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カクレ理系のやぶにらみ

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時間のある方はお読みください。軽い気持ちで読み始めると頭が痛くなります。

政治家の好きな「改革」(4)

 「改革」の必要性をアピールする政治家は、どなたにも現状の問題点の指摘を通じて現状否定から入っていくという共通点があります。
 最近の例でいえば、この前の選挙での自民党の公約「日本を、取り戻す。」は、民主党の政治を全否定するものでした。一見すると、失われてしまった日本のあるべき姿を取り戻すのだという力強くて勇ましい決意を述べているかのようです。けれども、実際に政権を担当していた期間の長さを比較すると、民主党の約3年に対し、自民党の方がはるかに長いのですから、失われたものに対する責任は自民党の方が比較にならないほど重いと思うのですが、そういうことにはひと言も触れないというのも政治家であるための資質の一つなのかもしれません。
 また、橋本市長率いる維新の会が「グレートリセット」を標榜したのも記憶に新しいところです。リセットするという行為にグレートもスモールもないだろうと思うのですが、こういう自画自賛が臆面もなくできるようでないと政治家は務まらないようです。
 この現状否定という手法のあざとさは、都合の悪いことはすべて前任者のせいにすることができるという、一種の「なすりつけ効果」をもたらすところにあります。(懸案事項を解決するタイミングとして担当者が異動したときが適しているということは、経験的に広くしられているところです。)
 何か問題が起こったときに、その犯人捜しと責任追及が私たちは大好きです。誰かが悪者になって非難される様子を見ると、私たちはすっかり満足してしまい、むしろ問題の後処理や再発防止などはどうでもいいかのように忘れられてしまう傾向があります。

 他人のあら探しほど楽なものはありません。誰だって欠点の一つや二つは持っているものですし、失敗を犯すことだって一度や二度ではすまないからです。他人の欠点を指摘することは一時の快感を伴う行為であることは間違いありませんが、その後の人間関係を決定的に破壊するという結果をもたらします。(だから、もしもあなたが配偶者と離婚したいと思っているのであれば、相手の欠点にばかり目を向けていればいいのです。そのうちに、相手も同じことをするようになりますから。そこまでいけば、離婚は簡単に成立するはずです。)
 個人の生活と政治は違うよといわれるかもしれませんが、政治においても信頼関係を築き維持するというのは大事なことです。なんでもすぐ人のせいにする政治家がいたとして、その人が人びとの信頼を得られるかは疑問です。そういう人に力を貸そうと思う人はいませんから、結局大きな仕事を果たすことはできません。(例外があるとすれば、生まれながらにして絶大な権力を握っている場合です。) 
 どちらかというと、他人のあら探しは評論家やジャーナリストと呼ばれる人の仕事になると思います。政治家に求められるのは、その後の「何をするか」ということの方なのですが、その「何をするか」の正当性をアピールするための現状否定にエネルギーの大半が注ぎ込まれているように思えます。
by t_am | 2013-02-24 19:50 | その他