量ばらまき政策(エコカー減税と補助金、エコポイント、高速道路の土日祝日千円など)は選挙を有利にはしてくれませんでした。というのは、これらの政策はお金がもらえる制度ですから,誰も文句はいいませんでしたが、心の中では「こんなことがいつまでも続くはずがない」と感じていたからです。

 参議院選挙で民主党が敗れたのは、期待はずれとこの政党に任せておくのは危ないと有権者が感じたからだろうと思っています。こども手当にしろ、高校授業料無償化にしろ、文句をいう人はほとんどいませんが、皆内心は「こんなことがいつまでも続くはずがない」と感じているはずです。つまり、麻生内閣の頃と何も変わっていないということに有権者が気づいたことが民主党敗北の原因だということです。したがって、これからも民主党は選挙で負け続けるでしょうし、その代わりに自民党が躍進するかというと、その可能性は極めて低いといえます。

 今後選挙で勝利する政党が現れるとすれば、これならば日本全体に利益をもたらし、ひいては自分が住む地域もその恩恵にあずかることができるだろうという政策を国民に提示できる政党だと思います。(みんなの党が伸びたのは、民主党=×、自民党=× という消去法の結果にすぎません。)

 日本人の間には、官僚に対する不信感と政治に対する失望という2つの感情があって、それらを解消する処方箋というのは未だに登場していません。失望感の大きさはそのまま投票率の低さに結びついて現れるようです。ところが、立候補者の中からしか投票する人を選ぶことができないという現在の選挙制度ではこれらの問題を解決することはできないのです。
 そうなると、いっそのこと選挙制度を大胆に改革する以外に方法はないのかもしれません。これは思いつきで恐縮なのですが、選挙を2回行うという前提で制度をつくりかえることが考えられます。最初の選挙は現職議員に対する信任投票であり、誰であろうと規定の得票数に達しなければ当選できないというものです。そうなると、かなりの欠員が生じるのでこれを補充する2回目の選挙を実施する(不信任となった人はその次の選挙まで立候補できないようにする)わけです。こちらの方は従来通りのやり方で構わないと思います。というのは、実際にやらせてみないとどういう人なのかがわからないからです。
 この仕組みは、国会議員になっても次の選挙で失業してしまう可能性が極めて高いというものですから、当然議員になろうという人は減ることでしょう。それを徹底させるために、国会議員は一切の兼業を禁止するという規定を設けるのも必要かもしれません。
 そうなると議員定数は必然的に減っていくことになります。私は、国会議員というのはせいぜい200人もいれば充分だと思っており、いい仕事をしてもらうために、定数が減った分議員歳費や調査費などを増額してやることも必要だと思っています。その代わり、国民が納得するだけの成果をあげられなかった議員は次の選挙で職を失うことになるのです。

 野党もマスコミも政府(官業)の無駄・非効率性を批判していますが、現在の日本でもっとも生産性が低く、成果と経費のバランス(コストパフォーマンス)が悪い組織が国会であるといってよいと思うのです。
by T_am | 2010-11-20 00:12 | その他
 iPadの登場により、蔵書を電子化して持ち歩く人が増えているそうです。そのためにどんな機器を揃えればいいのかを紹介している雑誌もあります。
 私もiPhoneで試してみたのですが、けっこう便利です。そこで、今回は蔵書を電子化してiPhoneで持ち歩く際のポイントを記しておくことにします。
 以下に記載するのは、iPhoneで電子書籍を快適に読むために最低限必要な道具とソフトです。

(必要なもの-パソコン側)
・ドキュメントスキャナー(機能を欲張らなければ3万円以下で買えます)
・PDF編集ソフト(しおりの作成機能があれば何でもよい。1万円程度から)
・Dropbox(PC版、無料)

(必要なアプリ-iPhone側)
・Dropbox(無料)
・GoodReader(230円)


