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カクレ理系のやぶにらみ

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時間のある方はお読みください。軽い気持ちで読み始めると頭が痛くなります。

責任回避体質

 正月三が日は休みということで、特に興味を引くニュースもありませんでしたが、仕事始めである今日(4日)は、敦賀市長が停止中の敦賀原発2号機の再稼働について、安全性に関する国のお墨付きが得られれば容認する姿勢を示したというニュースがありました。

(福井新聞)
http://www.fukuishimbun.co.jp/localnews/nuclearpower/32354.html

 敦賀市の河瀬市長によれば、敦賀原発2号機は運転開始から41年たった同1号機に比べて運転年数が少なく、東京電力福島第1原発事故を受けた緊急安全対策の実施によって、耐性評価でも地震や津波に対する余裕度が示されているとのことです。ただし、福井県は福島原発の事故の知見を反映した新たな安全基準を国に求めていることから、県が同意しないと再稼働はできないという認識も示しています。

 どうやら、停止中の原発の再稼働を巡っては、国も自治体も判断をしたくないと考えているようで、今回の敦賀市長の見解も、自分としてはまあ認めてもいいんじゃないかと思っているんだけれども、国が太鼓判を押してくれないといいとはいえんわなあ、といいたいのでしょう。電力会社にもいい顔をしておきたい反面、原発反対派の住民から責められてときの逃げ道もつくっておくという点で老獪な発言であるといえます。はっきりいうと、権限を握っているくせに自分で判断しようとしない典型的なタイプであると思います。

 福島原発の4号機は運転を停止中であったにもかかわらず原子炉建屋が吹き飛ぶという事故を起こしました。このことから、原発というのは運転を停止中であっても、状況によっては深刻な事故を起こすこともあるというのが、今回得られた教訓であるといえます。したがって、原発を抱える県や市町村の首長による「安全性が確認されるまでは再稼働を認めない」というのは論理的に矛盾を抱えていることになります。ここは、「安全性が確認されないのであれば原発の解体撤去を要求する」というべきところでしょう。
 けれどもそういう発言をした首長は一人もいません。住民の安全よりも単なる人気取りでいっている可能性も高いのではないかと思われるのです。

 一方、国の立場としては今後も原発を推進していきたいというものですが、自分の首をかけてでも原発の再稼働に取り組むという覚悟を持った閣僚や官僚はいないようです。防潮堤の建設や電源車の配備など、硬直的発想に基づいた事故予防策を講じようとしています。
 福島原発の5号機6号機は津波に襲われましたが、たまたま非常用の電源が確保できたおかげで事故には至りませんでした。このことからわかるように、緊急の対策としては、大津波に襲われても非常用の電源が失われないようにするにはどうしたらよいか、をいう点に絞って実施すべきです。すなわち、当面の課題としては、津波に襲われることは避けられないまでも非常用の電源が失われたり、核燃料の冷却システムがきちんと作動するにはどうしたらよいのかという点に絞って実施すべきだということです。そのうえで、中長期的な対策として、津波が発生したとしても被害に遭わないようにするにはどうしたらよいかという検討をするというのが合理的発想ではないかと思います。

 そのためには、批判の矢面に立つのを覚悟で、「こういう対策を実施すれば、施設の一部が損傷することはあっても、津波に襲われたからといって事故に結びつくことはありません。まずそれに取り組み、原子炉を再稼働させた後に、津波が発生しても被害にあわないようにするにはどうしたらよいかという対策を実行します。」という説明をしなければなりません。当然、福島原発の事故はどのようにして起こったのかという説明がされることが、その前提となります。
 ところが東電は福島第一原発の操作には何の落ち度もなかったということを強調していますし、政府もこれを追認しようとしています。先日行われた事故調査委員会による中間報告は、東電の事故報告書を真っ向から否定するようなものでした。最初から包み隠さずに事実を公表しておけば、政府が疑われることもなかったはずです。いったん疑いを持たれてしまうと、もはや何を言っても信用されないというところがあります。これが原発の再稼働を難しくしている要因だといえるでしょう。

 私自身は核廃棄物の貯蔵方法が確立していない(今後も確立する見通しは低いと思っています)以上、原発は廃止すべきだと考えています。けれども、既に核廃物が発生しているわけですから、ただちに原発を廃止することはその悪影響の方が大きいと思います。電力供給の問題もありますが、原発が吸収してきた雇用をどうするかという問題が大きいからです。したがって、原発は耐用年数が来たものから順次廃炉にしていき、その間に代替発電所を建設するのが現実的であろうと思うのです。
 そういうことから、現在停止中の原発は再稼働させる方向に持っていくべきだと思います。ただし、震度6強の地震にも耐える強度と津波に襲われても電源や建物が損傷しない工夫が必要だと思っています。当面の対策としては津波に襲われないようにすることではなく、津波に襲われても事故に結びつかないようにすることが必要であり、それらが完了してから津波に襲われないように防潮堤の建設に取りかかればよいと思うのです。

 敦賀市長が原発の再稼働を望むのであれば、どうすれば災害が発生しても事故に結びつかないようになるのかという対策を関西電力に要求し、できあがってきたものを自分で判断するべきでしょう。
 政治家も官僚もこういうときには専門家を呼んでき意見を述べてもらっていますが、結論は最初から決まっているのが普通です。つまり、「専門家がこういったからこの政策は間違っていない」というように、その権威を利用しようとしているわけです。
 しかし、まともな政治家であれば、専門家の意見を聞いた上で最終的な判断は自分が下すというのが当たり前ではないかと思います。私は大阪市の橋本市長の目指す方向には反対ですが、「いろいろな意見は聞くが判断は自分がする。それが間違っていたときには責任をとる」という姿勢(このように普段から公言しています)は政治家に必須のものだと思っています。ただ、そういう姿勢を明確にしている政治家がほとんどいないために、橋本市長が人気を集めるのでしょう。自らを変えようともせずに橋本市長の人気に便乗しようというさもしい根性の政治家が国政を担っているというのは情けない限りですが・・・

 今回の敦賀市長の談話は、何かあったときには国のせいにしようという気持ちが透けて見えるようです。たぶんこの人がある日突然いなくなっても敦賀市はまったく困らないのだろうなとも思います。
 この人のように、自分に責任がかかってくるのを避けるために、権限を持っていながら自分で判断しようとしない人が多い、つまり権限を持っていながら居ても居なくても変わらないという人が多いのがこの国の現実なのでしょうね。
by t_am | 2012-01-04 23:39 | その他