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カクレ理系のやぶにらみ

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時間のある方はお読みください。軽い気持ちで読み始めると頭が痛くなります。

生産性の低い組織

 柳田法務大臣の国会軽視発言や仙石官房長官の失言を巡って国会が紛糾(というよりは停滞)しています。マスコミも面白がって取り上げるものだから、野党も俄然張り切っています。おかげで、毎日のように柳田法務大臣の国会軽視発言ビデオを見せられています。

 国会には法律をつくる(実態は政府提案の法案を審議して成立させる)ことのほかに、政府に対するチェックという使命があるのですから、閣僚の問題発言(あるいは問題行動)に目を光らせるのというのはしかたないにしても、いいかげん切り上げてもっと大事な問題について議論するということをしてもらいたいものです。

 国会という組織は、どちらかというとアメリカの取締役会に近い性格を持っていると思います。アメリカでは、取締役会は株主の代表として会社を監督・経営しますが、日常の業務は取締役会が任命した役員(日本でいうところの執行役員)が執行します。取締役会が第1に考えることは株主の利益です。役員が役員であり続けるためには取締役会の意向を無視することはできません。このことは株主にとっては非常によくできたシステムであるといえますが、その反面目先に利益追求に走りやすいという欠点もあります。

 ここで、株主=国民、取締役会=国会、役員=閣僚と置き換えるとわかりやすく、つまり、国会は国民の代表として国民の利益という視点で政府のやることをチェックし、法律をつくるのが本来の姿であるということです。
 仮に、日本の取締役会がアメリカ型であったとして、その取締役会が今の国会のようなことを連日繰り返していたら、株主たちは取締役たちを罷免することでしょう。株主の利益追求という本来の使命を忘れて役員の攻撃に執心しているのですから。

 このように考えてみると、問責されるべきはむしろ国会議員の方だということになります。国会議員が国民の利益の実現という本来の使命を放棄しているにもかかわらず、彼らがいっこうに責められないのは「選挙区への利益誘導」ということに熱心であり、有権者たちもそれを認めているからです。金権政治家と非難を浴びた田中角栄が刑事被告人になってもなお国会議員でいられたのも、小沢一郎がいろいろと批判を受けながらも国会議員でいられるのもすべて選挙区の有権者が支持しているからです。
 そうすると日本という国は、株式会社新潟県や株式会社岩手県という会社の複合体のようなものであると考えることができるかもしれません。各株式会社の株主(有権者)たちが投票によって選んだ取締役が国会議員となり、自分の出身株式会社にいかに利益を誘導するかが腕の見せ所であるということがわかります。(他県に比べてかなり早い時期に新潟県に上越新幹線が通り、関越自動車道が開通したのは田中角栄のおかげです。また金丸信は山梨県にリニアの実験線を誘致しました。今後その実験線に沿ってリニアが建設されていくのですから、金丸信の残した「功績」は実に大きいといえます。)

 国会議員に期待される役割が地元選挙区への利益誘導であり、議員がそれを履行している限り、有権者は国会議員の行動に対して少しくらいのことは容認するようになります。だから問題を起こして議員辞職した政治家が次の選挙で「禊ぎをすませて」再び議員に返り咲くということも起こるのでしょう。
 しかしながら、公共事業が減った今日ではかつてのように露骨な利益誘導というのは行えないようになってきているというのも事実です。それと前後してわかってきたことは、地元選挙区への利益誘導というのはしょせんはゼロサムゲームだということです。どこか恩恵にあずかるところがあれば、割を食うところが必ず出てきます。それを防ぐには全体のパイを大きくする以外にありません。経済の自然成長の範囲内でパイが拡大する分には問題ないのでしょうが、バブル崩壊後の日本は無理をしすぎたように思われます。その結果が赤字国債の累積という現象になって現れて来ているわけです。すなわち、利益誘導を実現するために全体のパイを無理矢理拡大するというやり方はもはや限界だということです。

 昨年の衆議院選挙で民主党が大勝したのは、有権者の考え方が少しずつ変わってきたせいではないかとも思っています。これまでの地元の利益を実現してくれる政治家よりは日本全体の利益を実現してくれそうな政治家に投票した方が、結果として自分たちの利益に結びつく。このように考えたからではないでしょうか。衆議院選挙選挙の直前、麻生内閣が行った大量ばらまき政策(エコカー減税と補助金、エコポイント、高速道路の土日祝日千円など)は選挙を有利にはしてくれませんでした。というのは、これらの政策はお金がもらえる制度ですから,誰も文句はいいませんでしたが、心の中では「こんなことがいつまでも続くはずがない」と感じていたからです。

 参議院選挙で民主党が敗れたのは、期待はずれとこの政党に任せておくのは危ないと有権者が感じたからだろうと思っています。こども手当にしろ、高校授業料無償化にしろ、文句をいう人はほとんどいませんが、皆内心は「こんなことがいつまでも続くはずがない」と感じているはずです。つまり、麻生内閣の頃と何も変わっていないということに有権者が気づいたことが民主党敗北の原因だということです。したがって、これからも民主党は選挙で負け続けるでしょうし、その代わりに自民党が躍進するかというと、その可能性は極めて低いといえます。

 今後選挙で勝利する政党が現れるとすれば、これならば日本全体に利益をもたらし、ひいては自分が住む地域もその恩恵にあずかることができるだろうという政策を国民に提示できる政党だと思います。(みんなの党が伸びたのは、民主党=×、自民党=× という消去法の結果にすぎません。)

 日本人の間には、官僚に対する不信感と政治に対する失望という2つの感情があって、それらを解消する処方箋というのは未だに登場していません。失望感の大きさはそのまま投票率の低さに結びついて現れるようです。ところが、立候補者の中からしか投票する人を選ぶことができないという現在の選挙制度ではこれらの問題を解決することはできないのです。
 そうなると、いっそのこと選挙制度を大胆に改革する以外に方法はないのかもしれません。これは思いつきで恐縮なのですが、選挙を2回行うという前提で制度をつくりかえることが考えられます。最初の選挙は現職議員に対する信任投票であり、誰であろうと規定の得票数に達しなければ当選できないというものです。そうなると、かなりの欠員が生じるのでこれを補充する2回目の選挙を実施する(不信任となった人はその次の選挙まで立候補できないようにする)わけです。こちらの方は従来通りのやり方で構わないと思います。というのは、実際にやらせてみないとどういう人なのかがわからないからです。
 この仕組みは、国会議員になっても次の選挙で失業してしまう可能性が極めて高いというものですから、当然議員になろうという人は減ることでしょう。それを徹底させるために、国会議員は一切の兼業を禁止するという規定を設けるのも必要かもしれません。
 そうなると議員定数は必然的に減っていくことになります。私は、国会議員というのはせいぜい200人もいれば充分だと思っており、いい仕事をしてもらうために、定数が減った分議員歳費や調査費などを増額してやることも必要だと思っています。その代わり、国民が納得するだけの成果をあげられなかった議員は次の選挙で職を失うことになるのです。

 野党もマスコミも政府(官業)の無駄・非効率性を批判していますが、現在の日本でもっとも生産性が低く、成果と経費のバランス(コストパフォーマンス)が悪い組織が国会であるといってよいと思うのです。
by T_am | 2010-11-20 00:12 | その他