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カクレ理系のやぶにらみ

tamm.exblog.jp

時間のある方はお読みください。軽い気持ちで読み始めると頭が痛くなります。

国益って何だろう?

 今日の衆議院予算委員において、自民党の山元一太議員の「関係国との協議の結果によっては、交渉に参加しないという結論もありうるのか」という質問に対し、野田総理はTPP交渉参加に向けた協議に入る際の方針として「協議に入る以上あくまでも国益を最大限実現するという視点で協議に入る。何が何でも、国益を損ねてまで交渉に参加するということはない。」と答弁しました。
 野田総理は、11月11日の総理官邸での記者会見の場で、「世界に誇る日本の医療制度、日本の伝統文化、美しい農村、そうしたものは断固として守り抜き、分厚い中間層によって支えられる、安定した社会の再構築を実現をする決意であります。」と述べており、今日の予算委員会の中でも「日本の誇るべき医療制度であるとか、あるいは、美しい農村は守り抜くんだと私は申し上げました。そこでぜひくみ取っていただきたいと思います」と答弁しています。

 こうしてみてみると、野田総理の発言は至極まともなことを言っているようにも思われますが、はたして鵜呑みにしてよいものか、疑念を払拭することができないでいます。その理由は、「世界に誇る日本の医療制度」とか「美しい農村」という観念的な表現をこの人がしているからです。自己負担3割で医者に診てもらうことができる制度というのは、アメリカなどに比べればはるかにマシな制度であることに疑いはありません。その一方で医療費が年々高額なものになっているという現実がありながら、オリンパスのように財テクの損失穴埋めをべらぼうに高い医療機器の販売によって補填している企業もあるわけです。政府は、社会福祉の費用が増大しているので消費税率を上げる必要があるという説明をしてきましたが、その前にやることがあるんじゃないかといいたくなります。
 新型インフルエンザ騒動のときもそうでしたが、「世界に誇る日本の医療制度」を守っているのは現場で働いている医療従事者たちの努力にほかなりません。TPPへの参加に向けた協議における外国の要求から守るという外交交渉の前にすることがあるだろうと思うのです。
 また、野田総理が言う「美しい農村を守り抜く」という発言を聞くと、誰がそれをやっているのか、この人は考えたことがあるのかと思ってしまいます。「美しい農村」の典型的な姿であった福島県の飯舘村は原発事故によって計画的避難区域に指定されたために現在無住の地になっています。それでも、他の市町村に避難した住民たちが、自分たちの村を守ろうと3交代で飯舘村に通ってパトロールを続けているという現実があります。人によっては避難先から車で1時間以上かけて飯舘村に通っているのですが、それらは自費で行われています。
 飯舘村の事例は極端かもしれませんが、日本の「美しい農村」を守っているのは農家の爺ちゃんや婆ちゃんであり、仕事が休みの日に手伝う倅や嫁たちです。にもかかわらず、農水省は国際競争力をつけるために農家の大規模化が必要などと現実を無視した政策をとり続けています。。
 そのような現実があるにもかかわらず、「世界に誇る日本の医療制度、日本の伝統文化、美しい農村、そうしたものは断固として守り抜き」などという聞こえのいい言葉を臆面もなく口にできる神経が私には不思議でなりません。
 これは野田総理だけでなく私にもいえることですが、人間は自分が理解している範囲内でしか物事を考えることができません。自分が知らないことについては、他人の言葉、他人の考えを借りてくる以外にないのであって、一国の総理大臣といえどもその例外ではありません。

 国益というのは外交上の用語ですから、交渉のテーブルに載せられるあらゆるテーマについて国益が問われることになります。工業製品の輸出入における日本の国益、規制緩和における日本の国益、農産物畜産物の輸出入における日本の国益というふうに、二国間あるいは多国間において何が自分の国にとって有利なことなのかの追求という問題に集約されます。
 その際に、自分の国の医療制度や農業について観念的情緒的な表現しかできない指導者がどれだけの指導力を発揮できるのか疑問に思うのです。今後予想されるシナリオとして、工業製品の関税問題を優先する代わりに規制緩和や農業問題について譲歩し、国内の不満をなだめるために、農家に対する所得補償のような制度が新たに導入される、ということも予想されます。それも国益を最大限実現し、同時に日本の農家を守るという総理の発言に叶うものであることには違いはないのですから。
 