 大量の蔵書を電子化するのでない限り、高価な裁断機は不要です。カッターナイフがあれば、文庫本や新書、雑誌の類は何とかばらすことができます。
 しかし、それを読み込むためのスキャナーは、原稿自動送り装置がついたものでないと実用的ではありません。プリンタといっしょになっているスキャナーは原稿を1枚ずつセットしなければならないので、事実上使えません。そんな手間暇をかけるくらいなら、本を持ち歩いた方がはるかにいいからです。
 私の場合は、キャノンのDR-150という製品を使っています。読取りサイズはA4までですが、カラー原稿(裏表)を毎分12枚読み込んでくれます。これに付属する「DR-150 CaptureOnTouch」というソフトは読み取った原稿をPDF化する際に透明テキストをつけてくれるので、iPhoneで読むときに、キーワードで検索することができるようになります。
GoodReaderはそのために使います。
 なお、ドキュメントスキャナで5万円代の製品(DR-150よりも高性能。その代わり場所をとります)にはAdobeAcrobat(スタンダード版。ただし、1世代前の製品となります)が付属されています。AcrobatはPDFファイルの編集ができるソフトで、スタンダード版で3万5千円くらいするソフトですから、PDF編集ソフトを持っていない人はこちらを購入する選択肢もあります。


それを考えればスキャナーが2万円程度で買えることになり、DR-150よりも高性能なスキャナーがDR-150よりも割安な値段で手に入ることになります。

 具体的な手順を述べると、

1.ばらした本や雑誌をスキャナーで読み込む
このときに「OCR情報を付加する」ように設定しておきます。なお、解像度は300dpiに設定しておけば、クリアな画像でありながらファイルサイズもそれほど大きくなならないというメリットがあります。(200dpiでは画像が粗くなる)

2.PDF形式で保存されたファイルをPDF編集ソフトで開き、しおりを埋め込んでいく
これは手作業となりますが、後々の読みやすさを考えると省略することはできません

3.PDFファイルを上書き保存し、Dropboxにコピーする。
これで、ファイルがネット上にあるストレージにアップロードされ、iPhoneでもダウンロードできるようになります。また、オリジナルのPDFファイルはパソコンの中に必ず残しておきます。というのは、iPhoneにはそのとき読みたい電子書籍を送ればいいからです。
 なお、DropBoxはパソコン側で作成したフォルダがiPhone側でも反映されるので、ファイル管理がしやすくなっています。

 作業としてはこれだけです。後は、iPhoneでDropBoxを起動させ、読みたい電子書籍のPDFファイルを開き、GoodReaderを起動すればいいのです。DropBoxだけでPDFファイルを読むことはできますが、電子化された本を読む場合かなりのページ数になるので、読みたいページを探すのが大変になります。しかし、GoodReaderを使えばしおり化した目次がブックマークとして表示されますし、キーワードを検索することも可能になります。

 なお、読み終わった電子書籍は、iPhone側のDropBoxで削除すれば、パソコン側のDropBoxからも削除されます。したがって、読みたい電子書籍をその都度パソコン側でDropBoxに入れるようにすればiPhoneの記憶容量を無駄に使うのを防ぐことができます。
 Evernoteを使わないのは、フォルダ作成ができないことと、無料版では容量制限があるからです。DropBoxでも容量制限はありますが、2GBまで自由に使えるので不自由することはありません。

 電子書籍iPhoneで開くと、1ページが画面に収まるように大きさが自動調整されて表示されます。もちろん拡大・縮小が簡単にできるのですが、iPadよりも液晶サイズが小さいので、電子化した書籍をすらすら読むには、せいぜい新書版くらいの大きさの本が限界でしょう。それより大きなサイズの本や雑誌を電子化した場合、iPhoneでは読みづらくなります。そのため、画面を拡大表示して読むことになりますが、そうなると、画面にはページの一部しか表示されないので画面を絶えずフリックしなければならず、ちょとストレスが溜まるかもしれません。
by T_am | 2010-11-17 23:23 | iPhoneを使いこなすために
尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件に関して、巡視船に衝突してきた漁船の船長を逮捕したことにより、中国各地で大規模な反日デモが繰り広げられました。これらは「官許デモ」でありながら当局が統制しきれない場合もあることが、成都市で10月16日に起きたイトーヨーカドー、伊勢丹襲撃事件で明らかになりました。
 これらの反日デモが中国各地で発生していることから、いくつかの日中交流事業中止に追い込まれたことは皆様ご存知のことと思います。

 経済成長によって中国はもはや無視できない存在となりました。それだけに、中国特有のカントリーリスクについて理解しておくことが必要な局面を迎えていると思います。レアアースを輸出してもらえなくなると大変だから中国ともめ事を起こさない方がいい、などといっていられなくなる時代が来ると思った方がいいということです。

