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カクレ理系のやぶにらみ

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時間のある方はお読みください。軽い気持ちで読み始めると頭が痛くなります。

ベーシック・インカム(2)  個人差について

 生活するために必要最低限の現金を全国民に一律に支給するというのがベーシック・インカムの考え方です。現行でもセーフティ・ネットの制度はいろいろあるのですが、複雑であり、実際に自分が利用する立場になったときに、どういう手続きをしたらいいのかわからないという状況になっています。(民生委員に訊けばいいといわれるかもしれませんが、そもそも自分が住んでいる街の民生委員が誰なのか知っている人はあまりいないと思います。)
 その点、ベーシック・インカムはシンプルな制度であり、そもそも申請の必要がないという利点があります。また、仮に失業したとしても、独断の手続きをしなくとも最低限の現金の支給は継続されるわけです。
 現実には、失業する恐怖から理不尽な業務命令に従ったり、パワハラ・セクハラに耐えているという人も多いはずです。ベーシック・インカムが導入された場合、そういう劣悪な職場を辞めやすくなるのではないかと思われるので、過労死やパワハラ・セクハラの被害者が減るのではないでしょうか? 茂木健一郎さんは、ベーシック・インカムが導入されると、失敗を恐れる必要がなくなるのでどんどん新しいことにチャレンジする人が増えるのではないかと述べておられますが、その通りだと私も思います。

 そこでベーシック・インカムを推進する立場に立って、さらに一歩踏み込んで考えてみましょう。それは「いったいいくら支給すればいいのか?」という問題です。
 仮に、一人当たり1ヶ月5万円としてみましょう。4人家族であれば、5万円×4人=20万円/月が支給されることになります。充分とはいえませんが、これだけあればなんとか生活していくことはできると思います。
 それでは、一人暮らしの人はどうでしょう? この場合は毎月5万円が支給されることになりますが、アパート代を払えばそれで終わりであるか、もしかしたら足りないかもしれません。ベーシック・インカムが導入されれば公的年金も廃止になりますから、一人暮らしの高齢者の場合、これでは生活していくことはできません。持ち家であったとしても、固定資産税や修繕費は発生しますから毎月の水道光熱費を支払えば食費にも事欠くという事態に陥ることになりかねません。
 これは失業中の若者であっても同じことです。そういう人はたいていアパート暮らしですから、家賃を払ってしまえばそれで終わりなので、就職活動にゆとりはありません。ですから、いざというときのために蓄えをしておかないと悲惨なことになります。
 このように考えてくると、「生活するのに最低限必要な現金」をどうやって決めるのかがポイントになることがわかります。一人暮らしの高齢者の場合、アパート代が払える程度の支給額ではいずれ電気もガスも止められ、その挙げ句餓死する運命が待っているといえます。
 一方働くことができる人は、ベーシック・インカムに対し、収入を上積みすることができるので、働けない人とは事情が異なります。(それでも病気になって長期入院ということになればたちまち貧窮することは目に見えていますが。)

 「生活するのに必要最低限のお金」とひと言で片付けてしまうのは簡単ですが、実際には個人差もあれば地域差もあるはずです。そういう事情を無視して全国民一律に支給するというのは流石に無理があると思います。
 ここで、ベーシック・インカムの財源について考えてみましょう。全国民一律に1ヶ月5万円を支給するという場合、必要な財源を大雑把に計算すると、5万円×1億2千万人×12ヶ月=72兆円/年となります。一般会計(約90兆円)と比較するとかなりの金額です。ただし、ベーシック・インカムによって公的年金と雇用保険が吸収されることになりますから、それらの保険料収入も財源となります。公的年金の保険料収入の合計が約28兆円、労働保険の保険料収入が約3兆円なので、合計すると31兆円。72兆円-31兆円=41兆円が税金から充てられることになります。これがどれくらいの金額かというと、平成23年度の2次補正後の一般会計予算の歳入のうち税収は約40兆円(うち消費税は約10兆円)でしたから、いかに大きいかがわかります。(これは、今まで積み立てられてきた年金を取り崩さない場合です。取り崩すということであれば、税金からの支出はもう少し少なくなります。ちなみに平成21年度末の年金の積立金残高は約119兆円でした。)

 こうやってみると、ベーシック・インカムという着想は面白いのですが、実際に行ったとすると必要とされる財源の大きさに比べ、本当に保護が必要な人にとっては足りないし、必要としない人にとっては貰い得という中途半端なものになりそうな気がします。これというのも「全国民一律に支給する」というのが原因です。一律支給を行うからこそ行政組織もシンプルなものになり、事務コストが大幅に削減できるのですが、そればかりを追求すると肝心の受給者はどうでもいいということになってしまいます。それではセーフティネットになりません。

 ではどうするのか?

 端的にいってしまえば、セーフティネットを必要とする人とそうでない人がいるわけですから、必要としない人にまで支給しなくてもいいのではないかと思います。現在必要としていない人の分を削り、その代わり必要とする人に上積みする方が現実的でしょう。その額をどの程度にするのかは財源の見積もりと照らし合わせながら検討する以外に方法はありません。
 その場合でも、次の課題は残ります。

1)税を公平に徴収するための国民総背番号制の導入
2)税収を一元管理するための歳入庁の新設と国税庁の吸収
3)不公平税制の改正(宗教法人への課税や家族経営の「節税」をどうするか)
4)現行制度における不正受給者対策
5)働けるのに働かないで不当に手当や助成金を受給している人の問題

 全国民一律支給であれば4)と5)は自動的に解消されるのですが、個人毎に支給額を査定する方式だと4)と5)の問題は避けて通ることができません。そういう査定という作業も含めると行政コストがどれだけ削減されるのかについては疑問符が残ります。

 話が長くなってしまいました。ここでいったん整理してみましょう。

A)セーフティネットは、個人の生存権が侵害されるの防ぐことを目的とする制度のひとつである。ただし、生存権の中身(健康で文化的な最低限の生活)は時代に変化する。
B)前項の目的が達成されるのであれば、セーフティネットの中身は柔軟に変化しても差し支えない。
C)したがって、セーフティネットの制度設計は、1)の目的を達成できる範囲内でもっとも有利な(最小のコストで最大の効果が得られる)方法は何か?という視点で行われなければならない。

 A)にあるように、生存権が侵害されないようにセーフティネットがあるわけです。したがって、全国民に一律支給を行うというベーシック・インカムは、メリットも多い構想ですが、やはり無理があると思います。そうなると現行の制度をA)B)C)に沿って見直しするという方法もあるわけで、何も「グレートリセット」しなくてもよいということになります。
 一般論ですが、現実には制度設計をするにあたり、利権絡みとなっているためにコストと成果を無視した制度ができあがることも珍しくありません。また運用にあたる窓口の職員の態度の悪さ・不親切さも現行制度に対する不信感の一因となっているようにも思います。だからいったん壊して作り直した方がいいのだ、という考え方が出てくるのもわかりますが、そのように苦労してつくりあげた新制度であっても利権に結びつけようとする輩は登場するはずでし、窓口業務にあたる職員がすべていい人になるという保証もありません。
 ゆえに「グレートリセット」は苦労の割に効果が薄いやり方ではないかと思いますし、その一環としての位置づけが検討されているのであろうベーシック・インカムについても、惜しいとは思いますが、根幹で問題を抱えている構想であるように思います。
by t_am | 2012-02-26 11:01 | その他