ブログトップ

カクレ理系のやぶにらみ

tamm.exblog.jp

時間のある方はお読みください。軽い気持ちで読み始めると頭が痛くなります。

財政再建のための私案(3)

 この前「財政改革のための私案(2)」で、公務員の行動を監視し、官僚が権限を濫用することに歯止めをかける方法として、国民投票によって官僚のトップを罷免できる制度が必要であるということを申し上げました。
 このことは財政改革だけでなく、あらゆる行政改革にも通じると思います。現状は、刑法に触れない限り何をやっても公務員の身分は保障されているのですから、国民がどれだけ騒いでもごまめが歯ぎしりするようなものであり、官僚にとっては痛くもかゆくもないというのが実情です。
 このことは、たとえば「行政改革・アクションRPG」のようなゲームに置き換えて考えるとよくわかります。
 主人公は行政改革を行って国民を救うという使命を帯びて、悪の巣窟である「政府」に乗り込みます。そこにはラスボス・中ボス・小ボスといった官僚たちがいて主人公の行く手を阻みます。ボスの必殺技は「許認可権限」で、主人公を即死させるほどのダメージを与えます。その一方で主人公の攻撃はなかなかあたりません。起死回生の大技である「裁判」によって一気に形勢逆転を狙いますが、敵は「控訴」という返し技を使ってきます。このまま長引けば不利になるので「和解」というコマンドを使うのですが、成功率のパラメータが低いので、通用しないことが多々あります。「最高裁」という最終兵器を持ち出して「判決確定」を勝ち取っても、敵は無視して従わないケースもあり、いったい今までの苦労はなんだったんだ、と思いたくなることもしばしば起こります。
 「政治家」という裏技(このコマンドは「市会議員」「県会議員」「国会議員」と3種類あり、それぞれのランクに応じて莫大な「政治献金」が必要)を使うのもいいのですが、ボスに取り込まれてしまい、かえって敵を強大にしてしまうというリスクもつきまといます。
 このように主人公の攻撃は敵に対してまったくダメージを与えることができません。かくして勇者は斃され、残された「国民」は永久に苦しみ続けるというのが、このゲームのエンディングです。どうです? 全然面白くないゲームでしょ。

 面白くない最大の原因は、ラスボス・中ボス・小ボスとも一切の攻撃を受け付けないという設定がされているところにあります。
 
 絶対倒すことのできない無敵のキャラ。

 それではゲームにならないので、あとはゲームの設定を変えるしかありません。つまり、無敵ではないように設定をかえればいいのです。

 現実の世界では公務員は身分保障されていますから、事実上無敵であるといえます。同じように強力な権力を持つ政治家には、選挙という試練が定期的に訪れるので権力の濫用を防ぐ効果をあげています。
 それと同じことを官僚の上層部に対して制度化してはどうかというのが、国民投票によって官僚のトップクラスを罷免できるというものです。無敵のキャラをつくらないように制度を設計するということが肝要なのです。

 社会主義体制の国家で官僚や共産党幹部が貴族化していくのはなぜかというと、彼らの弱点は自分の上司だけであるということになっているからです。上司はそのまた上の上司に頭が上がらない、そういう幾段階もの階層の頂点に国家主席が存在しています。中国で官僚による横領が後を絶たないのも、北朝鮮で国民の飢餓状態が解消されないのも、自分の上司が咎めないところでは利己的に振る舞っても構わないとされているからです。
 誤解しないでいただきたいのですが、これは民族の資質というものではなく、むしろ人間とはもともとそういうものだと理解すべきです。たとえば、サラリーマンが出張に行って安宿に泊まりながら出張規程にある宿泊料金を請求して差額を浮かす、というのも同類なのです。
 日本の場合、自分の権力をより拡大し強固なものにするために予算を獲得し、制度を設け、予算の受け皿として社団法人(これが天下り先になります)を設立せるということが行われています。その制度がどのような効果を上げているかということに関心が払われることはありません。
 この欄で何度も取り上げている地球温暖化対策もそうです。アメリカや中国が本腰を入れてCO2の排出削減に取り組まなければ、いくら日本が真剣に取り組んだところで、地球全体のCO2排出削減に寄与するところはありません。にもかかわらずCO2排出削減のために様々な取組み(排出権取引など)が行われようとしているのは、それが利権につながるからです。そういう一部の者への利益誘導のために温暖化対策税を設けようという動きもあるのですから、政府がいう財政再建など信用できるものかと思います。本気で財政再建をやりたいのであれば、利権の温床となっている制度をすべて廃止してから口にするのが筋でしょう。
 それらから目を背けさせるために公共事業だけを悪者にして予算を削減してみせました。バブル崩壊後の労働人口(このなかには失業者も含まれます)を百万人単位で吸収したのは建設業界です。採算を度外視した箱物を各地につくったのは行政府の役人たちです。彼らが責任を追及されることはないにもかかわらず、公共事業を減らせばそれで問題は解決するとばかりに公共事業を削ってきたわけです。建設業界はスケープゴートにされたといってよいでしょう。それでも肝心なところにはまったく手をつけられていないというのが今の日本の姿です。

 新しい制度によって設立される社団法人は営利を目的とすわけではありませんから、民間企業のようにお金の使い方がシビアではありません。だから、理事長を2年務めて退職金が2千万円支給されるということも行われます。現役の官僚にとっては権力を強固にするため、天下りした官僚OBにとっては公金を合法的に懐に入れる仕組みをつくっているわけです。

 日本の官僚は、中国や北朝鮮の官僚と比較されるとプライドは傷つくと思いますが、国民に対し無敵かつ無責任であるのは同じであり、手の込んだやり方をみればはるかに悪質であるといえます。また、国民は愚かだからいちいち説明しても理解なんかできるはずがないと考えている節も見受けられ、一種の「選民思想」が自分たちの行為を正当化するのに用いられているようにも思えます。
 そういう風潮を変えるには、官僚は国民によって罷免されることがある、ということを制度の中に盛り込まなければなりません。あらゆる行政改革はここからスタートするべきであり、ここに手をつけない限りどれだけ改革を行っても、何の成果もあがらないということになるのです。

 今回は、前回の補足のようになってしまいました。反省して、次回は首相公選制について考えてみたいと思います。
by T_am | 2010-07-25 11:26 | その他