 カントリーリスクといっても、その国固有の文化や風俗・社会慣習によって発生するものもあり、これらは郷にいれば郷に従うというやり方をする以外にありません。たとえば、アジアや中南米諸国にみられる役人や警官の収賄といった「慣習」は経済的合理性に反するものですが、それによって社会がうまくまわっていくようにできているのですから、日本的道徳を持ち込んでもどうにもなりません。
 したがって本稿ではそれらのリスクについては扱わないことにして、将来起こりうる重大なリスクについて考えてみることにします。

 既に申し上げているように、中国という大国を成立させている要因はただ一つ強力な軍事力です。そうでなければ、あれだけ広い地域に多彩な民族が住んでいながら一つの国を維持することは不可能だからです。チベットの問題をみてもわかるように、民族の独立機運というのは自然発生的に起こってくるものですあり、それを抑えつける力がある間は国が分裂する危機を回避することができますが、その力が弱まると国は分裂してしまいます。 最近ではソ連の崩壊と東欧諸国がそれに該当します。中国の政治家たちもそれを目の当たりにしているわけであり、同じことが中国でも起こらないようにしようと考えるのは当然であるといえます。なぜなら、国の分裂は自分たちの失脚(最悪の場合は財産と生命を失うこともある)を意味するのですから。
 ソ連や東欧諸国の失敗は、経済の行き詰まりによって軍事力を維持することができなくなったのが原因です。そこで中国では、共産党による一党独裁を続けながら資本主義体制を導入するという前代未聞の政策を導入しました。(社会主義を放棄した共産党を引き続き共産党と呼んでいいものか疑問に思うのですが・・・)
 
 ここで抑えておかなければならないポイントは、今の中国の建国は対日戦争勝利という動機によってもたらされたということです。(このことは韓国と北朝鮮でも同様です)。興味深いことに、建国の動機(中国の場合「対日勝利」)は国が続く限りDNAのように受け継がれていきます。

 このことを説明するために、なじみ深い日本の例をあげます。

 江戸時代の徳川幕府というのは日本における代表政府のようなものであり、その点日本は統一国家であるとはいえない状態でした。明治維新というのは、欧米列強による日本侵略を食い止め独立国家であることを保つ、という崇高な動機に基づくものでしたから、これが近代日本の建国であるといってよいと思います。
 この独立国家であることを保つという動機はその後も受け継がれ、輸出できる製品といえば生糸くらいしかない貧乏国でありながら世界有数の大艦隊を持つという離れ業をやってのけました。その間、日清戦争と日露戦争を経験しましたが、それもこれも「独立国家であることを保つ」というDNAによるものです。
 その後、このDNAは大東亜共栄圏という奇妙な形に日本を「進化」させていきましたが、先の大戦で敗北したことによって日本はすべてを失い、同時にこのDNAも途絶えてしまいました。
 これは余談ですが、先の大戦は日本による侵略戦争であるという指摘があります。中国朝鮮の人がそういうのはもっともであり、彼らの目から見ればそれ以外の何者でもないことは明かです。しかし、日本人が同じ指摘をするのを聞くと違和感を覚えます。その人たちは、19世紀から20世紀の前半にかけて世界は侵略する側と侵略される側の2種類しかなかったという事実を無視していると思うからです。
 歴史にifを持ち込んでもしかたないのは承知の上で申し上げるのですが、日露戦争で日本が負けていれば北海道と対馬はロシアの領土となっていただろうと思います。ということは朝鮮半島と少なくとも満州はロシアの領土となっていたということです。当然それらはソ連が引き継いだはずですが、ソ連崩壊後分割されたのかそれともロシア領のままなのかはわかりませんが、すくなくとも北海道と対馬をロシアが手放すことはあり得ないので、もしかしたらメドベージェフ大統領の視察地の中に北海道と対馬も入っていたかもしれないのです。
 スイスのように永世中立を宣言した国もありますが、それは地理上スイスが通過点に過ぎないという事情もあると思います。北海道や対馬、沖縄といった戦略上重要な地域を抱える日本にとって、当時永世中立を宣言するという選択肢は存在しなかったのです。
 したがって、あの時代に侵略されないということは自分が侵略する側になるということを意味していました。(そうでなければいずれ侵略されることになると、当時の政治家たちは本気で思っていました)
 そのような事情があったことを無視して、あれは日本の侵略戦争だったと決めつけるのはおかしいのではないかと思うのです。当時同じことはイギリスもフランスもロシアもアメリカも行っており、その中で日本だけが責められるのは、要するに日本が戦争で負けたからに他なりません。その日本人の中で、あたかも自分だけは関係なかったかのように、勝った側に与してかつての同胞を詰るというのはちょっと卑怯なのではないかと思うのです。
 それというのも、「独立国家であることを保つ」という建国の動機(DNA)が失われてしまったからだといえます。だから、現在の日本を独立国家たらしめているのは何か? という設問をこの人たちに投げかけてみると、たぶんまともな答えは返って来ないだろうと思います。その証拠に、自国の安全保障をどうするかという議論が日本の中でまともに行われたことはありません。その結果が普天間飛行場の移設問題となってあらわれているのです。

