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カクレ理系のやぶにらみ

tamm.exblog.jp

時間のある方はお読みください。軽い気持ちで読み始めると頭が痛くなります。

ポリティカル・ハザード

 橋下市長が決めた文楽や大フィルへの補助金カットに関して、当然のように反対意見が出されています。私は文楽のことはほとんど知らなかったのですが、双方の主張をみていて、わかったことが一つあります。

 文楽もオーケストラも、1回の公演に携わる人数が多いこと。しかも技芸員や楽団員を分割して同時に複数の会場で公演を行うということができないこと。したがって、ビジネス用語でいう「生産性」が低い芸能なので、採算性が低いこと。(不躾ないい方をして申し訳ありません。)

 したがって、市場原理に委ねると存続がおぼつかなくなるために、行政による補助金を支給することで、後世に残していくことにしたわけです。ところが、橋下市長の考えは、文楽に関して「文楽の公演に観客が集まらない」にもかかわらず「文楽界には構造的な欠陥があるのに、分析さえ行わず、行政はこれまで漫然と補助金という形で税の投入を繰り返して」きたというものです。つまり、観客が集まらない状態を放置しているような文楽には補助金を給付する必要はないという論理です。

(文楽協会への補助金について)橋下市長のコメント。大阪市のサイトから
http://www.city.osaka.lg.jp/yutoritomidori/page/0000174237.html


(文楽の課題に関する取りまとめ)大阪市のサイトから
http://www.city.osaka.lg.jp/yutoritomidori/page/0000174250.html


これらに対して犬丸治さんがTwitterで精力的に反論を繰り広げておられます。そこで紹介されていた、下記の文章が文楽を理解するうえで参考になると思います。

(大阪市長・橋下徹の文楽批判は文化の否定そのもの)
http://poorplays.seesaa.net/article/279773400.html


(日本の無形文化遺産-古典芸能の伝承と将来-)
http://www.tobunken.go.jp/~geino/pdf/sympo/07Session1-2Ijima.pdf

 
 そもそも補助金を給付して文楽を保護するようになったのは、市場原理に委ねるわけにはいかないという認識があったわけですが、橋下市長はそれをご破算にして、もう一度市場原理に委ねようという考えでいます。この対立は、「世の中には市場原理に委ねてはいけないものがある」という考えと、「市場原理に委ねればすべてよくなる」という考えかたの対立に集約できると思います。また、この対立は、いい方を変えれば、「後世に残さなければならない」という考えと、「市場に選択されないものは滅びてもしかたない」という考えかたの対立であるともいえます。
 双方の主張を単純化すればこういうことなのですが、例によって橋下市長は「特権意識に甘んじている」とか「文楽の闇」だとか扇情的な言葉遣いをしています。もっとも、そのおかげで反対する人たちから理性的で精緻な反論が出てきているのであり、おかげで私のような門外漢にもどちらの言い分がまっとうか判断がつくというものです。

 誰かを悪者に仕立て上げて、一気に「改革」を進めるという橋下市長の手法は極めて効果的であり、危険でもあります。というのも、その目的が、市場原理に委ねる分野を広げていくというものだからです。

 全国ニュースにはなっていませんが、大阪市では条例を改正して今年の4月から、保育所の基準緩和を実施しています。具体的には、こども一人あたりの保育室の面積を引き下げ(それだけ多くの児童を収容することができる)、さらに1歳児の保育士配置基準をこども5人につき1人から6人につき1人とするというものです。
 ただし、この措置は昨年厚生労働省が、「保育所待機児童問題の解消策として、12年4月から2年間、用地確保が難しい東京都など都市部(12年度は35市区)に限り、認可保育所の面積基準を独自に設定できるように」したことを受けたものです。

(待機児童対策:保育所、面積基準緩和へ 来春から2年間、都市部35市区で)オランウータン王国のサイトから
http://www.f-welfare.net/fukushi/news/2011/07/34554/

 これまでよりも、少ない保育士の人数でより多くの児童を預かるようにすれば、それだけ効率はよくなるわけですから、市場原理のセオリーに則った施策であるといえるでしょう。
 ただし、この条例改正には反対意見もあって、「大阪弁護士会の藪野恒明会長は『子どもの生存権や成長発達権を保障できない危険がある』として、従来の基準に基づく予算確保を求める声明を出した。」(5月10日朝日新聞サイトより)とのことです。

(保育所の新基準、弁護士反対声明 大阪市条例に懸念)朝日新聞のサイト
http://www.asahi.com/edu/news/OSK201205100055.html


 どうやら、この国ではいろいろなところで市場原理を導入しようという動きが進行しているようです。文楽協会への補助金カットはその中の一つであるといえます。これらの個々の問題を軽視すべきではありませんが、それ以外の問題には関心がないという態度もまた市場原理主義者たちを勢いづかせることになるといえます。

 ポリティカル・ハザード(政治災害)という言葉は、私が思いつきで書いたものですが、教育・文化・保育などのように市場原理に委ねてはいけない分野に市場原理が導入されるとどういうことになるかは、どなたにもおわかりいただけると思います。それらは社会全体から見るとごく一部であって、決して目立つものではありませんが、私たちがそのような動きに無関心でいると、知らないうちにどんどん事態は進んでいくことになるのだと思います。



追記
 文楽をめぐる一連の主張は、市場原理の側に立つ橋下市長に対して、文楽の価値を理解している人たちによる反論という状況でしたが、日経BPのサイトに小田嶋隆さんが文楽について何も知らないという立場でコラムを書いています。このコラムは特にすぐれた文章として記憶にとどめておいた方がいいと思うので、興味のある方はご覧になってください。既に多くの方が取り上げています。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20120712/234415/
by t_am | 2012-07-12 23:37 | その他