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カクレ理系のやぶにらみ

tamm.exblog.jp

時間のある方はお読みください。軽い気持ちで読み始めると頭が痛くなります。

腕時計のない生活

 電池が切れて腕時計が止まってしまいました。ホームセンターに行って電池交換をしてもらえばいいのですが、何となく面倒くさいことと、皮膚が弱い(その代わり面の皮は厚い)ので、今年の猛暑により腕時計をしていると皮膚が赤くなって何度も外していたこともあって、いっそのことしばらく腕時計なしで生活してみようと思いました。

 その結果、腕時計がなくても思ったほど不便ではないということがわかりました。
 自宅や事務所には壁掛け時計がありますから、ちょっと顔を上げれば今何時かがわかります。そういえば腕時計をしていたときでも、壁掛け時計の方を見て時刻を確認していたので別に違和感はありません。腕時計だと、下を向く、手首をひねるという2つの動作が必要になるので、顔を上げるだけで時刻がわかる壁掛け時計の方が便利だと無意識のうちに悟っていたのだと思います。

 これは余談ですが、パソコンの画面の右下には時刻が表示されています。今この文章をお読みいただいているあなたのパソコンの画面の右下にも時刻が表示されているはずです。しかし、たぶんそこに時計があるということに気づいている人は誰もいないのではないかと思います。サイドバーのガジェットとしてわざわざ時計が提供されているのはそのためです。

 それでは外に出たときはどうかというと、自動車を運転している間は車についている時計を見れば時刻がわかるので、それを見ている自分に気づきます。ナビがついている自動社であればナビの画面に時刻が表示されています。これは腕時計をしても同じであって、手首をひねって時刻を確認するよりも、視線を動かせば時刻がわかるという方がはるかに楽だからです。これも壁掛け時計を見るのと同じ理由です。
 
 そうなると、まわりに時計がないところに行ったときに不便を感じると予測されるのですが、携帯電話には時刻が表示されていますから時計がないというわけではないのです。ただし、女の人はバッグから携帯電話を取り出さなければならないので、腕時計に比べるとその分不便に感じるかもしれません。(ネックホルダーに携帯電話をひっかけておくというのをよく見かけますが、なんとなく野暮ったい気がしませんか?)
 残る問題は飛行機の中にいるときで、携帯電話の電源を切らなければなりませんから、この場合は時刻を知ることはできません。(通りかかった客室乗務員に尋ねるという方法はあります。)しかし、そういつも飛行機に乗っているわけではないので、普段の生活では腕時計がなくても別に困らないという結論に達しました。(iPhneでは機内モードをオンにすれば電波を出さなくなるので、飛行中も使うことができます。)

 そういえば、携帯電話の普及に伴って腕時計の販売数が落ちてきていると聞いたことがあります。時刻を知るという用途であれば携帯電話で充分であると考える人が増えているということなのでしょう。そうなると腕時計はアクセサリーステータスとしての価値を高めていかないとますます衰退していくのではないかと思います。

 腕時計をしないようになって始めて気づいたのですが、私たちは時間に対して結構アバウトな生活を送っています。会社へ行くにせよ電車に乗るにせよ、時間に遅れないようにある程度余裕をもって到着するようにしていれば、時計が少しくらい狂っていても問題はありません。
 皆様お気づきでしょうか? いつの間にかテレビから時報が消えてなくなっています。
 地デジチャンネルではデジタル信号を映像信号に変換するために、アナログチャンネルよりも1秒程度遅れて映ります。当然音声も遅れることになりますから、今まで通り時報を流していたのでは、不正確な時刻を知らせることになってしまいます。それで時報がなくなってしまったのですが、それでも社会問題になっていないことを思うと、普通の生活を送る限り正確な時刻というのは必要ないということがわかります。
 むしろ、あらかじめ予定された時刻まであとどれくらい時間が残っているかがわかるということの方がはるかに重要です。つまり、4時に約束していて、このペースだと余裕を持って到着できるとか、またはこのペースだと遅刻してしまうということがわかることであり、あるいは、いつもの電車に乗るためにはこの時間までには家を出なければならない、それまでまだ多少余裕がある(もしくはもう出なければ間に合わない)とわかれば充分だということです。

 このことは、私たちは、あとどれくらい時間が残っているか? を知ることを通じて時間というものを認識しているということです。私たちにとっての時間というのは、二つの時刻の間の量の大小であって、その瞬間の時刻というのはあまり意味がないのです。
 その場合時間の目盛りは秒単位である必要はありません。せいぜい1分から数分というアバウトな目盛りで充分です。あるいは三十分から1時間という単位で充分な場合もあります。

 昼休み前、あるいは退社時刻前の時間というのは分単位で認識されます。
 睡眠時間というのは通常は1時間単位ですが、朝目が覚めるときは5分・10分単位で認識されます。
 残業しているときは、三十分から1時間単位で時間を認識しています。
 一方デートしているときはどうかというと、あまり細かい時間は問題にされません。例外があるとすれば、不倫中の夫(あるいは人妻)であり、これ以上遅くなるとまずい、と時間を気にしながら逢瀬を重ねているのではないかと思います。

 このように、私たちの時間に対する認識というのは結構アバウトであり、かつ主観的なものですから、正確な時刻を知る必要性はあまりないといえます。


付記
 会議中時計を見ることができずに、あとどれくらい辛抱しなければならんのだ、と思ったときはどうするかというと、隣の人(あるいは向かいの人)の腕時計を見れば済みます。なんだか卑怯な気がしますが、何も問題にならないのですからよしとすべきではないでしょうか?
by T_am | 2010-09-27 23:44 | その他