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カクレ理系のやぶにらみ

tamm.exblog.jp

時間のある方はお読みください。軽い気持ちで読み始めると頭が痛くなります。

地球温暖化について再度思うこと

 年末の新聞に、「環境破壊の損害 530兆円」という見出しの記事が載っていました。なんでも、国連環境計画(UNEP)という機関があって、「地球温暖化や大気汚染など、人間活動が原因の環境破壊による損害額は約6兆6千億ドル(約530兆円)に上り、世界の国内総生産(GDP)総計の11%にもなるとの調査結果をまとめた」のだそうです。
 530兆円といわれても、金額が大きすぎて私にはピンと来ませんが、いつものように大騒ぎして人の不安を煽ることが狙いなのだろうということは察しがつきます。この記事によれば、UNEPの主張は概ね次のとおりです。

・現在の傾向が続けば2050年には損害額が現在の4倍に達する。
・損害の約3分の1は世界のトップ3千社の大企業に責任がある。
・損害の大きさを考えれば環境対策への投資は意義がある。
・これまできちんと評価されてこなかった損害額をきちんと評価し、責任企業に負担させる制度づくりが重要である。

 論理としては正しいと思いますが、論理の根拠が曖昧なだけに結論を鵜呑みにするわけにはいきません。UNEPの主張の根拠のうち何が曖昧かというと、1.地球温暖化の原因が温室効果ガスにあるとみなしていること。2.毎年発生する自然災害は温暖化が進行していなければ発生していなかったとみなしていること。3.災害による損害額は推計値であり、計算方法によって結果は異なる(健康被害の場合、必要となった治療費を損害とみるのか、休業により失った所得を損害とみるのか、それともその両方をみるのかによって計算結果は異なります。どのような方法をとるにせよ、その計算は煩雑なものになりますから、世界規模でこのような集計が正確に行われるとはとても思えません。)にもかかわらず、単純合計しているらしいこと。などがあげられます。
 こういう数字というのは、初詣の参拝客数といっしょで、大きければ大きいほどインパクトも大きなものになるので、過大な数字が公表される傾向があると思います。どうせ誰にも検証することができないのですから、何をいっても間違いにはならないのです。

 検証不能の仮説は科学の対象ではないということになっています。すなわち、地球温暖化に対する温室効果ガスの影響を研究するのは科学ですが、この二つをいきなり結びつけて、温暖化対策が必要だと論理を展開するのは科学ではないということです。
 環境省を始めとする温暖化対策論者の主張をみていると、温暖化によってこのような被害が起こっていると指摘していながら現状を容認しているというところが見受けられます。彼らが主張しているのは、温室効果ガスの排出量を減らそうというものであり、地球全体の温室効果ガス濃度を減らそうというのではありません。つまり、地球全体でCO2を新たに排出する量と吸収する量のバランスが崩れている結果、CO2濃度が上昇しているわけですが、これを逆転させない限りCO2濃度が減少することはありません。ところが、そうなれば現代の石油に依存した文明社会と経済成長は維持していけないということに彼らも気づいているのです。
 2008年に行われた洞爺湖サミットでは2050年までに世界全体でCO2排出量を50%削減していくという「提言」が行われました。しかし、それが実現可能であるとは誰も信じてはいません。
 本来ならばCO2の排出量の目標を前年対比マイナス1.5パーセントと一律に決めたほうがわかりやすく、しかも合理的かつ公平であるといえます。毎年1.5%のマイナスを繰り返していくと、40年後の2050年にはマイナス50%という目標が達成されることになります。
 そのためには従来存在しなかった画期的な技術が登場しなければ、この目標を達成することはできません。しかし、各国ともそのような技術開発に予算を配分しようという動きはなく、むしろ省エネや排出権取引、ひいては環境税の制定など効果が疑問視されるようなことばかり目が向けられています。そもそも40年後の長期目標があげられているだけで、それに向けた具体的なアクションプランすら示されていないではありませんか。
 この事実をもってしても、政府には本気で取り組もうという意志はなく、予算獲得のための口実がほしいのだということがわかります。この国では、そういうことを繰り替えして来た結果、国民一人当たりの借金が700万円を超えたといっているわけです。意味のない、効果のないことに予算を注ぎ込むことはもうやめにしないと、この借金はいつまでも膨れあがることになります。
 
 世の中が変わっていくというのは、国民の大多数が、なんとなくそうなのかと思い目立った反対をしないときに、なし崩し的に変わっていくのだと思います。私たちはこれからも同じことを繰り返すのでしょうか。
 幸いなことに、現代にはネットという誰でも自分の意見を表明できる場があります。そういう場を活用して、いうべきことはいわせてもらうということが大人の責任を果たすことになるのだと思っています。
by T_am | 2011-01-03 10:35 | その他