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カクレ理系のやぶにらみ

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時間のある方はお読みください。軽い気持ちで読み始めると頭が痛くなります。

日本の政府のありよう

 4月21日、私たちの政府とはこんなものなのだということを示す報道がありました。

 それは、3月30日から4月2日と4月18日から19日の2回に分けて、福島第一原発から1kmから21km離れた150の地点で測定した1時間あたりの放射線量を文部科学省が公表したもので、公表が大幅に遅れた理由について「官邸の指示で出さなかった」と答えたというものです。
 これに対し枝野官房長官は記者会見で「「少なくとも私は(指示を)承知していない。私の決裁なく(文科省に)指示することはない」と述べたとのことです。なお、官房長官は「どこかで意思疎通の齟齬があったかもしれない」と認めていますから、測定値が官邸に報告されていなかったわけではないことがわかります。
 文部科学省は、福島第一原発から20km以上離れた地点のモニタリングデータを毎日4回ずつ公表しています。20km以内の地点は文部科学省ではなく東電や保安院が測定することになっているとのことでしたが、今回発表したデータの測定にも文部科学省が関わっていました(東京電力などと分担して行った模様です)。

 風評被害の発生について、「正しい事実が伝わっていないからだ」と指摘されていながら、「正しい事実を伝えようとしていなかった」ことが明らかになったわけですから、政府はまた信用を失ってしまいました。私たちは、中国やロシアの情報統制について、ひどい国だと思っていますが、似たようなことを日本の政府もやっていたわけです。これでは諸外国から「日本は放射性物質をまき散らすテロ国家だ」と思われるのもしかたありませんし、何かほかにも隠している事実があるのではないかと疑ってしまいます。

 情報は何のためにもたらされるのかというと、人間が判断したり処理をするためです。ところが何らかの理由で判断ができなかったり処理ができなくなったときに、情報はそこで留まったままとなります。ここで、「情報」という言葉を「顧客からの苦情」や「取引先からの要請」(あるいは「ガールフレンドからのメール」)などに置き換えてみれば、その対応が速やかに行われなければならないことは実感としておわかりいただけることと思います。
 それではなぜ情報が処理されないまま溜まることになるのかというと、処理すべき担当者や決裁すべき管理者の能力を超えてしまうからです。それには2つの場合があって、単に個人の能力(=適性)の問題である場合と一時的に情報が集中しすぎた場合が考えられます。なお、「個人の適性」の中には使命感の欠落や責任回避体質といったものも含まれると思ってください。
 単に個人の適性の問題であればもっと相応しい人に替えれば済むことですが、なかなか実行されることはないというのが実情です(これは政府だけではなくて民間企業でも同じです)。というのは、その上司も適性の欠けた人であることが多いからです。
 こういう状態がピラミッドのようになっているというのが、今の日本の政府(政治家も含む)のありようです。ただし、現場の実務担当者の中にはよくやっている人が多いことも事実です。
 それを思うと「人は無能レベルに達するまで昇進を続ける」というピーターの法則(有能な人は昇進することになるが、昇進を重ねていくうちにいつかその人の能力では手に余る地位に到達する、というもの)を思い出してしまいます。そうすると、定期異動という制度は無能な管理職を交代させるための知恵(地方自治体の首長やすべての議員に任期を設けているのも同様)だと考えることもできるような気がします。もっとも有能すぎる部下に対しては上司によるパワハラによって排除するということも非公式ながら行われているようです。また、大きな組織になると責任回避体質(事なかれ主義)が上下を問わず蔓延するというのも共通していますから、せっかくの知恵もうまく機能していないようにも思われます。

