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カクレ理系のやぶにらみ

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時間のある方はお読みください。軽い気持ちで読み始めると頭が痛くなります。

まやかしの日本語  食糧自給率

 近所のスーパーに買い物に行くと野菜の値段が高くなっていることが実感されます。春は天候不順で寒く、夏になればなったで猛暑というわけですから、野菜の生育に悪影響を及ぼしているといわれれば、なるほどそういうものかと思います。その一方でロシアが小麦の輸出を禁止したことにより、シカゴの小麦価格が2年ぶりの高値をつけたというニュースが入ってきました。そうすると輸入小麦の価格も高騰するのではないかと心配される方もいらっしゃるかもしれませんが、一昨年ほどひどい状況になるわけではなさそうですから、それほど心配する必要はないものと思われます。

 農作物が不作となって価格が高騰すると決まっていわれるのが、日本の食糧自給率の低さです。先進国の中でも日本の食糧自給率は際だって低いので食糧安保上問題である。ゆえに日本は食糧自給率を高めるべきである。という論理が展開されます。一般の消費者は、現実に農作物の値段が高くなっているところにこういうことを指摘されると、なるほどそういうものかと思ってしまいます。農作物の不作(価格の高騰)と日本の食糧自給率との間には何の関係もないのですが、タイミングが同じだけに、つい結びつけて考えてしまうのです。食糧自給率を持ち出す人間はそれを狙っているわけであり、ずいぶんあくどいことをするものだと思います。

 マスコミに取り上げれらる食糧自給率とは、通常「総合食糧自給率」のことをいいます。これは日本の食糧全体の自給率はどうなっているかという指標として用いられているのですが、実は指標としてはけっこういいかげんであるといえます。
 自給率というのは、その国で生産される食料の量をその国で消費される食料(廃棄も含まれる)の量で割ることによって求めることができます。これは量の比較ですから、通常は重量で計算します。品目別食糧自給率はこの方法に基づいて計算されています。
 ところが、食料全体ではどうかを知りたいときに個々の品目の重量を合算していいものかという疑問が生じます。品目によって重さも異なれば廃棄率も異なります(果物は果肉しか食べないで皮の部分を捨てる)。極端なことをいえば、米と野菜しか食べない国があって、米は自給率100%であるけれども葉野菜は100%輸入しているという場合、重量の合計だとこの国の食糧自給率は100%に近いものになります。だからといってこの国の食糧安保が万全であるとはいえません。したがって重量を合算して総合食糧自給率を計算するのは乱暴であるといえます。
 次に生産額ベースで計算する方法がありますが、これは不作の年は価格が高騰するので年によっては自給率が変動することになります。そのため、あまり信用できる指標であるとはいえません。
 最後の方法は、日本の農水相が採用しているカロリーベースで食糧自給率を計算するやり方です。しかし、たとえば肉や乳製品などはカロリーが高く、野菜はカロリーが低いことを考えると、その国の風土によって、たとえば牧畜に適した国では生産カロリーが高くなり、逆に耕作に適した国では生産カロリーが低くなることが予想されます。また人口の割に国土が広い国では国内で消費するカロリーよりも生産するカロリーの方が多くなります(日本はこの逆ですね)。さらにいえば、一人当たり国民所得の高い国では人間が消費するカロリーは高くなりますが、後進国ではそういうわけにはいきません。したがって、カロリーベースで食糧自給率を計算しても国によって事情が異なるので、この指標もその国の食糧事情を示しているとは言い難いのです。
 実際、Wikipediaによれば、カロリーベースで食糧自給率を計算している国は、世界中で日本と韓国しかありません。それ以外の国はどうしているかというと、そもそも食糧自給率の計算をしていないのです。(その代わり農水省の役人が頼まれもしないのに大汗をかいて他国の食糧自給率を計算しています。)
 アメリカやオーストラリアのように食料を輸出している国では自給率は100%を超えます。当たり前ですね。そういう国では食糧自給率を計算しても意味がないのであって、それよりも、どうやって価格を維持するかの方が重大な問題となります。
 にもかかわらず、世界各国の食糧自給率が公表されるのは、農水省の役人が大汗をかいて他国の食糧自給率(カロリーベース)を計算しているからです。他の国では関心を持たれていない食糧自給率という指標を日本の農水相の役人が一生懸命計算しているというのは不思議なことです。そうは思いませんか?

