ブログトップ

カクレ理系のやぶにらみ

tamm.exblog.jp

時間のある方はお読みください。軽い気持ちで読み始めると頭が痛くなります。

競争原理と市場原理は眉唾かもしれない(2)

2.敗者が脱落する事情 その1
 競争原理と市場原理の教えるところは、市場に選択されなかった製品やサービス、企業は退場するというものです。簡単にいってしまえば、ものが売れなければ事業として成り立たないという理屈なのですが、実際のところはちょっと違うのではないかと思います。
 今週、ソニー、シャープ、パナソニックという家電メーカーが軒並み赤字に陥るという発表がありました。その理由としてテレビ事業の不振ということがあげられています。韓国のメーカーとの競争により、テレビも価格競争に陥ったことで収益があげられなくなったというのです。
 日本のメーカーのテレビが売れていないかといえばそうではありません。売れてはいるのですが、安い値段で売らざるを得ないために利益が出せない(高くすれば売れなくなる)というジレンマに陥っているわけです。
 この場合、市場は日本メーカーのテレビを選択していないということになるのでしょうか? だって相変わらず売れているのですよ。消費者はメーカーの収益構造を考えて買い物をするわけではありません。消費者が欲しいと思うものが「市場が選んだもの」であり「すぐれた製品やサービス」なのです。
 このように考えると、競争の敗者が脱落するのは「市場に選ばれなかった」ためではなく、「その事業では収益をあげられなくなった」ことが理由なのではないかということに思い当たります。逆のいい方をすれば、収益さえ上がっていればあまり売れなくても事業を続けていくことは可能です。
 唐突ですが、しゃもじといえば炊飯ジャーの付属品を使っているご家庭が多いのではないでしょうか(我が家もそうです)。材質はポリプロピレンがほとんどであり、木のしゃもじを使っている家庭はほとんどないといってもよいとおもいます。つまり、しゃもじの市場はポリプロピレンの製品に席巻され、昔ながらの木のしゃもじは敗者となってしまっているわけです。それでは木のしゃもじをつくっているメーカーが「退場」しているかというとそうではありません。
 広島県の宮島(厳島神社のあるところ)ではあいかわらず木のしゃもじの生産が島の重要な産業となっています。(ただし、工芸品としてのしゃもじの生産も行っていますし、広島県に本拠地をおくスポーツチームの試合の応援ではしゃもじが使われています。)また、青森県の田子町には青森ヒバを使ったしゃもじの通販を行っている会社もあります。(ただししゃもじだけを扱っているわけではありません)
 全国規模でみれば、木のしゃもじの販売数量などタカが知れているわけですから、優勝劣敗の原則からいえば、これらのしゃもじを製造しているところはとっくに退場していていいはずです。しかし、実際にはそうはなっていないのですから、競争の勝者となれなくともその事業による収支が合っていれば事業を継続することができると考えるべきでしょう。要は、その製品やサービスに対する需要に見合った規模の企業であれば何ら問題はないわけです。現に、商店街の店舗などはどれもこのパターンに合致するといえます。


付記
 日本の家電メーカーの赤字の要因として記録的な円高による輸出の減少もあげられています。為替相場の変動や天災による工場の操業停止という要因による供給の変動を競争原理も市場原理も想定していません。理由はどうであれ結果しか見ないよ、というのがこれらの考え方です。それで優勝劣敗というのは現実と乖離しているのではないかとも思います。



3.敗者が脱落する事情 その2
 商店街の爺さん婆さんが何とか食べていけるだけの売上しかなくても店を続けていくことは可能です。それでも現実には商店街は衰退する一方であり、シャッター通りとなっている商店街も全国の至る所にあります。その理由の最たるものは、後継者がいないということに尽きます。息子や娘がいても家業を継ぐわけでなく、勤めに出てしまっているので、店番をしている爺さん婆さんの身体が動かなくなれば店を閉めざるを得なくなるのです。
 このような個人商店を競争の勝者であるということはできないでしょうが、勝者でなければ敗者だとしてひと言で片付けてしまうのもどうかと思います。市場というのは売り手と買い手の総体であって、その中にはさまざまな需要と供給が存在します。宮島や青森ヒバのしゃもじにしても、経営コンサルタントは「細分化された市場の中での勝者である」というかもしれません。つまり、しゃもじ全体の市場ではなく、木のしゃもじに対する需要という市場の中での勝負という考え方をするだろうということです。しかし、それを言い出すと、優勝劣敗の原則に基づき市場に選択されなかった企業や製品、サービスには退場してもらうという新自由主義者たちの主張に矛盾が生じることになります。市場を細分化するたびに勝者が生まれるわけであり、競争に敗れたから退場するという主張の根拠とはならないのです。
 どうやら、彼らの主張は「市場から実際に退場したものが敗者であり、残っているものは勝者である」(つまり、ほとんど無意味)と理解した方がよいのではないかと思います。

(この稿さらに続く)
by t_am | 2012-02-04 16:36 | その他