 脱線が長くなりました。すいません。

 中国における建国の動機である「対日勝利」というDNAが受け継がれているという話でした。気をつけなければならないのは、それが政治家によって意図的に引き起こされる場合があるということです。
 今日の中国における反日感情は江沢民による反日教育の産物です。1989年6月天安門事件が起こり、またポーランドでは非共産党国家が成立しました。その後8月にはハンガリーでも同様のことが起こり、11月にはベルリンの壁が崩壊しました。社会主義が失敗であったことはもはや誰の目にも明らかになったのであり、当時共産党の指導者になったばかりの江沢民は、その波が中国にも押し寄せるのを食い止めることに追われたはずです。 天安門事件の後、日本政府は中国に対し円借款の見合わせを通告し、フランスなども追随しました。民主化弾圧を非難する声が高まる中で世界銀行による中国に対する新規融資の延期が決定され、中国は世界の中で孤立することになりました。
 そのような状況下で、中国共産党による支配のたがを緩めず、同時に政府に対する不満の矛先をそらすという目的で反日教育が開始されました。それは期待通りの成果をあげることができ、これに味を占めたのか、以来中国では反日感情を煽るということが国民の不満をそらすための政治手法として定着することになりました。(その一方で、1979年に中国がベトナムに侵攻した中越戦争については知らん顔をしているのですから、いい気なものだと思います。)

 今回の反日デモが「官許」によるものであることは、チベットをみればわかります。すなわち、中国では当局が認めないデモは直ちに鎮圧されるのであって、鎮圧されないデモは当局が認めているということを意味するからです。
 実際にデモが行われたのは中国の主要都市ではなく、いずれも地方都市だったことからも、これらのデモは当局のコントロールの下に行われたとみることができます。
 ところが誤算だったのは、そのデモに不満分子が入り込み、日本企業襲撃事件にまで暴走してしまったということです。このことは中国の国民の中で政府に対する不満が根強くくすぶっているのであり、しかもそれがしだいに大きくなってきていると見ることができると思います。
 それでも政府に対する不満が相変わらず少数派にとどまっているのは、中国が経済成長を続けているからにほかなりません。その恩恵を受けている人が圧倒的に多いからです。いくら中国といえども、未来永劫経済成長を続けていくことができるものではありません。経済成長の最大の牽引力であった安い人件費もじりじりと上がってきており、従来の生産のやり方がいつまで続くのか疑問に思われます。
 おそらく経済成長が止まったときが、中国政府は危機を迎えることになると思います。それでもそれまでの蓄えによって当分の間軍事力を維持していくことは可能でしょうが、12億人もの人間を飢えさせずにちゃんと食わせるというのは並大抵のことでできるものではありません。
 そうなったときに、民衆の不満をそらし、国家としての求心力を保つために、反日という感情を刺激する政策がとられることは十中八九間違いないと思ってよいでしょう。民衆の不満が強ければ強いほど、反日感情の対象とされる日本企業に対する憎悪は激しいものになります。
 19世紀であれば、そのような騒乱が起こったときには「自国民を保護するため」という名目で軍隊を進めることができたのですが、今日ではそういうわけにはいきません。人民軍と戦闘状態になることは確実であり、逆に日本に対して侵攻する口実を与えてしまうことになってしまいます。

 中国の政治家は、日本人に比べ、冷静かつ現実的な計算能力を持っていますから、常にこういうことをすればどのような反応が返ってくるかということを計算しています。その結果、たいしたことは起きないと思えば思い切ったことをやってくるというのが過去の事例を見ていればわかります。
 まして、中国は朝令暮改の国ですから、事前の相談もなく突然方針が大転換することがあります。最悪の場合、日本企業は中国に投資した事業のすべてを奪われてしまうかもしれない、そのようなリスクが中国という国にはあるのであって、政府もそういうことを視野に入れて外交戦略を練っていかないと、手遅れになってしまうでしょう。
 レアアースの対日輸出を禁止したところ、日本政府は船長を釈放して、中国の圧力に屈したと彼らは思っていることでしょう。それでなくとも、日本人の中には日本よりも中国を応援するという人たちもいるので、日本というのは実に与しやすい相手だと思われているのではないかと思います。

