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カクレ理系のやぶにらみ

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時間のある方はお読みください。軽い気持ちで読み始めると頭が痛くなります。

公共の福祉と権利の制限

 この夏の電力不足が懸念される中で、石原都知事が「日本の電力消費は奇形といえ、パチンコや自動販売機を考え直すべき。自動販売機は便利かもしれないが、自分の家で冷やせばよい。文明か文化か知らんが、政府はきちっと政令を出すべき。」と4月10日の記者会見で述べていました。さらに、「軒並み自販機が並んでいるバカな国は、世界中にない」とも述べています。
 これに対し、自販機メーカーの業界団体は「夏場午後は冷却機能を停止して消費電力を10分の1以下にするなど省エネに取り組んでいる」ととのことですが、相手は4選したばかりの石原都知事ですから、歯切れが悪いようです。

 石原都知事の発言はさらに、「担当大臣が報道陣をたくさん引き連れてニコニコやってる場合じゃない」とも述べており、これが蓮舫防災担当大臣を指していることは私でもわかります。二人の間ではスーパー堤防の建設を巡る意見の対立があり、ついこの間も、石原都知事の「花見自粛論(一杯呑んで歓談する状況じゃない)」に対し、蓮舫大臣が「権力で自由な行動や社会活動を制限するのは最低限にとどめるべきだ」と反論したこともあり、その意趣返しという側面もあるようです。
 一方あてつけがましく批判された蓮舫大臣は、「石原氏がどういう思いで言ったのかは分からないが、節電と経済効果への支障を最小限に抑える知恵は、同時進行で取り組むべきだ」と反論し、さらに「清涼飲料業界は主要19社で4・5兆円の売り上げがある。自販機での売り上げは1・9兆円で42%を占める。自販機をなくすのか。そこで働いている人もいる」とも述べています。
 これを聞いた石原都知事は「ばか言っちゃいけない。工場止めるより自動販売機止めたほうがよっぽど国民の役にたつ」と述べた上で、「そんな『てにをは』の分からない大臣だったら悲しい話だな。国民は」とも発言しており、だんだん低次元な争いになりつつあります。

 私が思うに、石原都知事の発言は「暴論」であり、蓮舫大臣の反論は「幼稚」の一言に尽きます。

 権力が濫用されるとどうなるかは既に様々な事例が報告されていますから、皆様よくご存知のことと思います。ゆえに民法でも「権利の濫用はしてはならない(第一条)」と規定しており、公共の福祉と権利の行使が対立した場合、権利が制限される場合があるのはやむを得ないと考えられています。

 この夏の電力不足が懸念される中で、最悪の場合大停電が起こるわけですから、これを回避する(=公共の福祉)ために節電(=権利の制限)が呼びかけられているわけです。節電を呼びかけているというのは「電気を使う権利を自主的に制限してほしい」というものです。これに対し、石原都知事の発言は特定の業界の権利を制限しようというものであり、その根拠は、石原都知事が何を言おうと知事個人の好き嫌いにほかなりません。
 ところが、「国民の大多数が同意すれば特定の業界の権利を制限しても構わないのではないか」と石原都知事の主張に賛成する人もいるようですので、それは間違いであるとはっきり申し上げておきます。
 政治が国民を不幸にする過程は、「大多数の国民の同意があれば少数の人々を排除しても構わない」という考え方が蔓延ることにあります。これによって、1%の人々が排除されれば、次は99%の中から新たな1%が選び出されて排除されることになります。
 ここで「大多数」と申し上げましたが、実際には「声の大きい者」や「執拗な者」の声が大多数であるかのように扱われることがあり、この辺のメカニズムは「いじめ」とまったく一緒です。国政の場に「いじめ」を持ち込んでいいわけがありません。

 蓮舫大臣の反論が「幼稚」と申し上げたのは、石原都知事の発言の問題点を取り違えて、経済活動という視点で反論したからです。それならば経済活動に支障を来さなければ政治が制限しても構わないのか? と聞かれたら蓮舫大臣はどう答えるつもりなのでしょうか。
 その意味で、二人は似たもの同士ですから、その争いが低次元なものになるのは当然です。

 ところで、節電の呼びかけに対して節電グッズを積極的に売り込もうというメーカー・小売店も現れており、その商魂のたくましさがあれば日本経済の落ち込みは杞憂に終わるのではないかとも思います。「経済は一流、政治は二流」というのが日本に対する外国の評価だそうであり、それが間違っていないことを証明するような出来事であるといえます。
by T_am | 2011-04-16 00:04 | その他