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カクレ理系のやぶにらみ

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時間のある方はお読みください。軽い気持ちで読み始めると頭が痛くなります。

風評被害は人災です

 今回、風評被害というテーマを扱うにあたって、お詫びしなければならないことがあります。前回のブログで、「福島産の原乳と水道水および茨城産のホウレンソウ」という書き方をしました。正確には、「福島県川俣町で採取された原乳」と「茨城県高萩市や日立市など6市町村」のホウレンソウから暫定基準値を超える放射線が検出されたというものです。福島県や茨城県といっても広いのであり、この2つの県の全域が放射性物質で汚染されているかのような誤解を招く書き方は不適切であったと反省しています。申し訳ありませんでした。

 3月19日付のMSN産経ニュース、および日本経済新聞社のサイトにこの記事が載っており、日経新聞のサイトではさらに、「茨城県は19日、県下の農協と全市町村に対し、ホウレンソウの出荷停止を要請。同時に主な小売業者に対し、既に出荷されたものを販売しないよう求めた」と書いてあります。

http://www.nikkei.com/news/latest/article/g=96958A9C93819695E3EBE2E18A8DE3EBE2E1E0E2E3E39C9CEAE2E2E2?n_cid=TW001


 一部の地域のホウレンソウにしか放射性物質が検出されていないのに、なぜ県内の全市町村に対して出荷停止を要請するのだろうと不思議に思っていたのですが、その疑問は今日の新聞を読んで氷解しました。新聞には次のように書いてあったのです。

「野菜など生鮮食料品には原産地表示が義務づけられているが都道府県名を記せばよいことになっている。汚染食品の流通を完全に阻止するために県単位の出荷停止が必要になった。」(3月23日付新潟日報より)

 また、別なページには東大名誉教授 唐木英明氏の意見として次のような談話も掲載されていました。

「ハウス栽培のホウレンソウへの影響はほとんどないと思われるが、茨城県は出荷を全面停止した。科学的ではないが、一切出荷しないという対応で、風評被害の拡大を防ぐという姿勢は理解できる。ただ『大丈夫だが、皆さんが心配するだろうから出荷しない』と、理由を明確にすることが大事だ。」(同上)

 野菜の原産地表示が○○県産と書かれていることは知っていましたが、だからといって県全体を十把一絡げにして出荷停止とするのはいかがなものか? かえって風評被害を煽るようなものではないかとと思います。というのは(私もそうでしたが)人間は茨城県高萩市や日立市などで栽培されたホウレンソウと聞かされても、茨城県産のホウレンソウとしか記憶しないからです。

 風評被害は誤った理解と無知、そして不安によって起こります。

 すでにスーパーの店頭からは茨城県産のホウレンソウが消え、返品されたとのことです。それらのホウレンソウのすべてが汚染されているとはとても思えません。にもかかわらず、スーパー各社がなぜ店頭から茨城県産のホウレンソウを一掃したかというと、「あの店は放射能に汚染されている野菜を売っている」と消費者に思われるのが怖いからです。
 また、店頭から茨城県産のホウレンソウが撤去されたと聞いた消費者が「なんだか怖いわ。もしかしたら他にも汚染されている野菜があるのではないかしら?」と不安に思うのはしかたないことでもあります。さらに、20日夜のNHKニュースでは、「福島県は、安全が確認されるまでの間、県内で生産しているすべての露地ものの野菜について、出荷を自粛するよう生産者に要請」したと報道していました。
 いったい福島県はいつ、県内のすべての地域で露地栽培されている野菜の検査を行ったのでしょうかね? もっともこれは福島県独自の判断というよりも、国の強い働きかけがあったのではないかと思うのですが・・・

