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カクレ理系のやぶにらみ

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時間のある方はお読みください。軽い気持ちで読み始めると頭が痛くなります。

こんな役所なんかいらない(2)

 放射性物質に汚染された稻ワラの問題で、政府は福島県に続き宮城県に対しても牛の出荷を停止するよう指示をする方針を固めたと7/28のニュースで報道されていました。その理由は、宮城県内の複数の地域から出荷された牛から放射性セシウムが検出されたことにより(放射能汚染が)地域的な広がりを見せているからだということのようです。
 政府のこのような動きに対し、新潟県や岩手県などでは県内で出荷される牛に対して、いわゆる「全頭検査」を行う方針を打ち出しており、他の県にも同じ動きが広がる様子を呈しています。

 さて、消費者の視点で見たときに、県の対応と政府の対応どちらに信頼がおけるでしょうか?

 この問題で今一番困っているのは福島県と宮城県の酪農家でしょう。今まで肥育してきた牛の出荷ができないのですから。自分が飼っている牛が汚染されているかもしれないし、あるいは汚染されていないかもしれないという中途半端な状態で、出荷することだけができないという焦燥感を感じていることと思います。
 牛には出荷のタイミングがあって、それを過ぎると価格が下がってしまうそうです。それでも飼料を食べさせなければなりませんから経費はかかります。そのうえ値段が下がるのでは何をやっているのかわかりません。いっそのこと汚染が確認されれば、その牛はもう出荷できないことが明らかになるのですから処分することもできるのでしょうが、それも検査をしなければわからないのです。
 それならば、酪農家からいったん牛を出荷してもら、全頭検査をすることで汚染されている牛をはじき(当然補償の対象となります)、安全が確認された牛に対しては自治体が保証して流通させる方がはるかに理にかなっています。

 この春にも、福島県産の野菜に対して政府は同じように出荷停止を指示しています。その結果何が起こったかというと、市場に流通している野菜に対する信頼性が損なわれ風評被害が発生し、日本の食材は放射能に汚染されているかもしれないということで、この動きは海外にも広がりました。政府は同じことを繰り返そうとしているのです。

 以前も申し上げたように、食品の安全性に対する信頼を損なわないようにするには全数検査をして安全なものだけを市場に流通させる(安全でないものについては補償が必要となります)ということを断固として実行する必要があります。しかし、政府のやり方はクロかどうかはっきりさせないまま、とりあえず出荷停止にするというものでしたから、これでは消費者が不安に思うのも無理はありません。その結果が野菜に対する風評被害の発生であり、その反動として、福島県産の野菜を積極的に食べようという「善意の」運動が起こりました。こういう善意は尊いと思いますが、その善意を無にしないためにも市場に流通しているのは安全が確認されたものだけであるという体制が確立される必要があります。せっかくの善意も、実は汚染された食品を食べることを促していたというのでは何にもならないからです。

 どうやら政府・農水省というのは学習能力がない人たちが偉いポストに就いているものと思われます。もちろん、官僚の中にも誠実で仕事熱心な人はいるはずです(どんな組織にもこういう人はいるというのは経験的に明らかですから)が、残念ながら、そういう人はあまり出世しないということになっているようです。逆に、自分の仕事に対する使命感や責任感が希薄であっても、自分をアピールする能力に長けていたり、ときには他人の手柄を横取りするような人が組織の中では順調に出世していくように思います。つまり、不作為と無責任と嘘に長けた人ほど重要なポストを占めるようになるということです。
 何事もなければ、そういう人たちが偉いポストに就いていてもさほど問題は生じないのですが、今回のような国家レベルでの災害においては有害無益であるといえます。
 冷静に考えれえば、食品の安全性を担保するには、全数検査をして安全と確認できたものだけを市場に流通させるという方法以外にないことがわかるはずです。しかしながら、「そうしたいのはやまやまであるが、それだけの人員も機器も予算もない」という理由でいつまでも手をつけようとしないのがこの人たちに共通する行動パターンです。面倒なことはしたくないのですね。そのくせ責任を追及されるのが嫌なものですから、すぐできて効果のない対策(通達を現場にファックスしたなど)だけは打っておくということをします。自分たちの不作為と無責任が社会に対しはるかに大きな被害を与えているということがわからないのは、自分の利益と安泰を優先して考えているからです。

 民主党が掲げた「政治主導」というのは、こういう局面で発揮されるべきだったと思います。彼らの勘違いは、何をやり何をやめるかを決めるのは自分たちであり、その意思決定のプロセスから官僚を排除するというところに絞ったところにあると思います。自民党時代は、官僚たちに提案させ、政治家はそれを採用するかどうかを決定するという手法がとられていました。どちらの手法が優れているかといえば、自民党の手法の方が日本という風土には合っているのではないかと思います。その自民党時代においても、官僚にやるべきことをやらせるという「政治主導」が発揮されたことはあまりないように思われます。もっと発揮されていれば、もう少しマシな社会になっていたように思うからです。
 鳴り物入りで登場した民主党政権ですが、閣僚の発言をみていると政治主導どころか官僚のスポークスマンみたいになっている大臣もいます。
 菅総理一人を辞めさせれば、こういう問題が一気に解消されるかというとそんなはずはありません。少なくとも各省庁に強力なリーダーシップを発揮できる人をトップとして据えないと何も変わりません。総理一人で全省庁の監督ができるわけではないのですから、総理を替えたらすべてよくなるというのは幻想にすぎないのです。(といっても、別に菅総理を擁護しているわけではありませんので、誤解しないでください。)

 前回も申し上げたように、政治家には権力があり、官僚には許認可権限が与えられています。それというのも、人間の生命・健康・財産・自由などを守るために国という組織をつくり、権力と権限を与えてそれらの目的を実現させる体制にしているからです。
 政治家や官僚がそれを忘れて他のことにうつつを抜かしているのであれば、すみやかにご退場願うよう意見を述べるというのが市民としての義務であると考えるのです。


付記
 東大アイソトープ総合センター長の児玉教授が7月27日の衆議院厚生労働委員会で意見を述べたときの様子が YouTube にアップされています。正直言ってこのビデオを観て感動しました。

http://www.youtube.com/watch?v=O9sTLQSZfwo

 興味のある方はご覧になってください。これまでまったく伝えられてこなかった現実がここにあります。
by T_am | 2011-07-30 07:31 | その他