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カクレ理系のやぶにらみ

tamm.exblog.jp

時間のある方はお読みください。軽い気持ちで読み始めると頭が痛くなります。

こんな役所なんかいらない(4)

 少し前のニュースになりますが、政府は7月29日B型肝炎の患者を救済するための財源として臨時増税で7000億円を賄うことなどを定めた「全体解決の枠組みに関する基本方針」を閣議決定しました。

(毎日新聞のニュースサイトより)
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20110729k0000e010038000c.html


 7月5日の閣議後の記者会見で、細川律夫厚生労働相は「B型肝炎の問題は予防接種で起きた。予防接種は国民全体の利益にもなっている。不幸にも感染した方を国民全体で支え合うことが必要」と述べました。

(朝日新聞のニュースサイトより)
http://www.asahi.com/politics/update/0705/TKY201107050190.html?ref=reca

 これを受けた形で、7月26日には関係閣僚会合の協議により、来年度から5年間で約7千億円の臨時増税を実施する方針を固めたという報道がなされました。

(朝日新聞のニュースサイトより)
http://www.asahi.com/health/news/TKY201107260889.html


 もっとも、その翌日の7月26日には枝野官房長官が記者会見で「報道は承知しているが、決定しているわけではない」と述べていますが、29日の閣議で予定通りの決定がなされたわけです。あいかわらず、その場しのぎの発言をする官房長官だといえます。

(朝日新聞のニュースサイトより)
http://www.asahi.com/business/news/reuters/RTR201107270045.html


 それにしてもひどい話しだと思います。B型肝炎の患者を救済する必要はないと申し上げているのではなく、救済方法があまりにもひどいと申し上げているのです。
 そもそもB型肝炎ウィルスは血液を介して感染しますが、集団予防接種の際の注射器の使い回しによっても感染します。集団予防接種時の注射器の使い回しは戦後から昭和63年頃まで行われており、前に並んでいるこどもに使った注射器をそのまま使われたというのは私も覚えています。(現在は注射器の使い回しは行われておらず、病院内の針刺し事故の方が問題視されているようです。)
 注射器の使い回しが危険であるという認識は国際的に戦前から知られており、国も昭和23年頃には認識していたようですが、集団予防接種のコストを惜しむあまり、対応を怠ってきたことが感染者の拡大を招いたものです。
 このため、各地でB型肝炎訴訟が行われましたが、集団予防接種との因果関係を認めない判決も下された中で、北海道のB型肝炎患者5名が起こした訴訟に対し、平成18年6月16日付で最高裁判所が国の責任を認め、賠償を命じました。
 ところが、国はその後も他の患者に対して救済措置を講じようとはしなかったのです。というのは、民法には損害賠償請求ができる期間(除斥期間)を20年と定めている規定があり、これを用いて救済対象を絞り込もうとしていたからです。しかし、昨年から今年にかけてこの問題が再びマスメディアにも取り上げられたことを覚えておいでの方もいらっしゃると思います。国の思いはできるだけ救済対象を絞り込み、かつ補償金の支払額を低く抑えたいということであり、この点で原告団とまっこうから対立していたのですが、東日本大震災の発生により、このまま時間が経過することで補償の財源が失われる恐れもあり、原告団も和解案を受け入れることにしたという経緯があります。

 B型肝炎患者のうち集団予防接種を原因とするもの(母子感染でもなければ性行為によるものでもない、さらには針刺し事故とも無縁であるという人たち)は100%国の責任です。仮に、国がもっと早い段階で集団予防接種の注射器の使い回しをやめるよう指示をしていれば、この人たちはB型肝炎に感染することはなかったのです。

 したがって、この人たちを国が救済するのは当然であるといえます。

 私が問題にしているのは、厚生労働省が何ら責任をとろうともしないまま、救済のための財源確保として臨時増税を打ち出していることです。これは、B型肝炎の患者を救済するために国民に負担を求めるということです。財源確保という現実問題として、そういう選択はあるかもしれません。しかし、手続きとして、それを国民に求める前に、厚生労働省がどのような責任のとりかたをしたのかが不明瞭であると申し上げているのです。
 7000億円という大金を国民に増税という形で負担してもらうというのであれば、厚生労働省の幹部は私財を提供するくらいのことをしてからにしてもらいたいと思います。既に退職している幹部には退職金を返還させるとか、叙勲を取り消すとか責任の取らせ方はいくらでもあるはずです。そういうところにまったく触れないで安易に増税を決定する内閣も内閣だと思いますが、厚生労働書という役所は無責任にも程があります。あえて申し上げますが、心底腐っているのが厚生労働省という役所です。