 風評被害を防ぐには、正しい情報をタイムリーに提供することが重要です。現状ではそれができないというのであれば、すみやかにできる体制を築き上げなければなりません。具体的に申し上げると、手間はかかりますが、最低でも町域ごとに放射性物質の検査を行い、基準値を超えるものは出荷しない代わりに、超えないものについては安全シールを貼って出荷するということをするのがよいと思います。放射性物質に汚染されるかどうかは運任せといえますが、汚染されていない野菜を出荷できる体制を整えることが消費者の信頼を得ることにつながりますし、農家を守ることになります(汚染されてしまった農家に対しては賠償が必要でしょう)。農産物直売によって、野菜におけるトレーサビリティ(生産から小売りまでの流通過程が追跡可能となること)が実現可能な状況になりつつありますから、決して不可能なことではないと思います。
 この過程で不正が行われるのではないかという心配もありますが、それをやったらその県のすべての農産物に対する信頼は失墜しますから、不正を行ったものはその土地にいられなくなってしまいます。そんなこともわからないほど農家はバカではありません。

 しかしながら、現実には、汚染されていない地域も含めて県単位で出荷停止という措置がとられています。そこには農家を守ろうという意識もなければ消費者に安全な食品を供給しなければならないという使命感も欠落しています。あるのはただ、問題が起こったときに自分が責任を追及されないようにするにはどうしたらいいか、という気持ちだけであり、他人のことなどどうでもいいと思っているのです。

 そういう人が行政のエライ立場にいると、本当に有効な手立ては何一つ打たれませんから風評被害が拡大していくことになります。その結果、農家は被害者となり、風評に踊らされる消費者もまた野菜不足や物価の上昇という被害を被ることになります。

 政府がとった対応は、県に対して出荷停止するよう指示をしたこと、および「食べてもただちに健康に影響を及ぼす値ではない」と繰り返すことくらいです。食べても健康に影響を及ばさないのであれば別に出荷停止にする必要はないのではないかと不思議でなりません。政府は「基準値を超える食品を数日間食べたとしても、今だけでなく将来にわたっても健康に影響はない。1年間食べ続けた場合に、初めて健康に影響が出てくる可能性がある。」と説明しているのですから。
 いったいホウレンソウを1年間食べ続ける人がどこにいるというのか、ちょっと考えればわかりそうなものですが、いっている本人はそのことに気づいていません。これはすなわり、自分の頭で考えたことではなく、他人がつくった文章を丸暗記して読み上げているからこういう変な説明をするのです。

 食品に安全上の基準値を設ける理由は、その食品が頻繁に食べられるものだからです。松茸で基準値を超える放射線が検出されたとしたら、政府が説明するように、それをたべたとしても「今だけでなく将来にわたっても健康に影響はない」といえます。もともと年に1回か2回くらいしか食べない食品なのですから。
 しかし野菜は違います。ホウレンソウが汚染されたということは、その地域で栽培されている他の路地野菜も汚染されているということであり、野菜という広いくくりであれば1年中食べ続けていることになるのです。したがって、厚労省が決めた暫定基準には意味があるのであって、これを軽視するような発言は誤解を与える元となります。
 出荷停止にする理由として、新潟日報の同じ欄に、「基準値を超えた食品を長期間食べ続けることは良くない。また、基準値を超えた食品を出荷段階で封じ込めて市場に出さなければ、安全な食品だけが流通することになり消費者も安心できる。」と書いてありました。
 これは甚だ不親切な書き方です。基準値を超えた食品が一種類でも出れば、他にも汚染されている食品がある可能性が極めて高いので、一品目だけの問題ではなくなくなるのです。そうなるとそれらの汚染された食品を何かしら食べ続けてしまう可能性があるので、基準値を超えた食品を出荷停止にするのです。
 したがって、安全な食品だけを流通させるには、検査対象を広げて安全なものとそうでないものを消費者にわかるようにすることが必要です。ところが今のやり方は一部の地域で汚染された食品が発見されたら県全体で出荷停止にするというものですから、極めて杜撰なやり方です。こんなことをしていたら福島県と茨城県の農業は壊滅してしまうでしょう。
 消費者がほしいのは安全であると保証された食品です。安全であるという保証が制度化されないまま、昨日まで食べていた食品がある日突然出荷停止になってしまえば、誰だって不安に思うのは当たり前ではありませんか。こういうことを平気でやるから、消費者は政府を信用しなくなるのであり、風評被害は人災であるというのはこのためです。

