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カクレ理系のやぶにらみ

tamm.exblog.jp

時間のある方はお読みください。軽い気持ちで読み始めると頭が痛くなります。

政治家の責任

 11月2日田中真紀子文部科学大臣が発表した大学の設置認可について抜本的な見直しをすると発表し、大学設置・学校法人審議会(設置審)が来春の開学認可を答申していた秋田公立美術大、札幌保健医療大、岡崎女子大(愛知県)については、設立を不認可とすることを述べました。

田中文科相:3大学の新設認めず…審議会の答申覆す(毎日新聞)
http://mainichi.jp/select/news/20121102k0000e040200000c.html


田中文科相:美術大不認可 「あまりに突然」怒りと困惑の声 /秋田(毎日新聞)
http://mainichi.jp/area/akita/news/20121103ddlk05040004000c.html


田中文科相:3大学新設不認可 大学側「理不尽」(毎日新聞)
http://mainichi.jp/area/news/20121103ddq041040016000c.html


田中文科相:3大学新設不認可 「理不尽」 校舎新築、水の泡に?(毎日新聞)
http://mainichi.jp/area/hokkaido/news/20121103ddr041040009000c.html


 田中文科相は記者会見の中で、設置審のメンバーに大学関係者が多いこと、これまで一貫して大学の設置を認めたきたことにより大学の質が低下してきていることを指摘したうえで「これはイノベーション、改革である」と述べています。

田中眞紀子文部科学大臣記者会見録(平成24年11月2日)
http://www.mext.go.jp/b_menu/daijin/detail/1327392.htm


 田中大臣の発言はもっとものように聞こえますが、あとどれだけ持つかわからない野田内閣の閣僚が改革の実行を訴えても、その実効性がどれだけ担保されているのか極めて疑問です。はっきりいってしまうと、田中大臣が自ら主張する改革が実現するまで大臣でいられるという可能性はほとんどないといってよいからです。
 自分が最後までできないことをわかっていながら、それをやると公言することは、人として無責任であり、しかも不誠実であるといってよいでしょう。
 したがって、今回の田中大臣の発言は、閣僚在任中に自分が改革の旗手であることをイメージづけるためのパフォーマンスであると決めつけてよいと思います。民主党は政権党から転落しても自分の議席の確保の方がはるかに大事という気持ちは理解できないわけではありませんが、だからといってここまで露骨なスタンドプレーをするか?と正直言って呆れています。

 実をいうと、経営者は、時としてこのような判断をくだすことがあります。自分の部下たちが根回しと準備を重ねてきたことを一瞬で覆すことは、経営者の特権であり、誰も面と向かって諫めることができません。
 その結果、企業が危機を回避できたり、あるいは業績を回復し、急成長を遂げることができれば名経営者として褒めそやされることになります。しかし、その一方で、業績を悪化させようものなら暗愚の経営者という汚名を着せられることもあり、最悪の場合は、企業を倒産させるということもありえます。
 このように、経営者の責任のとり方は、最悪の場合はすべてを失うこともあるというものですから、朝令暮改もありうると思います。
 
 ところが、閣僚の場合の責任のとり方とは、せいぜいが大臣の職を辞すというだけのことです。ただちに議員生命を失うわけではありません。しかも、大臣を辞めても選挙で当選している国会議員はいくらでもいます。
 このことは、大臣が持っている権限の重さに比べて責任ははるかに軽いということを意味します。つまり、大臣がミスを犯した場合、それは償いきれないということになり、そのような事実を直視する政治家は、自分の判断に極めて慎重にならざるを得ないということになっていきます。
 官僚が、外部から有識者を招いて委員会を設け、そこで議論してもらったうえで出された結論を尊重するという意思決定のメカニズムは、致命的なミスを犯さないということを目的としており、そのことで誰も責任を問われることのないような状況に持っていくことを目的にしていました。実際には、委員会の運営は官僚が書いたシナリオに沿って行われるのが普通であるといっても、あまりに度を超したものであれば、さすがに有識者たちも黙ってはいないでしょうから、そう非道いことはしないだろうと思われていました。福島第一原発の事故が起こるまでは。 

 原発事故を経験したことにより、私たちの中には、政府の決定といっても見落としている(あるいは隠蔽されている)ことがあるのではないか、という不信感が芽生えました。今回の田中真紀子大臣の発言は、政府の決定を鵜呑みにするのは危険なのではないかという私たちの不安をあらわしたものであったと思います。したがって、田中大臣の発言がまるで間違っているとは申しませんが、大臣の権限を逸脱している部分があることは否定できません。
 まず、個々の案件の認可不認可の決定は大臣の権限ですが、その際の判断基準は案件そのものに問題はないか、様々な認可の要件を満たしているかという個別の事情にあるのであって、認可のあり方というシステムに対する疑問を理由に個別の案件を不認可にしてよいというものではありません。極端な喩えで申し上げれば、現在の大学受験のシステムは問題が大きいという理由で受験生を不合格にするようなものです。
 そのような権限はいくら大臣でも与えられていないことはおわかりいただけるものと思います。
 自分の権限を逸脱して見当外れの理由により大学の新設を不認可としたことといい、自分がいつまで大臣でいられるかわからないにもかかわらず改革するといってみたり、この人は外務大臣として世間を騒がせた頃から何も変わっていないようです。
by t_am | 2012-11-03 18:25 | その他