 日本の繁栄を維持する道は、輸出による外貨の獲得以外になく、それにはアメリカを中心とする自由貿易体制を堅持することである。このように考えると、アメリカに追随するのはやむを得ないことであるという結論に到達するのは自然のことといえます。小泉内閣の時代に日本がイラク戦争に協力することをきめたときに、異を唱えた日本人がほとんどいなかったのはこのような考え方が支配的だったことに由来します。(実をいうと、私もそのように考えていました。)
 この考え方というのは今日でも根強く残っており、野田総理にもそれが垣間見られるように思います。(だからTPPに反対する人が多いのだといえます。)

 アメリカによる規制緩和の要求は年次改革要望書という形で、これまでも行われてきました。(最新のものはアメリカ大使館のサイトで確認することができます。)

(日米経済調和対話)
http://japan2.usembassy.gov/j/p/tpj-20110304-70.html

(これまでの年次改革要望書の概要) 
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B4%E6%AC%A1%E6%94%B9%E9%9D%A9%E8%A6%81%E6%9C%9B%E6%9B%B8#.E5.A0.B1.E9.81.93.E3.81.A7.E5.B9.B4.E6.AC.A1.E6.94.B9.E9.9D.A9.E8.A6.81.E6.9C.9B.E6.9B.B8.E3.81.8C.E3.81.BB.E3.81.A8.E3.82.93.E3.81.A9.E6.89.B1.E3.82.8F.E3.82.8C.E3.81.A6.E3.81.84.E3.81.AA.E3.81.84.E3.81.93.E3.81.A8.E3.81.AB.E3.81.A4.E3.81.84.E3.81.A6


 なお、大前研一さんは、「しかし過去30年間、米国はこの手の貿易交渉の結果、貿易を拡大させたことがあったろうか? 雇用を増大させたことがあっただろうか? 私の記憶では一度もない。」と述べています。(「大前研一の『産業突然死』時代の人生論」nikkei BP net のうち、「TPPは『国論を二分する』ほどの問題ではない」から引用。詳細は下記のサイトをご覧ください。)
http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20111107/289750/?ST=mobile&rt=nocnt

 なるほどたしかに貿易面に限ってみればその通りだと思います。けれどもアメリカが日本に要求してきたことは貿易交渉だけではありません。数々の規制緩和がそうであり、中には労働者派遣法改正のように日本の雇用形態を大きく変えることになったものもあります。
 TPPで協議されるのは、経済のブロック化、すなわちブロック内の経済を自由化するというのが目的ですから、関税だけを対象とするのではありません。各国に固有の規制もその対象となります。その結果何が生じるかというと、ブロック内の金の流れが自由化されるということになると、私は思っています。
 交渉の際には、影響力の小さな問題は軽視され、大きな問題に集中的に取り組むというのがビジネスの鉄則ですから、大きな市場を抱える日本の様々な規制が交渉の対象となるであろうことは容易に予測されることです。
 TPPの参加国に対し、日本人は単なる輸出先くらいにしか考えていませんが、先方が日本に期待するのはそれだけはないはずです。これらの国の投資家や労働者にとって日本がどのように見えているのかを考えておかないと、TPPに参加したことによって、日本から金がどんどん流出していくという事態を招くことになると心配されるのです。
 貿易収支や金融収支が黒字であるうちは、それらの資金的赤字を補うことができます。ところが、日本の企業が海外に生産をシフトしつつある現在(タイの洪水でこれだけ多くの日本企業が進出しているということをはじめて知りました)、輸出によって獲得した外貨を国内で流通させて経済を成長させるというスパイラルが崩壊しつつあります。そうなると金の収支バランスが崩れ、外貨がどんどん減っていくということにもなりかねないと思います。
 TPP(ブロック経済)に参加するということは、強力な外貨獲得の手段を持つ国にとっては有利であり、そうでない国にとっては貧困化の一途をたどる道となります。したがって、TPPに参加すべきだと考えるのであれば、工業製品の輸出のほかに外国から金を持ってくる手段を確立させるということも考えなければいけないと思うのです。
 
 国益を重視するというのはまっとうな考え方ではありますが、その対象は既に存在するもの限られます。そのことに気づかずに、既存の産業の利益のみにとらわれ、新しい産業を育てていくということを忘れていると悲惨な羽目に陥るのではないか、そんな心配が尽きません。
by T_am | 2011-11-16 00:34 | その他