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カクレ理系のやぶにらみ

tamm.exblog.jp

時間のある方はお読みください。軽い気持ちで読み始めると頭が痛くなります。

喩え話

 映画「千と千尋の神隠し」の冒頭で、主人公千尋の両親が豚に変えられるシーンがあります。(古い話ですいません。)「青戸で金を払えばいいんだ」といいながら無人の屋台の食べ物を勝手に食べていると豚になってしまった、というシーンです。無断で人のものに手を出したことに対する罰だということになっていますが、そこには悪意が感じられます。だとすると、考えすぎかもしれませんが、「金を払えば何でもできる」とか「金が人生の決定的なファクターである」と考える人間はいつか人として扱ってもらえなくなる、すなわち悪意をもって遇される、というメッセージなのかなとも思います。映画では、自分たちの娘に助けてもらったわけですが、逆に言えば、肉親以外に誰も救ってくれる人がいなかったということでもあります。こう考えるとちょっと怖いでしょ?

 このことは、別ないい方をすると、他人を記号として扱う人間は、立場が変わって自分が記号として扱われても文句がいえないということになります。
 同様に、憂さ晴らしのために他人を貶めても構わないと思っている人間は、自分が同じ目に遭ってもしかたないといえます。そして、そのうちに誰からも相手にされなくなるのだろうと思います。なぜなら、自分だったらそういう人間と友だちになりたいと思うかを考えてみれば答えは自ずと明らかだからです。
by T_am | 2011-12-01 00:34 | その他