ブログトップ

カクレ理系のやぶにらみ

tamm.exblog.jp

時間のある方はお読みください。軽い気持ちで読み始めると頭が痛くなります。

「公益と公の秩序」って何? 「公共の福祉」と何が違うのか

 自民党の憲法改正案では、日本国憲法にある「公共の福祉」という言葉がすべて「公益及び公の秩序」といういい方に変わっています。
 私が中学生の頃、公共の福祉について習ったのは、「個人の権利は無制限に主張できるのではなく、大多数の利益に反しないようにしなければならない。」というふうな内容でした。平たくいえば、「一人が我が儘を押し通すとみんなに迷惑がかかるので、慎まなければならない。」というようなことでした。
 そういう教育を受けた者としては、自民党の憲法改正案に書かれている「,公益及び公の秩序に反しない限り」という言い回しはそんなに違和感がないような気がするのですが、実は中学生の頃に教わった公共の福祉の意味が間違っているのです。

 人権という概念の根本にあるのは、人間は生まれながらにして人権を持って居るという考えかたです。それらの権利は憲法以前に存在しているものであって、憲法でそれを追認することで保障することができると考えられます。よく引き合いに出されるアメリカの憲法改正はこの考えかたに沿ったものであり、保障すべき個人の権利がその都度修正条項として追加されるという手続きをとってきました。その点では憲法改正というよりは条項の追加と理解した方が現実に近いと思います。
 日本国憲法における人権の考えかたも同様です。日本も含めた近代国家の考えかたというのは、主権者である国民が集まって国をつくり、その際に、どういう国にするのかという理念と国民の代表者が運営する政府に対し制約を課すというのが憲法であるというものです。
 そういう観点から大日本帝国憲法を見ると、日本という国は天皇という神聖不可侵の存在が統治する国であり、その統治に反しない限りにおいて個人の権利を認めるというものでした。
 日本国憲法では、それまでとは正反対に「すべて国民は、個人として尊重される。」(憲法13条)と規定しています。これは、人間は生まれながらにして人権を持っているという意味です。したがって、「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他国政の上で、最大の尊重を必要とする。」(憲法13条)というのは、政府に対してつけている注文なのです。(これは非常に大切なポイントです)
 一方自民党の改正案では「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公益及び公の秩序に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と書かれており、政府に対して、「公益や公の秩序を優先してもいいよ。それらと人権が対立した場合は、人権の方を制限する法律をつくってもいいよ。」と許可する条文になっています。
 言葉を一部変えるだけで憲法の性格がまるで変わったものになってしまうわけです。自民党はそのことをもっと丁寧に説明すべきですが、そういう意識は低いようです。まるで訪問販売のセールスマンが契約書の内容をロクに説明しないまま、消費者に対しハンコを押させるようなことをしていると私には思えます。

 ところで、公益や公の秩序と人権が対立する場合とはどういう場合が考えられるでしょう?

 たとえば、東京都ではオリンピックを誘致しようとしていますが、オリンピックのための施設を新たに建設しようとしたときに、建設予定地の地権者が土地の買収に応じない場合、法律によって強制的に立ち退かせることができるようになります。(現在でも土地収用という規定はありますが、公共的性格を有する事業のために欠かすことのできない道路や線路、水路、池、材料置き場にするために、所定の手続きを経てはじめて収用することができるというものでかなり制限がかかっています。)
 あるいは、戦前にあった讒謗律のような法律をつくって、政府や政治家を風刺したり批判することを禁止し、違反した者を逮捕できるようにすることも可能となります。

 私は自民党の改正案に批判的な立場で本稿を書いていますが、少し見方を変えてみましょう。たとえば、現在問題となっているヘイトスピーチやデモはけしからんと思う人が増えて、これをなんとかしなければならないという思いから、法律によって取り締まるべきだと考えるのであれば、それはこの自民党の憲法改正案に近い位置にいるといえるでしょう。
 また、凶悪犯罪が起こったときに、警察にもっと強力な権限を与えて凶悪犯罪の防止を図るという考えかたも根強いと思いますが、それも自民党の改正案に近い位置に立っているといえます。

 これまで何度も書いてきたことですが、人間がつくった制度には必ず長所と短所があります。今は長所の方が目立つ制度であっても、時代が移り変わるにつれて短所の方が目につくなるようになるということは往々にして起こりうると考えるべきです。ここの制度であれば事情にそぐわなくなれば改めればいいと思いますが、憲法のように、国の根幹にかかわるものについては、それを書き換えるということはせずに、時代に追いつく必要がある場合に限って条項を新たに追加していくというやり方をとる方が後々に悔いを残さないのではないかと思います。
by t_am | 2013-06-19 17:25 | その他