 反日感情というのは、今後最大のチャイナリスクに育っていく可能性があると思います。同時に、チャイナリスクは日本の国内にも存在することを忘れてはなりません。そういうことを考えると教育というのはおろそかにしてはならないということがわかるのです。
by T_am | 2010-11-14 23:52 | その他
 尖閣沖での中国漁船が海上保安庁の巡視船にぶつかってきたビデオの映像がYouTubeにアップロードされたことで、マスコミの関心は「誰が」「どんな目的で」映像をアップしたのかということに集中しているようです。
 さらに11月5日はJR川口駅東口の連絡通路に同じ映像が記録されたDVDが280枚入った段ボール箱が置かれており、「尖閣問題のビデオです。ご自由にお取りください」と記されたA4の紙が貼られていたとのことです。
 1人で280枚ものDVDにファイルを焼き付けるのは、それにかかる手間と時間を考えると、よほどの強い意志(執念)がないとできるものではありません。それゆえ、単独犯ではなく数人が関与しているのではないかと思われます。

 しかし、このような「犯人捜し」はあまり意味がないと思います。

 以下は、海上保安庁の関係者による映像流出という前提で書くのですが、そうだとするとその意図は「首相官邸に対する抗議」であると考えるのがもっとも自然であると思います。
 中国漁船の船長が処分保留のまま釈放されてしまっているのですから、今更この映像が公開されても、中国に対するカードにはならないのですから、あまり意味はないといえます。
 形式上、船長の釈放を決めたのは那覇地検ですが、そう思っている人はよほどのお人好しでしょう。むしろ首相官邸による介入があったと思っている人が多いのですから、この時点で映像を公開し、漁船の行動の違法性が白日の下に晒されれば、釈放を容認した官邸に批判が集中するはずだと読んだのだと思います。

 今日のNHKニュースによれば内閣支持率はさらに低下し、31%にまでなったとのことですから、犯人の目的は達成されたと思ってよいと思います。
 しかし、ニュースで取り上げられるのは、自民党による「政府の情報管理の杜撰さ」というものであり、また、「犯人は誰だ」というものばかりです。あいにくとそのような視点でこの事件を理解しようとすると、将来も同じような事件が起こることになると思われます。
 犯人の動機は、それこそ命をかけて職務を遂行している現場を無視して顧みようとしない政府首脳とそのいいなりになっている高官たちに対する失望・不信・抗議であると考えられます。それがモラルハザードを引き起こし、国家公務員による機密の漏洩という事件の原因となったといえます。
 ですから、仙石官房長官が、「現在の罰則では抑止力が十分でない問題を抱えている。秘密保全に関する法制のあり方について早急に検討をしたい」と述べても説得力を持たないのです。

 それよりもあなたがお辞めになった方が再発防止によほど効果があるのではないですか? そんなことを考えてしまいます。

 ロシアのメドベージェフ大統領が北方領土を訪問したことといい、領土問題というのは結局実力行使した方が勝つということをつくづく感じました。 
 大統領の訪問は、北方領土の人口減少に歯止めをかけたいということが主目的のようです。そもそもロシアの大統領が北方領土を訪問するということは以前からわかっていたことであるにもかかわらず、日本政府がロシア政府に対して警告したという話は伝わってきませんでした。
 北方領土問題は、実力行使によって実効支配されたらもう取り返しがつかないということを教えてくれています。同じ恐れは竹島にもありますし、尖閣諸島にもあります。そこで、相手国が実力行使というカードを切れないように普段から工作しておくのが外交の役割です。それは特に難しいことではなく、相手国を取り囲む国々と緊密な関係を築き上げておくということです。敵の敵は味方であるという発想に立てば、日本の外交は何をしなければならないかがわかるはずです。少なくとも、捨てるほどワインを買い込むだけの暇があるというのは、各国にある大使館は何をしているのかと疑問に思います。
 もっとも、大使館員の重要な仕事は外遊した国会議員のお世話だということになっている限り、いい仕事は期待できないかもしれません。かつては日本にいる後援会員宛に絵はがきの宛名書きを手伝わされた大使館員もいるということですから、政治家の意識の低さも問題とすべきでしょう。

