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カクレ理系のやぶにらみ

tamm.exblog.jp

時間のある方はお読みください。軽い気持ちで読み始めると頭が痛くなります。

幼稚な人々

 安倍総理の「お友達」が次から次へと物議を醸しています。NHKの籾井会長の発言に始まり、NHKの百田尚樹経営委員の都知事選での応援演説の内容や長谷川三千子委員が書いた文章も大きく取り上げられています。
 また、今日(2月19日)になって首相補佐官である衛藤晟一氏によるYouTubeへの投稿がアメリカ政府を批判しているとして、問題になりました。

 これらの発言のうち、長谷川氏を除けば、いずれも「個人の意見」とか「個人的見解」であるという共通点があります。すなわち、「これらの発言はすべて公人としての立場で述べたものではなく、私人として述べたものであるにすぎない。そもそも表現の自由が憲法で保障されているのだから、個人が自由に発言して何が悪いのだ。」という思いが見え隠れするのです。
 たしかに日本国憲法は表現の自由を保障していますが、何を言っても免責されるのだということまで保証しているのではありません。自分の発言により、他人の名誉を毀損したり、損害を与えた場合は、その責任を免れることはできません。
 さらに申し上げると、「個人の意見」という主張はこの場合通用しません。というのは、これらの人々は、すべてそれなりの社会的地位にある人(NHKの経営委員といえば、企業の役員に相当します)であり、そういう立場の人が公の場で不特定多数の人に向けて発言した場合、それはNHKの籾井会長の発言であり、作家でNHK経営委員の百田尚樹氏の発言であるという風に受け止められても仕方ないからです。(衞藤補佐官の動画投稿も同様です。)
幼稚な人々

 安倍総理の「お友達」が次から次へと物議を醸しています。NHKの籾井会長の発言に始まり、NHKの百田尚樹経営委員の都知事選での応援演説の内容や長谷川三千子委員が書いた文章も大きく取り上げられています。
 また、今日(2月19日)になって首相補佐官である衛藤晟一氏によるYouTubeへの投稿がアメリカ政府を批判しているとして、問題になりました。

 これらの発言のうち、長谷川氏を除けば、いずれも「個人の意見」とか「個人的見解」であるという共通点があります。すなわち、「これらの発言はすべて公人としての立場で述べたものではなく、私人として述べたものであるにすぎない。そもそも表現の自由が憲法で保障されているのだから、個人が自由に発言して何が悪いのだ。」という思いが見え隠れするのです。
 たしかに日本国憲法は表現の自由を保障していますが、何を言っても免責されるのだということまで保証しているのではありません。自分の発言により、他人の名誉を毀損したり、損害を与えた場合は、その責任を免れることはできません。
 さらに申し上げると、「個人の意見」という主張はこの場合通用しません。というのは、これらの人々は、すべてそれなりの社会的地位にある人(NHKの経営委員といえば、企業の役員に相当します)であり、そういう立場の人が公の場で不特定多数の人に向けて発言した場合、それはNHKの籾井会長の発言であり、作家でNHK経営委員の百田尚樹氏の発言であるという風に受け止められても仕方ないからです。(衞藤補佐官の動画投稿も同様です。)

 もっとも、これらのロジックは安倍総理にも共通することです。安倍総理は靖國神社への参拝を私人としての立場で行ったと答弁していますが、最近になって、国のために尊い命を捧げた人々の魂に詣でることは日本のリーダーとして当然という趣旨の発言もしていますから、靖國神社への参拝は私人ではなく内閣総理大臣安倍晋三として行ったと認めているのに等しいといえます。
 親玉がこうなのですから、その取り巻きが同じような行動をとるのもある意味当然と言えるでしょう。そして、子供じみた言い訳をするところまで親玉の真似をしており、このようにいっておけば許されるとタカをくくってところが幼稚というか、想像力が欠如している人たちだなと思ってしまいます。
 たとえば、あなたの会社の取引先の役員や部長が、「個人的意見だが」と断ったうえであなたの会社の悪口を言いふらしているのを聞いたら誰だって不愉快に思うでしょう。どうしても口にしたければ、議論の場で正々堂々と発言すればいいのあって、いい歳をしたおとなが、陰口を叩くような真似をすれば相手を怒らせることになるということもわからないのか、と呆れてしまいます。

