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カクレ理系のやぶにらみ

tamm.exblog.jp

時間のある方はお読みください。軽い気持ちで読み始めると頭が痛くなります。

「消費者」から見た教育

 大阪市の橋下徹市長は19日、市立幼稚園の保育料を2015年度をめどに私立幼稚園並みに値上げする意向を示しました。

「市立幼稚園の保育料、私立並みに値上げへ 橋下市長意向」朝日新聞デジタル9月19日
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130919-00000024-asahi-pol
 
 この記事によれば、橋下市長は大阪市にある市立保育園59園をすべて民営化する考えとのことですが、保護者や市議会が反発し、まず19園を民営化もしくは廃園にする案を示しているそうです。今回の保育料の値上げもその一環のようですが、なぜ幼稚園をすべて民営化しなければならないのか私には理解できません。というよりも、民営化すればすべて上手くいくと思う根拠が何なのか私には理解できないのです。
 そんなことを考えていたら、こういうブログを目にしました。

「やっぱりまともな橋下氏の政策」
http://ameblo.jp/englandyy/entry-11617467542.html

 これを書かれた方の意見としては、橋下市長の改革には「おかしなものも入っている」けれども、今回の政策はまともであるというものです。その理由として「いうまでもなく公立の教育施設は効率性が悪いしいい成果を残していない。」という指摘をされておられますが、何のことをいっているのか私にはさっぱりわかりません。そもそも「教育施設の効率性」って何のことをいうんでしょうか。また、「いい成果を残していない」と断言されてますが、「いい成果」とは何を指すのでしょうか。
 これは橋下市長の意見らしいのですが、「少なくとも民間の私立が十分に実績を残しているのだから効率(註)が存在する意味はあまりない」ということにも賛成しておられますが、本当にそうなんでしょうか? 利益を追求する民間企業にはできないから公立の学校を設けているのだし、公立の学校とは違った教育をやりたいと思う人が私学を創立している(経営を助けるために補助金を出している)のだと思っていましたが、違うのでしょうか?

(註)たぶん「公立」の誤変換でしょう。推測ですが。

 この文章を読んで「公立の教育施設は効率性が悪いしいい成果を残していない」

 もう一つ、「幼稚園/学校間の競争をより促す」ということも書かれていますが、少子化が進行しているということはそれだけ市場が縮小しているということですから、「幼稚園/学校間の競争をより促す」というのは、他の幼稚園/学校の生徒を奪い、自分のところのシェアを高めるということにつながります。それが何になるのかも私にはわかりません。

 おそらく、このブログの筆者は、消費者としての目で教育を見ておられるのだと思います。幼稚園や学校が自由競争に晒されることによって、劣悪な幼稚園/学校は淘汰されていき、結果として社会の利益につながるという理屈なのでしょう。

 でも、本当にそうなるのでしょうか?

 教育に競争を持ち込むべきだという主張が行われたのは、これが初めてではありません。もう何年も前から似たような指摘が行われてきました。教育に競争原理の導入するのが正しいのであれば、既にその成果は出ているはずです。だってそうでしょ。今まで、さんざんそういう主張がされてきて、教育改革がなされてきたわけですから。
 ところが、この方は「いうまでもなく公立の教育施設は効率性が悪いしいい成果を残していない。」と指摘されています。ということは、教育に競争原理を持ち込んだけれどもまったく効果は上がっていないと考えるべきなのか、それとも競争原理の導入が不十分だと考えるべきなのか、いずれかであろうと思います。
 でも、教育の効率性って何のことなんでしょうね? これが、社員教育なら私にも理解できます。社員教育の目的は、「従業員に対し特定の作業や業務ができるようにすること」ですから、その目標を達成するまでに要した時間と費用が少なければ少ないほど「効率がよい」ということになります。実際、社員教育の場では達成度合いを測定することが可能(その作業をやらせてみれば一目瞭然)ですから、効率の善し悪しを評価することは可能です。
 では、学校教育ではどうなのでしょうか? 学校教育の目的のひとつは一定水準以上の学力を身につけさせることだということに、異存がおありの方はいらっしゃらないと思います。(ただし、学力をリテラシーであると解釈すると、学校教育はてんでダメと申し上げざるを得ません。テストの成績はいいかもしれませんが、今何が起こっているかをきちんと理解する能力が育っていないということが、原発事故によって明らかになりました。)
 しかし、学校教育の目的はそれ以外にも存在するということが、たとえばクラブ活動や受験科目以外の授業がなぜカリキュラムに組まれているのかを考えればわかります。すなわち学校教育の目的はひとつではないというところが、単一の目標を達成するための社員教育とは決定的に異なるのです。
 したがって、学校教育の成果を測定する尺度は多様であり、極論すれば個人によってすべて異なるといってもよいと思います。にもかかわらず、このブログの筆者が「公立の教育施設は効率性が悪いしいい成果を残していない」と断言されるのは、単一の尺度で捉えておられるのではいかと思ってしまいます。

 消費者は対価を支払う以上、売り手に対し、自分を満足させるモノやサービスを提供するよう要求する権利があると考える人が増えています。おそらく競争原理の導入を支持する人たちもそのように考えておられることでしょう。
 けれども、学校に対し、すべての生徒とその保護者が「自分たちを満足させるサービスの提供と学力を保証せよ」と要求したと仮定して、はたしてそれが実現可能だと思いますか? 
 あるいは、質問のしかたを変えてもいいのですが、橋下市長はこのブログの筆者が大好きな民間の学校や幼稚園では、すべての生徒とその保護者が満足する教育が行われているのでしょうか? 
 私立の学校や幼稚園では受験を通じて生徒を選ぶことができます。けれども公立の幼稚園や小中学校ではそれはできません。これは決定的な違いであると私には思えます。学校はその効率性を追求すべきだというのであれば、小中学校であっても勉強に特化した学校・スポーツに特化した学校あるいは音楽や美術に特化した学校を設けるべきでしょう。ところが現実にはそうではありません。何に向いているのかひとりひとり全部違うこどもたちを大勢集めて教育しているのが実態なのですから、効率性が悪いのは当たり前であると私には思われます。
 にもかかわらず競争原理を導入すれば問題が解決すると考えるのは、風邪を引いている患者に水虫の薬を処方するようなものです。開業医ならばヤブ医者と呼ばれても文句は言えないところですね。
by t_am | 2013-09-22 17:54 | その他