 今回の映像流出事件は、そのような政治家たちに対する現場の反乱という意味合いがあるように思います。
 にもかかわらず、国会の場で自民党が政府の管理責任を追及するしかできないというのは、この政党にも外交センスを持った政治家がいなかった(その延長が現在の体たらくです)ということの証明にほかなりません。
 むしろ、政府の失政を追及すれば中国から睨まれかねないのですから、そうなれば政権党に復帰した祭に禍根を残すとでも計算しているように思えます。そういう打算は事なかれ主義と無責任体質に結びついているのであり、その点では与野党大差ないと考えてよいと思います。
 
追記
 埼玉県で小学生の女の子が自殺をした事件で、校長の記者会見の様子が伝えられているのをみると、このような無責任体質がこの国を広く覆っていることがわかります。自分の職務に対して使命感も責任感もない人物の方がかえって出世していくという社会は相当病んでいるといってよいでしょう。
by T_am | 2010-11-08 23:45 | その他
 アメリカの中間選挙の結果が日本でも報道されています。上院では民主党がかろうじて過半数を維持したものの、下院では共和党による過半数の奪還を許したとのことです。同時に行われた州知事選挙でも共和党が27州で勝利したそうですから、オバマ大統領にとっては今後の政権運営が難しくなったといえるでしょう。

 しかし、オバマ大統領は今までこれといったミスを犯したわけではなく、ブッシュ時代のツケを清算することに追われているというのが実際のところですから、今回の選挙結果はいささか気の毒な気がします。

 アメリカでこれほどまでに格差が拡大したのはブッシュ前大統領のときの政策に起因しています。それを一言でいってしまうと、「何事も市場に委ねればうまくいく」というものでした。
 しかし、実際には市場に委ねてはいけない分野があるということがわかり、そのために高い授業料をアメリカ国民は支払うことになったのです。
 医療保険に入っていながら、病気になってもなんだかんだと難癖をつけられて保険が下りない(その方が利益が増えるので保険会社の評価が高くなる)ために、破産状態に陥った人が激増しました。(入院費が払えないために、アメリカでは日帰り出産ということも行われているそうです。)

 そういう状況を招いた責任は誰にあるのかについては口を拭って、アメリカでは「ティーパーティ」という保守派による運動が行われてきました。民主党が目指す大きな政府は増税につながるというキャンペーンは一定の効果を上げているようです。
 また、大統領選挙でオバマ氏の支持に回った女性層が今回は動かなかったということですから、回復しない景気・高いままの失業率に対する不満の矛先がオバマ大統領に向けられたのだと考えられます。

 オバマ大統領は有能で誠実な政治家であると私は思っています。どこかの国の総理大臣経験者のように、自分の理想のために現実を無視するようなことはありませんし、どこかの国の現職総理のように深く考えないまま発言するということもありません。
 ブッシュが8年かけてダメにした国を2年かそこらで回復させるというのはどう考えても無理な話です。にもかかわらず、アメリカ国民はオバマ大統領を責め、そういう状況を招いた共和党に投票したのですから、まことに無知でお人好しの国民性を持った国であると思います。

 では日本はどうかというと、無知でお人好しの集団が民主党であるといえます。中には無知でもなくお人好しでもないという政治家もいますが、大半はそうではありません。
 本日のニュースで、総務省は、地方税と国税に分かれている自動車税を一本化し、新たに環境自動車税を創設する考えであることを発表しました。「環境」という枕詞をつければ国民はおとなしく金を払うというふうに官とマスコミがいっしょになって国民を煽動しているのが今の日本の姿です。その仕上げが排出権取引であったり、環境税や環境自動車税のような新たな税負担です。
 これらは、いってみれば幻に対してお金を払うようなものですから、何のプラスにもなりません。排出権をどれだけ購入しても、また環境税を払っても世界全体でのCO2の排出量の増加は止まりません。人類が化石燃料に依存している限り、経済が成長すればそれだけCO2は増加するのです。
 そういう単純な理屈を隠して、CO2を減らすことが崇高な行為であると吹き込んでいるのが官僚であり、マスコミです。正しい情報を知らされずに偏った情報だけ与えられたのでは,人は誰でも判断を誤ります。裸の王様という寓話の主人公は、現代では民衆なのかもしれません。
by T_am | 2010-11-03 23:41 | その他