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カクレ理系のやぶにらみ

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時間のある方はお読みください。軽い気持ちで読み始めると頭が痛くなります。

小説「告白」の中の思い込み

 湊かなえさんの小説「告白」は2つの大きな「思い込み」が重要な要素となっています。
 ただし、まだお読みでない方は、本稿をご覧いただかない方がいいと思います。「告白」という小説に興味のない方には何のことかおわかりいただけないでしょうし、これから読もうかとお考えの方にとっては、先入主なしに読んだ方がずっと面白いからです。すぐれた小説であり、我を忘れて呼んでしまうほど面白い小説であることは間違いありません。
 なお、映画「告白」の方は、中島哲也監督の解釈により新たな描写を加えた別な作品ですから、本稿とはまるで関係ないことをお断りしておきます。

 以下は、読者が「告白」をお読みになっているという前提で書きます。本稿にはこの小説の読者を興ざめさせるようなことが書いてあるかもしれません。その場合、この小説に対する解釈のひとつとご寛恕いただければ幸いです。真実は作者の頭の中にしかないのであって、読者はそれを推測する以外にないのですから。

 大きな「思い込み」の一つ目は、森口先生が、牛乳パックにエイズ患者の血液を混ぜ、それを少年AとBに飲ませることに成功したというものです。森口先生は最初の「告白」でそのことをクラスの生徒たちに(そして読者にも)告げます。
 後に、これが思い込みであったということはこの小説の最後で森口先生自身が明らかにしていますが、森口先生の最初の「告白」の時点ではクラスの生徒たちはこれを鵜呑みにするのは当然であるといえます。以後、登場人物たちはこのことを「事実」として受け止めて、思い思いの行動をとることになります。もちろん読者もこの「事実」を信じ込んでいるわけですから、登場人物たちの行動の異常さがリアルに感じられるようになっており、この小説を盛り上げているといってよいと思います。(この間「思い込み」の張本人である森口先生が読者の前に出てくることはありません。物語のつくりかたとして秀逸ですね。)
 2つめの大きな「思い込み」は、この小説のラストにかかってくるものであり、森口先生の「嘘」を信じ込むことによってこの「思い込みが」成立します。ところが、小説の中にはそれが嘘であるとはどこにも記されていません。したがってこれは私のいいがかりだといわれてもしかたないのですが、いくつかのヒントはさりげなく記されています。


 八月三十一日、今日、学校に爆弾を仕掛けた。(p231)

 大学まで、在来線と新幹線と地下鉄を乗り継いで四時間。(p278)

 今朝方、私が解除させていただきました。(p287)

 あなたが会いたくてたまらなかった人物に、私はいとも簡単に会うことができました。私はまず、あなたのラブレターを見せました。それから、あなたが愛美にしたこと、そして下村くんの事件のことも話しました。(p299)



 ここで決定的に重要なヒントは「在来線と新幹線と地下鉄を乗り継いで四時間」という距離です。新幹線とわざわざ書いているくらいですから誤植ではありません。あとは少年Aがスイッチを押したのはどこなのか、その場所と時間を思い出していただければ森口先生の「嘘」がわかります。

 「告白」というのは真実を語るものだと私たちは思い込んでいますが、この小説は、必ずしもそうではないことを示しています。私たちは真実のつもりで「告白」している場合でも、単なる思い込みに基づいて話しているという場合もあります。また、意図的に嘘を交えて「告白」する場合もあります。そうなると何が真実なのか誰にも(たぶん当人にも)わからず、「真実は藪の中」ということになります。
 「告白」のように読者にとって余白(読者が考えさせられる余地)の多いは小説は、ミステリーを除けば、そう多くはありません。読み方によって様々に解釈することができ、中島哲也監督が映画で表現したような解釈も可能です。ただし、中島監督はそのために原作の一部を削り、新たな描写をいくつか盛り込んでいます。原作とは別な作品になっているというのはそういう意味です。

 本稿で私が申し上げたのは、この小説についてこういう解釈もできますよ、ということにすぎません。読者が百人いれば百通りの解釈があっても不思議ではないわけで、テストと違って唯一の正解であるという解釈は存在しません。作者が意図したものはあるかもしれませんが、それがなんであるか読者には推定することはできても確かめる術はありません。そういう不安定さがこの小説の真骨頂であると私には思えます。なぜかというと、私が今考えているのは、森口先生はなぜこんなことを「告白」してきたのだろう? ということだからです。

 湊かなえ恐るべし、と申し上げるべきでしょう。

  
by T_am | 2010-07-18 08:01 | その他