 そうやって計算された日本の食糧自給率はカロリーベースではおよそ40%です。農水省では、せめてこの数値を50%程度にまで持っていきたいといっていますが、どうするつもりなのでしょうか?
 カロリーベースでの食糧自給率を変化させるには、現在の食生活を変えるか、あるいはよりカロリーの高い食料品の生産にシフトしていく以外方法はありません。読者は減反している田んぼで小麦をつくればいいのではないかとおっしゃるかもしれません。私も以前はそう思っていましたが、農家に話を聞くとそれは無理であるということがわかりました。というのは、小麦の収穫期に梅雨を迎えること、または、降水量が多いために小麦を植えるには畝をつくらなければならず、それでは刈り入れのときにコンバインが使えないからです。農業人口が減っている日本では機械を使わないと穀物の生産ができないようになっているのです。
 したがって、日本人が今の食生活を続ける限り小麦の輸入国から脱却することはできません。食生活を変えるというのは、現在のようにパンや麺類を食べるのを極力減らし、さらにカロリーの高い食品を好んで食べているのをやめて粗食にかえていきましょうということです。しかし、これが国民に受け入れられるとはとうてい思えません。食品業界も猛反対するでしょう。
 それでは農産物の生産構造を変化させて、農家に畜産を推奨するというほう方法はどうでしょうか? つまり、日本中で牛や豚を飼うわけです。そうすれば国内で生産する食料品の総カロリーは増えるので、食糧自給率は確実に上昇します。でも、農水省がそういうことを奨励しているという形跡はありません。昨年、農地法を改正して農地を簡単に転用できないようにしましたが、それも現在の日本農業の生産構造を維持するということにしか寄与しませんから、食糧自給率を高めることには結びつきません。
 日本の食糧自給率は先進国の中でも際だって低いという指摘がされていますが、それを改善しようとするのであれば日本の産業構造をどうするのかということを考えなければならず、そうなると農業だけの問題ではなくなってしまうのです。
 一昨年の小麦の世界的な不作によって輸入小麦の価格が上昇したときに、日本の食糧自給率が低いといわれ、それを受けてこれ以上農地をつぶさせないという理由で農地法の改正が行われました。ところが、それは現状維持のための政策であって、食糧自給率を高める政策ではないのです。結局、食糧自給率という数字は農水省の役人の権限を強化するための口実に使われたと思って差し支えないようです。

 食糧自給率が意味を持つのは、国民が飢えるかどうかというときでしょう。いかなる事態が起ころうとも国民を飢えさせないという決意が政府の中にあるのであれば、最低限国内で生産しなければならない食品は何か? という問いかけが行われることになります。そのときに意味を持つのは品目別食糧自給率になります。国民が飢えないよう最低限の食料を確保するために米は何トン生産すればいいのか? 小麦はどれだけ生産すればいいのか? 肉は? 魚は? 野菜は? という疑問に対する解答を導き出すのはそれほど難しいことではないと思います。そうなれば、個々の農作物の作付面積はどれだけあればいいのかということが導かれます。つまり、これだけは絶対に農地として確保しなければならない面積というのがあるはずなのです。するとそれを耕作するのに必要な農業人口が導かれます。次の課題は、その人たちが農業で生計を立てていくことができるようにするにはどうすればいいかというものです。ほかにも必要な肥料はどれだけで、どうやってそれを確保していくのかということも考えなければなりません。

 しかし、実際にこのような作業が行われているかというとそうではありません。むしろ現在の経済体制を維持して食料の輸入を可能にする状態を維持する方がいいと思われています。
 この考え方も、現在の状態が変わらないという前提で未来を考えるというものですから、同意するのにためらってしまうのですが、それでも食糧自給率が低いといって国民を不安に陥れては自分たちの権限の強化に利用するという人たちよりsははるかにまっとうな考え方であることに違いはありません。
by T_am | 2010-09-19 07:48 | その他