 今回の放射線量の測定結果の公表遅れという問題で思うのは、このような情報の公表がなぜ各省庁に任されたままになっているのか? ということです。
 原発事故の対策本部が設けられているのですから、関連するすべての情報はそこに集約され、対策本部が公表するという形に持っていった方が機能的だと思いませんか? にもかかわらずそのような形になっていないというのは、対策本部の役割が発電所内の事故処理に限定されてしまっているからでしょう。つまり、周辺に住んでいた避難住民へのケアも含めた事故全体の処理を統括する組織が存在していないのです。したがって、福島県や茨城県の一部の地域の野菜から放射性物質が検出されたときも、県全体の野菜の出荷停止措置をとることしかできないという平常時の仕組みで対応せざるを得ないのです。
 でも、考えてみればおかしなことです。放射性物質が検出されたのは一部の地域に限られているのですから、その地域の野菜だけを出荷停止にして、他の地域で栽培された野菜はきちんと放射線の検査をして安全を証明したうえで出荷するということを行えば風評被害は起こらないはずですし、出荷停止に対する補償金も少なくて済むはずです。。
 本来は、そのように緊急的かつ超法規的なことを行う組織が今回のような非常時には機能するようにしておかないと、さまざまところで不都合が起こってきます。ところが、今回政府が行って来た超法規的措置は、単純に20km圏30km圏という円を描いて避難区域(これは22日午前0時から警戒区域に変更されました)・屋内退避区域と一律に分けたことであり、さらには20km圏以遠に住む住民の放射線被曝量の上限値を引き上げるということでした(原発作業員の被曝量上限値は早々と2.5倍に引き上げられていて、これは確率的に致死率を高める行為です)。引き上げられた放射線被曝量の上限値というのは、既に報道されているように、積算で年間20ミリシーベルトを超えることが予想される地域は計画的避難区域に指定するというものです。これは従来の円で描いた避難区域の設定よりはよほど現実的であるといえます。それでも、日本人が自然に被曝している放射線量は年間1ミリシーベルトといわれていますから、その20倍までは政府として対策をとらないと言っているのに等しいのです。年間20ミリシーベルトという被曝量は、個人としてのガン発症確率は決して大きいわけではないのですが、それでも単純に計算すると他の県に住んでいる人の20倍の確率となるわけであり、妊婦やこどもの場合その危険性はさらに高くなります。個人がこのような事実をちゃんと理解した上で、それでもそこにとどまるというのであればしかたないかもしれませんが、福島県の人たちの実情はそこにとどまらざるを得ないというものであり、他の選択肢は事実上ないに等しいことを忘れてはなりません。
 年間20ミリシーベルト未満で計画的避難区域に指定されないところに住んでいる人に対しては、少なくとも今後20年間は毎年公費で健康診断を実施し、万一以上が発見された場合の医療費は無料とするなどの措置をとるべきでしょう。(原発が必要だと考える人は、原発の事故というのはそれほど重大な影響を及ぼすのだということを肝に銘じておく必要があります。)にもかかわらず、そのような動きが一切ないというのは、そんなことを発表すれば大混乱に陥るということを心配しているのでしょう。それくらいなら、黙っていた方がマシと考えるのは過去の薬害事件で何度も繰り返されてきたことです。(薬害エイズ事件のときの厚生労働大臣は今の菅総理でした。管直人はそのときの事件処理で実績を残した人ですが、今回の事故処理ではその功績を帳消しにしてしまいそうです。)
 
 総理官邸でこのような重大事故を統括するというのは、官邸が対応しきれていないという現実を見る限り、いいかげんやめたらどうかと思います。総理大臣を対策本部長とするのも無意味です。総理大臣は通常業務だけで健康を害するほど忙しいポジションなのですから、その上に災害時の対策本部長を兼務できるはずがありません。結局、対策本部長というのは名前だけで実際には誰かに丸投げすることになるのです。しかも丸投げされた人は権限もなければ責任もないのですから満足のいく仕事ができるとは思えません。
 それよりも、対策本部を臨時に設置し、各省庁から有能な人間引き抜いてきて権限と責任を与え、すべての情報を対策本部に集める方が今よりもずっと機能するはずです。その前提条件として、対策本部長には彼らが活動しやすい環境づくり(大臣を説得して各省庁が持っている予算を分捕ってくることも含まれます。そうでないと財政赤字が際限なく膨らんでしまします)ができるだけの能力を持った政治家を充てるということが必要です(そういうことができる政治家がいれば、の話しですが……)。総理大臣にはそれを支援する使命がありますし、内閣官房はそういう人選ができる準備を普段から行っている必要があります。


 以上のことから、今の日本政府の問題点は次の2つに集約できると思います。

1)国民をまもるという意識が欠落していること。
2)したがって、このような大事故でも既存の組織の枠組みで対処しようとしていること。

 すなわち、根本的な問題点は、1)にあるのです。
by T_am | 2011-04-22 02:35 | その他