 しかしながら、これら一連の出来事における最大の問題は、たとえていうならば、その会社のトップがそういう発言をした部下をいっこうに咎めようとしないというところにあるのです。こういうことが重なれば、その会社に対するあなたの不信感は増すばかりですが、そういう危険性も孕んでいるのだということがわからないトップというのも困ったものだと思います。もっとも、安倍総理の場合、今回の大雪に際し、雪が降り始めてから四日も経ってからようやく対策本部を政府内に立ち上げたくらいですから、危機に対する感受性が人一倍鈍い人なのかもしれません。その前に、首相官邸のFacebookで、「雪が降り始める前の14日には関係府省庁があつまって事前対策の確認を行った」旨メッセージを発信していますが、推察するに、「こういう場合はこうしようね」という確認を行っただけなのでしょうから、事実上何か手を打ったというわけではありません。典型的な自己弁護といえます。そのくせ、16日の13:00から「大雪等の対応に係る関係省庁災害対策会議」が開かれたのですが、そのことについてはまったく触れられていません。きっと書けば、それまで何もしてないじゃないかと責められることになると思ったのでしょうね。でも言い訳はしたいという、実に苦しい立場にあるわけで、身から出た錆とはいえまことにお気の毒といえるでしょう。

 冒頭に書いた人たちの行動をアメリカ政府が不快に思っているという報道も伝えられており、それらを引き合いに出して、この人達を批判する意見も多数目にしています。実をいうと、わたしは「アメリカ政府がこう言っているから」というのを根拠にして、これらの人々を批判するという行為には賛成しません。虎の威を借りる狐というか、そういう行為そのものが僕にはとても卑しいように思えてならないからです。
 日本はアメリカの属国のようなものだという指摘はかねてからされていることです。日米地位協定がある限り、それが真実であることは紛れもないことなのですが、そのことに目を背けて(つまりアメリカと対等の関係になろうという努力を放棄して)アメリカの太鼓持ちのように振る舞うのは、日本がアメリカの属国であるという事実をますます強固なものにするだけではないかと思うのです。

 これらの人たちに共通する思いというのは、「なんで日本だけがいつまでも責められなければならないのだ。イギリスやフランスだって植民地で搾取したわけだし、アメリカだって無差別爆撃を行うことで大勢の非戦闘員を殺してきたじゃないか。その極めつけは原爆の投下だし、そういう歴史的事実に目を背けているのはおかしいんじゃないか。」というものなのだと想像することができます。
 現在の国際秩序体制というのは、第二次世界大戦の戦勝国が中心となって築き上げてきたものです。勝てば官軍という言葉があるように、同じようなことをやってきたとしても勝った方が正義であり、負けた方はすべての責任を負わなければなりません。そもそも戦争に負けるというのはそういうことなので、それに不満があるのならば、もう一度戦争を仕掛けて勝つしかないのです。
 安倍総理とそのお友達にそこまでの度胸があるとは思えませんが、自分はアメリカの無二のパートナーなのだから、これくらいは言うことを聞いてもらってもいいんじゃないかという「甘え」があるように思えます。日本の指導者達がそう思うのは勝手ですが、戦勝国の首脳達がそれにつきあう義理はどこにもありません。日本との関係を強化することのメリットとデメリット、中国との関係を強化することのメリットとデメリットを冷徹に計算して、自分にとってどちらが得かを天秤にかけるのが外交であるといえます。したがって、日米同盟が不変の関係であると思うのは単なるカン違いにすぎません。将来もしかしたらアメリカに見捨てられるかもしれない。そいう可能性も考慮に入れて、そうならないようにするには何をすべきなのか? あるいは万一そうなった場合に備えて今何をしておくべきなのか? という視点で行動することが日本のリーダーに求められていることなのではないかと思います。
by t_am | 2014-02-20 01:17 | その他