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カクレ理系のやぶにらみ

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時間のある方はお読みください。軽い気持ちで読み始めると頭が痛くなります。

内閣不信任案(2)

 6月2日戦後5回目の内閣不信任決議案が否決されました。
 この機会に、誰がどう行動し、何と発言したかを有権者の一人としてじっくり見ておこうと思っています。おかげで、いろいろなことを考えています。

 小沢一郎を始めとする15人の民主党議員が本会議を欠席したのは、不信任案が通る見込みがなくなったからです。本会議に出席して賛成票を投じれば除籍されるのは目に見えていますし、かといって反対票を投じるのは癪に障るというあたりが棄権した理由でしょう。信念というものが感じられませんし、小沢一郎に至っては、自分についてこようとした子分たちを自主投票という名目で放り出して欠席したのですからみっともないですね。私だったら、こういう政治家たちは信用しません。愚直に賛成票を投じた松木謙公、横粂勝仁の二人の方がまだ人間的にましかなと思ってしまいます。

 昨日の不信任決議案に関する討論をラジオで聴いてわかったのは、提出した側の演説というのはいわば弾劾を目的とした(もっとわかりやすくいえば総理に罪を着せる)ものですから、どうしても総理の欠点や失敗を並べ立てるというものになってしまいます。したがって、よほど上手にやらないとその人の品性が疑われることになる(人の悪口を言うのはそれくらい難しいのです)のであり、その点、自民党の石原幹事長と公明党の井上幹事長は損をしたと思います。
 また、不信任案に反対の意見を述べた民主党の山井議員の発言(「この非常時にこんなことをしてる場合じゃない。被災者に対して無責任ではないか。」というもの)は論理的には間違っていないと思うのですが、このような混迷を招いた当事者の片割れである民主党の幹部による発言だと思うと素直に頷けないものがあります。

 今日の国会中継を聴いていて改めて感じたことに、国会で質問をする議員や演説をする議員に共通して「自分には責任はないが、あなたたちにはある。」という意識があるということです。
 自分には責任がないと思えば何でも好きなことをいえるようになります。その一方で答弁する立場である閣僚や事務方は、責任を追及されては堪らないと、何とか言質を与えないようにはぐらかした答弁に終始するようになります。野党時代に閣僚を追求した管直人が今では自民党の閣僚と似たり寄ったりの答弁を繰り返しているのですから、人間という者は立場が変わればいうことも変わるものだと思います。
 また、管直人は今回の不信任案の提出には「私自身の不十分さも大きな原因だ」と昨日の記者会見で陳謝していますが、口先だけのものであることはその後の発言が証明しています。
 
 すっかりアテが外れた自民党や公明党の政治家たちは、「辞意を表明した総理とは審議に応じられない」と騒いでいますが、そんなことをすればますます見放されてしまいます。今、自民党にとってベターな選択というのは、政府与党よりもすぐれた復興案・原発の収束案を国民に対し示すことです。自民党が国民から信頼されるようになるにはコツコツと実績を積み重ねる以外にありませんし、たぶんできるのでしょう。「我々にはその用意がある。」と大島副総裁が大見得を切ったのですから。
by T_am | 2011-06-03 22:34 | その他