ブログトップ

カクレ理系のやぶにらみ

tamm.exblog.jp

時間のある方はお読みください。軽い気持ちで読み始めると頭が痛くなります。

英雄にされた被害者たち

 福島第一原発の事故処理のために、今日も大勢の作業員たちが現地で働いています。その多くは東京電力の社員ではなく、下請け・孫請け企業の従業員たちです。
 そんな状況の中で、作業員たちの事故も何度か起きています。マスコミが報道していますが、確認の意味で再録したいと思います。(出典はすべて原子力安全・保安院からのメルマガです。)

(3月24日)
 福島第一原子力発電所で作業していた従業員で100mSvを超過した作業員は、3月24日午前の時点で、14名(全員東電社員)であり、更に、本日福島第一原子力発電所3号機タービン建屋において、ケーブル敷設作業を行っていた作業員3名(全員協力社員)について、170mSv以上の線量を確認しことから、あわせると100mSvを超過した作業員は17名となっている。

(3月25日)
 3月24日、3号機タービン建屋1階及び地下1階において、ケーブル敷設作業を行っていた作業員3名(全員協力社員)について、約170mSv以上の線量を確認し、そのうち2名について、両足の皮膚に放射性物質の付着を確認した。この2名については、ベータ線熱傷の可能性があると判断したことから、福島県立医科大学附属病院へ搬送し、本日25日午前に千葉県にある放射線医学総合研究所に出発予定。
 
(3月29日)
 3号機建屋外について、残留熱除去海水系配管のフランジを取り外した際、協力企業作業員3名が、配管に溜まった水を被ったが、水を拭き取った結果、身体への放射性物質の付着はなかった。

(3月31日)
 福島第一原子力発電所で作業していた従業員で100mSvを超過した作業員は、計20名。

(4月1日)
 福島第一原子力発電所で作業していた従業員で100mSvを超過した作業員は、計21名。
 
 4月1日11時35分頃、米軍のはしけ船のホース手直し作業のために岸から船に乗り込む際、作業員1名が海に落下した。すぐに周囲の作業員に救助され、けが等はなかったが、表面汚染が認められたため、シャワーにて洗い流して除染した。鼻スミヤ※では汚染は確認されなかった。
  ※鼻スミヤ:鼻腔内の放射性物質を採取し、体内摂取の有無を推定。


 これらを見ていて気づくのは、「従業員で100mSvを超過した」という書き方が目立つことです。これは原子力発電所内で作業する人の年間被曝量の上限が100mSvとされているからです。なお、政府は今回の事故に限りこの基準を引き上げて年間250mSv(ミリシーベルト)としています。
 ここでの単位はミリシーベルト/年であることにご注意ください。つまり、原発の施設内で働く作業員が被曝してよい上限は100mSv(これは従来の基準値)であり、そこに達した人間はそれ以上働かせてはならないということを定めているのです。

 3月24日、タービン建屋内でケーブル敷設作業を行っていた作業員が足に被曝したという事故が報道されました。このときに作業員が着ていた防護服がどんなものであるか、朝日新聞に掲載されていました。


 「防護服」というからには、宇宙線のような完全に放射線を遮断する服(当然酸素ボンベ携帯型)を想像していたのですが、これを見て、現実ははるかに作業員にとって苛酷であることがわかりました。
 このときの「防護服」は、「化学繊維の服、紙のカッパの上に完全防水性のビニールのカッパ」に「全面マスク」、さらに胸には「線量計」という装備です。いったい、これのどこが「防護服」なのだ? と首をかしげたくなるようなレベルなのですが、よく考えると合点がいきました。
 すなわち、ここでいう「防護服」というのは、放射性物質を体内に吸引することのないようにするとともに、放射性物質が体に付着しないということだけを目的としているのです。最初から作業員が被曝するという前提でつくられている証拠に、胸には線量計が装備されており、これがあらかじめセットされた放射線量を検出するとアラームが鳴って作業員に知らせるという仕組みになっているのです。
 作業員に着せる防護服に、宇宙服並みの気密状態を与えるのであれば、その価格は一着数億円規模となってしまいます。それでは電力会社の利益を圧迫することになるので、このような「割り切った」防護服が用いられることになるわけです。

 今回の場合、原子炉施設の至る処で放射線が検出されています。そこで、、作業員たちは胸につけた線量計のアラームが鳴れば、そこでただちに作業を終了させ、次のチームと交代するということを厳密に守らなければなりません。少なくとも東京電力には、そういう取り決めを守らせる責任があるのです。

 ところが、マスコミの報道によると、放射線管理者現場にいないまま作業員を投入するケースもあり、さらには一人一台装備しなければならない線量計が不足しているため、1チームに1台の線量計を持たせたまま作業をさせているとのことです。
 このような人命をないがしろにした職場であるにもかかわらず、作業員たちが就業拒否をしないのは、一つには責任感によるものであり、もうひとつは生活基盤を原発に依存している以上、これを否定することはできないというジレンマによるものです。誰だって、こんな危険な作業を好きこのんでやっているわけではありません。

