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カクレ理系のやぶにらみ

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時間のある方はお読みください。軽い気持ちで読み始めると頭が痛くなります。

菅総理の「脱原発依存」

 7月13日、菅総理が記者会見を開き、いわゆる「脱原発依存」を発表しました。そのポイントは次の通りです。

1)当面の電力不足は家庭や企業の節電により対応できる
2)原発はこれまでの安全確保の考え方ではもはや律することのできない技術である
3)原発に依存しない社会を実現すべきだ

 この発言を歓迎する人たちもいれば、猛反発している人たちもいます。反対する立場の人たちの巧妙なところは、菅総理の発言が具体的な内容を伴っていないなど公平を装っていることです。

 「脱原発依存」を実現するためには、次の2つの課題をクリアしなければなりません。

1)原発に替わる発電施設の整備と拡大
2)原発にからむ巨大な利権の解体

 1)については、天然ガスなどの化石燃料を用いた発電施設であれば十分実現可能です。しかし、太陽光や風力などの自然エネルギーを用いた発電施設となると発電効率と採算性の面での問題解決避けて通れません。(施設を設置する際に補助金をもらわなければ採算が見込めない技術というのは、技術として確立しているとはいません。)したがって、「脱原発依存」をただちに自然エネルギーによる発電に結びつけるのは早計であると思います。
 それよりも、2)の原発にからむ利権の解体の方が重要です。具体的には発電所所在地とその隣接市町村に対し支払われる交付金のこと(発電所のある自治体の公共施設がやたらと充実しているのはこの制度があるから)であり、その原資は私たちが支払っている電気料金から出ています。
 さらに電力会社は政治家に対する献金を行っているだけなく、マスメディアに対し巨額な広告費を支払いながら、主立ったジャーナリストに対しても謝礼として金銭を支払っています。そして発電所の運営のために大勢の人間を雇傭し、同時に自治体に対しても巨額の税金を納めるようにすることで、地域経済が原発に依存する体質をつくりあげきました。

 繰り返して申し上げますが、それらの原資は私たちが支払っている電気料金の中から捻出されています。そうやってつくりあげてきた原発という施設が、地震と津波によって損壊したうえで広範囲にわたって放射性物質をまき散らすものであったというのは皮肉です。しかも原発から毎年発生する放射性廃棄物の処分方法は未だに確立していないのです。

 このような利権構造が、電力供給を確保するための発電所の建設を促進するという側面があったことは否定できません。そのおかげで、日本は世界にも稀な豊かな国になったという事実は認めなければなりません。しかし、そのようにしてつくってきた原発が社会にもたらす恩恵と害毒とを天秤にかけて検証する時期にきているのではないかと思うのです。

 利権の恩恵にあずかっている人たちは、原発が必要悪であると主張しています。さらに最近は次のような指摘もされています。

A)原発を廃止し、その分を太陽光などの自然エネルギーで賄った場合、電気料金は20年代半ばには0.6円/Kwh増加する-家庭では最大2千円程度の増額となる。(ただし、大量生産が実現する30年には元に戻る見込み)
B)原発を全部停止し、火力発電で代替えした場合、CO2の排出量は年間1.8億トン~2.1億トン増加する。これは1990年対比で16%の増加を意味し、日本の義務であるマイナス6%とかけ離れた結果になる。その場合、日本は巨額のCO2排出枠を購入しなければならない。

