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カクレ理系のやぶにらみ

tamm.exblog.jp

時間のある方はお読みください。軽い気持ちで読み始めると頭が痛くなります。

普通の人の責任(4)  行動する納税者

 米下院で緊急経済安定化法案が否決されました。金融システムの崩壊を防ぐために、議会の首脳部が休日を返上して作成した法案であることから成立は確実と思われていただけに、その衝撃は大きなものがあります。



 この法案が否決された背景にはアメリカの貧困層の怒りがあるとも報道されています。
 この法案は、金融機関が保有している不良資産を買い取るために7000億ドル(約73兆円)という巨額の公的資金を投入するというものでした。それは、金融システムを崩壊から守るという「政治的判断」によるものです。共和党と民主党の首脳部が協力したということ、大統領候補である共和党のマケイン氏と民主党のオバマ氏も共同で声明を出したというのも、大局的にみると金融システムを維持した方が国益に叶うという「政治的判断」によるものです。
 その視点からは、今回の下院での否決は想定外の出来事となります。
 新聞報道によれば、下院議員の事務所に選挙区の納税者(=有権者)から電話がかかってきて、そのほとんどが法案に反対するというものだったそうです。
 法案に反対する理由は、「金融機関のトップは常識はずれの報酬(ゴールドマンサックスではストックオプションを含めると70億円、破綻したリーマン・ブラザーズでは30億円といわれています)を受け取っていながら、問題が起きると税金を投入してもらって解決をはかろうとしている。そんな奴らのために自分たちの税金が使われるのは納得いかない。」というものです。
 その背景には、アメリカ社会の格差の拡大と固定化が深刻な状況になっているということがあります。さらに、普通の生活を送っている人でもいつ貧困層に転落しても不思議ではないという状況があります。たとえば入院出産費用の相場は15,000ドルかかるとのことです(「ルポ 貧困大国アメリカ」堤未果 岩波新書)。このため日帰り出産する妊婦が年々増えているとのことです。2005年の全破産件数208万件のうち企業破産は4万件であり、204万件が個人破産でした。その原因は高額すぎる医療費です。盲腸で1日入院した場合で12,000ドルの請求書が送られて来たという例が前書には取り上げられています。結局この人はクレジットカードで支払いをしていました(ということは、クレジットカードが持てるだけのポジションにいたということです)が、奥さんの出産が重なり借金が膨れあがったために、結局自己破産する羽目になったそうです。
 また、教育補助予算が削減されたことにより奨学金の受給資格を失った大学生の多くはクレジットカードで学費を支払っていますが、その多く生活費や教科書代などで限度額を超えてしまうために新しいカードをつくって返済するということを行っています。結果として利子が増え、その返済のためにアルバイトに精を出さなければなりません。返済が滞ればブラックリストに名前が載るので、就職したくても雇ってもらえないという事態に陥ります。このことはクレジットカードも持てない貧困層の子弟は大学に進学することもできないことも意味しています。
 苦労して大学を出ても高収入が得られる職に就くことができるわけではなく、運悪く病気にでもなれば高額の医療費の請求が来るわけですから、貧困層に転落するリスクは他人事ではありません。
 一方で数十億円の報酬を受け取る一握りの人々がいるかと思えば、貧困に喘ぐ大多数の人々がいます。前掲書が述べているように、アメリカという社会は相当病んでいると思わないわけにはいかないのですが、今回の法案の否決には、このような社会に対する不満が下院議員に対する圧力となって現れた(オバマ候補が「チェンジ」という言葉で人気を得たのも、根っこは同じ)と思います。
 肝心なことは、アメリカでは納税者が選挙区の議員に対し手紙を書いたり電話をかけたりすることが日常的に行われているということです。
 その人々の怒りの声を耳にして、これをないがしろにしては次の選挙で投票してもらえなくなると判断したからこそ、下院で否決されたわけです。
 今回否決された法案は、崩壊の危機にさらされている金融システムを護るという「政治的判断」で作成されたものです。したがって、そのような視点に立つ限り、法案に反対した議員の行動は保身に走ったものと映りますが、別な立場に立てば、民意の反映であるということになります。今回の法案の否決は納税者の感情によるものだけに、それをなだめる方策が示されない限り、同様の法案が可決されることはないと思います。
 これは、個人的な考えですが、金を動かして金儲けをすればよいという考え方が世界中に蔓延した結果、今回の金融不安を招いたのだと思います。実体経済に伴わないお金の流動は、所詮はバブルでしかないということに、世界が気づくためには、金融が混乱してもしかたないと思うのです。したがって、米議会は安易に救済法案を可決するべきではありません。

 これが日本であれば、このような現象は絶対に起こりません。政治のことは官僚や政治家に任せておけばいいというのが、日本国民の考え方です。よくいわれるように、日本では選挙の時に投票することでしか民意の発露はありません。けれどもそれは、与党に対して白紙委任状を渡すためのセレモニーと化しています。投票に行かない人も白紙委任状に署名したことになっています。現行の小選挙区制では、落選した候補に投票した票は無意味となるので、投票を棄権したのと同じことになります。
 こうして、国民の多くが不満を抱く政策が強引に推し進められことになります。選挙にはこのような悪弊を正す効果が期待できない以上、違ったことを考えなければいけません。
 アメリカの納税者(=有権者)たちが今回見せた行動は、市民が社会に関わっていくときのあり方の一例を示してくれたように思います。
by T_am | 2008-10-01 21:47 | あいまいな国のあいまいな人々

by T_am