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カクレ理系のやぶにらみ

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時間のある方はお読みください。軽い気持ちで読み始めると頭が痛くなります。

原発事故は再び起こるのか?

 政府は全国の原発が安全であると説明しています(その後浜岡原発だけは安全ではないということになりました)が、実際のところはどうなのでしょうか?

 原発の事故が今後も起こるかといえば、答えはYESです。だからといって福島第一原発のような事故が再び起こるのかといえば、答えは「よくわからない」というのが正しいところでしょう。

 東日本大震災の後で、政府は各地の原子力発電所に対して安全のチェックと非常用電源の確保を指示しました。そのことはいいのですが、問題は指示の内容です。

 巨大地震に対して、建物と原子炉本体については耐震基準が定められているのですが、設備についてはどうなのでしょうか? 冷却水を送るための配管の接合部などについて耐震基準が定められているかといえば、それがないから福島第一原発の事故が起こったといってよいと思います。
 福島第一原発の事故の原因は津波による電源の喪失だとされていますが、それは嘘です。冷却水を循環させるポンプの電源が喪失したことは事実ですが、実際に起こったトラブルはそれだけではありません。なぜそんなことがわかるかというと、事故の後で報道された事実の断片をつなぎ合わせると、福島第一原発の事故は次の事故が重なって起きたものだと考えることができるのです。

(1)冷却水を循環させるシステムの損壊による放射性物質に汚染された冷却水の漏出
 津波に襲われた原子炉建屋とタービン建屋が残っていることを考えると、これらの設備の損壊は津波によるものというよりも地震によるものと考えるべきでしょう。ただし、津波が建屋の中に入り込んだ可能性は否定できません。
 汚染水の漏出は1カ所や2カ所ではないと思われます。別な建物になっているはずのタービン建屋内にも汚染水は漏れだしており、さらには排水溝を通じて海に流れ出すという事態も招いています。

(2)冷却水を送るポンプの停止
 地震による外部電源の停止と津波による非常用発電機の故障(一部は燃料切れ)、および津波が残した残骸によって電源車を接続する作業に手間取ったことが原因としてあげられます。

(3)圧力容器内の水位の低下による炉心溶融の発生
 原子炉内の核分裂を停止させることには成功しましたが、冷却水が失われたことにより燃料棒の崩壊熱を下げることができなくなりました。それによって燃料棒が溶け出し、核燃料が露出するという事態が起こりました。融解した核燃料は圧力容器の底に溜まっているものと思われます。さらに、同時に燃料被覆菅のジルコニウム合金と水蒸気とが化学反応を起こし大量の水素が発生しましたが、これはベントによって原子炉建屋内に放出されました。
 
(4)水素爆発による原子炉建屋の損壊と放射性物質の大量放出
 放射線を閉じ込めるはずの最後の壁である原子炉建屋が水素爆発によって壊れてしまい、その結果大量の放射性物質が空中にばらまかれることになりました。
 ただし、建屋が損壊する前にも原発の敷地内で大量の放射線が計測されていますから、放射性物質が漏れている経路は他にもあるものと思われます。

 
 なお、昨日のニュースで、震災の翌朝(つまり3月12日の朝)福島第一原発からおよそ7km離れた浪江町で金属性の放射性物質であるテルル132が検出されていたということが伝えられていました。空気中のチリの中から発見されたとのことです。
 テルル132という聞き慣れない放射性物質がこの段階で検出されていたという事実の持つ意味は、この時点で、既に原子炉システムのどこかに穴が開いていたということでしょう。それがどのような穴なのかはわかりませんが、原子力発電の技術というのは、政府や電力会社が広報しているほど完全ではないと考えた方がよいと思われます。

 「原子炉」というのは、原子炉圧力容器の中身だけをいうのではありません。格納容器も含みますし、圧力制御装置や冷却装置とそれを構成する熱交換機、配管なども含まれます。イメージ的には原子炉本体を覆う建屋やタービン建屋などの施設のすべてによって、原子炉という巨大なシステムがつくりあげられていると考えられます。したがって、これらの施設の一部にでも事故が起こればそれは「原子炉事故」となります。ただし、事故が起こった場所と程度によってそのダメージが部分的なものなのか、それとも全体に影響を及ぼすのかは異なります。このことをもう少しわかりやく考えてみます。

 物にはすべて強度がありますが、必ずしもそれは一定ではありません。つまり原子炉という巨大なシステムを構成するパーツの強度はすべて同じというわけではないのです。その中で最も高い強度が要求されているのが、原子炉圧力容器などの原子炉本体と建物です。震度6強の地震が来てもびくともしないような強度が求められているはずですが、それ以外の配管や圧力制御装置などについては耐震基準もないのではないか、したがって緊急点検もされていないのではないかと思われます。(実際のところ、原子炉の稼働中にこれらの設備を点検するというのは不可能です。)

 これは一つの例えですが、原子炉パーツの強度を仮に数値化してみたとして、次の通りであるとします。

原子炉本体の強度  10.000
建物の強度      8,000
配管接合部の強度   2,000
配管自身の強度    1,000~6,000
圧力制御装置の強度 8,000
同上 継ぎ目の強度  5,000