 せっかくですから、これらの指摘に対して反論しておきます。
 まず、A)についてですが、現状でも天然ガスを使った民間発電業者の電気料金は電力会社の電気料金よりも安くなっています。それでなくとも自然エネルギーによる発電は、発電効率の低さと品質(電圧)の不安定さがあるのですから、これらの問題が解決されない限り発電方式の主力にはなりません。現実的な方策としては、原発の廃止分は当面天然ガスなどの火力発電に置き換え、その間に自然エネルギーによる発電方式の問題点を解決することに力を注ぐというものでしょう。この指摘は、電力会社の地域独占体制を前提としており、民間発電業者のシェアが今後どう変わっていくのかが考慮されていません。ゆえに、「極端な場合こうなる」くらいに受け止めて差し支えないと思います。
 次にB)ですが、これは問題のすり替えという典型的な手法です。ビジネスマンであればどなたも経験がおありでしょうが、何か新しいことを提案するときには、競合するプランとの間でそれぞれのメリット・デメリットを明記し、総合的に判断するとこのプランがもっともメリットが大きいという論理の展開をするのが普通です。ところが、この主張は原発を火力に置き換えた場合のデメリットだけを強調しており、このまま原発を続けていった場合のデメリットとの比較がされていません。
 それでも経済界に対しては、このような論理は十分説得力を持つといえます。というのは、経済の論理とは単年度で利益を最大化することが目的であり、今後数百年間続く低レベル放射性廃棄物の保管コストや数万年の間保管し続けなければならない高レベル放射性廃棄物にかかるコストなどは問題にされないからです。

 私たちは、福島第一原発の事故という経験をしているのですから、原発が社会にもたらす恩恵と危険を冷静に比較する作業が必要だと思います。そのうえで、このまま原発を推進していくのか、それとも脱原発に舵を切るのかについて、一人一人が自分の考えを持つことが大切です。

 問題は、そのための判断材料となる情報がきちんと提供されていないことです。

 私は、管直人という政治家をあまり信用してはいません。というのは、トップとしてブレーンや官僚の進言を鵜呑みにする傾向があるように思われるからです。
 ブレーンの使い方というのは、トップが持っている自分のビジョンを実現するための手法を提案してくれる人材をブレーンに据えるというのは本来のあり方です。しかし、トップにビジョンがなければ、菅総理におけるTPPへの参加や消費税増税などのように、ブレーンの意見がその時点でのベストアンサーであるということになりかねませんし、実際にそうなっていると思われます。だから、菅総理の発表はいつも唐突だと受け止められるのです。
 たとえば、浜岡原発の停止要請にしても、今後三十年間で巨大地震が発生する確率が87%もあるので、より安全を確保するためにそれまでの間原子炉の停止を要請するというものでした。一見もっとものように聞こえますが、この確率計算(三十年間で87%)が正しいのであれば、1年間の発生確率は2.9%(87%÷30年)となり、3年間では8.7%となります。それならば、ただちに浜岡原発を止める必要はないのであって、稼働させながら安全性強化の対策を実施していっても問題はないと思われます。もっとも中部電力では浜岡の安全性について反論すればよいものを、そうはしなかったのですから、もしかすると思い当たる節が中部電力にもあったのかもしれません。

 
 原発を巡る利権の構造というのは巨大かつ広範囲に及んでおり、「脱原発」を唱えた人間に対し、よってたかって潰そうという姿勢が伺えます。
 それらの勢力に対抗し、自分のビジョンを実現していこうとするならば、常に正しい情報が国民に提供される、あるいは自ら提供するということがもっとも有効な手段です。要するに、大衆を味方につけることであり、そのための武器としてタイムリーかつ正確な情報を提供するということです。
 その合間に自分の考えを発表していき、それによって世論の動向がどう変わったかを理解しておく必要があります。そうやって、世論が自分に批判的であると感じたのであれば、部分的な修正案を提示する必要があるでしょう。社会の合意形成というのはこのようなプロセスを経てなされていくのが基本ではないかと思うのですが、実際には、マスコミが繰り返し報道することによって国民に「刷り込み」を行うという情報操作がしょっちゅう行われています。
 
 この国で政権を維持していくには、世論の支持が不可欠となります。逆に言えば、世論さえ支持してくれていれば、官僚や他の政治家が敵に回ったとしても政権を維持していくのは可能だということです。

 菅総理が本心から脱原発依存を実現させたいと考えているのならば、今後情報をどう扱うかが焦点となると思います。
 
by T_am | 2011-07-17 00:51 | その他