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カクレ理系のやぶにらみ

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時間のある方はお読みください。軽い気持ちで読み始めると頭が痛くなります。

国家公務員の人員整理

 3月21日の岡田副総理の記者会見で、国家公務員に希望退職制を導入する考えがあることを示したそうです。(NHKニュース)

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120322/k10013881621000.html

 これは政権公約に掲げた国家公務員の総人件費の2割削減を達成するための取り組みの一環であり、中高年層の退職者を募る一方で新規採用を抑制していくのだそうです。そういえば、岡田副総理はこの前、平成25年度の採用者数を政権交代前に比べて約7割削減する考えも表明していました。(実際には、平成22年度には前年対比で4割削減されており、23年度には21年度対比で3割削減されています。)

 赤字に陥った企業が従業員を減らすというのはよく聞く話です。その際に対象となるのは人件費が高い中高年層と解雇しやすいパート従業員です。バブル崩壊後のあの手この手でのリストラを思えば、早期退職者を募るというやり方はまだ穏当なほうだといえるかもしれません。(非正規雇用労働者は1ヶ月前の予告か、1ヶ月の解雇手当を支払って終わりです。)

 国の財政が大幅な赤字となっているのですから、公務員の人件費を削減するために退職者を募るというのは当然であるという意見もあることと思います。(また、いい気味だと思う人もいるかもしれません。)けれども、企業が人員整理を行って、それが許されるのは「そうしないと会社が潰れる」という状況にあるときに限られるのであり、この前提条件だけは絶対に崩してはなりません。経営再建のために不採算部門を整理・撤退した結果人が減って人件費が下がるというのが本来のあり方であって、人件費の削減を目的とする改革というのは本末転倒です。(こういうことは労働組合がいわなければならないのですが・・・)

 経営者の視野は自分の会社の中がすべてであって、そのほかのことまで構っている余裕などない、何も手を打たなければ会社が潰れてしまう、というのが本音でしょう。そのことは誰もがわかっていることですから、たとえばどこかの大企業で、従業員を整理するという発表(不採算部門の整理・縮小という発表も同時に行われているのですが、そちらの扱いは小さなものになっています)が行われると、会社って冷たいところだな、と思われるけれどもそれ以上非難されることはなくそれで終わってしまうわけです。

 政治家は経営者とは違います。財政のことも考えなければなりませんが、国民全体のことも考えなければなりません。企業の経営者と同じ発想をされたのでは困るのです。

 かつて日本では、政権が替わったときに大量の失業者を出してきました。豊臣政権から徳川幕府に替わったときには、戦に負けて取りつぶしにあった大名の家臣たちが浪人となりましたし、明治維新では旧士族という失業者があふれました。武士は武力を持っているだけに、大量の失業者が発生すると社会不安に直結します。現に、失業した武士たちの不満は江戸時代では由井正雪の乱(島原の乱にも浪人が参加していました)、明治政府にとっては西南戦争を頂点とする一連の不平士族の乱につながっていきました。どちらも、武士の失業者対策がほとんど考慮されなかったこと、最終的には弾圧して決着をつけたことが共通しています。

 現代の国家公務員は武力を持っているわけではありませんから、民主党政権による国家公務員の大量整理が実施されたとしても、それがただちに内乱に結びつくとは思いませんが、それでも社会を不安定にするだろうという予測を否定することはできません。あるべき論となりますが、政府の役割は失業者対策をどうするかであって、自ら失業者をつくることに荷担するというのは本末転倒であると申し上げざるを得ません。岡田副総理によれば、民間の再就職支援企業の活用も視野に入れているということですが、新たに雇用を創出する政策を打ち出しているわけではないので、要するに、他人任せで後は知らないよといっているに等しいのです。

 さらに気になるのは、最近公務員が目の敵にされているということです。大阪維新の会では不逞教職員や不逞公務員をターゲットにした政策を展開しており、市民もそれを応援しているという状況になっています。また、大阪市では、市営バスの運転手の給料を4割引き下げて民間並みにするという発表が行われました。この発表を大阪市民は歓迎しているので、組合がこれに反発すればするほど世間の目が冷たくなるという構図ができあがっています。

 このブログでも過去にさんざん官僚の悪口を書いてきましたから他人事ではないのですが、政府が公務員に対する苛酷な処遇を発表するというのは、国民の不満のガス抜きを企図しているように思います。消費税増税のために政治家や公務員も「身を切らなければならない」という理屈もそうですね。そうやってなだめておきながら、実はあやふやなものにしてしまうという手法です。

 震災からの復興財源とするという理由で国家公務員の給与を2年間削減することになりました。それがいつの間にか、「消費税増税のために身を切った」ということになっています。だから国会議員の定数も削減しなければならないという理屈を展開したいわけです。

 野田総理は3月22日官邸で民主党が主催する学生インターンシップに参加した大学生30人と懇談した際に、学生が国家公務員の新規採用削減に懸念を示したのに対し、「東日本大震災の痛みを国民皆で分かち合うため理解してもらいたい」と答えたそうです。総理が言っているように、「痛みを分かち合う」というのは「みんなで」というのが前提条件です。ところが、国家公務員の新規採用削減というのは特定に人たちだけが対象ですから、「みんなで痛みを分かち合う」ことにはなりません。したがって、野田総理の発言は「君たちには痛みを押し付ける形になるけど我慢してね。そのうち他の国民にも痛みを感じてもらうようにするからさ」といっているように聞こえます。

 3月21日に行われた春の選抜高校野球の開会式での選手宣誓がニュースで大きく取り上げられていました。未来を信じて疑わない心、自分たちが守られているという自覚と感謝の思いが自分たちに何ができるのかということにつながって、あのような選手宣誓になったのだと思います。百戦錬磨の政治家たちよりも、自分の率直な思いを吐露した一高校生の方が人間としてはるかに好ましいように私には思えます。
by t_am | 2012-03-24 07:58 | その他