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カクレ理系のやぶにらみ

tamm.exblog.jp

時間のある方はお読みください。軽い気持ちで読み始めると頭が痛くなります。

誰に対して責任を負うのか

 7月23日に中国の高速鉄道で起きた追突事故は、24日午前、追突し高架橋から落下した先頭車両が重機で粉々にされたうえで、近くの畑に掘った穴に埋められたというニュースがありました。同日夜には、この先頭車両の運行記録装置(ブラックボックス)を回収したという発表があったそうですが、事故の検証がどこまでなされたのかは疑問です。 25日の午前中には事故が起きた区間での運転が再開されたそうですから、当局が事故原因の究明よりも運行再開を優先したことは明らかです。また、中国共産党中央宣伝部は国内メディアに対し、事故の独自報道を控えるように通知したとのことです。

 こういう話しを聞くと、中国という国の体制は、皇帝こそいないものの専制君主国家そのものであると思ってしまいます。

 でも、こういう組織は別に珍しいものではありません。日本にもいくらでも存在しているのですから。

 その組織がどういう体質であるかは、その構成員が誰に対して責任を負っているのかを観察することでわかります。

 今回の中国のように、批判には一切耳を貸さず、事故の検証(=原因究明)をろくすっぽうしないまま運転再開に全力を尽くしたというのは、この国の当事者たちの中には、自分が責任を負うのは上司(トップ)に対してであるという意識があるからです。すなわち、この人たちの判断基準は「上司(トップ)に怒られないようにするにはどうしたらいいか」に限られているということです。
 そういう人間はウチの会社にもいるぞ、と思われる方もいらっしゃることと思います。幹部にそういう社員が多い会社というのは得てしてトップがワンマンであるものです。そして、トップが横暴であればあるほどそのような幹部が増えていく傾向にあるように思えます。

 翻ってわが日本政府と国会はどうかというと、福島原発の事故対応を見る限りでは中国政府とあまり差はないように思えます。爆発事故を受けた避難指示も科学的合理性を欠いていましたし、放射線の影響についても過小評価した見解を繰り返し表明していました。今回の牛肉騒動でも、放射線の全数検査をするわけでもなく福島県産のすべて牛肉の出荷停止という措置をとっています。かつて野菜で同じことをして風評被害を招いたことをもう忘れているかのようです。これというのも、政府官僚・政治家たちの忠誠心は国民や農家に向けられていないということの現れであると考えてよいでしょう。彼らの主は別にいるのです。
 といっても日本の場合、別に「影の総理」なる人物がいるわけでもないので、専制君主国家というよりは、むしろ封建諸侯による封建国家といった方がよいかもしれません。
 今回の事故で明らかになったのは、そのような封建諸侯の一員として東京電力という企業が存在しているということです。これだけの事故を起こしておきながら、東京電力を存続させるために「原子力損害賠償支援機構」というのを設立し、国から交付された資金を東京電力に供給するという法案を提出しようとしています。資金の返済は東京電力はもとより原発を持つ他の電力会社から負担金を徴収してこれに充てるというものです。その原資はどこから出るかというと、結局私たちが支払う電気料から出るわけであり、その分電気料金が値上げされることになるはずです。
 電気料金には、いわゆる電源三法による交付金を捻出するための原資が既に上積みされています。こういう既存の資金調達ルートには一切手をつけず、新たに電気料金に上乗せすることによって、原発事故の賠償金を捻出しようというのがこの法案の趣旨です。

 似たような動きは他にもあります。

 東日本大震災の復興資金をひねり出すために、5年間にわたって10兆円規模の臨時増税を行うというのがそうです。また以前からいわれているように消費税の税率を段階的にアップさせようというというのも同様です。この消費税増税の理由として、以前は国が抱える借金が増え続けていて、このままではどうにもならなくなるということがいわれていましたが、最近は、増え続ける社会保障費を捻出するためというふうに理由づけが変わってきています。
 まともな経済感覚の持ち主であれば、収入の範囲内で支出を抑えるという行動をする(そうでなければやがて多重債務を抱えることになります)と思うのですが、国家財政というのはそうではないようです。支出を抑えるということよりも増税によって収入を確保することの方に熱心であり、マスコミもそれに協力的です。
 江戸時代中期以降、三百諸藩は例外なく財政難に陥りました(参勤交代や幕府が命じる公共工事の負担によって収入以上の支出を強いられたため)が、そこから脱却できた藩に共通するのは殖産興業であって増税ではありませんでした。
 このことは中学校程度の歴史の教科書に書いてあるのですが、わが国の官僚や政治家たちは歴史を無視する行為に手をつけようとしています。彼らがいったい大学で何を勉強してきたのか不思議でなりませんし、その程度の判断力すら持たない人間でも国家の要職につくことができるという人事システムが存続しているというのも不思議でなりません。

 「己の主に怒られないようにするにはどうしたらいいか」という判断基準だけに基づいて行動する人間は、その人が属す組織の利益を最大化することよりも自分の利益の最大化のほうに関心があるものです。

 このような生き物を私たちは「寄生虫」と呼んでいます。寄生虫が増えすぎると宿主の健康を害することになるのはいうまでもありません。
 それはともかくとして、この国には民主主義がないのだと気づかされるのは情けない思いがしてなりません。
by T_am | 2011-07-25 23:58 | その他