 この数値が適切かどうかはともかくとして、原子炉という巨大なシステムの強度はどこでも一定というわけではないということがイメージできればいいと思います。しかもこの数値(強度)は原子炉を稼働させるうちに、経年劣化により少しずつ減少していきます。
 このとき、地震によって破壊力500の力が原子炉を襲ったとします。その場合、原子炉という巨大システムはびくともしません。なぜなら破壊力よりも強度の方が上回っているからです。
 次に、破壊力1.500の力がこの原子炉を襲ったらどうなるかというと、経年劣化により脆くなっている強度1,500未満の配管が損傷することになります。このことは、「事故というのは破壊する力と耐える力との拮抗が崩れたときに起こるのであり、最も脆いところから事故が起こる」ということを意味しています。
 さらに、破壊力5,000の力が原子炉のシステムを襲ったらどうなるかというと、強度5,000未満のパーツはすべてダメージを受けることになります。福島第一原発で起こった事故というのはこのようなものであると考えられます。すなわち、強力な力が襲ったために、それに耐えられなかったパーツが多数あり、その結果、原子炉という巨大システムの至るところが同時多発的に損傷したのだと考えられるということです。

 福島第一原発でもあった、原子炉という巨大システムを構成するひとつひとつのパーツの強度の不揃いは他の原子力発電所でも当然あるはずです。それが放置される限り、強度の最も脆いところをついて事故が起こることは避けられないことになります。
 このようなパーツの強化や交換は原子炉が稼働している間は不可能です。そこで、原子炉は13ヶ月ごとに停止させて定期点検をすることになっています。定期点検とは経年劣化によりシステムの脆くなっているところを発見し、補修したり交換する目的で行われるものです。したがって、現在日本にある原子炉の安全を確保するのであれば、原子炉をいったん停止させてパーツの強度そのものを高めるということをしなければなりません(そのまえに安全基準を設けなければならないのはいうまでもありません)。しかし、実際に原子炉を停止させて一斉に点検・補修したという事実はありませんから、原子炉という巨大システムが抱えている脆弱性はそのままになっていると考えられるのです。

 ここで、考えておきたいのが、至近距離にある福島第二原発ではこのような深刻な事故にまで発展しなかったということです。現在福島第二原発では原子炉は緊急停止し、冷温停止状態にあるとのことですから、今後冷却機能が失われる重大なアクシデントが起こらなければとりあえず安心していられます。

 深刻な大事故を起こした福島第一原発と、その手前でくい止めることができた福島第二原発。この2つの原発を比較すると、巨大地震に対する原子炉施設の平均的な強度に違いがあったということなのでしょう。ということは、日本中にある原子炉の強度のばらつきを検証し、すくなくとも福島第二原発並みに持って行くことが必要だということになります。それでも、今後原子力発電所で事故が発生することはくい止めることはできないかもしれませんが、重大な事故にまで発展することは、やりようによっては、回避できるのではないかと思います。

 福島第一原発で起きた事故は、複数のアクシデントが重なってもたらしたものです。その直接の原因は千年に一度といわれる地震とそれによって起きた津波であることは間違いありません。千年に一度の災害なのだから当分起こりはしないだろうと考えることもできます。逆に、1993年7月の奥尻島地震災以来、日本列島を襲った震度6以上の地震は全部で7回あるのですから、今後も同じ規模の地震が起こるかもしれないと考えることもできます。私たちは地震を予測するを持たないのですから、どちらが正しいということは誰にもわかりません。
 ここでいえることは、発生する可能性が低い災害ほど、それがもたらす被害は桁違いに大きくなるということです。震度3の地震は割と起こっていますが、震度6以上の地震はこの17年間で7回しか起こっていません。その代わり、巨大地震がもたらす被害の大きさは誰も否定することができません。
 原発の事故も同様であって、今回の福島第一原発で起きた事故は複数のアクシデントが重なることによってもたらされたものですから、今後同種の事故が起こる可能性は低いと思ってよいでしょう。その代わり、いったん起こるとその被害の大きさは桁違いのものとなります。

 何度もいうように、保安院も電力会社も原子炉本体の強度には関心を持っても、それ以外の施設の強度については案外無頓着なのではないかという気がしてなりません。最近はもっぱら非常時での源源の確保ということに関心が向いているようですから、なおのこと、原子炉施設全体の強度の不揃いが忘れられているのではないかと心配になります。

 防潮堤を建設したり、非常用電源車を配備するのは無駄であるとは申しませんが、それらを配備すれば安全になるのかというとそういうものではないように私には思われます。けれども、そういう対策をしているから安心であるといわんばかりの発表と報道が繰り返されています。
 今回の事故とその対応を見ていて思ったのは、政府(これには原子力安全委員会も保安院も含まれます)にも東電にも事実の持つ意味を伝えようという誠意がまるでないということです。その事実が何を意味しているのかということは彼らもわかっているはずです(もしも、わからないのだとしたらそれは担当者や責任者として無能であるということになります)。ところが、事実が持つ意味をきちんと公表するとパニックを招きかねないと心配するのでしょうか、単なる事実の列挙にとどまったり(これは保安院の発表に多い)、具合の悪い事実は一部が伏せられてきたように思われます。また、発表せざるを得ない具合の悪い事実については、根拠のたしかでない気休めを言う傾向があります。さらには、この気休めが一人歩きしてしまい、放射線に対する安全基準が勝手に変えられてしまうということもありました。
 事実とそれがもたらすものの意味を包み隠さず公表することは、原子力行政だけでなく経済にも大きな影響をもたらすであろうということは私にも想像ができます。だから、事実をきちんと公表しないという発想は理解できないわけではありませんが、長い目で見るとそのツケはいずれ利息をつけたうえで清算しなければならないのではないかと思います。
by T_am | 2011-06-05 20:46 | その他