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カクレ理系のやぶにらみ

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時間のある方はお読みください。軽い気持ちで読み始めると頭が痛くなります。

こんな役所なんかいらない(1)

 韓国に大雨をもたらした雨雲は北陸・北関東・東北にも延びてきて梅雨時の前線の様子を呈しています。そのため、7月28日は関越自動車道が通行止めとなりました。最初は六日町IC-小出IC間の通行止めだったのですが、次に湯沢IC-小出IC間が通行止めとなり、最終的には湯沢IC-小千谷IC間が通行止めとなりました。

 なぜこんなことを知っているかというと、同時刻に関越自動車道を新潟に向かって走っていたからです。

 私が湯沢ICで降りて国道17号線を六日町に向かって走っていると、「国道17号線六日町で冠水のため通行止め」という表示がありました。どこで通行止めなのかわからなかったので、そのまま走っていると塩沢を過ぎて六日町に入るころに渋滞が始まりました。

 土地勘のない方のために説明しておくと、南から順番に新潟に向かって、湯沢-石打-塩沢-六日町-浦佐-小出-堀之内-川口-小千谷という位置関係になります。(暇何人は地図を眺めてください。けっこうな距離があることがわかりますから。)

 結局、六日町の市街地で道路が冠水したために交通渋滞が起こったらしいのですが、ノロノロとしか車が進まないのでカーナビの地図を拡大して迂回路を捜し、六日町市街地を避けて帰って来たので詳しいことはわかりません。それでも途中道路が冠水しているところがあったので、かなり広範囲で道路が冠水したのだろうと推測されます。
 本当をいうと魚野川(この下流で信濃川と合流する)の東側の県道131号線を北上するつもりでいたのですが、途中「行き止まり」の標識が出ていてために、やむを得ず魚野川を西に渡り、六日町市街に戻って国道17号線に戻ることになりました。渋滞原因となっている箇所は過ぎているのでスムーズに走ることができたのですが、気の毒だったのは反対車線を湯沢方面に向かう人たちです。渋滞の列が浦佐を過ぎるところまで延々と続いていました。
 途中、国道17号線との交差点を脇道からを六日町・湯沢方面に向かって右折で入って来ようとする車が列をなしているのを見かけました。しかし、17号線がほとんど動かない状態ですから、これらの車も動くことはできません。おそらく帰宅途中の車で、この渋滞に巻き込まれた人も多いと思います。

 この時間帯、ラジオ・テレビ(ワンセグ)では関越自動車道が通行止めになっていることは報道されていましたが、国道17号線が六日町で通行止めになっており、大渋滞が発生していることまでは報道されていませんでした。

 どうしてこういう大事な情報が伝わらないのでしょうか?

 思うに、国道を管理する立場の人たちがその必要性を微塵も感じていないからだということなのでしょうね。つまり、国道を管理する人たちの職務というのは、国道の通行に支障が生じた場合それを速やかに除去するということだけ考えていればいいのであって、その道路を通る人のことなど念頭にないということなのだと思うのです。

 そもそも道路とは何のためにあるのでしょうか?

 答えは単純です。「自動車による移動をスムーズに行うため」というのはその解答です。だから、穴が開いたりラインが消えたりすれば修繕を行うわけです。ところが、いつの間にか道路管理業務に従事する人たちの意識の中には、道路の修繕(維持管理)が自分たちの仕事であるという錯覚が生じています。それ以外のことはしなくてもいいと、この人たちは思っているわけです。

 道路の存在意義が「自動車による移動をスムーズに行うため」ということをきちんと理解していれば、関越自動車道が通行止めとなっている情報と一緒に国道17号線が六日町地内で冠水のために通行止めになっているという情報も流すことによって、これほどの渋滞は発生しなかったはずです。関越自動車道の場合、大幅に遠回りとなりますが、北陸自動車道から長野自動車道を迂回して藤岡JCTで関越自動車に戻るというルートもあるからです。走行距離は大幅に伸びますが、それでも渋滞を抜けるために要する時間と被るストレスを考えれば迂回した方がいいと思います。(私の場合も、藤岡JCTの手前で長野経由で帰った方がいいのではないかと一瞬迷いました。今から思えば、長野経由にしておけば1時間以上早く帰ることができたと後悔しています。なお、高速料金は変わらないはずです。なぜなら途中検札するところがないからです。)

 今度からは、大雨や大雪などの気象災害によって高速道路が通行止めになった場合、平行して走る国道にも何らかの支障が生じていると考えることにします。(これは昨年末の大雪によって高速道路と並行して走る国道の両方が通行止めになった事例にも由来します。)したがって、そういう場合は速やかに自動車での移動を中止して戻ることにします。
 なぜなら、高速道路の管理者も国道の管理者も自分が管理している道路のことしか関心がないからであり、その地域の交通を任されているという自覚がまるでないからです。そうだとすれば、自分の身は自分で守る以外にないという結論になるのもやむを得ないと思いませんか?

 行政府と国民の関係について申し上げると、国民の生命・安全・財産などの権利を守るために行政府という組織があると私は考えています。それを可能にするために、行政府には許認可権限が国民から与えられているわけです。許認可権限というのは、国民の権利を無制限に認めるのではなく、社会全体の利益(一般的には「公共の福祉」と呼んでいます)と勘案してときには制限することもあるというものです。(その権限には道路を通行止めにする権限も含まれます。)
 しかし、行政府という管理者が自分に付与されている権限は何のためなのかを忘れて、自己の保身や利益のためにその権限を行使するというであれば、そんな役所や役人は有害無益であって、むしろない方がましだと思います。

 中国の高速鉄道の自己を巡る報道が連日行われています。この報道の奥底にあるのは中国という国の組織としての未熟さ・モラルの低さ・いかがわしさをあげつらうという意図が見え隠れしているので、あまり愉快なものではありませんが、これと同じようなことがわが国でも公然と行われているということに、私たちは目を向けるべきでしょう。
 道路の同じ箇所で事故が何度も起これば、構造的に問題があるのではないかとして道路管理者の責任が問われますが、管理者の無為無策によって大渋滞が発生しても管理者は免責され、渋滞に巻き込まれた人以外はそういうことがあったことすら知らないというのがこの国の実情です。
 
 私たちは税金を納めています。同時に、自分のこどもや孫にこの国を引き渡していくという責任が私たちにはあります。だとすれば、中国で起きていることを他人事のように嗤うことはできないと思うのです。(この稿続く)
by T_am | 2011-07-29 01:13 | その他