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カクレ理系のやぶにらみ

tamm.exblog.jp

時間のある方はお読みください。軽い気持ちで読み始めると頭が痛くなります。

見切り発車内閣

 野田総理という人は、過去の短命内閣の首班とはちょっと異なるようです。就任直後はしおらしい態度に終始していたのですが、その後、復興増税・TPP参加交渉・消費税の増税・普天間飛行場の辺野古への移設に向けた環境影響評価書の提出など、なかなかどうしてエネルギッシュに行動しています。これらは本来ならば国民の信を問うてから取り組むというレベルの問題だと思いますが、そういう手続きは全部すっ飛ばして押し進めるあたり、なかなか豪腕であるともいえます。
 このような強引ともいえる政治手法がなぜ菅内閣のときのように内閣不信任決議案の提出にまで発展しないのかというと、いずれもかなりの国民が「やむを得ない」と感じている問題だからです。(昨日発表された世論調査の結果を見ればそのことがよくわかります。)


財源がなく借金がかさむ一方なんだから復興増税や消費税の増税もしかたないじゃないか、日本は輸出でもっている国なんだからTPPに参加する以外にないんじゃないか、在日米軍が出て行けば自分たちで軍事費を負担しなければならないが、それくらいならば米軍に守ってもらう方がいいに決まっている、だから普天間飛行場は辺野古に移設するしかないんじゃないか。口には出さなくともこういうふうに考えている国民が多いということです。その意識は野党議員にも共通していると思います。
 野田総理がすごいと思うのは、そういう主流派の意識(嫌だけど他に方法がないという意識)をちゃんと酌み取って行動しているということろです。だから、野田総理に対して文句をいう人はいても、総理を引きずり下ろそうというところまでは発展しないのだと思います。野田総理が高度成長時代の日本の総理大臣だったならば、案外名総理といわれていたかもしれません。

 実をいうと、野田総理が自分の信念を貫き通そうとする強い意志を持った人なのか、空気を読みながら行動している人なのかよくわからないところがあります。鳩山元総理のような夢想家と比較するとはるかに現実を見すえたリーダーであると思うのですが、所詮既定の路線を継承しようとする人に過ぎないのではないかと思えてならないのです。

 今回問責決議が取りざたされている一川保夫防衛大臣について、この人はもともと農水省の出身ですから農水大臣に任命していればそつなく仕事をこなしただろうと思います。ところが、野田総理はこの人を畑違いの防衛大臣に任命してしまいました。その理由は、この人が小沢一郎の側近だからです。本人の適性や能力よりも派閥力学を優先させた人事だったといえるのですが、一川大臣は、防衛大臣としての認証式の前に、記者団に対し、「安全保障に関しては素人だが、これが本当のシビリアンコントロールだ。」という脳天気な発言をしています。今回の、米兵による少女暴行事件について「正確な中身を詳細には知らない」という発言はその延長であるといえるでしょう。この発言に対する沖縄県民の反発は「政府の人間はころころ変わるけれども、自分たちの痛みを理解しようとしていない」という思いが根底にあるのだろうと思われます。それだけに、こういう発言は口が裂けてもしてはいけない類のものであるはずなのですが、野田総理が一川防衛大臣を擁護しようとする姿勢を崩していないことからも、野田総理自身も極めて鈍感であるといわざるを得ません。

 野田総理に国民の思いをきちんと受け止めようとする気持ちがあれば、米軍基地の問題について真っ先に手をつけなければならないのは日米地位協定の改定であることに気づくはずです。これは玄葉一郎外務大臣についてもいえることであって、地位協定の運用の見直しという小手先の解決法を得々として説明するあたり、この人の政治家としての器の小ささが知れるというものです。そして、それを承認する野田総理の資質も見えたように思われます。

 政治家が対峙しなければならないのは国民であり、既得権益にしがみつく輩ではありません。それでも、ときには自分の政策に対して反対する勢力に対して情理を尽くして説得を試みるということも必要であると思います。ただし、その議論の過程が国民に対して公開されることが必要です。
 国民の判断力(というか直感力)は案外捨てたものではないと思っています。したがって理は自分にあると思うのであれば、議論を公開すればいいのです。そうやって、理は政府の側にあると国民が判断すれば、政府の決定を支持してくれるはずです。にもかかわらず、密室ですべてを決めるようなことをして来たからこそ政治に対する不信が芽生えるのです。

 野田総理の大勢を味方につけるという政治手法は、それによって不利益を被るという人たちにきちんと説明をし、その不利益を最小化するための努力を惜しまないというものではないといってもいいと思います。それでも、判断基準が次の選挙に勝つためには何をしたらいいか、という政治屋たちよりは人格的にはマシだと思うのですが、国民生活を豊かにしてくれる総理ではないと断定しなければならないところに、今の日本の不幸があると思います。
by T_am | 2011-12-06 23:47 | その他