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カクレ理系のやぶにらみ

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時間のある方はお読みください。軽い気持ちで読み始めると頭が痛くなります。

大学の秋入学に関する机上の空論

 東大が秋入学の実施を真剣に考えているという発表があって半年になろうとしています。世界的にみて、秋入学を実施している大学のほうが多く、日本のような春入学をしているところは少ないということが原因です。大学が、世界的規模で優秀な学生や研究者を獲得しようとするならば、春入学に固執するのは不利になるというのは、私のような素人にも理解できます。つまり、海外の研究者が東大に留学したいと思ったときに、秋入学ならば年度替わりとなるけれども、春入学だと区切りが悪いということです。

 そこで思うのは、秋入学に移行するということは、海外の大学とようやく同じスタートラインに立つことができるという以外の何物でもないということです。ごく大雑把に考えれば、優秀な研究者を集めたければ、研究費をふんだんに与え、好きなことをやらせる環境を整えてやればいくらでも人は集まってくると思います。
 詳しいことはわかりませんが、現在の日本の大学の状況は金は出し渋るくせに口だけは出すというものでしょう。それでモチベーションを維持するというのは、どこか浮世離れしたところがないと難しいのではないでしょうか。本を書いて副収入を得るという方法もありますが、研究者はそうそう器用な人ばかりではないと思います。
 翻ってアメリカはどうかというと、企業がスポンサーになっているので金はふんだんに出しますが、その代わりスポンサーの利益に結びつかない研究にはびた一文も出さないということになっているようです。したがって研究費を取ってこれる教授はいいのですが、そうでない学者は悲惨な状況にあるとのことです。

 世界中から優秀な人材が集まってくるアメリカの大学がこのような状況にあるということは、見方によっては、日本の大学にもチャンスはあるということになります。つまり、学者に研究費と自由を与えれば自然と人が集まってくるようになるというわけです。そこそこ人が集まるようになれば、それに惹かれてさらに多くの人が集まるようになります。さらに、研究の結果特許を取得することができれば、研究者と大学とで山分けするなどの方法をとればインセンティブにもなります。

 しかし、日本でも「費用対効果」という言葉が大好きな政治家と官僚が幅をきかせているので、このようなことを申し上げても結局は机上の空論であり、実現されることはないと思います。
 せめて秋入学を実施してハンデを減らすことくらいが大学当局にできる限界なのでしょう。
 情けないのは、それで大学の国際的な競争力のアップに寄与すると本気で思っている政治家がいることです。だから、大学に合わせて小中学校も秋入学に移行すべきだなどという発言も出てくるわけです。
 肝心な部分から目をそむけ、些末なことに大真面目で取り組むというのは日本人のお家芸なのかもしれません。
 歴史に詳しい方であればご存知のことと思いますが、日露戦争以後の日本陸軍はこの精神的な病から逃れることはできませんでした。近代戦は兵器の優劣とその運用の優劣によって決するということが日本海海戦で証明されたにもかかわらず、戦術と精神論に固執した挙げ句、大勢の兵士を死なせ、国を亡ぼすことになったのです。

 大学の秋入学がダメだと申し上げているのではありません。むしろ、それだけでは足りないと申し上げているのですが、そういうことを認めてしまうと、自分たちのこれまでの失政を認めることになるので、断固として認めないという人たちもいるはずです。
 したがって、今後、議論が秋入学の実施以外の課題に広がることはまずないだろうと思われるのです。情けないことですが。


付記
 学者の中には、たとえば茂木健一郎さんのように、純粋な動機から秋入学の実施を主張する人がいることも事実です。しかし、茂木さんの名声を利用しようと考える政治家も出てくるので、話はややこしくなるわけです。
by t_am | 2012-07-19 22:56 | その他