 フランスは世界で最も原子力発電に依存した国です。そのフランスにしてみれば、使用済み核燃料の中にふくまれるプルトニウムを、プルサーマルの減量してくれるのですから、これほど重要な顧客は世界中でも珍しいのでしょう、フランスからサルコジ大統領が飛んできて菅総理と会談をしたかと思えば、専門家やロボットを派遣し、さらには防護服1万着を送るという手厚い援助体制をとっています。
 それらは、フランスの日本に対する友情と理解するよりも、世界でも有数の原子力市場を失っては困るというフランスの計算の産物であると考えた方がよいと思います。

 ここで基準値について整理しておきます。

 人間の身体は機械ではないので、基準値を超えた放射線を被曝すると健康障害が発生するというわけではなく、むしろ、確率として理解すべきです。すなわち基準値以内の被曝量であっても、極めて小さい確率で健康障害を発症する人はいるのであって、被曝量の増大とともにその確率は大きくなっていきます。これらは、食料品の暫定基準でも同じであって、基準値を超えると健康障害が発症する確率が無視できないレベルに近づくと理解すべきなのです。
 したがって基準値を緩和するするようなことはしない方がいいのはいうまでもありません。
 政府が、今回の事故に限り作業員の被曝量の基準値を250mSvに引き上げたときに、これだけ重大な事故を起こしたのだから当然だと発言した評論家がいたそうです。責任をとらせるということが、ときには懲罰を与えるという意味合いを持つことは否定しませんが、この場合、それをいう相手が違うのではないかと思うのです。責任をとらせるのであれば、決定権を持っている人たちが対象となります。現場の作業員たちには決定権もなければ拒否権もないのですから、この人たちに責任をとらせろというのは間違っています。そんなこともわからないで評論家が勤まるとは思えないので、つまり、この発言は世間受けを狙った発言であると理解した方がいいのでしょう。ゆえに、無視するに限るというのが私の意見です。

 自然界に存在する放射線量は、世界の平均で2.4mSv/年です、ところが、原子力発電所で働く人たちはそのおよそ40倍もの放射線(100mSv)を浴びても構わないということになっています。そういった状態が数年間続けば、健康障害を発症する確率は一般人よりもはるかに高くなるのは自明の理といってよいでしょう。
 仮に、宇宙服並みの放射線を遮断する能力を持った防護服を支給すれば、作業員たちの被曝量はもっと少なくなるのですが、1着数億円もするような防護服を用意することは商業的にあり得ないのですから、雨合羽に毛の生えたようなものを「防護服」と称して作業にあたらせているというのが実態です。唯一の気休めが胸につけられている線量計なのですが、それさえも不足しているというのは、もはや末期的というべきでしょう。
 福島第一原発では、高濃度の放射性物質が施設内にばらまかれています。そのような中で雨合羽1枚を羽織って原子炉の冷却器のを回復させようと働いている作業員たちがいるわけですから、その努力には敬意を払わなければなりません。胸につけた線量計はすぐにアラームを鳴らすことと思いますが、作業員たちが被曝した放射線をきちんと管理する人間がまともに配置されていない(場合によって線量計さえもきちんと用意されていない)という状況があるのです。
 そのような状況下で働かなければならない人たちを英雄視するのは、彼らの労苦に報いることではありますが、その反面、このような理不尽な状況がいつまでも続くことから目を背けさせるということにもつながります。
 日本人の美談好きは今に始まったことではありません。古くは、講談の中の楠木正成や真田幸村のように絶望的劣勢の中で奇跡的な成果をあげるという人物を好む傾向があります。そのことが、兵站を軽視し、少数の兵力で多数の敵に立ち向かうことを不思議に思わない国民性をつくりあげているようにも思います。

 最後にもうひとつ指摘をしておきます。

 雨合羽型の防護服というのは基本的に使い捨て型です。また、今回の一連の報道の中で「除染」という耳慣れない用語が登場しました。衣服に付着した放射性物質は除染すれば害はないと伝えられていて、それは間違いではないのですが、除染された放射性物質がどこへ行くのか気になっています。
 というのは、ゴミと違って放射性物質は焼却することができず、相当の長期間にわたって放射線を出し続けるからです。半減期といっても放射線量が半分になるという意味ですから、放射性物質がほぼ無害化するためには半減期のおよそ10倍から13倍の期間が必要になります。ヨウ素131の場合でおよそ80日から100日かかる計算になりますし、セシウム137に至ってはおよそ300年という期間を必要とするのです。
 福島原発の施設内で、放射性物質の除染という地味な仕事に携わる人たちもいるわけですが、これはいってみれば積もった埃を濡れティッシュで拭き取るような作業です(使い捨てにするため)。その間目に見えない放射線を浴び続けるわけですから、危険と隣り合わせの作業であるといえます。
 使い捨てにされる防護服といい、除染に使われた道具といい、これらは簡単に処分できるというものではありません。低レベルながらも放射性廃棄物として厳重に管理されなければならないのです。
 今回の福島第一原発の事故は、このような放射性廃棄物を大量に生産しているという側面も有しています。それらを今後数十年かけてきちんと処理・管理するだけの能力がはたしてあるのか、今まで検証されたことがないだけに、楽観視するわけにはいかないと思います。
by T_am | 2011-04-01 23:38 | その他