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カクレ理系のやぶにらみ

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時間のある方はお読みください。軽い気持ちで読み始めると頭が痛くなります。

政治家の好きな「改革」(2)

 前回申し上げたように、政治家が「改革」好きなのは自分の理想や信念を実現させたいという欲求と、その方が票になるからという打算がいっしょになっているからです。
 改革の中には、短所の方が多く、改悪にしかならないものもあるはずなのですが、それもあまりチェックされることなく実現するというケースもあります。なぜ、そんなことが起きるのかといえば、なぜ有権者が政治家の口車に乗せられるて、「改革」の実施を容認する世論が形成されるからです。

 政治家が改革の必要性をアピールする際には、必ず現状の問題点を指摘します。それを聞くと、なるほどたしかにそうだよな、と思い当たることがあって、「だから改革が必要なのです」とたたみかけられると、そうなんだろうなと、つい思ってしまうわけです。
 しかし、よく考えてみると、世の中、どんなものにも長所もあれば短所もあるように、いつの時代であっても何かしら問題というのは存在するのが当たり前です。もしも、何も問題がないように思えるとしたら、それは問題が顕在化していないだけのことであり、いずれ問題点となって現れてくる、ということを私たちは原発事故から学んだはずです。
したがって、ここに問題がありますという政治家の指摘は間違ってはいません。だからといって、問題点の存在がただちに改革の必要性に結びつくわけではありません。というのは、今存在している問題の中には、座視しても差し支えないものもあるからです。また、領土問題のように、問題を解決しようと行動を起こせば、かえって害の方が大きくなることも予想されるというものもあります。
 問題点がある、という指摘を受けると、私たちはそれを解決しなければならないと考えがちです。あるいは白黒をつけたがるといった方が正確かもしれません。
 実際には、私たちが持っているリソースは限られているのですから、あれもこれもというわけにはいきません。ところが、私たちはそのことを忘れがちです。「こういう問題があります」といわれれば、たしかにその通りだよなと思い、「だから改革する必要があるのです」といわれると、それもそうだよなと思って、以後その政治家の発言を黙認するという傾向があります。こうして、実はどうでもいい問題が、さも重大案件であるかのようにして、「改革」の対象になってしまうということを私は心配しています。

 自民党の中には愛国心・道徳が大好きな人たちがいます。愛国心や道徳はあった方がいいのは間違いありませんし、現状それが廃れているといわれれば、たしかにその通りと申し上げないわけにはいきません。だからといって、愛国心や道徳を育む教育が必要だという意見に与することはできません。
2006年に安倍内閣が教育基本法を改正した際に、第2条(教育の目的)第5項として「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに(以下略)」という文言が入りました。法律に書いたからといってただちに世の中が変わるというものではありませんが、これも「改革」のひとつです。
そもそも、国民が「国と郷土を愛する」ようになったというのは、むしろこの国で暮らしているうちにそう思うようになったという性質のものでしょう。自民党や公明党の皆さんが、国民の愛国心を育てたいというのであれば、そういう国づくりに励むのが一番の近道であり、確実な方法だと思うのですが、そのような努力をしようとはせずに、教育によって教え込む方を選びたがるのはなぜなのでしょうね。
 こういう事例をみると、政治家の目指す「改革」とは、いったい何を目的としているのだろうと疑問に思うときがあるのです。
by t_am | 2013-02-24 17:51 | その他