 何度も申し上げますが、私たち国民は、自分たちの生命と健康を護ってもらうために国をつくり、政府には許認可権限を、政治家には権力を権限を委譲しているのです。これらの権限や権力を持つ代わりに国民に対して責任も負うというのが民主主義の根幹であり、政府や政治家が責任を負わないというのであれば自分が持っている権限や権力を返上させるというのが筋でしょう。私たちにはそれを要求する権利があります。
 北朝鮮や中国のような独裁国家であれば、官僚は国家元首に対して責任を負えばよいということになります。今回の閣議決定でなされたように、政治家も官僚も誰にも責任を負わないという政治体制はいったい何なのか、少なくとも民主主義ではないことは明白です。
 日本という国は表向きは民主主義国家ということになっていますが、実態は違います。残念ながら、官僚と政治家の私利私欲のために日本という国があるのだといわざるを得ないようです。


付記(1)
 中国の高速鉄道の事故処理に対して中国国民が怒りのメッセージを主にネットを通じて表明しています。あの国は、これまで情報統制を徹底して行ってきた国ですが、ネットの普及は当局のコントロールを超えてしまったようです。そのことが、少なくとも現時点では、政府を動かす圧力となっていることは間違いありません。

 国をよくしようと思うのならば、正しい情報が伝えられること、それに対して国民が自由に自分の意見を表明できること、この二つが担保されたうえで、国民の声が大きなうねりとなって政府に対する圧力となることが必要です。
 国民は、官僚を辞めさせることはできませんが、政治家を辞めさせることはできます。あるいは、B型肝炎訴訟のように、誰が見てもおかしいと思うことであれば政府を動かすことができるといってよいと思います。
 ここで肝心なのは、誰が見てもおかしいと思うことをその都度指摘し、問題提起することです。
 政府を監視するのは、これまでであればマスコミの役割であるといわれてきました。sかし、マスコミは情報を掘り起こし、私たちに提供する機能しか持ち合わせていません。情報を判断するのはあくまでも国民であるべきです。
 誰が見てもおかしいということを取り上げ、私たちがそれぞれ意見を表明すれば、マスコミもそのような情報を積極的に提供するようになるはずです。


付記(2)
 繰り返しますが、私たちには官僚を辞めさせることはできませんが、政治家を辞めさせる(あるいは当選させない)ことは可能です。
 菅総理を辞めさせたがっている人は多いようですが、菅総理が辞めてもたいして変わらないと私には思われます。それならばいっそのこと、民主党から政権を取り上げる方がよほどいいのではないかと考えます。その受け皿が自民党になっても構いません。その間に、民主党の皆様には、なぜ自分たちは国民から見放されてなのだろうかということを考えてもらえばいいのですし、自民党も、好き勝手なことをしているといずれ国民から見放されるということを自覚してもらう機会になると思うからです。
 そういうことを考えると、「国政選挙請求権」という制度があった方がいいように思います。地方自治体の住民投票というのは、特定の問題(市町村合併の是非や原発の受け入れの可否など)に対して住民投票によって結論を出すというものが多いのですが、中には恒常的に住民投票を行えるよう条例を制定する自治体も現れているとのことです。
 どうせなら国政レベルでもそういう制度があった方が、今よりもましな国になるような気がします。具体的に申しますと、直近の国政選挙の有効投票数以上の署名が集まったときに、国政選挙請求が通るというようにしておいた方がいいように思います。現行制度では投票率がどれだけ低くても当選してしまえば関係ありません。「私は国民の皆様から選ばれました」とふんぞり返ることができるのです。ところが、投票率が低ければ、それだけ自分の地位も不安定なものになるという仕組みにしておけば、政治家も自分の地位を安定化させるために、国政選挙請求が行われないような政策やひいては選挙での投票率が高くなるような政策を心がけるようになると期待されます。
 もっとも、かつて小泉純一郎がやったように劇場型政治が再び行われるリスクも否定できないのですが、それは授業料として甘受しなければならないと思います。国民もいつまでもバカではないはずですから。
by T_am | 2011-07-31 21:39 | その他