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カクレ理系のやぶにらみ

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時間のある方はお読みください。軽い気持ちで読み始めると頭が痛くなります。

議員内閣制 -出る杭を打つ制度-

 菅総理が退陣表明をし、民主党の次期代表者選びがスタートしました。菅代表の任期途中での交代なので、国会議員による両院議員総会で選ぶことができるのだそうです。金曜日に告示(立候補者届け出)が行われて月曜日に投票というのは、いくらなんでも早過ぎはしないかと思うのですが、候補者の顔ぶれを見ると、時間をかけたからといってどうにもなるものではないといえます。
 それにしても、安倍元総理以来短命内閣が続いていて、今度もそうなるのではないかという懸念を拭うことができないところが情けないと思います。

 こうも短命内閣が続くのは議院内閣制が制度疲労を起こしているのではないかと思っていたのですが、よく考えるとそうではないと思うようになりました。

 議院内閣制の根幹は、国会が首相を選ぶところにあります。いい方を変えると、議会の信任によって内閣が存在するという制度です。(だから、内閣不信任決議という制度もあるわけです。)
 国会(衆議院)が首相を選ぶというのは、原則として、最大勢力を持つ政党のトップが首相になるということです。直近の選挙によって民意を得た政党が最大勢力を獲得するわけですから、理論的には、日本の首相選びというのは民意が反映されているということになります。
 それでは、安倍晋三元総理以来、短命内閣が続いているのはどういうことかというと、せっかく政権を発足させたにもかかわらず民意に見放されてしまったからだと説明できるのです。
 なんでも総理大臣のせいにして、総理のクビをすげ替えればそれで万事よくなると考えることが、はたしてよいことなのかどうかは別にして、議院内閣制は国民が気に入らないと考える総理を比較的簡単に交代させることができる制度であるといえます。
 これがアメリカの大統領であればそういうわけにはいきません。一度選んだ以上は、何があろうと(暗殺でもされない限りは)任期である4年間は我慢しなければなりません。
 どちらの制度が優れているのかは一概にはいえないと思いますが、日本がデフレから脱却できないのも、また財政赤字がいっこうに解消しないのも短命内閣が続いているために、政策の効果が現れる前に内閣が替わり政策が変わってしまうからだと考えることができます。
 そうしてみると、長期安定政権の登場が望ましいのですが、どうも無理ではないかと思われます。というのは、議院内閣制のもとで長期安定政権が登場するには、かつての自民党のように一党だけが抜きんでている状態が必要だからです。このような状況下では、第二党の役割は与党に対するアンチテーゼであればよく、与党がやりすぎたと国民が判断すれば与党の勢力が衰え、第二党の勢力がその分伸びる(その代わり、与野党が逆転することは決してない)という調節機能が働きます。
 しかし、時代は変わり、現在は2大政党時代ですから内閣の基盤はそれだけ脆弱になっています。すなわち、単独で政権を運営できる政党がない状態では議院内閣制は短命内閣を次々と作り出すことになるのです。

 これがまずいというのであれば、議院内閣制をやめて首相の公選制を導入する以外にありません。
 ここで興味深いのは、都道府県知事や市町村長の選出は直接選挙によって行われているということです。なぜ総理大臣だけが議会によって選ばれるのでしょうか?
 この疑問に対する解答として考えられるのは、知事や市町村長というのはもともとたいした権限が与えられていないからだというものです。直接選挙で選ばれるからには、リコールという制度があるにせよ、簡単にやめさせることができません。自分たちが選んだ主張がハズレであったとしても4年間の任期中は我慢をしなければならないのです。運良く、人格が高潔で能力も高い首長を選ぶことができれば、その自治体の住民はハッピーになれるのでしょうが、そうはならない可能性の方が高いように思われます。したがって、直接選挙によって首長を選ぶことのメリットとリスクを考えたときに、リスクの方を重視した結果、地方自治体の首長にはあまり権限を与えないということにしたのではないかと思います。(自治体の首長の権限が低いので、それを監視する役割を与えられている議会の存在感も薄くなります。ゆえに、地方議会に関心を持つ有権者が少なくなるわけです。)
 しかし、総理大臣ともなれば、その権力は他のどの政治家よりも強くなるのですから、総理大臣が暴走し始めたと国民が判断したときは、交代させられるようにしておくというのが議院内閣制の要点ではないかと思うのです。

 現在のように、うまくいかないときは総理大臣ひとりのせいにして、総理さえ替わればすべて丸く収まると考える風潮に、議院内閣制というのはぴったりの制度であるといえます。
 その反面、小泉元総理のように異常なくらい高い支持率を持つ総理が誕生したときに、歯止めが利かなくなるという側面も持ち合わせています。仮に、小泉純一郎がもっと権力に執着するタイプであったなら、参議院選挙を乗り切って憲法改正に着手できたのではないかと思います。この人が郵政民営化以外にあまり関心を持たない人であったのは日本にとって幸いであったと思います。

 現在の日本では、政治に不満を持つ人は多いといえますが、その温度はそれほど高くないといえます。そのため、既存の制度を吹き飛ばすだけの圧力の高まりを持ち得ないのですが、将来さらに不満が高まったときはこの限りではありません。もっとも、それがいつのことになるのか見当もつかないというのが正直なところであり、それまではこの状態が続くことだけは明らかです。
by T_am | 2011-08-27 23:43 | その他