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カクレ理系のやぶにらみ

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時間のある方はお読みください。軽い気持ちで読み始めると頭が痛くなります。

東電吉田所長を擁護する-正直者がバカをみる

 東日本大震災の翌日3月12日、福島第一原発1号機でいったん原子炉に海水を注入しながら官邸が「中断せよ」と指示を下したということに関して、第一原発吉田所長の判断で実は海水注入を継続して行っていたということが判明しました。
 これについて、「現場の独断」として、吉田所長を処分すべきだという意見もありますが、とんでもないことです。
 海水注入を継続させた吉田所長の判断は「技術的には妥当」という評価が行われている一方で、「ただ、今回の対応からは、事態悪化防止を買うまで貫くという強い自負と同時に、正しいとおもうことなら合意や説明は省いても構わないとのおごりも透ける」という批判もあります。つまり、原則論で批判しているわけです。
 平時であればこういう批判も妥当でしょう。吉田所長もサラリーマンなのですから、現場が上の指示に従わなければ組織が崩壊してしまうということくらい百も承知しているはずです。
 しかし、対応如何によっては大災害を引き起こすかもしれないという緊急の局面で、いちいち上に対して合意を得たり説明をしていられるか、ということを考えなければなりません。(それでも状況の報告というのはその都度必要です。)
 それはおかしい(あくまでも現場は本部の指示を仰いで行動すべきだ)というのであれば、決定できる人間が本部から現地へ行って張り付くという体制をとらなければいけません。
 こういう状況は戦闘と同じですから、刻々と変化する局面に応じてどういう行動をするかは現場の指揮官が判断していかなければなりません。にもかかわらず、司令部に対して「敵が攻めてきました。応戦してもよろしいでしょうか?」とか「敵がわが軍の右翼に展開してきました。対抗上右翼の守りを厚くしようと思いますがいかがでしょうか?」などとお伺いをたてていたら、部隊は全滅してしまいます。
 今回の事故対応については、戦闘時の現地指揮官と後方の総司令部の役割分担のあり方が参考になると思います。すなわち、実際の作業(応急処置も含む)は現場の所長に指揮をさせ、総合対策本部の役割は、事故をどのように収束していくかという方針を立てた上で、必要な資材と人員をタイミングよく投入していくというものです。
 そういう目で見ていくと、今回設けられた総合対策本部という組織に対して官邸がしょっちゅう介入している様子が目につきます。これでは指揮系統が混乱するのも当然であり、その象徴的な出来事が、官邸による「海水注入を中断せよ」という指示です。海水の注入中不測の事態が起こって現場判断によって中断したというのならわかりますが、こういう判断は現場の指揮官に任せておくべきことであって、官邸が口出しをするレベルの事案ではありません。
 
 今回、吉田所長が行ったのは命令違反です。にもかかわらず東電社内でも吉田所長を擁護する声が高まっているというのは、非はどちらにあるかがわかっているからです。すなわち、東電本店が官邸の圧力に屈して本来行ってはいけない命令を出してしまったということです。おそらく「総理が『中断しろ』というんだからしかたないじゃないか」という心理が働いたのだと思いますが、これは東電本店の責任放棄にほかなりません。責任を放棄した者が何のお咎めも受けずに、自分の責任を果たそうとした者だけが処分されるというのはおかしなことではありませんか。
 東電自身もあれは理不尽な指示だったとわかっていますし、誰よりも菅総理自身がそのことに気づいているようですから、吉田所長に対する処分としては形式的なものになるだろうと思われます。
by T_am | 2011-05-29 07:29 | その他