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カクレ理系のやぶにらみ

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時間のある方はお読みください。軽い気持ちで読み始めると頭が痛くなります。

九州電力のやらせメールについて

 6月26日に行われた国主催の、玄海原発運転再開に向けた説明会にあたって、九州電力から社員および協力会社に対して、ネットで参加せよという指示をするメールが届いたことが問題視されています。俗に「るやらせメール」(すごい名前ですね)と呼ばれ、新聞の⒈面にまで登場する事態となりました。
 九州電力がこのような動きをしていることは説明会の前日の時点で既にネットに掲載されていました。私が見たのは下記のサイトですが、他にもあるのかもしれません。

http://plaza.rakuten.co.jp/zuruzurubettan/diary/201106250000/?scid=we_blg_tw01

 また、実際にどのような内容のメールだったかについては新聞各紙が報道しています。

(九電やらせメール、これが社員らへの「指示」)読売新聞のサイト7月7日付
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110707-OYT1T00001.htm?from=tw

 この問題が発覚したときの政府の反応は7月6日のNHKニュースで伝えられています。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110706/t10014031741000.html

 海江田経済産業大臣の発言は「玄海原子力発電所の安全対策などについて、さまざまな立場からの率直な意見や質問に答えるという番組の趣旨を損なう言語同断の行為で、番組を主催した経済産業省として極めて遺憾である」というものですが、説明会を非公開で行った責任者でありながら、このいい方はないだろうと思います。私にいわせれば、説明会のやり方そのものがおかしいのだから、それに付随して起きた「やらせメール」だけを取り上げて問題視するのは片手落ちであるということになります。(ただし、この問題を追及することは情報の公開において、こういう人を舐めた真似をすると痛い目に遭うよという警告になりますから、大いにやっていただきたいと思います。)
 
 社会的な問題が生じたときに、市民に対し正しい情報を公開して世論形成をはかるというのは民主主義を維持する上で必要な手続きです。
 ところが、福島第一原発の事故以来政府の対応をみていると、「正しい情報を公開して世論形成をはかる」のではなく、「偏った情報を提供して世論誘導をはかる」ことに専念しているように思えます。このような政府の動きに対して、志を持ったジャーナリストが異論を唱え、まったく異なる情報を提供したことで、私たちも政府のやっていることはおかしいのではないかと疑問に思うようになりました。
 そのような視点で今回の「やらせメール」事件を見ると、相変わらず「組織の論理」で思考し行動しているということがわかります。ここでいう「組織の論理」とは、公開して行う説明会を自分たちに有利な結果となるように介入することを意味します。今回の「やらせメール」はその一例ですが、その最たるものは株主総会の運営でしょう。
 最近は流石に分散開催されるようになりましたが、以前は開催日を特定の1日に集中させることで総会屋の出席を困難にするという「自衛策」がとられていました。さらに、総会のリハーサルを念入りに行い、つつがなく議事を進行させるためにサクラ役の社員を配置する(「意義なーし!」「議長!議事進行!」などの野次をとばすため)ということも行われていました。
 これらのことは総会を紛糾させず短時間で終了させるということを目的としています。現在でも、株主総会の所要時間は紛糾したかどうかのバロメーターとなっており、この間行われた関西電力の株主総会は6時間を超えたそうです。
 こういう思考法の背景にあるのは、余計な口出しはしないでほしいという心理です。そのため、株主に対し情報を公開するという株主総会が本来持っている目的は失われています。
 そのことを反省した企業のなかには、株主総会の開催日を分散させ、株主が出席しやすい環境を整える(主婦が参加しやすいように子どもを預かるなど)というところも登場しています。

 それらの企業の背景にあるのは、正しい情報を提供するのに手間を惜しまないという姿勢です。自分たちがやっていることについて万全の自信があるからこそこういうことができるのですが、その点、経済産業省が主催した玄海原発の説明会はどうだったのでしょうか?
 公開制にしてしまえば、原発反対派が大勢押しかけることは目に見えていますから、非公開にしたのは説明会が紛糾するのを嫌ったのだということは容易に予想できます。何も後ろめたいところがなければ、玄海原発が安全であることを堂々と説明すればいいはずですし、どれだけ質問が来ようとも懇切丁寧に答えていれば、いずれは意図が伝わるはずです。そういうところは体力と気力の勝負みたいなところもあるのですが、手間を惜しんだのでしょうか?

 今回の説明会にあたっては、原発の最終管理者である経済産業省のなかに、原発を再開するための手続きの一環に過ぎないという意識があったように思われます。そのことを九州電力でも察知したがゆえに世論誘導に利用しようと思いついたのだと推測されます。
 したがって、九州電力がやらせメールを発信したというのはけしからぬ行為ですが、海江田掲載産業大臣がこれを「言語道断」と切り捨てるのには違和感があります。なぜならば、海江田大臣自身が今までに原発の安全性について論理的な説明をしてきていないからです。原発の安全性について政府が保証するということを発言していましたが、福島原発の事故について東電と政府がどのような責任のとり方をするかが未だに見えていません。むしろ、財政規律を維持する(つまり、これ以上国の借金を増やさないということ)という理由で、電気料金を値上げし、それを原資にして事故の決着を図ろうとしています。これだけの事故を起こした東電については何のお咎めもないことになりかねません。清水社長は退任しましたが、規定に見合った退職金が支給される模様です。
 福島原発の事故については、事故そのものを招いた責任(これは第一義的に東電に責任があります)と放射性物質を周辺に飛散させた責任(そのための賠償責任を負うのが当然です)とがあります。また、政府においては、福島県民を被曝から守る責任と農産物や水産物、ひいては日本の輸出製品を風評被害から守る責任があると考えられます。しかし、事故発生から100日以上が経過していますが、政府が責任を全うしているとはとても思えません。
 そういう状況下で、原発を抱える自治体の首長が運転再開に同意するという責任を伴う決断をするはずがありません。このまま原発の運転が再開されなければ、今まで原発に頼ってきた地域経済が麻痺してしまうことはわかりきっていますが、さりとて自分がすべて責任を負う覚悟で運転の再開に同意するという決断をくだすことなどできないのです。
 海江田大臣もそのあたりの呼吸はつかんでいますから、「原発の安全性は政府が保証する」と断言することによって首長に助け船を出したというのが実情だと思われます。

 何度も言うように、今回の説明会は玄海原発の運転再開のために手続きのひとつとして開催されました。政府がこのようなことを行うときは、その事業を実施するということが前提となっており、寄せられた意見に従って事業を中止するということはあり得ません。それでも、反対意見があまりにも多ければ世論もそれに引きずられることになりますから、政府としても無視するわけにはいかなくなります。ゆえに非公開とし反対意見が出てくるのを防いだわけです。
 したがって、説明会そのものが玄海原発の再開という明確な意図に基づいて開催されているのですから、九電のやらせメールだけを殊更追求するのはいかがなものかと思います。私は、九電を追求するのは間違っているというのではありません。九電を追求するとともに、経済産業省の進め方についても批判があって当然だと申し上げているのです。


付記
 玄海原発の地元の町長が運転再開に同意し、佐賀県知事も7月中旬には結論を出すといっていたのですから、海江田掲載産業大臣の思惑は九分九厘達成されるところまで来ていました。にもかかわらず、それをぶち壊したのは菅総理によるストレステストをすべての原発で実施するという発言です。政権末期になると総理大臣は例外なくぼろくそにけなされるものですが、この人ほどタフな政治家も珍しいと思いませんか? 次回は管直人という人について少しだけ考えてみたいと思います。
by T_am | 2011-07-09 00:08 | その他