 こういうおかしなことを平然とやっているのは政府だけではありません。先ほどの東大名誉教授はこうも語っています。

「(前略)国の基準値を上回る放射性物質が検出されたが、『食べても直ちに健康に影響を及ぼす数値ではない』という政府の説明は正しい。基準値は、十分な余裕をとり、通常は100倍以上の安全な水準に設定されているからだ。」

 それならば出荷停止にする必要はないのでは? 基準値を超える食品をたとえ100グラムでも食べると被曝量がどうなるかについては、前回のこのブログでご紹介しました。また、問題は一品目の食品だけはないことは既に申し上げました。この東大教授はその危険性を見逃して(あるいは無視して)います。

「放出点(福島第一原発)と産地との距離も重要なポイントだ。放射線の影響は距離の2乗に比例して急速に減る。距離が10倍離れると、100分の1に減る。福島県や茨城県のすべての農産物が危ないかのように思われるのは避けなければならない。」

 光のように直進する性質のものには、「距離の2乗に比例して急速に減る」という法則があてはまりますが、放射性物質は風に乗って運ばれるのですからこれはあてはまりません。例外はいくらでもあります。その証拠に文部科学省が公表している「福島原発周辺のモニタリング結果」を地図上にプロットしたものがありますから、興味のある方はご覧ください。距離が同じくらいでも放射線量が20倍くらい違うという事例が載っていますから。

 ただし、「福島県や茨城県のすべての農産物が危ないかのように思われるのは避けなければならない」という意見には全面的に同意します(だからこの文章を書いているのです)。それならば、すべての農産物が危ないわけではないと証明することの必要性を訴えるべきです。言葉で納得させるのではなく事実によって証明するというのが科学者らしい行動でしょう。

「放射性ヨウ素131は、半減期が8日と短い。セシウムも地中に染みこんだり雨で流されたりして、特定の場所にとどまり続けるわけではない。」

 半減期が過ぎたからといって放射能(放射線を出す能力のこと)がゼロになるわけではありません。またセシウムも特定の場所にとどまり続けるわけではないとのことですが、たしかに時間の経過とともにその場所に残存するセシウムの量は少なくなっていくでしょうが、影響がないレベルにまで減少するのはいつなのかということは誰にもわかりません。そういう意味でこの先生がおっしゃっていることは気休めに過ぎないと私は判断しました。
 本当に安全であるといいたいのであれば、検査をしてそれを証明する以外に方法はありません。科学とはそういうものです。ゆえに、まことに失礼とは思いますが、この方は御用学者といわれてもしかたないのではないかと思うのです。

 国民は専門家ではないのですから、このような問題について無知であるのは当然です。知らないということは別に恥ずかしいことではありませんが、恥じるべきは知ろうとしないことです。そのあげく「なんだか怖いわ」といって風評に荷担し、買いだめや不買に走るというのは大人として、また市民としてどうかと思います。
 一方政治家も官僚も、責任を負わないようにするにはどうしたらいいかを優先的に考えるというのは自分のこどもに対して恥ずかしくないのでしょうか。もっとも、こういう人間は民間企業にもいくらでもいますから、いうだけ無駄なのかもしれません。どういうわけか、エライ人ほどそういう人が多くなっていくところをみると、今日の日本経済の停滞はその辺に原因があるのかもしれません。


付記
 前回のブログに掲載した体内被曝の放射線量の計算について、半減期を経過した場合放射線量もそれだけ減るということを無視していたように思います。そのことを考慮すると、ヨウ素131の場合、計算結果を半分にして理解した方がいいように思います。
 そうなると放射線量はだいぶ減るのですが、これは1回の摂取によって被曝する放射線量の計算にすぎません。汚染された食物が複数ある場合、それらを時間をかけて複合的に食べることになるわけですから、基準値を超えた食品のリスクというのは決して軽視していいというものではありません。
by T_am | 2011-03-24 00:30 | その他