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カクレ理系のやぶにらみ

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時間のある方はお読みください。軽い気持ちで読み始めると頭が痛くなります。

次の衆議院議員選挙の争点は?

 連日、自民党総裁選と民主党代表選のニュースが報道されています。政党内のトップを決める選挙であると同時に、次の総理大臣になるかもしれない人が決まるわけですから注目度が高くなるのも当然といえます。
 あと二週間もすれば、自民民主とも誰がトップになるか決まるわけですが、そうなればなったで、今度は国会の解散がいつ行われるのかが焦点となります。
 選挙になれば民主党が大きく勢力を後退させる(=負ける)ことは間違いないので、民主党の次期代表の有力候補である積み残した重要法案(今年度の赤字国債発行法案も含まれています)を成立させるまでは解散する意思はないようです。これに対し、自民党は一日も早く政権を奪回することを目指しており、そのためには国会での審議拒否も辞さないという構えを打ち出していますから、重要法案の成立はいつになるのか不透明であるといえます。

 政権を握った後の民主党の凋落は、鳩山政権時代の沖縄米軍危機の移設問題での迷走(結局現状維持になりつつある)がきっかけであり、その後、菅総理が参院選で打ち出した消費税の増税によって大敗し、国会でのねじれ現象を招いたことがもっとも大きな要因であるといえます。

 野田総理が消費税の増税を半ば強引な形で進めたときに、小沢一郎氏は「マニフェストに書いていない」という理由で反対しました。それはそれで理の通った発言なのですが、さらに一歩踏み込んで、「前回の参院選で消費税の増税を打ち出した結果大敗したのだから、(増税は)民意に背くものである」とどうして言わなかったのでしょうか?

 マニフェストに書いていることは実行してよいが書いてないことは実行してはいけない、という理屈は筋が通っているように見えますが、私には政治家の思い上がりが透けて見えるような気がしてなりません。というのは、マニフェストに書いてある政策が仮に10項目あったとして、有権者はそのすべて賛成していなくとも投票することがあるからです。むしろ、そういう人の方が多いと思うのですが、政治家の発想はそうではありません。「自分は民意によって選ばれたのだから、自分の行動は有権者から信任されているのだ。」と考えるようです。けれども、小選挙区制のもとでは、有効投票数の中で最大の得票率を確保すれば当選できるのですから、有権者の過半数が投票していない人(その中には棄権した人も含みます)でも当選することも可能になります。
 したがって、マニフェストを掲げて選挙を戦った結果政権を獲ったといっても、マニフェストの項目をすべて国民が受け入れたとみなすのは強弁であるということになります。

 また、マニフェストに書いて選挙に臨むということは、建前としては、その政策について国民の信を問うということでもあります。菅総理が参院選で大敗したのは、消費税の増税がマニフェストに書いてなかったからではなく、国民の多くが消費税の増税を受け入れたいとは思わなかったからです。
 したがって、小沢一郎氏としては、「消費税の増税に対する国民の判断は既に前回の参院選の結果ではっきりしているのだから、野田政権が消費税の増税を進めることは民意に背くものである」と言っておけばよかったのです。
 けれどもそうしなかったというのは、思うに、小沢氏の中では、消費税の増税は必要であるという気持ちがあったのではないでしょうか。それではなぜ増税に賛成しなかったのかといえば、賛成すれば次の選挙で負けると思ったからにほかなりません。この場合の「選挙で負ける」という意味には、「民主党が議席を失う」という意味と「候補者としての自分が落選してしまう」という意味の二通りがあります。小沢一郎氏ほどの大物政治家であれば、自分が落選するとは思いもしないでしょうが、その他大勢の民主党議員には重大な危機として受け止められたはずです。
 
 前回の参院選では、自民党も消費税の増税を打ち出していたのに民主党だけが大敗したのだから、消費税の増税が民意に背かれたというのはあたらないのではないか、という反論もあるかもしれません。これに対しては、同じ政策を打ち出しても与党と野党とでは政策の重みがまるで違うということを申し上げておきます。どれだけ理想的な政策を掲げていても野党である限りそれを実現する能力はないのですから、まともに取り合ってもらえません。けれども与党であれば、政策の実現性は現実味を帯びてくることになります。したがって、与党には政策を実現させるだけの力が与えられる代わりに責任(次の選挙で落選すること)も負うことになります。一方野党にはそもそも力がないのですから責任をとることもないということになります。現に、三党合意により消費税の増税が国会で可決されたわけですが、自民党も公明党も次の選挙で自分たちが負けるとはこれっぽっちも思ってはいません。なぜならば、増税を決めたのは民主党政権であって、その責任は民主党が負うということになるからです。

 政党支持層よりも浮動層の方がはるかに多い今の日本社会では、民主党の賞味期限はとうに尽きたといってよいでしょう。党内に反対意見があるとはいえ、野田総理の進めていること(原発の再稼働、消費税の増税、TPPへの参加、改正著作権法の修正案の成立、障害者総合支援法の成立など)をみていると、自民党と大差ないことをやっているようにみえます。また、国会答弁を聞いていると自民党(後に自公)政権時代の閣僚答弁と同じ答え方をしていることに気付きます。
 こうしてみると、個々の政策についての意見の対立はあるかもしれませんが、政策の方向性としては、実は自民党も民主党も大差ないのではないかと思えてなりません。民主党が掲げたマニフェストは既に大半が空中分解している状態です。(そういえば、鳩山元総理が提唱した「コンクリートから人へ」や「新しい公共」というスローガンはいったいどこへ行ったのでしょうね?)
 したがって、次に行われる選挙は、これといった争点のない珍しい選挙になるのではないかと思っています。いや、日本維新の会があるではないか、と思われるかもしれませんが、この政党の主張を一言でいえば「改革」ということに尽きます。けれども、大阪の公務員制度改革も教育改革もまだ結果は出ていません。公募区長はスタートしたばかりですし、校長の公募制はこれから行われます。さらに、東国原前知事も中田前市長も彼らが訴えた改革の結果が出る前に辞めちゃった人たちです。このように、日本維新の会が掲げる改革の妥当性についての判定はまだ出ていない状態ですし、傘下の政治家たちの政策遂行能力にも疑問符がつきまといます。言うなれば、改革という言葉の持つイメージに(今のところ)乗っかっているだけの政党といっても過言ではありません。

 結局のところ、次の選挙の争点は、有権者の好き嫌いということになるのだと思います。なんだか小学校の学級委員の選挙みたいですね。
by t_am | 2012-09-09 09:11 | その他