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カクレ理系のやぶにらみ

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時間のある方はお読みください。軽い気持ちで読み始めると頭が痛くなります。

自民党の憲法改正草案を読む(1) 前文について

 今回の参議院選挙の結果、改憲勢力が憲法改正の発議に必要な3分の2の議席数(162議席)を獲得したことから、自民党が発表している憲法改正草案について改めてどんなものであるかを確認してみようと思います。
 今回は第1回ですので、前文を検討することにします。

(前文)
 日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴いただく国家であって、国民主権の下、立法、行政及び司法の三権分立に基づいて統治される。
 我が国は、先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、今や国際社会において重要な地位を占めており、平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、世界の平和と繁栄に貢献する。
 日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。
 我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる。
 日本国民は、良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため、ここに、この憲法を制定する。


 全部で5つの段落から構成されている前文のうち、最初の2つの段落の主語は「日本国」と「わが国」です。また、残りの3つは「日本国民」と「我々」です。
 最初の2つの段落の主語は自然人ではないにもかかわらず、こうするという意思を示す文章になっているので、本当の主体はこの文章をつくった人であることがわかります。それは少なくとも「わたしでない誰か」であり、その誰かがわたしのあずかり知らぬところで決めたという「押しつけ感」が拭えないのが、この改憲草案の特徴です。
 3番目の段落の主語は「日本国民」ですが、よく読むと、日本国民の意思というよりも日本国民に対する義務が書かれている条文であることがわかります。また、4番目の段落に「我々は、自由と規律を重んじ」とあるのも義務を定めたものです。ちなみに、あえて規律と書いているのは、後で出てくるように、基本的人権よりも公益や公の秩序の方が優先すると考えているからでしょう。
 3番目の段落にある「基本的人権を尊重する」というのは、それが制限される場合があるためにこのような書き方をしているといえます。そうでないのであれば「保障する」という言葉を用いるのが普通ですし、現に、日本国憲法では「この憲法が国民に保障する基本的人権」(第十一条)という書き方をしています。したがってこの憲法草案では、基本的人権よりも優先するものがあると考えており、それを国民が守る義務として定める、という役割を憲法にもたせていると解釈できるのです。
 5番目の段落で「良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため、ここに、この憲法を制定する」と書かれていますが、憲法を制定する目的は国家を子孫に継承するためではありません(国の存続は憲法とは関係ないところで決まります)。権力の濫用を防ぐために、権力を制限するというのが立憲主義の考え方です(憲法に違反する法律は認められないというのはこのため)。にもかかわらず、自民党の改憲草案ではこのような書き方をしているのは、この憲法草案の根底にある考え方(国民の義務)を「末永く子孫に継承する」ことが目的であると考えられるのです。

 このように見てくると、この憲法草案をつくったのは日本国民ではなく、日本国民よりも一段高いところにいる存在であり、そのことを隠そうともしない人たちであることがわかります。日本国憲法の場合、憲法を制定する作業に携わった人たちにこのような「上から目線」の姿勢があったとは日本国憲法の文言からは感じとることができません。そこに書かれている内容は、あの時代にあって「もう戦争はこりごりだ」と思っている人たちに広く受け入れられるものでしたし、現代の日本人にも通じるものがあると思います。(もちろん例外もあるわけですが。)
 
 憲法をこのようなものに改めるというのであれば、それはもはや改憲という生易しいものではありません。今ある憲法を廃棄し、新たな憲法を制定するということに等しいので、日本という国を全く別の国にする企てであると考えるべきでしょう。
by t_am | 2016-07-13 22:18 | その他