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カクレ理系のやぶにらみ

tamm.exblog.jp

時間のある方はお読みください。軽い気持ちで読み始めると頭が痛くなります。

買いだめに走る前にできることがある

 3月22日夜の検査で東京都の金町浄水場の水道水から乳幼児の基準値(1kgあたり100ベクレル、以下Bq)を上回る濃度の放射性ヨウ素が検出されたというニュースが駆け巡りました。それでも乳幼児以外の基準値である300Bqを下回っていたのですが、各地のスーパー、ドラッグストアではミネラルウォーターやお茶が売り切れるという店が続出しています。

 今まで、政府の発表にはおかしなところがあるという思いから、私はこう考えるというものをブログにアップしてきましたが、今回はそのおさらいをしてみたいと思います。

1.測定される放射線の量は日によって(もちろん時間によっても)変わります。
 空中を漂う放射性物質は汚染源である原発から運ばれてくるわけですから、その日の風向きや天候によってその量は異なります。原発から十分離れている地域であれば、その日基準値を超える値が測定されたとしても、未来永劫それが続くわけではありません。

2.基準値はそれが「暫定」であっても根拠のある数値です。
 政府や一部の学者は、「ただちに健康に影響を及ぼすわけではない」と繰り返し述べていますが、体内に取り込まれた放射性物質は、それが体内にある限り人はその放射線を浴び続けることになります。したがって基準値を超える食品はとらない方がいいのです。

3.放射性物質は福島原発の事故が起こる前から存在していました。
 日本中どこで測定しても放射線の量がゼロというところはありません。これはわずかではありますが、自然界の至る処に放射性物質が存在しているからです。ところが、今までは誰も食品の放射線について測定していませんでした。あるいは測定していたのかもしれませんが、基準値を超えることがなかったのでそれが公表されるということはありませんでした。公表されなければ、それは消費者にとって存在しないのと同じです。それが突然公表されだしたので誰もが不安に感じたわけです。

4.検査によって安全だと確認できた野菜は福島や茨城産であっても積極的に出荷すべきです。
 福島県や茨城県の一部の地域で栽培された野菜に放射性物質が検出された結果、県全体が出荷停止となったことで、消費者はほかにも汚染された野菜があるのではないかという疑いを抱くようになりました。汚染されていない野菜にとっては濡れ衣というべきなのですが、現在のやり方では疑いを晴らす術はありません。それでは農家の被害は拡大する一方ですし、消費者の不安はいつまでも解消されません。農家や消費者の立場に立った政治を行うのであれば、大変かもしれませんが、県内の全地域の野菜の検査を行い(ハウス野菜であっても検査は必要です)、安全だと確認されたものを大々的に出荷すべきです。消費者に必要なのは、これは安全な野菜であると証明された事実なのです。不正確な情報を流すから風評被害が起こるのであり、正確な事実がきちんと伝えられれば、消費者も冷静に行動するようになります。これは牛乳も同じです。

 基準値を超えたのが野菜であれば、ほかの野菜を食べる、あるいは我慢するということも可能ですが、水だけはそうもいきません。人間が1日に必要とする水の量は成人男性で2リットルから3リットルの間(運動したり活発に動き回る人の場合さらに増えます)ですが、そのすべてが水をがぶがぶ飲んで補給しているわけではありません。食品の中に含まれる水分もあります。その食品に含まれている水はどこから来たのかというと、あなたが住んでいる場所以外のところから来たことがわかります。また、自動販売機のお茶やコーヒーを買えば、その中に含まれている水も他の場所他の場所から来たことがわかります。
 つまり、人間が毎日摂取している水というのは、自宅の水道水でその100%をまかなっているわけではないのです。そういうふうに考えると、水は社会の中でできるだけスムーズに流通させるようにした方がいいということがおわかりいただけると思います。ミネラルウォーターやお茶、食品を買いだめするということは、この水の流通を妨げることになります。
 
 あなたが水を必要とするように他の人も水を必要としています。その中には、あなたよりももっと水を必要とする人もいるのです。避難所暮らしを強いられている人々、乳幼児、妊婦。これらの人々はあなたよりも弱い立場にありますから、水が不足するとこの人たちが真っ先に困ることになります。
 本来であれば、水道水から基準を超える濃度の放射性物質が検出された時点で、行政が給水車を出動させればいいのです。足りない分は他の自治体から給水車を借りてきて、とにかく水を確保するという姿勢を示すことで消費者は安心できると思うのですが、残念ながら行政はそこまで手際よく動いてくれません。
 そこで、お店で売っているミネラルウォーターやお茶の買いだめに走ることになるのですが、それによって割を食うのは社会的弱者と呼ばれる人たちです。
 義捐金の募金箱に寄附しようという気持ちがあるのならば(それはとても尊いことです)、今日のうちに自宅の水道水を溜めておき、本当に水道水が汚染されたときにはそれを使うというようにした方がいいのです。水道水の品質基準はミネラルウォーターよりもはるかに厳しいので、ミネラルウォーターよりも日持ちします。それでも時々は入れ替えをした方がいいのはいうまでもありません。

 資源が限られているときに、自分だけは確保しておこうと誰もが考える社会と、みんなが少しずつ我慢しようと考える社会とでは、どちらの方がより多くの人に資源が行き渡るか、少し考えれば小学生にもわかる理屈です。
 先週、山形県と秋田県では地震の被害があったわけでもないのにガソリンスタンドには長蛇の列ができていました。同じ現象は関東地方でも見られています。それでも秋田山形の場合はガソリンの入荷が極端に減っていたという事情があります。では関東はどうかというと、通常通りガソリンが入荷しているスタンドも多いのです。にもかかわらず、誰もが満タンにしておかないと気が済まないということでガソリンスタンドには長蛇の列ができています。それは時間の浪費ですし、交通渋滞の原因にもなります。(新潟のスタンドでは行列などみられません。)
 ガソリンが不足するのではないかと心配でならないという人は、せめてガソリンがメーターの半分に減るまで我慢して、半分になったら給油するということをしてはいかがでしょうか? たったそれだけのことでもスタンドの行列は相当緩和されるはずです。

 地震の発生以来、ホームセンターではガソリンの携行缶が飛ぶように売れていました。本来携行缶というのは,給油ができない地域へやむを得ず行かなければならない人が非常用として使うためにあるものです。携行缶に中に入れたガソリンは半年も経てば劣化してしまいますし、常時車に積んでおくのはそれだけ危険も伴います。
 また、避難所にいる親戚に生活物資を届けたいという人には携行缶が必要でしょう(被災地ではガソリンが足りない)が、これだけ品薄になると、そのように本当に必要とする人たちに行き渡らないという状態に陥っています。その結果として困るのは避難所にいる人だということになるのです。

 ロビンソン・クルーソーのように無人島にたった一人で暮らしているというのであれば自給自足を迫られますが、現代の日本人は違います。私たちが食べる食糧、飲み水、ガソリン、電気、ガスなどすべては、それらの仕事に従事する他人がいるからこそ、私たちは手にすることができるのです。そのことを忘れ、自分さえ良ければ他人はどうなっても構わないという行動をとり続けていると、私たちはいずれロビンソン・クルーソーのように資源を手に入れるために大きな苦労を背負うことになるでしょう。そんなところに住みたいと思いますか?
by T_am | 2011-03-24 22:41 | その他